ヘラ・ファミリア唯一無二の眷属 ~月下の貴公子は英雄を嗤う~   作:ヘラニズム

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よろしくお願いします。

こんな主人公です。
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設定集の中の原作開始前までの流れをざっくり記載した内容です。

ざっくり原作に行くまでの過去のまとめがこの0話です。

1.ヘラに拾われる。
2.オラリオを追放され、大変な目に遭う。
3.ザルド・アルフィアと暮らし大変な目に遭う。
4.アストレア・レコード編(大抗争)の時に一緒にオラリオに来て、超疑われ、監視されてる。
5.ベル君が来るまでの期間は、ヘラらしく過ごして、みんなに触れるな危険と言われてる。

以上。


プロローグ-英雄譚の残骸-

 英雄の話を、聞いたことがあるか。

 

 剣を手に怪物を倒し、世界を救い、喝采を浴びる者たちの物語。

 

 かつて世界の中心たる迷宮都市オラリオには、そういう連中が山ほどいた。

 

 最強のファミリアが二つ。

 

 天と地を揺るがすほどの武勇を誇る、神ゼウスの眷属と、神ヘラの眷属。

 

 みんなが英雄と呼んでいた。

 

 みんなが英雄に憧れていた。

 

 俺は今でも、あの日の歓声を覚えている。

 

 三大クエストのうち2つを討伐し、凱旋した姉たちが顔中に血を浴びながら笑っていたこと。

 

 届かない「おかえり」という言葉の代わりに、遠くからずっとその姿に手を振っていた自分がいた。

 

 英雄は、必ず誰かを助ける。

 

 だが英雄は、必ず誰かを置き去りにする。

 

 これは、置き去りにされた側の話だ。

 

---

 

 始まりは、些細なことで、とても傲慢な話だった。

 

 それは、神ヘラが思いつきで夜に子どもを拾っただけの話だった。

 

 その夜、神ヘラは機嫌が悪かった。

 

 正確に言えば、ここ数年ずっと機嫌が悪かった。ゼウス(旦那)が眷属の一人と裏切りまがいの関係を持っていたことが発覚し、報復として散々やった後でも、腹の虫が収まらなかった。まさか、内側に手を出すとは思っていなかったこともあった。ゼウスがやらかすのは、可能性として、あると思っていたが、散々な仕打ちを見た上で、眷属がそれに乗るとは思っていなかった。そこにかなりショックを受けていた。

 

 ゼウス(旦那)への当てつけを考えるついでに、夜風を吸おうと一人で城壁近くの路地に出ていた。

 

 そこで子を見つけたのだ。

 

 路地の隅。石畳の割れ目に挟まった木片に、何かが書いてあった。正確には、刻まれていた。神でなければ読めないような精緻な魔法陣の断片が、子どもの手で必死に彫り込まれていた。

 

 木片の傍に、子どもがいた。

 

 四歳ほどの子どもだった。黒銀の混じった髪、うっすらと尖ったエルフ耳。膝に擦り傷、頬に古い痣。目の下に、子どもらしくない隈。しかし何よりヘラの目を引いたのは、その瞳の色だった。薄暗い路地の中で、紫紺の瞳がかすかに光っていた。まるで、何かを視ているように。

 

「……何をしている」

 

 ヘラが声をかけると、子どもは少しも驚かなかった。

 

 ただ、ゆっくりと顔を上げて、神を見た。

 

「おかねになるもの、つくっていた?」

 

 平坦な声だった。子どもの声でありながら、感情の色が薄かった。

 

 ヘラは思わず屈み込んで、木片を取り上げた。

 

 これは魔法陣だった。粗削りだが、確かに魔石と魔石灯があれば、機能する魔法陣だ。五歳にも満たない子どもが、記憶と直感だけで書き上げたらしかった。

 

「覚えたのか? 誰かに教わったのか?」

 

「覚える? なんか、できた」

 

 ヘラはしばらく、その子どもを眺めた。

 

 名前を問えば「ない」と言った。出身を問えば「わからない」と言った。家族を問えば「いない」と言った。

 

 全部、嘘をついているわけではないことは神としてわかった。

 

 (まあ、使い道はあるかしら)

 

 最初はそれだけだった。

 

