ヘラ・ファミリア唯一無二の眷属 ~月下の貴公子は英雄を嗤う~   作:ヘラニズム

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今日も綴ろう営業日誌

これは、ベル君が酒場でベートに謗られた日の主人公の1日です。
主人公は、ベル君周りの日常的に話す人間との関係性は、全員とうっすらと関係がある程度で、
逆にベル君が関係あるが、日常ではそこまで話さない仕事仲間?(アスフィとかフェルズ)とは結構な縁があります。

【今日も綴ろう営業日誌】

弟子のアスフィ・アル・アンドロメダ殿が来店。先月の受け取り品を渡しつつ、ロキ・ファミリアへの外注作業を依頼した。最初は嫌がったが、中身を見て納得したようだ。哀れ。

本体は店番をしながら分身体の報告を受け取り、各自の業務を確認した。ザクスはダンジョン中層で素材回収。ヌクスは都市内での情報収集。ネクスは孤児院。ニクスは地下研究所にて新しい仕様書の作成。

変わったことは特になかった。

分身体の名前について、弟子に指摘された。返す言葉がなかった。

本日の収支

購入額:
解析用レンズ / ○月○日での先払いにつき支払いなし(アスフィ様)

支払額:
タップブレスレット(魔道具)外注依頼料 −330万ヴァリス(アスフィへ)

---


とある便利屋の一日

 夢を見た、と思う。

 

 目が覚めたのは作業台の上で、頬に魔力回路の設計図の跡がついていた。また寝落ちした。最近こればかりだ。

 

 (夢の内容は覚えていない。多分、今回のは、覚えていなくていい)

 

 俺はノクス・ヘルレイヴン。二十二歳。年齢の割に顔色が悪いという話は聞き飽きた。

 

 早朝から開店準備を始める。昨晩に一旦解除していた分身体たちは再度、影分身魔法《ニヴル・レプリカ》を使用し、すでにそれぞれの持ち場へ散っている。分身体のヒクスが昨夜仕上げた新しい魔工具は、棚に並んでいた。恒明灯の補充もある。冷却箱のサンプルに軽く手を触れて、魔力の安定を確かめる。問題なし。

 

 接客しようがしまいが、物の良さに納得した客は、俺の圧にビビりながらもそそくさと購入していく。値引き云々と雑音を振り撒く奴がいなくなるので助かっている。そろそろ、店内にいる店番を魔道具で代用するかどうか悩み始めていた。

 要はゴーレムの導入だ。あるいは、自動でお金の受け渡しをするという神々の言う「レジ?」とやらを導入するか。

 

「だが、そんなものを置いて使うと、魔道具作成依頼が……うん、絶対仕事が増えるな。俺はアスフィ(苦労人)にはなりたくない」

 

 ゴーレムについては、フェルズとの共同研究を進めていた。ギブアンドテイクで、俺はフェルズが抱えていた問題点を解析・鑑定魔法《アーカイブ・ムーン》によって指摘し、改善点や疑問点を投げかけることでその完成を補助した。その見返りとして、数十年かけて今の形まで持っていったゴーレムの工程・レシピ、その歴史を貰い受けた。さらに残骸をもらい、《アーカイブ・ムーン》で問題点を把握して廉価版のゴーレムを動かせるようにした。

 

 その光景にフェルズは度々キャラを忘れ、「ズルい、チートや!この数十年の努力を一瞬で乗り越えるな、お前は『才禍の怪物』か!!」などと喚いていた。

 流石の俺もアルフィアほどではない。

 

 多分、《アーカイブ・ムーン》・《魔眼》持ちなら誰でもできる。俺が特別なわけじゃない。運が良かっただけだ。……こうなってくると、自分の種族、親がどんな人だったのか気になるが、魔法はともかく《魔眼》は過去に例がないらしい。謎である。

 

「本体が拠点を離れると……うん、色々と面倒だな」

 

 神によっては、あるいは付き合いの長い人には、変装しようと本体と分身体の違いがわかってしまう。バレると「今何をしているのか」という追跡が始まってしまう。

 

