とある呪術と一方通行 作:唯名
オリ主ものです
山奥に建てられたその学び舎は、学校というより寺院に近い空気を纏っていた。
鬱蒼とした木々。
湿った土の匂い。
夏前の生暖かい風。
そんな中、とある教室にて座席に着いた少年――五条悟は退屈そうに欠伸をしていた。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~……」
白髪。黒いサングラス。
制服をだらしなく着崩した長身の少年。
その隣では、煙草を指に挟んだ少女がジト目を向けている。
「うるさい」
家入硝子が吐き捨てる。
「だって暇じゃん。マジで暇。任務つまんないし、ジジイどもはウザいし」
少し後ろを歩く黒髪で独特な前髪の少年――夏油傑が苦笑した。
「今日は転入生が来るんだろう? それを楽しみにすれば良いじゃないか」
「転入生ぃ?」
五条は鼻で笑った。
「どーせまたしょーもないヤツでしょ。それかクソジジイどもみたいなヤツ」
「一般家庭出身らしいよ」
「へぇ?」
そこでようやく五条の口角が上がった。
「ならまぁ見てやっても良いのかもしれないけど……傑に硝子と違って途中転入ならそもそも目立たなかったんでしょ、雑魚じゃん」
だが、次の瞬間には興味を失ったように空を見上げる。
「ま、どーせ俺らより弱いしィ?」
硝子が呆れたように煙を吐いた。
「そんなんだから友達できないんだよお前」
「え? 傑に硝子いるじゃん」
「なんかキモ」
「はァ〜〜〜!?」
「はは、確かに少し気持ち悪いよ悟」
「傑オマエもかよ!」
そんな軽口を叩いていた時だった。廊下に響く足音。規則正しく、一定のリズム。
夏油がそちらを見る。
「来たみたいだね」
ガラリと開かれるドアから入るのは彼らの担任でもある夜蛾正道、そして一人の少年だった。
年齢は恐らく五条らと同世代。そして五条と同じく白髪。それ以外には赤く輝く瞳が目立つ。しかし特に物音や声は出さず静かだった。
異様なのは、その“視線”。
周囲を観察している。
空気の揺れ。
風向き。
室内の傾斜。
五条たちとの距離。
そして……場に満ちる呪力の質。
すべてを測定しているような目。
五条の口元が、僅かに吊り上がる。
「……へぇ?」
「おはよう。まずは紹介する、彼が今日から転入する片道応
「アー、片道だ。一般?出身らしいが……まァ適当に頼む」
その声音は落ち着いていた。
硝子が小声で呟く。
「見た目以外は普通だな」
「いや」
五条だけが笑っていた。
「まぁまぁ普通じゃないよ、俺と傑よりは下だけど」
少年が視線を向ける。そのまま彼と五条は目が合った。その瞬間五条は理解した。ああ、こいつ。
“常に周囲を演算してる”。
空気の流れ。
呪力の揺れ。
地面の反発。
人体の重心。
無意識に、全部。
「名前は?」
「あァ?さっき名乗っただろォが」
「聞いてなかったからもう一回」
「チッ……片道応だ」
それを受け入れうんうんと頷いた後、五条は座ったまま彼へと声をかける。
「ねぇ」
ニンマリと笑いながら、悪ガキ……或いは呪術界の特異点は言葉を続ける。
「オマエ、ある程度は戦えるんだろ?」
空気が少しだけ張る。夜蛾が腹を抑え、夏油が眉をひそめた。
「悟」
だが五条は止まらない。
「術式、何?」
「あァ?なンで答えなきゃいけないんですかァ?」
「俺の目はさ、特別性でみりゃわかるんだよ。でも聞いてあげてんの。わかる?」
「チッ、クソが」
五条の台詞に夏油は苦笑を溢し家入はすん……とスルーを決めて。夜蛾はああもう……とどう止めるかを考え始めて。
「俺の術式は一方通行
「力場?」
その返答を聞き、夏油も思わずといった様子で反応する。面倒くさそうな顔をしながらも彼……片道は言葉を続け、己の力を説明する。
「触れたものにかかる力の向きを変える術式だ。飛んできたものをその場に落としたりな」
「成程、かなり守りによった能力なのかな」
「アー、まァそうだなァ」
「ふーん」
その夏油と片道の会話を聞きながら。五条は“見て”理解した。なるほど、実にシンプルだ。物事の力場を操作し反射、あるいは力量を奪う術式。今後この術式が発展していけばかなり厄介になるだろう。恐ろしく応用範囲が広い。