 この時代に、神の恩恵がないのに魔法が使える子供。歳の割に見せる理知的な姿。どこかその魂に未知の可能性を見た。そんな思いもないわけではなかった。

 

 だが、メインはゼウスに嫌がらせをするための、ちょっとした小道具。男の眷属など持ったことがないヘラが、珍しいものを拾った──それをゼウスに聞かせれば、あの大神が慌てて飛んでくる姿を想像して、ヘラはかすかに笑った。

 

 そして、神ヘラは子どもに恩恵を刻んだ。

 

 その瞬間のことを、俺は全く覚えていない。あるのは、もう孤独に生きなくて良い。寂しい思いをしなくて良いという安心感だった。

 

 後から聞いた話では、恩恵を刻み終わった直後、ヘラが初めて聞いたことのない音域の声で叫んだという。

 

 ランクアップ可能。

 

 恩恵を与えたその瞬間に、上位レベルへの昇格に必要な経験値が、すでに満たされていた。

 

 誰も、その理由を説明できなかった。ヘラ本人でさえ。嫌がらせを忘れ、ゼウスを呼び相談してしまった。そこには後ろ暗い思いはなく、未知との遭遇を喜ぶ神としての性質が出ていた。

 

 あぁ、でも、ゼウスが驚き、慌てふためく姿を見られたことは、心から満足のいく反応だった。

 

 翌日、知らぬ間にその話はオラリオ中に広まっており、神々と冒険者がざわめいていた。(犯人は当然ヘラによって折檻され、共犯のヘルメスは広場で逆さに吊るされた。)

 

 ヘラ・ファミリアに男の眷属ができた──しかも恩恵付与と同時にランクアップ可能状態になった──

 

「逆ハーレムじゃん!? すげぇ、羨ましい〜!!」

 

 (ヘラ・ファミリアの眷属になったという事実からは目を逸らしながら)

 

 ヘラはその騒ぎを、窓の外から腕を組んで眺めていた。

 

 そして隣で黙々とおやつを口に運びながら、ファミリア内にあった端材を組み合わせて何か作ろうとしていた子どもを見下ろして、一言言った。

 

「名前をつけてやろう。ノクス。夜、という意味よ」

 

 子どもは木片から目を上げた。

 

「どんな朝が来ても、夜は消えないでしょう。そういう子になりなさい」

 

 子どもは少しの間、考えた。

 

 それから、ぼそりと答えた。

 

「……うん。」

 

 ヘラは満足そうに笑った。

 

 これが始まりだった。

 

---

 

 あぁ、始まりはこんなにも、輝かしい話だったのだ。その子がどうなっていくのか、オラリオ中の神々が興味津々に見守っていた。即時ランクアップもだが、子供といえど、旦那以外を認めない(?)ヘラがいつまで男を自分のファミリアに置いておけるのか? そういう賭けすら始まっていた。

 

 しかし、神々をも驚愕させる湿度の高さや粘着質を見せるのが最凶派閥ヘラ・ファミリアクオリティだった。

 

 逆光源氏計画というものがヘラ・ファミリア内で実行されていた。そして、それがどんなものかを知っている神々は、今まで持っていた好奇心を消した。顔がスーンってなった。「4歳児を旦那に見据えて、あれこれを大の大人の女性がやるのは、なんかもう、見てられない」──そう街の神々は笑えなくなっていた。

 

 オラリオの、強いては高レベル冒険者たちが抱える婚姻問題、男女交際のハードルの高さは、それはもう、ネタになるし、賭けになるし、ということで、かなりの注目を浴びる一方で、長年抱える問題だった。それはもう、「少子高齢化が叫ばれてはや〇〇年」みたいな感じで、結構な問題だった。

 

 そして、それをダイレクトに直面しているのが、女性高レベル冒険者集団。ヘラ・ファミリアとは、要するにそういう場所だった。最強のファミリアの一角。都市の英雄。誇り高き女傑たちの集まり。そして世界でもっとも危険な、絶残虐破壊衝動女の巣窟でもあった。

 

「今日の礼儀作法の課題は、椅子の引き方から始めましょうか、ノクス」

 

「ダンチョー、まえの課題がおわってないから、できない」

 

「すぐに終わらせなさい。あなたは将来、私たちが誇れる男にならなければならないの」

 

「?? わかんないけど、いや!!」

 

「私が決めたのよ。文句があって?」

 