 頭の中が、少し賑やかだった。

 

 分身体ザクスの気配が、ダンジョン十六階層から届く。今日は素材採取に入ったはずだ。ヌクスはどこかを歩き回っている。ネクスの気配は隣の建物、孤児院の方角から、子どもたちの声と一緒に届いている。ニクスは地下研究所から動いていない。ハクスとヒクスは今日は別行動を取らせた。

 

 (子どもとは角も騒々しい。……まぁ、静かよりはいいか)

 

 理想は静寂だが、そう思うことにしていた。

 

---

 

 アスフィが来たのは、開店から一時間ほど経った頃だった。

 

 万能者(ペルセウス)——ヘルメス・ファミリアが誇る第二級冒険者、アスフィ・アル・アンドロメダ。同い年の二十二歳で、世間にはLv.2として秘匿しているが、本当はLv.4まで上り詰めた本物の才能を持つ女だ。目の下に薄く隈がある。今日もろくに眠れていないらしい。

 

 本当の便利屋扱いを受ける、悲しい悲しい苦労人。今日の今日とて残業、徹夜、ブラック労働の日々だ。

 

 俺の弟子でもある。同い年の俺を先生と呼んでくる存在である。

 

 なぜ俺の弟子になったかという話は長いので省く。簡単に言えば、「ヘルメス様の謀略です!」と本人から聞いた。この弟子の苦労の九割以上は主神のせいだ。残りの一割は俺のせいかもしれない。

 

 同情はするが、残念。この世界、この時代に、労働基準法及び弟子の人権はそこまでない。これがヘラニズム(ヘラの教育)の教えである。でも女の子には優しくも、ヘラニズム(姉たちの教育)である。

 

「……おはようございます、先生」

 

「来たか」

 

 俺は棚の下の引き出しから包みを取り出した。先月の依頼品だ。

 

「解析用レンズの改良版。俺が作る以上、どうしても《魔眼》との組み合わせ前提で設計してしまうから、お前には向かないかもしれない。使えなければ問題点と一緒に返してくれ。使えたら、使用感と一緒に報告をしろ」

 

「はい。……あの、先生」

 

「何だ」

 

「隈、ひどいですよ。いつ寝ていますか」

 

「鏡見るか?おまいう、ってやつだぞ」

 

「私はもう、えぇ、二徹までは日常なので」

 

「……それならまだ俺の方がマシだ。分身が寝ていれば俺が休んでいることになる」

 

 アスフィが少しの間、俺を見た。

 

「……それ、本当に休んでいることになりますか?」

 

「なる。某マッハ二十で動くタコ型の教師、ころ先○はこれで休んでた」

 

「誰ですか!? あと、なりません」

 

 反論しようとして、やめた。まあ、そういうことにしておこう。俺は女の子には優しいのだ。そう、言い争いに勝ち負けなどないのだ。

 

---

 

 受け取りが済んだところで、俺は作業台の引き出しから別の包みを出した。

 

「依頼がある」

 

 アスフィの目が止まった。

 

「……何でしょう」

 

「ロキ・ファミリアへのオーダーメイド、タッチブレスレットの半分を外注する」

 

 その瞬間、アスフィの顔に「え、ロキ・ファミリア?」という文字が浮かんだ。浮かんでいないが、俺には読めた。

 

「そういう依頼には、基本守秘義務が……」

 

「嫌そうな顔だ」

 

「…………顔に出ていましたか」

 

「あぁ、はっきりと、全部出ていた。そして随分と遠回しだが、口にも出ていた」

 

 アスフィが軽く目を閉じた。我慢している顔だ。

 

「ロキ・ファミリアというだけで、うち(ヘルメス・ファミリア)は色々と……その、勇者はもちろん、神ロキが絡んでくると話がこじれることが多くて」

 

「安心しろ。当店は協議を重ね、神ロキは出禁にした」

 

「えっ!?」

 

「昨日、出禁にした。店頭に貼り紙もして、今は内側で掲示している。ほら」と指をさす。

 

