日曜日。
英名サンデー。ドイツ語でサンタン。そして語源は太陽である。
そもそもの話。
日曜日というのは、キリスト教に於ける神──つまりはユダヤ教、イスラム教の全てに共通する唯一神が「えー、んじゃまあ創っべ」と一念発起して6日間とかいう突貫工事で天地を創りきった挙句、「働いたから寝るわ」とかいう六連勤後の爆睡とかいうブラック企業ばりの労働をこなした七日目に休んだとされる安息日とされる日である。
あるいはキリスト教の始祖というか、始まりというか。唯一神と同一視される神の子が復活した日でもあるらしいのだけど。
まあつまりは、西欧じゃあ週の始まりの日が日曜日であるのだ。
人も社会も幽霊も政治家もはてさて医師に至るまで。
律法的にも合法的にも休めるという神みたいなシステムなのである。
ビバ日曜日。
ありがとう神様。
あなたの天地創造のブラック労働が今の俺を休ませてくれている。まじさんきゅだぜべいべ。
「月曜なんてくんな」
弐阡弐壹年参月拾伍日。
十八連勤五十時間労働とかいう地獄すぎるムーヴメントを一昨日無事完遂し、他の追随を許さない類稀なる労働力を対価に諭吉を練金するという偉業を成し遂げた俺は、無駄に壮大な達成感を胸に、ベッドの上で惰眠を貪っていた。
昨日今日と珍しく二連休だが、これは実質二十連勤であったという事実に気付いてはいけない。
そんなことより大事なことがある。
そう。
今日は日曜である。
学校もなければ基本的に会社もない。ただひたすらに体を休めるという大義名分が存在する以上、俺を阻むものなど何もないのだ。
朝にやってる誰が見るねんみたいなバラエティニュース番組も、来週から頑張ろうと思って頑張れない怠惰も、いつのまにか見なくなっていた鉄◯DASHも、サザエさんを見て休みの終わりを感じる絶望も――全てを含めて日曜日は最高なのである。グラッチェである。いつだって日曜は俺たちを癒してくれるのだ。
睡眠こそ至高。今なら15時間は寝れるね……。
普段なら同居人に叩き起こされて家事なり小間使いなりよくわからない仕事をさせられるのだけど、今日は俺しか家にいないのだ。
スパシィーバ。さながら気分はブルジョワだった。
……まあ日曜だから同居人は旅行に行ってるんだけど。この前の福引で当てた二泊三日の温泉旅行中である。
二人用だったので当然の如く俺がハブられた。挙げ句の果てにはお土産には期待すんなとのこと。
「別にいいし、好きなだけ寝れるから別に気にしてないし……」
そう言って。
時計の長い方が一番天辺を指したのを確認して。
俺は含み笑いと共に布団を被ったのだった。
もう俺は限界かも知れない。
「でも仕事しないとご飯ないからね」
「別に俺はなくていいんだけどさ。
かつての日本だとか、世界中で起こってる自粛ムードというものが示してるみたいに、昨今の花粉事情を考慮してだね、俺が態々骨を折って重い腰を上げて仕事に行くというのは、あいも意味の薄いものなんじゃないだろうか」
「そんな言葉なんかで私たちは誑かせないって。ほら、さっさといくよーーー」
「まだ給料入ってないくておかねがないわけで」
「これないとお金入んないよ」
「というか買い物に行くための春服がなくて」
「露出魔にでもなったら?」
「バイクのタイヤが」
「パンパンだったけど」
「ちくしょう大黒天なんて嫌いだ」
単に日曜だからって家に引き篭もり続けられるほど、そんなに甘くないというのが世の常な訳で。
いやーな気がしたチャイムでドアを開ければ、無駄にニコニコしたうちの可愛い年下先輩チャンがそこにはいた。
強めに当てたパーマをガリガリとかくと、俺は大きなため息を吐いた。