 女帝──レグナントは、ヘラ・ファミリアの団長にして、Lv.9という最高位の眷属だった。琥珀色の瞳を持つ、見た目だけなら完璧に美しい女性。ただし、口を開けば暴君だった。

 

 彼女が主導して、「逆光源氏計画!」と本人たちが勝手に命名した教育プログラムが始まった。おぞましい強化書と凶育がそこに完成していく。

ノクスはこれらを「ヘラの書」・「ヘラニズム」と呼び、義務教育の期間以上

の時間をかけ、その凶器をその身に刻み込まれた。

 

 理想の男性像を、子どもから仕立て上げる計画。頭がおかしくて、頭痛が痛かった。神ヘラも頭を抱える現実がそこにあった。そして、参加した。

 

 メーテリアが笑いすぎて死にかけていた。それを見てアルフィアがキレて、全員に「福音(ゴスペル)パンチ」を繰り出し、全員をノックアウトしていた。振り返ると、あの姉妹は、ヘラ・ファミリア内における聖域だったのだ。否、比較的、安全地帯だった。

 

 魔法理論。剣術。体術。調合。薬草学。礼儀作法。交渉術。情報収集。家事全般。そして、「女心の読み方」。

 

 (最後のやつは何のための教育なんだと今でも思っている)

 

 ただ、ノクスにとって、それ以上に大切だったのは別のことだった。

 

 ヘラ・ファミリアの拠点は、いつも煩かった。誰かが怒鳴り、誰かが笑い、誰かが喧嘩をして、誰かがその仲裁に失敗して、「五月蝿い」と「福音(ゴスペル)パンチ」を叩き込まれる。全員が巻き込まれていた。

 

 料理を作れば食べてくれる人がいた。魔導具を作れば「これ何に使うの」と覗き込んでくる人がいた。

 

 失敗すれば怒られ、うまくいけば──たまに、ほんの少しだけ──褒められた。

 

 それが、初めての「家族」だった。

 

 そんな生活が続き、3年が過ぎた。

 

 ノクスは七歳になっていた。

 

 そして黒龍討伐が、決まった。

 

 それに合わせて、弦担ぎの意味を持たせて、ノクスのランクアップが、ノクスの意思を介さず決定された。

 

 ゼウスの人間たちは言った。「ダンジョンに入ったことがないLv.2かぁ〜」と、ダンジョンにて名声を立ててきた両派閥において、なんと珍しい光景かと。

 

---

 

 出発の朝、メーテリア姉さんが俺に言った。

 

 メーテリアは、ヘラ・ファミリアの中で唯一、俺に対して怒ったことがない眷属だった。

 

 穏やかで、静かで、いつも笑っていた。ノクスに対して一番優しく、一番まともに話を聞いてくれた。

 

「姉さんたちが帰ってきたら、みんなで一緒にご飯食べましょうね」

 

 ただそれだけのことを、笑顔で言った。

 

 出発する姉たちの背中を、ノクスはメーテリアと拠点の門から見ていた。

 

 女帝が振り返り、面倒くさそうに手を振った。

 

 アルフィアは振り返らなかった。

 

 各自が自分なりの挨拶を二人に返した。

 

 ノクスは手を振り返した。

 

 それが、最後だった。

 

 そこには、黒龍を討伐し、ノクスのランクアップの祝いをすることを決心し、明るい未来を見据えた姿があった。

 

---

 

 しかし、現実は非情だった。

 

 帰ってきたのは、ボロボロの遺品だった。

 

 生きている者が戻ってきたわけではなかった。

 

 かろうじて生き残った者が数名いた。マキシム・ザルドとアルフィア。そして、遺品を携えた主神が二柱。そんな神々の護衛をする、他派閥の人間の姿だった。見える姿は、見るも無惨な敗残兵の姿だった。

 

 黒龍討伐は失敗した。

 

 ノクスは女帝の形見を受け取った。

 短剣の欠片だった。刃がほとんど失われた、鍔と柄だけが残っている欠片。

 ほかの姉たちの多種多様な形見を受け取った。

 それを握っている間、何も言えなかった。

 

 そしてオラリオが変わった。

 

 昨日まで「英雄」と呼ばれていた人たちが、今日から「戦犯」と呼ばれた。

 

 昨日まで喝采を送っていた人たちが、今日から責任を追及した。

 