 アスフィが何か言いたそうに口を開けた。それから、閉じた。

 

「……先生、ロキ・ファミリアからの依頼を受けておいて、神ロキを出禁にしたんですか」

 

「受けた後に出禁にした。順序が違う。それに、私が受けた依頼は、魔道具師【月下の魔導貴公子】(ソーサラー)の名のもとに受注したので、文句を言われる筋はない」

 

「多分ですけど、【月下の魔導貴公子】(ソーサラー)に依頼する際のやり方とか、契約時の注意を話してないでしょう!?それは詐欺ですよ!!」

 

 アスフィがまだ何か言いたそうにしてから、質問を飲み込んだ。判断が早い。

 

「で、依頼内容は?」

 

「魔道具[タッチブレスレット]の製作、五セット分のうちの三セットを任せたい。手順書と材料を全部用意してある」

 

 包みを開いた。材料、設計図、手順書、それから報酬の提示書が入っていた。

 

 ノクス流の依頼テンプレートだ。他は後で見るとして、アスフィは先に報酬欄を見た。

 

 しばらく静止した。

 

「……先生。これ、もしかして、この前のうちの赤字の帳消しと、あとは...」

 

「あと、お前が欲しがっていたアレを製作するための素材の購入分。それで足りるか」

 

「足ります。十分すぎるくらい」

 

「なら受けるか?」

 

 アスフィがもう一度、手順書をめくった。手際よく確認している。慣れた所作だ。

 

「……気のせいでなければ、先月、似たようなものを作る課題を出しましたよね」

 

「そうだな」

 

「違いがあるとすれば、このオーダーメイドの追加仕様ですね」

 

「あぁ、そこは俺も考え中でな。基本的な案は仮案として記載しているが、おそらくアスフィ、お前の方がこういうのは上手いから任せる」

 

 アスフィが少しの間、黙った。

 

「…………先生は、本当に何というか」

 

「何だ」

 

「いえ。受けます」

 

 そっと包みをしまう手が、心なしか丁寧だった気がした。

 

 ふっ。俺はヘルメスとは違うのだよ、アホ神とは!!

 手順書はあるし、材料もあるし、企画書もしっかりしてるし、報酬もちゃんと出す。

 そう、チャランポランの思いつきで、適当に雑に、曖昧に、身勝手に振り回される仕事とは質が違うのだ!!

 

(おや、ザルドのおじきの声がする?「違う、そうじゃない!!」とはなんぞ?)

 

 

「じゃぁ、記載の通り、二週間を目安に頼む。猶予は三週間あるが、残り二セット分は俺が作る時間が必要なのでな」

 

「また、絶妙な時間指定ですね。……いえ、普段の、なるべく早く、明日までとか今日中に比べれば、天と地ほどの差がありますが」

 

「だろ? ……まぁ、普通ならこれでも納期が短いんだが」

 

 そして、いつもながら、こいつは本当に天才だな、と思う。フェルズといい、マジもんの才能とはこういうことを言うのだろう。

 

 そこ、おまいうとか言わない。俺は外付け機能ありきなのだ。

 

---

 

「そういえば」とアスフィが言ったのは、帰り際だった。

 

「分身体の名前、変えましたか?」

 

「変えてない。何かあったか?」

 

「耳にした名前というか、通り名が増えていまして。分身が増えたのか、それとも格好ごとの名称を変えたのかと。……では、ザクス、ニクス、ヌクス、ネクス、ハクス、ヒクスのままで、先生、もう少し考えませんでしたか?」

 

 俺は少し間を置いた。

 

「……Lv.4で終わると思っていた。思ったより伸びて困っている」

 

「…………なんですかその理由」

 

「魔法が発現した時点では、そこまで増えるとは想定していなかった」

 

「まぁ、常時人手不足と言いますか、私も自分が二人になれればと思う毎日なので、羨ましいような……増えても苦労は変わらない気もするので、発現しなくてよかったとも言いますか。でも、増えた後で変えればよかったのでは?」