「んでなに、よーやく新規の取引先でも見つかったわけ?」
「いえーす。ほらさっさと準備して」
「…………拒否権は」
「私に無いんだからあるわけないでしょ」
「労基〜」
絶望しかなかった。
なんでクソッタレな会社である。
「くるま、家の前、後15分」
「片言で言わんでも伝わるわクソッタレ。ちょっとまっ」
「おじゃまでーす」
「おい部屋あがんなや」
何をいう前に部屋に上がってきた同僚にうんざりする。
「……」
一旦タバコを吸って全てを許すことにした。
ライターをタバコの空いてるところに捩じ込んで、ジャケットの内ポケットにぶち込む。コーヒーとタバコの相性は最高だが、口が臭くなるのだけがネックだった。
ぷはぁと、紫煙を吐き出して、コーヒーを口に含んだ。
マグカップに残っていたコーヒーを飲み干す。うぇ、最後の方溶けきってなくて苦え。
「まーたタバコ吸ってるんですか」
「ゆるせ」
「いやだ」
「母さんかてめーは」
テキトーなジップパーカーとふっといデニムを履き、メガネを外してしょぼしょぼする目に四苦八苦しながらコンタクトをつける。
タバコ吸った後のコンタクトは嫌に目に染みて涙が出る。
決して休みが消えて泣いてるとかではない。決して。
「でなに。今日はミーティングとかか?」
「撮影」
「じゃあ外回りじゃねえか」
んじゃいくか、と靴を引っ掛けて外に出る。
ほらさっさといきますよー。そういう同期に連れられて俺は車に乗り込んだ。
俺が助手席で、同期が運転で、後ろでクソ野郎が爆睡しているのが俺たちのいつもの光景だった。同期がエンジンをかけると、アホみたいに酷使されてる俺たちの愛車が唸りを上げた。なんだかもうやめてくれと悲鳴を上げている気がしなくもない。まぁ混んだけ走らされればもう限界というものだろう。気持ちはよくわかる。めっちゃわかる。
「んでどこいくのさ」
「時代劇の撮影みたいですよん。アノ監督、確か知り合いですよね」
「あーーーん……そうだっけ……」
スタジオ大黒天。
東京の某所にある小さな小さな制作事務所。比喩じゃなく吹けば飛馬そうなくらいボロッカスな我が戦場。三匹の子豚もびっくりの建築強度である。ホントに吹いて帰ればいいのに。
その上で大白天に改名してホワイト化しよう。俺のために。
「まじで転職しよっかな……このクソカススタジオがよ……」
「いいすぎいいすぎ。ちょっと人手がアホみたいに足りなくて、びっくりするくらいお金がなくて、カントクが仕事しないだけの優良スタジオじゃないですか」
「お前頭大丈夫か?」
「しつれいな」
そう。
ウチのスタジオは全て不足していた。金も人手も仕事足りていなかった。
……いや仕事は足りてるんだけど。俺みたいな弱小アシスタントの稼げる能力なんてたかがしれてるから金はないも同然だった。
故に今月の給料も怪しい。大黒天の現場――カスみたいな職場環境を生み出しているのは、全ては俺らの雇用主である黒山墨字に責任がある。。
カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンと世界三大映画祭全てに入選しなるくせして、日本じゃド無名もド無名。なんなら昔撮った作品は流通しないように圧をかけてるまである。お前何してんねんまじで。
日本では未だ無名な凄腕映画監督。それが我らがボス、スタジオ大黒天の監督、黒山墨字である。
アイツが仕事を選り好みしまくってウマアジの仕事を全部断っちまうのが俺たちの困窮の原因だった。マジふざけるな。働いても働いてもその金は仕事周りの消費に消え、俺たちに還元されることはない。サビ残もサビ残。血も涙もない残酷社会である。
「てかアイツなにしてんの」