 誰も弔わなかった。誰も悲しまなかった。

 

 ただ、責めた。損害を計算した。問い詰めた。

 

 ノクスは七歳だった。

 

 その光景を、拠点の中から見ていた。オラリオの姿をじっと見つめた。

 

 「これが英雄譚の結末か」

 

 こう呟いたことは覚えていない。

 

 ただ、心の中で何かが固まった。

 

 冷たく、静かに、固まった。

 

 ノクスは、この時から、ただの子供ではいられなくなった。

 

---

 

 直ぐに追放令が出た。

 

 ゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリア、両ファミリアはオラリオから追放される。

 

 難しい話はよくわからなかった。ただ、あっという間だった。昨日まで都市最強と呼ばれていたファミリアが、一夜にして都市から消えることになった。

 

 仕訳は、こうなった。

 

 ゼウスとアルフィアはメーテリアを保護し、別行動を取る。

 

 ヘラとノクスとザルドの三人が、新たな拠点へ向かう。

 

 マキシムは、治療の後、単独で、レオンの下へ向かい、学区創設への貢献をする。

 

 当時は知る由もなかったが、出産間近だったメーテリアは、ゼウスとアルフィアが保護する手はずだったそうだ。

 

 このことをヘラは知らなかった。ゼウス・ファミリアの間とアルフィアの間で秘匿され、魔導具を大量に使用し、大金をかけて、それを隠蔽していたそうだ。その中に、ノクスの制作したものもあったそうだ。

 

「行くぞ、ノクス」

 

 ザルドの声は低く、短かった。覇気を弱めた剣士は、城壁の外へ向かいながら一切顔を上げなかった。

 

 ヘラは──ヘラはおかしかった。あの傲岸不遜な女神が、ひどく小さく見えた。眷属の大半を失った神は、表情がうまく動いていなかった。

 

 ノクスは、ダンジョンの脅威を知らずに、オラリオの地を去るのであった。

 

---

 

 出発してすぐに、それは来た。

 

 闇派閥の連中だった。

 

 Lv.1から4程度の異種ファミリア混成部隊。追放の混乱に乗じて、弱体化したゼウスとヘラ・ファミリアの残滓を余さず狩ろうという算段だったのだろう。

 

 ヘラは使い物にならなかった──精神的に、という意味で。

 

 ザルドは一人では多すぎる数だった。

 

 ノクスはただの七歳だった。

 

 しかし、非力なただの子供ではなかった。

 

 (俺が、なんとかしなくちゃ)

 

 ノクスが取り出したのは、自作の魔導具だった。

 

 それは、一見ただの、子供のおもちゃのようなものばかりだった。シャボン玉を作るためのセットのようなもの。竹筒でできた水鉄砲。子供の訓練用の木刀。クマのぬいぐるみ。

 

 敵はそれを見て嗤った。

 

 ザルドは、苦しげな表情を見せながら、「下がれ!」と声を荒げた。

 

「視せろ《アーカイブ・ムーン》」

 

 ノクスが持つ魔法が展開する。それは解析・鑑定の魔法で、その効果は対象を視認し、その目で見たものを解析する。

 

 敵の魔力の流れが見えた。術式の粗が見えた。弱点が見えた。

 

 どこに何を仕掛ければいいか、全部わかった。

 

 生成されるシャボン玉には、麻痺毒が混ざっていた。曰く、「この薬を持って、良い男に使うと、ふふふっ」というヘラ印の秘薬だった。

 

 そこに、《神秘》をもつノインが作成した、壊れにくく、それなりの速度で対象目掛けて発射できるストローを合わせると、敵をスタンさせることに成功する。

 

 そこにザルドが一撃で仕留める。ノクスはその一撃が確実に届くための下準備を、できる限り素早く実行する。

 

 《耐異常》を貫通する麻痺毒の存在は、脅威だった。そして、そんな毒を、形を変え、多種多様に巧みに使う子供はさらなる脅威だった。

 

 麻痺毒を高速で発射する水鉄砲。木刀に染み込ませ、先端から醤油が出るように設計していたそれを、対姉との戦闘のために麻痺毒に入れ替えていたことが功をなした。

 

 そして何より、唐突に投げ込まれるクマのぬいぐるみの数々。これらは一定以上の衝撃を受けると、爆発四散した。相手を殺すには足りないが、必ず何かしらの傷をつけ、数秒の足止めをするそれは脅威でしかなかった。