 

「……何となく変える気になれなくてな」

 

 アスフィが深呼吸した。苦労人の所作だ。可哀想に。

 

「それで、七体目のフクスはどういう格好を?」

 

「……さぁ?」

 

「どういう役割ですか」

 

「神への対策を知っているか? それは沈黙することだ」

 

 アスフィがまた何か飲み込んだ。今日で三回目だ。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「ちゃんと食べていますか」

 

「食べている」

 

「本体で、ですか」

 

「食べたという情報は入ってくる」

 

 問題はないはずだ。たぶん。

 

 アスフィはため息混じりに「わかりました」と言って帰っていった。扉が閉まる。

 

 静寂が訪れた。

 

---

 

──視点切り替え──

 

【ザクス — 十六〜十八階層、午前】

 

 踏み込む。

 

 Lv.2相当のミノタウロス三体が現れた。判断に一秒もかけない。

 

 最初の一体、首筋。次の一体、肘の内側。三体目、膝裏。三連続で、いずれも急所への一撃。

 

 倒れる。灰へと返す。

 

 魔石を回収。ドロップアイテムはなかった。

 

 (足りない。もう少し潜るか)

 

 本体へ報告。十八階層で一部素材を交換してくる。目標のドロップアイテム未回収。今日中には戻る。

 

---

 

【ヌクス — 都市内・路地裏、午前】

 

 バベルの塔の影が伸びる路地。

 

 俺は露店の軒先で、売れ残りのナッツを一袋買った。値切っていない。値切るのはされるのもするのも面倒くさい。

 

 路地の子どもが三人、こちらを見ていた。見知った顔だ。

 

 (どうする)

 

 飴を三つ渡した。ヌクスというのは、どういうわけかこういうことをしてしまう。本体に言わせれば「メーテリアの癖が出ている」という話だが、本人にそういう認識はない。

 

「おにいさん、何してるの?」

 

「お兄さんは仕事だ」

 

「こんなとこで?」

 

「そうだ」

 

 子どもがきょとんとした顔をした。それ以上の説明はしない。必要がない。

 

 向こうの酒場の軒先に、見覚えのある男が立っていた。闇派閥の末端。三日前から同じ路地をうろついている。接触には来ない。様子を見ている段階だ。

 

 (急いでいない。今じゃない)

 

 情報として記録。本体へ流す。多分、ロキ・ファミリアとの接触のせいで動いているのだろう。

 

---

 

【ネクス — 孤児院、午前】

 

「ねぇ、分身さん、今日は何人いる?」

 

 ライ、フィーナ、ルゥの三人がまっすぐ俺を見上げて言った。

 

「今日は一人だ」

 

「うそ! 昨日は二人いたよ!」

 

「……気のせいだ」

 

「気のせいじゃない! 昨日の分身さんは髪がちょっと違ったもん!」

 

 ネクスは少しの間、沈黙した。

 

 (観察力がある)

 

「……見極めがうまくなってきたな、お前ら」

 

「えへへ、俺らは冒険者になるからな、こんなの朝飯前だぜ!!」

 

 子どもたちが笑った。子どもが笑うと、俺のこの顔でも、少し表情が柔らかくなるらしい。本体は「笑っているのを見たことがない」と思っているかもしれないが、ここではたまに笑う。

 

 たぶん、子どもが悪いんだと思う。

 

 読み聞かせの時間になった。今日は、どこか遠い場所にある海の話にした。本体が昔、アルフィアに聞いた話だ。俺はその記憶を持っている。

 

 子どもたちが、目を輝かせて聞いていた。

 

---

 

【ニクス — 地下研究所、午前】

 

 設計図を広げる。

 

 ロキ・ファミリアへのオーダーメイドの件、外注分の仕様書を確認した後、残り分の追加案を考え始める。

 

 問題はグループ通信だ。

 

 先日フィン様に指摘された。「一対一ではなく、全体に同時発信できないか」という話だった。

 

 (正直、盲点だった)

 