だが、
「ハ、格好つけてるけど俺には敵わないじゃん?ま、良い線はいってると思うけど」
五条が笑う。
「あァ?」
「悟!」
片道の目が僅かに細くなったと同時、夜蛾の叱る声が室内に響く。
「だって事実じゃん?ここに来るまではよかったかもだけどここじゃ俺にも傑にも敵わないでしょ」
「悟、私まで巻き込まないでくれないかな?」
夏油のその言葉には五条を嗜めるような感情と、それを事実だと暗に認める様な感情が載っていて。
家入があーあ、私しらねと言わんばかりに教室の端へと移動していった。
「あァ?」
ビキリ、と片道の顔に怒りが滲む。
「あ、事実言われて怒っちゃった?ぷぷ、これだからさぁ」
「悟、彼は今日この世界に足を踏み込んだばかりなんだ。仕方がないさ」
態とらしく煽る二人に更に片道の怒りが積み重なっていく。
どうにか抑えようと夜蛾が声をかけようとするがその前に片道がぐりんと首を回して片道へと声をかける。
「なァ先生様よォ、今日は一限は自由時間っつってたよなァ?」
「……そうだが」
そこに連なる言葉を夜蛾は簡単に想像しつつも拒否できず、頭痛或いは胃痛を堪えるように表情を歪めて。
「じゃア一限目はレクリエーションといかねェか?このクソガキ共に理解させるためにもよォ」
「へぇ」
五条のテンションが上がった。
「面白いじゃん、俺らに勝てると思ってるの?ウケる」
「これまで一人だったんだろう?相手の力量を読めなくても仕方がないさ」
「ア“ァ!?」
遠慮なく煽るクソガキ二人に煽り耐性のない転入生。
夜蛾は胃を抑え、家入はその夜蛾を支えながら全員が校庭へと足を運んだ。
「ほら、先手はやるよ」
ポケットに手を突っ込みながらそう話す五条、それを受け取った片道はニタリ、と笑いながら言葉を返す。
「後悔するんじゃアねェぞ、ボンボン!」
次の瞬間、片道の姿が五条の視界から消えた。
「ッ!」
五条の視界からあの目立つ姿が消失する。
瞬間移動?いや違う。ベクトルの変換を伴う超高速移動。す、と視線を下に落とせばそこには特徴的な白髪と赤い瞳を歪ませた顔が視界に映り。五条は反射的に身体を……動かさない。
轟音。
五条の目の前で片道の拳が止まる。
「へぇ、動きは良いじゃん」
「チッ、これが無限か」
「俺の術式知ってるんだ?」
「ハ、入学が決まった時点で調べるに決まってるだろォが」
そう良いながら片道が後ろへと下がる。そこへと五条は追撃を仕掛けることもなく悠々と立ち尽くしている。
「面倒だなァ」
「いくらお前が力場を操れてもさ、無限は突破出来ないでしょ」
「ハ、だとしてもオマエの攻撃gq俺に当たるとも言えねェだろうが」
「それはどうかな、っと」
再びの轟音。
ぎゅるり、と空間が渦巻き悲鳴を上げながら片道へと殴りかかる。
無下限術式、術式順転“蒼”。効果としては術式対象を収束、吸い寄せる物。その術式に片道は捕まり五条へと引き摺り込まれて。抵抗できない片道へと五条は拳を構えて振りかぶる。
だが当たらない。
正確には“逸れた”。
五条の振るった拳は、片道の身体に触れる直前、斜めに軌道を変えられていた。五条の目が細まる。
「器用じゃん」
「顔が近いンだよ!」
「っと」
ゴパン!!と片道が地面を踏み抜き土砂によるショットガンを力場変更により五条へと叩きつける。踏み付けの数十倍の力により跳ね上げられた土砂も無限の壁の前には五条へと辿り着くこともなく再び地面へと堕ちゆく。
その間にも再び片道は距離を取り何かをぶつぶつと呟いていて。
「……成程なァ、つまりオマエの術式は虚数を扱う事で自らの周囲にあり得ない距離を生み出し、逆に対象に対しては“距離がない”状態にして引き寄せるって訳だ」
「へぇ、凄いじゃん。もうそこまで理解できたんだ」
「ハ、なら後はそれも含めて演算してやるだけだろォが」
ギチリ、と五条と片道のお互いに笑みが浮かぶ。その様子を少し呆けながらも夏油に夜蛾、家入は眺めていた。
「……凄いな、悟と打ち合えるのか」
思わず溢れたその夏油の言葉に夜蛾が返す。
「打ち合える、というかお互いの相性が悪くも良いというのもあるのだろうな。お互いに守りに向いた術式だ」