 

 (二段構えで、可愛いぬいぐるみの爆破を阻止せんと突っ込んできた時に、口から放たれる麻痺毒に勝てる姉はいなかった!! by ノクス)

 

 七歳の子どもが、ひどく落ち着いた顔をして、格上の冒険者たちの動きを分析し、ザルドの影に隠れながら、時には罠を設置し、逃げ道を潰し、ザルドの剣が届く状況を積み上げていく。

 

 そんな異様な光景の前に生き残った者は、いなかった。

 

 ザルドはしばらく黙っていた。

 

 それから、ぼそりと言った。

 

「……えげつない使い方をするな」

 

「これが、つよいおとこぼうけんしゃをおとすためのひっさつのわざです」

 

「七歳が言う台詞か、それは!! 七歳に教える教育なのか、それは!?」

 

「姉たちいわく、『われ、ヘラぞ?』だそうです」

 

 後日、その度重なる格上との戦闘が「偉業」として認定され、ノクスはLv.2からLv.3へのランクアップを得た。

 

 当人は別に喜ばなかった。そして、初めての殺害は、モンスターではなく、人だった。

 

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 新拠点に到着し、ザルドと一緒に生活基盤を簡易で整える。

 

 不幸中の幸いか、ノクスは一人で全ての家事や生活環境を整えることができていた。ザルドは、改めて、ヘラの眷属に引いた。哀れに思い、料理を、冒険者の生き方を教えた。そのやりとりは、ノクスにはかなり新鮮だった。強烈な教育ではなく、案外いい加減な指導だった。しかし、大事な部分だけは念押しされた。その姿はまさしく、不器用な父の姿に見えた。

 

 なお、ザルド式の調理で作った食事、ザルドの料理に関しては、ヘラは一切口をつけなかった。

 

 そんなゴタゴタが落ち着いた少し後、アルフィアの合流とともに、メーテリアの死の報せが届いた。

 

 (当時は知らなかったが事実としては、ベル・クラネルを産んで、少ししたのち、死んだ。)

 

 その話を聞いた時、ノクスはしばらく何も言わなかった。

 

 ヘラには報告が遅れた。しばらくして知らされたヘラは、1ヶ月ほど部屋から出なかった。

 

 ザルド・アルフィアはふらっと出掛けては、戦利品とともに帰ってくるを繰り返す日々だった。

 

 ノクスは、その間ずっと食事を作って扉の前に置き続けた。

 

---

 

 七歳から十一歳。

 

 その四年間のことを、どう説明すればいいかわからない。

 

 ゼウスは来なかった。ザルドはやがて使命のために出ていった。言い分としては、「お前たちの面倒を見るには、俺は向いていない」という、正直すぎる理由だった。

 

 アルフィアはメーテリアへの悲しみが癒えるまで同居し、それからザルドを追った。その際に、行き先を教えてもらった。

 

 ヘラとノクスの、二人きりの生活が始まった。

 

 ヘラは──あの傲慢で、不遜で、全宇宙を自分中心で動かそうとしていた女神が──眷属の大半を失った後、ひどく静かになっていた。

 

 ノクスは炊事をした。掃除をした。ヘラが食欲をなくせば、好きそうなものを作った。ヘラが眠れない夜は、隣の部屋で魔導具を作りながら、何も言わず起きていた。

 

「……あなたは」

 

 ある夜、ヘラが言った。

 

「全然、泣かないわね」

 

「泣き方が、わからない」

 

 ノクスは魔導具の部品から目を上げずに答えた。

 

 ヘラはしばらく黙っていた。それから、静かな声で言った。

 

「私の傍にいなさい。どこにも行かないでちょうだい」

 

「……うん、いいよ」

 

 それだけだった。

 

 それだけで、お互いに十分だった。

 

---

 

 八歳の時、分身魔法《ニヴル・レプリカ》が発現した。

 

 ヘラが保管していた売れ残りの魔導書(グリモア)を、こっそり試したのが発端だった。

 

 (この時に、私に「お前にとって、魔法とは何か」を問いかけるあの人のことは、わからない。今でも)

 

 みんながいなくなった。ザルドも、アルフィアも、姉たちも、全員いなくなった。

 