 現在の設計は一対一の相互通信前提だ。グループ同報は根本的な術式設計の変更が必要になる。

 

 (中継型にするか。放射型にするか。……まぁ、アスフィがなんとかするだろ)

 

 手が動く。図が増える。

 

 実は、この設計の原型は、ヘラの書に書いてあった一行の言葉から来ていた。

 

 『私があなたのことを考えたときに、その想いが届けばよいのに』(通称:あなたに届けよ)

 

 (あの人たちは本当に、筆圧が強い怨念じみた字を書く)

 

 それを子どもの頃に読んで「じゃあ考えたときに振動する魔道具を作ればいいのでは」と聞いたら、「毎秒欠かさず送るために作りなさい」と返ってきた。

 

 姉たちは、いつもそういう人たちだった。

 

 (……子どもながらでも、毎秒は多すぎると思ったな)

 

 設計の続きを再開した。

 

---

 

──本体、午後──

 

 分身たちの記録が、《ニヴル・レプリカ》の補助魔道具を経由して、本体に流れ込んでくる。

 

 ダンジョンの景色、街の景色、誰とどんな話をしたか。その人の目鼻立ち。靴越しに感じる地面の感触が七つある。見える景色が八個ある。そんな全てを分解し、必要な情報のみに絞り込み、記録し、教えてくれる。

 

 この補助魔道具は、第一級冒険者と呼ばれるレベルを超えてからようやく作れるようになったノクス特製の、世界に二つとない道具だ。

 

 その恩恵は凄まじかった。以前は、《ニヴル・レプリカ》を使うと常に四十度近い高熱にうなされながら、お経を聞き、右手で四則演算をし、左手・両足でグランドピアノを演奏するような負荷だった。それが今は、耳元で虫が大音量で鳴く中で円周率を暗記し続ける程度の負荷になった。

 

 ——快適とは言わないが、慣れた。

 

 俺は店のカウンターに座りながら、その記録を読んでいた。

 

 (ザクスは十八階層まで下げた。リヴィラの街で素材を一部捌く予定か。ボールスへの口止め料の代わりの魔工具優遇は継続中。もし契約を違えた時は、ヘラ流のおもてなしをして差し上げるのみ)

 

 (ヌクスが子どもに飴を渡している。また渡しすぎた。そこまでするなら孤児院に連れてこい。視界に映る全員を引き受けるのは、さすがに無理だが)

 

 「ヌクス」と頭の中で呼ぶ。

 

 返ってくる感覚は軽い。(わかった。ここまでにしとく)。

 

 (ネクスは子どもたちに海の話をしている。あの話は、アルフィア姉さんが、確か——)

 

 そこで思考を止めた。

 

 必要なことを、必要な時に考える。今は違う。

 

 (ニクスはグループ通信の術式設計で詰まっている。それはもう諦めて、アスフィに投げた。きっかけは用意しているので、あいつならなんとかするだろう)

 

 ニクスと店番を交代し、俺は研究所へ引き篭もる。

 

 その間に、常連の老人が「冷却箱の魔石が弱ってきた」と言って来たそうだ。魔石を交換した。代金をもらう。礼を言われた。「次は自分で交換できる」と教えた。老人は「また来る」と諦めたように言った。

 

 それだけのことだった。

 

---

 

 日が落ちる少し前に、アスフィからの伝令が届いた。

 

 内容は二行だった。

 

 「ロキ・ファミリアから確認の問い合わせが来ました。先生が出禁にしたのはロキ様だけか、という確認です。一応、勇者の署名がありました」

 

 「あと、件のモンスターについて情報を求めているとのことでした。おそらく、ヘルメス・ファミリアへの探りを入れるために私を経由したと言う感じでしょうか。合わせてお伝えします」

 

 俺はしばらくそれを見てから、返信を書いた。

 

 「出禁はロキ神一名のみ。フィン殿とリヴェリア様とレフィーヤ氏はこれまで通り歓迎する。モンスターについては現時点で俺は知らない。そっちの対応はそっちで任せる。以上。流石仕事ができる女だなと。」