「そう、ですね」
「まぁお前ならばあ奴ら二人を突破する方法も得られるだろう、腐るなよ夏油」
「……勿論、私と悟は二人で最強ですから」
「……」
会話を交わす二人にこの前髪、顔のわりにしっとりしてるよなぁなんて考える硝子を横目に、白髪二人の手合わせは進んでいく。
物質を飛ばしあい、弾き、無限で受け止めお互い拳を交わせどもヒットはせず。そして。
「……は、ハハ」
「ア?」
幾度もなくお互いが拳を交わした後。片道の口から笑い声が漏れその気持ち悪さに思わず五条が後ろへと跳ぶ。
「何、無下限突破出来なくて狂っちゃった?」
「言ってろォ、オマエの無下限は自分に触れるものを弾くだけだ」
ニンマリと浮かぶ嫌らしい笑み。そのまま片道は口を動かし術式を走らせる。
「オマエをぶちのめすなら何も直接殴る必要はねェ」
轟、と強い風が運動場を走る。
「ハ?」
思わず五条の思考が止まる。
「か、クキココカーーーーーー!」
片道の口から溢れる言葉にならない声。それに合わせて空気が蠢き、五条をとりまく。
「ッ、まさか片道!」
「先生、あれは何を?」
「……空気の動きを操り悟を窒息させようとしているのだろう」
「な、ぁ!?」
思惑を理解した夜蛾の言葉にぎょ、っと夏油と家入が目を見開く。確かに五条は直接的な攻撃には強い。だが果たして己の周囲の酸素供給を妨害されればどうなるのか、それは誰にも分からず。
「面白っ!!」
五条はその渦の中で笑った。
空気を操られた結果自己の周囲が真空へと近づいて行き、酸欠へと追いやられる中己が術式を操りどうにか空気の渦を、その層を突破しようと試みる。
一方片道も止まらない。凄まじい負荷の計算をし続け眼球から血の涙を溢しながらも空気制御を続け、五条をどうにか気絶にでも追い込んでやろうと踏ん張り。
「……そこまでだ!殺し合う気かお前ら!」
怒号。
二人の動きが止まる。視線を向けた先にはどこか呆れた表情を向ける同級生二人に、青筋を浮かべた夜蛾が立っていた。そうしてふと二人は気づく。
今の大気を操る押し合いの間に近くの校舎の壁は破損しておりひび割れが目立つ。勿論ガラスはひび割れ木は数本吹き飛んでいて。
沈黙。
五条がスッと目を逸らした。
片道も黙った。
「……レクリエーションだと言ったな?」
低い声。
五条が口を開く。
「いやぁ、これ悪いの俺じゃなくて応じゃない?」
「悟」
「はい」
「お前もだ」
「はい」
「片道」
「……はい」
「わかっているな?」
結局、二人並んで正座することになった。
夕暮れに説教を延々。途中で飽きたのか教室へと戻った冷たい同級生二人を他所に五条は途中から全然聞いてなかった。片道は一応真面目に聞いていた。その横顔を見て五条が小声で言う。
「なぁ
「……何だよ」
「オマエさ」
五条は笑った。
「滅茶苦茶やるし面白いね」
片道は少しだけ黙った。そして小さく息を吐く。
「オマエほどじゃねェよ」
「えー、照れる」
「褒めてねェ」
「でもさ」
五条はニヤリと笑う。
「面白かったでしょ?」
悠は視線を前へ戻した。
「ハン」
「なんだよその反応」
「うるせェ」
「てかさぁ、応術式使って正座の痛み消してない?」
「オイ五条オマエ」
「ほぉ?」
「……っス」
五条の暴露のせいでより夜蛾に睨まれた片道はギリィ、と葉を食いしばりながらも術式を解除し大人しく正座の負荷を受け入れて。
「ハハ」
五条は笑う。子供みたいに、心底楽しそうに。
「これからよろしく、応」
「……チッ」
舌打ちをしつつも拒む気配のない片道に五条は再び声をかけて絡もうとしたところで夜蛾からの雷が落ちて。
そのやり取りを二人へと差し入れる飲み物を用意し見ていた夏油が、やれやれと肩を竦める。
「友達ができてよかったな、悟」
「問題児が増えただけだろ」
硝子が呆れたように言った。
校庭に夜蛾の怒声が響く。
「まだ説教は終わってないぞ!意識を飛ばそうとするな!」
五条と片道は同時に肩を震わせ、そしてほんの少しだけ笑った。
これが後に呪術界を大きく揺るがすことになる、“最優の呪術師”と、“最強の呪術師”の出会いだった。