 その孤独が、何かを引き金にした。

 

 一人でいたくなかった。ただそれだけの理由で、影から分身が生まれた。

 

 最初は1人、次に2人。そして、3人。出せるのはそこまでだった。

 

 ヘラは最初、ぎょっとした顔をした。

 

 それからものすごい勢いで「また増えた!!」と言い、嬉しそうだった。

 

---

 

 十一歳から十四歳。

 

 ヘラが立ち直るのには確かに時間がかかった。

 

 しかし、前を向けるようになった。新しい場所で、新しい家族を求めた。

 

 ある程度の新しい眷属を集め始めたタイミングで、ノクスはザルドとアルフィアの元へ向かった。

 

 新しいヘラ・ファミリアには、馴染めなかった。彼女たちが悪いわけではない。ただ、ノクスにとって「ヘラ・ファミリア」とは、もうどこにもいない人たちのことだった。

 

 ザルドとアルフィアは、竜の谷の傍に拠点を構えていた。

 

「来てしまったか」とザルドは言った。

 

「遅い」とアルフィアは言った。

 

 それだけだった。

 

 だが、その言葉に、全部が入っていた気がした。

 

---

 

 ザルドは、剣術よりも先に「逃げ方」を教えた。

 

「生き残れ。それが最優先だ」と。そんな教えにアルフィアは誰かを思い出し、殺意を放っていた。

 

 戦場でどこに立てばいいか。どう戦うか。弱いなら工夫しろ。強さに頼るな、知恵を使え。

 

 何より、「喰らうことの重要性」と女性関係への苦労を説くのが特に熱心だった。あのお節介なのに案外口数の少ない剣士が、女性の機嫌の読み方と理不尽な怒りへの対処法だけは饒舌に語った。

 

 (ヘラ・ファミリアの隣で生きてきた男の実体験が、全部詰まっていた)

 

 アルフィアはひたすらに殺意を放っていた。しまいには、パンチと魔法が飛んできた。今のノクスは悲しいことに、それを受けても耐えられる実力があった。そして、何気なく、以前のアルフィアのパンチで収めていた意味を知った。

 

 アルフィアは、魔法理論とその対処法を叩き込んだ。

 

「忘れるな。全部身体で覚えろ」

 

「雑音を出すな。私に逆らうな」

 

 常時静寂を愛する女だったが、ノクスへの指導だけは例外的に口数が多かった。

 

 間違えると無言で頭を叩かれた。正解しても魔法攻撃だった。

 

 だが一度だけ、複雑な術式を完璧に組み上げた時、アルフィアが背中を向けたまま、ごく小さな声で言った。

 

「……存外にできるじゃないか」

 

 ノクスはその言葉を、今でも全部覚えている。

 

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 十一歳の頃、分身魔法《ニヴル・レプリカ》が覚醒し、影分身魔法《ニヴル・レプリカ》になった。

 

 使い方がわからず、分身が暴走した。リアルタイムで共有される情報。フィードバックされる経験。

 

 壁を突き破り、家具を壊し、アルフィアの部屋に突撃した分身に対して、アルフィアは殴り飛ばしていた。

 

「制御しろ」

 

 それだけ言って、それから一週間かけて制御の仕方を叩き込んでくれた。

 

 後にザルドが「アルフィアが面倒を見てやると言いながらこっそり喜んでいた」と証言したが、当人は否定し、暴力に訴えていた。

 

 十二歳、竜の谷での本格的な修行が始まった。

 

 竜を相手に戦いながらステイタスを上げる日々。薬を作り、鍛冶を学び、魔導具の研究を続けた。

 

 鑑定魔法《アーカイブ・ムーン》も完全に使いこなせるようになった。そして、レアアビリティ《魔眼》の効果や使い方もわかるようになった。

 

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 人よりも時間をたくさん効率よく使えることに感謝した。

 

 アルフィアの病状が重いことは、知っていた。

 

 ザルドの体にも、限界が来ていることも、知っていた。

 

 だから、急いだ。

 

 二人のための薬を作れないか。進行を止める魔導具が作れないか。

 

 そのために、レベルが必要だった。

 

 ランクアップが可能になる頃には、よりうまく影分身魔法《ニヴル・レプリカ》が使えるようになった。

 

---

 

 十四歳の時、竜の谷に邪神エレボスが来た。

 