 

 送った後、少しだけ考えた。

 

 (芋虫。腐食液。……おそらく、分身体に接触してきている連中の肝入り、ダンジョンの精霊関連なのだろうが、確信が持てん。ザクスが実物を見れると早いんだが)

 

 知らない。本体のノクスが知らないのは本当だ。

 

 闇派閥関連については、本体に共有しないように記憶と記録を意図的に分断している。積年の努力が実り、オラリオに来てからようやく完成していった仕組みだ。条件さえ整えれば嘘発見器たる神も欺ける、これは優れた発明だった。

 

 ただ、ロキ・ファミリアがこの件でここまで動いているということは、相応に厄介なものが出たのだろう。もし俺が昔のヘラ・ファミリアの一員だったなら、協力していただろうか。いや、正しいヘラ・ファミリアなら、「その程度の試練を乗り越えてみせろ」とボコボコにした上で戦場に送り出すか。

 

 (まあ、今は関係ない)

 

 俺は引き出しから手帳型の魔道具を取り出し、今日のヌクスの報告のうちの一点だけを書き留めた。

 

 『路地裏の闇派閥末端。三日連続、同ルート。接触なし。様子見の段階。ロキ絡みか、他もいるかも』

 

 それだけを書いて、手帳を戻した。

 

---

 

──夜──

 

 夕食を作った。

 

 ザルドから学んだレシピだ。豆と肉を煮込む料理で、火加減だけに気を配れば失敗しない。材料は昨日から水に浸しておいたから、今日は本体が鍋を見ていれば終わる。

 

 鍋が煮えるのを待ちながら、俺は姉たちの形見を磨いた。

 

 女帝から受け取った、刃のほとんどない鍔と柄だけの欠片。磨く意味がどこにあるのかは自分でもよくわからない。ただ、その時のままの状態に戻すべく、手が動く。

 

 (今日も、一人だ)

 

 分身体は各地に散っている。ザクスは今、六階層あたりで誰かを守っているらしい動きをしている。ヌクスは夜の路地を歩いている。ネクスは子どもたちと夕食を食べているはずだ。ニクスは入れ替わりで研究所で設計図を広げ続けている。

 

 一人でいたくなかった、という理由で分身を作った。

 

 そして結局、一人で飯を食っている。

 

 その矛盾を、ノクスは気にしないことにしていた。

 

 (ネクスのところが、今日は一番賑やかだった)

 

 それは知っている。それでいい。

 

 鍋の蓋を取った。いい匂いがした。

 

 食器を一つだけ出して、座った。

 

---

 

 食後、翌日の予定を確認した。

 

 ドアの隙間から内側に投げたのだろう。端に折り目がついた小さな紙が二枚、床に落ちていた。自分の分身であるうえに自分の家なのだ。入ってくれば良いものを。

 

 一枚はアスフィからだった。オーダーメイドの件、試作がうまくいったらしい。追加材料とその解説が載っている。本当に流石だ。

 ニクスにそのまま伝えるべく、一度解除し再度生み出す。あぁ、なるほど、そっちのアプローチで広げていたのか。本体とは違う発想だった。アスフィ式と合わせて新しい閃きを得たので、続けさせる。

 

 もう一枚はヘスティア神からだった。

 

 「ノクスくん! 明日の午前、お邪魔していいかな? じゃが丸くんの新商品をおすそ分けしたいんだけど!」

 

「……肉が食べたいのだろうな。あるいは、噂の眷属の件か」

 

 (来るなと言っても来る。言うだけ無駄だ)

 

 俺は返事を書かなかった。書かなくても来る。

 

 メモを作業台の隅に置いた。捨てなかった。

 

 窓の外で、夜鴉魔工具店の看板灯がかすかに揺れていた。

 

 (あぁ……ザクスが今日、誰かを守っていたのが、その眷属だったか。あんな軽装備で、あんな時間にダンジョンに潜るとは。自殺志願者かと思ったが……アイズ・ヴァレンシュタインがどうのと? ロキとなにかあったのか)