「なんか原石を見つけたとかで、あっちこっち行ってるぽいですよ。それの延長で今日の撮影もあるんだとか」
「はー……まぁそりゃ良かったけど。
てかアイツマジで来ねえな? 遂に死んだか? 遺骨は海に撒いてやろうぜ」
「まぁたそんなこと言って」
ボコされても知らないですからね。
大黒天の前に車を止め、眠気覚ましのコーヒーを自販機で買いながら、俺はポケットからタバコを取り出した。火をつけ、煙を胸いっぱいに吸い込む。……いつだって俺の味方はタバコしかいなかった。
「でなに。てことは新しい女優でも雇ったのか」
「そーですよー。めっちゃきゃわです。現役JKですよJK。才能めちゃありです」
「まあお前もババアになったってこと――あぶっね」
「ぶっ殺しますよ」
ブチ切れながら放たれたグーパンチを避けながら、俺は言葉を紡いだ。
「んでっ、その、俳優だか女優だかを育てるのに俺が駆り出されたってわけね」
「もうー!! 避けないでください!!」
「殴んのはいいけどボディにしろ、ボディに」
「おい、クソッタレ上司め」
せめて止めろや。
そうやってパンチを受け止めると、長い髪の物体を脇に抱えた墨字が降りてきた。
俺たちの喧嘩を呆れた顔で仲裁しながら、階段から降りるとため息を付き、
「よくきたな、んじゃささっと行くぞ」
「ねえ、その前に説明してくれないかしら」
……場所が場所だから基本的には信用したけれど、とそう続けて、墨字の脇の謎の物体が顔を覗かせた。へえ、こいつが。
精緻な人形の様に整った容姿をした黒髪の少女。身長は160センチ後半だろうか。俺より少し低いくらいだが……うん
「一旦警察電話していい?」
「おい」
「いや普通に」
急に呼び出されて仕事だと思ったら、呼び出した上司は傍にうら若き女子高生を連れてるとか普通に事案だろ。
「話は署でゆっくり聞いてもらいましょ、差し入れくらいなら持ってくから。うまいぼうでいいすよね」
「おい、だから俺はこいつに芝居を教えてやるだけっつってんだろ。後差し入れうまいぼうはバクだろ」
「犯罪者はみんなそういうんだ。いつでもニュースで"いつかやると思ってました"枠は俺やるから安心しろよ」
「ちげぇっつってんだろ」
あとうまい棒はうまいだろ。舐めんな。
てなわけで、どうやら彼女が雪の行ってた原石ちゃんらしい。
原石ちゃん……もとい夜凪景ちゃんの視線の先にあるのは、俺の顔って、お?
「ってめっちゃ可愛いじゃん。インスタ交換しよ」
「ぶっ殺しますよ」
「冗談だって……怒んなよそんなに。彼女でもあるめーし」
「ぶっころ」
ラッシュ!!
ゴムゴムばりに放たれた拳を避け切る。こいつまじパネエ。
俺は左右右左と拳を避けながら、傍に抱えられた原石ちゃんに視線を合わせた。
「あ、どうも。俺も大黒天所属なんだ。
コイツと墨字と違って、まともなの俺しかいないけど、なんかあったらよろしく」
「……まとも? 非常識の間違いじゃないかしら」
「よろしい、ならば戦争だ」
友情は崩壊した。
俺は激怒した。かの邪智暴虐の原石を決して許してはならぬ。
訳がわからなかった。久々の連休を潰してまで仕事に来たのに、初対面のやつから罵倒浴びさせられたのだ。
もぅマヂ無理。
「はいはい、わかったからさっさと仕事行くぞ」
「コイツだけは許せねえ」
「この仕事したら後で焼肉奢ってやるから」
「よし行こう。すぐ行こう。ほら行くよ早くのってはやーくー」
一瞬で車に乗り込むと、俺はバンバンと運転席のシートを叩いた。
「ええ……?」
「現金なやつ」
「わたし、信頼する人間違えたかしら……」
なんだか散々な言われようだが問題ない。
スタジオ大黒天はいつだって賑やかだ。