 アルフィアとザルドの前に彼は頭を下げにきていた。

 

 二人は決意し、オラリオへ向かう。「絶対悪」として、大抗争に加担する道を。

 

 これらは、ノクスがヘラの所に「おつかい中」のわずかな間の出来事だった。

 

 ノクスが気づいた時には、すでに出発した後だった。

 

「……馬鹿だ、あいつら」

 

 手紙の文言は少なかった。

 

 オラリオに向かったことを理解する。エレボスの居場所を割り出した。

 

 二人を見つけた。話をして、説得しても、もう止まらなかった。

 

 ザルドと本気で戦った。アルフィアに初めて、本気で殺しにかかった。

 

 殺してでも止めると。ノクスにとっての家族はもはやこの2人しかいなかったのだ。

 

 対峙した。その答えは、ランクアップが可能という結果を与えるも、どうしても勝てなかった。

 

 エレボスは慈悲を与える。計画の一部について語る。

 

 そこで、賭けを持ちかけられた。そして、いくつかの契約を交わした。

 

「ザルドとアルフィアが大抗争を勝つか。負けるか。お前はどちらに賭ける?」

 

 ノクスは一秒も迷わなかった。

 

「勝つに決まっている」

 

 あの二人が負けるわけがない。生き残った後に、俺が捕まえれば──もう一度、一緒に生きればいい。

 

 他の英雄に世界を託そう。それだけのことだ。

 

 しかし、神の知略は、その読みをはるかに上回っていた。

 

 結果として、エレボスは賭けに勝ち、交わした契約をノクスに遵守させることとなる。

 

---

 

 大抗争が終わった。

 

 都市に残留する手続きを取った。正式な書類を揃え、店舗と住居と研究所を取得した。ノクスはヘラ・ファミリアの跡地を買い戻した。

 

 ザルドとアルフィアは、命を賭して、戦い切った。

 

 ノクスはエレボスとの賭けに敗れた。

 

 二人の身柄はノクスが引き取った。

 

 息をしていないその肉体は、今もノクスの手元にある。

 

 そして、それを誰にも知らせなかった。

 

 あの日の別れ際、アルフィアが言った言葉が、頭から離れなかった。

 

「忘れるな。お前が覚えている限り、私たちは死なない」

 

 あの日のザルドが言った。

 

「生きろ、ノクス。それだけでいい」

 

 ノクスはその言葉を、心の中で反芻した。

 

 何度も。何度も。

 

 忘れてたまるか。

 

 その言葉が生まれたのは、あの夜だった。

 

 最後に、契約は今も引き継がれていることをエレボスから伝えられ、彼は、正義の剣にかかり、天界へと旅立った。

 

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 それから数年が経った。

 

 ノクスはオラリオの外縁区に店を出した。

 

 看板には「夜鴉魔工具店(ナイト・レイヴン)」と書いた。分身が達筆すぎて読めないという話はどうでもいい。

 

 いろんな方面から疑われた。

 

「ザルドとアルフィアと一緒にオラリオに来た、ヘラの生き残り? 怪しくないか?」

 

 ロキ・ファミリアから、フレイヤ・ファミリアから、ギルドの上部から、視線が来た。

 

 接触を試みる者もあった。取り込もうとする者もあった。利用しようとする者もあった。

 

 ノクスの答えは、一貫していた。

 

 中立。どの勢力にも与しない。

 

 それだけでは伝わらなかった。

 

 だから、実力で示した。

 

 接触してきた連中と大乱闘になった結果、「触るな危険」の評判が定着した。

 

 触れてはいけない、名前を呼んではいけないやつの証として、【月下の魔導貴公子】(ソーサラー)と呼ばれ、認知される。

 

 古株は、ヒソヒソと「【絶残虐破壊衝動女の奇跡の存在】レジェンドボーイが、【最後のヘラ】が帰ってきた」とヘラの影に恐怖する。

 

 そんな、ファミリアと関係ない一般人には、「魔工具店の店主【夜鴉の研究者】ドクター レイヴン」として、親しまれる(?)。

 

 本人は別に望んだわけではないが、都合が良かった。

 

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 魔工具店は、入りにくさを無視すれば、思ったより評判が良かった。

 

 魔道コンロ。恒明灯。夜鴉冷却箱。小型浄水器。

 