 

「主神に似て、眷属同士も仲が悪いとか? オラリオに来たばかりの新人のくせに、都市最大派閥と関わりとは……なんとも奇妙な出会いがあったのか」

 

 独り言は、誰にも聞こえなかった。

 

---

 




【後日譚を記そう、営業日誌】

 分身体の管理やあり方を見直すべきかもしれない。特定の分身体(ザクス)が有名になりつつあるからだ。
 ただ有名ならいいが、特定されるのは勘弁なのだ。
 というのは、ザクスは結局、そのヘスティアの子を送迎したそうだ。どうも男の意地で、地上までは、なんとか帰ってこれたが、入口で倒れてしまった。ヘスティアとは顔を合わせず済ませようと思ったが、そうはいかなかった。
 あの場所は、まぁ、色々あって、一時期拠点にしていたんで、大抗争後、しっかりと立て直した。面影を残す内装、その教会としての備品の数々。全て拠点に持って帰り、復元中だ。いつか再現しようと準備中である。
 そういえば、所有者が神へファイストスになっているとは知らず、好き勝手改良していた事を後で少し話し合いをしたこともあったが、それもまた、良い出会いだったなと。
 そうじゃない、そこで、ザクスにあったヘスティアにバレた。そこは良いのだが、あの駄女神、眷属(仮)の俺を少年に紹介し始めた。俺は外様、そこにいつかない人間なのだ。
 そして、少年ベルは、「やった、家族だ!!」と目で語っていた。そのまっすぐな瞳とその見目形ゆえか、曖昧に回答するにとどめてしまった。
 もう、バレたのは妥協する。けど、「それで、君はどのノクス君として呼べば良いんだい?」と悪意なく聞いてくる。誤魔化したが、「?」と見てくるベル少年にどう説明するかという感じになってしまった。魔法と説明すると、よりシイタケお目々になった。辻ヒールをしたことで、かなり元気になったせいかな?
 あかん、駄目だ、これじゃただの日記だ。愚痴など省略しよう。
 神ミアハに倣い、回復薬(ポーション)の辻ヒールによる宣伝もどきも相まって、ザクスが噂になっているのだ。偉いさんたちやいろいろ察している奴らが良いのだが、知らないものたちは、純粋な好意を持ってくる。
 その結果、宣伝行為に使った費用が回収できているのか不安である。
 薬品調合ができるノクスだが、研究分野が違う。薬なら、毒薬等や、製造分野だ。
 ノクスは、容器の開発を行い、その販売をしていたのである。
 開発できた要因?発展アビリティとレベルのゴリ押しである。《神秘》+《調合》+ 第一級なら、どうにかなる!!
 ガラス製が主な環境だったので、他にないかと、植物性の繊維・樹脂を使った容器。これが医療系ファミリアにウケたのだ。
 量産体制ができていないため、高級品だが、樽保存には及ばないまでも、それなりに大容量で、それなりに、劣化を遅らせられる。ガラス製ほどの密封性はないが、落としても割れず、持ち運びが簡単になる。
  回復薬(ポーション)は、アミッド・ナァーザからサンプルとしてもらっているのでまぁいいのだ。ミアハ様は喜び、ディアンケヒトのジジイは、小言を言う。
 しかし、神ミアハと同じ現象になっている。ものより、人への関心になっちゃった。そして、第二の神ミアハの地位を確立しつつある。
 その有名になった変装姿を変え、別人としたい。それでダンジョンで死んだことにしたい。こう知られると不便なのだ。
 どこかに、変装の達人はいないものか?変身できる魔法なんかがあれば、それを解析し、魔道具で再現できるはずなのだ。
 フェルズ/アスフィは透明化、見えないに進んだが、高レベルの奴らには効果がないので、変える紛れる誤魔化すが良いと思うんだ。

(以下、日誌ではなく、日記の内容がひたすらに続く)

---

次回。ヘスティアが来る。白兎の話が近づいてくる。

---
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