 誰も見たことがないような「便利な道具」が、次々と並んだ。

 

 魔導具としては、もう一歩性能が足りない気もする「魔工具」という新しいジャンルと商品だが、それでも市場にはなかったものばかりだった。

 

「高いけど性能は本物。でも店主の態度が終わっている」

 

 その評判で、店は回った。

 

 孤児院を始めたのは、偶然だった。

 

 現店舗たるこの場所は、元ヘラ・ファミリアの拠点を買い取った場所だった。

 

 大抗争を経て、その崩れた建物を建て直した時、死んだ姉たちの残像が見える気がした。

 

 空っぽのままにしておくのが嫌で、子どもを入れた。

 

 研究は続けた。行き詰まりを感じて、ヘファイストスへの改宗を決め、協力の契約を交わす。互いに利益となる内容で満足のいく取引だった。ヘラに恨まれないように、その説明はちゃんとしてというのを念押しされ、なんだか、懐かしさを覚えた。

 

 ダンジョンには非公式に潜った。ランクアップを重ねた。

 

 いつか、家族を、二人を目覚めさせるための方法はないか? その研究とその準備を、一つ一つ積み上げた。

 

---

 

 そうしてさらに、何年かが過ぎた。

 

 オラリオにいろんな人が来た。アスフィという同じ年の女性が先生と呼ぶようになった。ヘスティアという神が「うわーん」と言いながら定期的に訪ねてくるようになった。

 

 相変わらず、英雄譚は嫌いだった。

 

 英雄に憧れる連中の顔が、生理的に受け付けなかった。

 

 それでも、店は続けた。

 

 魔導具を作り続けた。魔工具を販売した。

 

 どこかの英雄が誰かを救った。けれど、何かをやるたびに、誰かが割を食った。孤児が増えた。傷ついた者が増えた。

 

 俺が助けられるのは、俺の手の届く範囲だけだ。

 

 英雄にはなれない。なるつもりもない。

 

 英雄の墓守なら、できる。

 

---

 

 ある夜、分身の一体が戻ってきて言った。

 

「ヘスティアに眷属ができたそうだ。都市に来たばかりの、白兎みたいな少年が初めての家族になったって」

 

 分身体が、なんちゃっての俺(お前)じゃなくて、本当の眷属だよ、やったねと笑う。

 

 ノクスは魔導具の部品から目を上げなかった。

 

「知らん」

 

「でも、なんか気になるって顔してる」

 

「うるさい。戻れ」

 

 分身は消えた。その姿を見た。

 

 ノクスは少しの間、手を止めた。

 

 (……英雄に憧れる馬鹿ガキか)

 

 また手を動かし始めた。

 

 窓の外で、夜が深くなっていた。

 

---

 

ノクス・ヘルレイヴン、二十二歳。

オラリオ外縁区《夜鴉魔工具店》店主。

冒険者未登録。非公式ダンジョン潜入。孤児院運営。

かつてヘラ・ファミリア唯一無二の眷属だった男は、

今日も怪しげな魔工具店の作業台で、何かを作っている。

 

---

 

英雄譚は終わった。

しかし亡霊の話は、まだ続いている。

そして、これから始まる物語は、最後の英雄になる少年と英雄の末路に呪われた亡霊が交わって進む物語。

あるいは、これももしかしたら一つの「眷族の物語(ファミリア・ミィス)」なのかもしれない。

 




● 基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|ー|ー|
| 名前 | ノクス・ヘルレイヴン(Nox Hellraven) |
| 二つ名| 【月下の魔導貴公子】ソーサラー |
| 通り名①(非公式・最有名) | 【絶残虐破壊衝動女の奇跡の存在】レジェンドボーイ |
| 通り名② | (一般人向け)|【夜鴉の研究者】ドクター レイヴン |
| 年齢 | 22歳(原作開始時) |
| 性別 | 男 |
| 種族 | 不明(推定ハーフエルフ) |
| 身長 | 175C |
| 出身 | 不明(孤児。幼少期の記憶なし) |
| ファミリア | 元 ヘラ・ファミリア → ヘファイストス・ファミリア(一時)→ 現 ヘスティア・ファミリア(協力者・名義) |
| 職業 | 魔工具店店主 / 孤児院運営 |
| レベル | Lv.7(原作開始時) |
---
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