どこまでも透明で、キレイな青空。東の方から上がって来るお日様。そんなお日様が照らす、黄色い砂漠と、捨てられてボロボロになった電車。そんな電車が回りにあちこち転がってる古い駅のホームに、私は座ってる。
今までと何も変わらない景色。違うのは、ふたつだけ。
私の横に可愛い後輩がいないことと、私の両足が、膝から下が透明になってること。
私は多分、幽霊になったんだと思う。幽霊って、絵本やおとぎ話の中にしかいないと思ってた。足に貼ってた絆創膏が無くなってヒリヒリしないのは良いけど、お気に入りのスニーカーも一緒に見えなくなっちゃったのは、少し寂しいな。
いつから幽霊になったのかは、よく分からない。砂漠の中で迷子になっちゃって、暑くて、喉が渇いて、その内に何だか眠たくなってきちゃって。それで気付いた時には、私はこのホームに座ってた。服は着ているみたいだけど、持ってた装備は何処かに行っちゃったみたい。
足が無くても歩けるのかな?そう思って、思い切ってホームから飛び降りてみた!電車と同じくらいボロボロで砂まみれの線路。足が無いから、砂の感触も線路の感触も分からないけど、とりあえず私は立ってる。
そのまま線路の上を私は歩き始める。歩くっていうのは、ちょっと違うかも。だって足が無いから!フワフワ宙に浮いてるみたいに、私はホームから離れていく。
離れて、どこに行こう?そう思って、足を止めた。幽霊になった私にできることって、何だろう?
一番に頭に浮かんだのは、やっぱりホシノちゃんの顔。でもホシノちゃんは私と違ってしっかり者だから、多分私がいなくても大丈夫!きっと今でもアビドスを元気にする為に頑張って...あれ?
私は空を見上げた。クジラみたいな雲が、フワフワ流れてる。
思い出せない。ホシノちゃんの声が、思い出せない。笑ってるホシノちゃんも、イライラしてるホシノちゃんも、頑張ってるホシノちゃんも、顔はハッキリ思い出せるのに、声だけがどうしても、思い出せない。
でも大丈夫!思い出せないのなら、また声を聞けばいいんだ!私はまた、歩き出した。何でかは分からないけど、この線路を辿って行けば、ホシノちゃんに会える気がしたから。会えるってのは、ちょっと違うかも。幽霊になった私をホシノちゃんが見れるか分からないから。だから、聞きに行くって言ったほうが正しいかも。
クジラ雲を眺めながら、私は歩く。
クジラは海が好きなホシノちゃんが一番好きな生き物。でもそれだけじゃなくって、ホシノちゃんは海の生き物全部が好きだった。時間がある時、ホシノちゃんは図書室から持って来た図鑑を眺めたり、空いたノートに生き物のスケッチを書いたりしてた。
私がはっきり覚えてるのは、商店街でホシノちゃんが貰って来た雑誌に載ってたサンゴの海。白い砂の上にカラフルな魚とサンゴが沢山いて、思わず「キレイ!」って言っちゃった。
あの時写真にあった白い砂は死んだサンゴでできてるらしくて、南のほうのあったかい海にあるみたい。ホシノちゃんと一緒に海とか、行ってみたかったな。考えてたら少し寂しくなって
「ホシノちゃん見て!あの雲、クジラさんみたいだよ!」
って言って、雲を指さした。その時に私は気付いた。スニーカーが見えなくなってるのと同じように、私の両手も透明になってることに。
お日様がいつの間にか、地平線の向こう側に行こうとしてる。もうちょっとで夜になりそう。夜の砂漠は危険だから絶対に出歩くなって、いつもホシノちゃんが言ってた。相変わらずその声は、思い出せないけど。
体がどんどん軽くなっていくのが分かった。手と足が透明になったからかな。このまま本当に宙に浮けるくらい軽くなれば、風船みたいにピューンってホシノちゃんのところまで飛んで行けるかも。
歩きながら、私は考えてる。何だか声だけじゃなくて、ホシノちゃんの顔もぼんやりしてきた。キレイなピンクの髪、オレンジと青のキレイな目。それだけのことを覚えてるのに、なんで分からなくなってるんだろう。
もしかして、このままホシノちゃんの全部を忘れて、私は消えちゃうのかな。
そう思った時、少し先で声が聞こえて来た。
「屋上サボって寝転んで青空を見下ろした~クジラみたいな雲が~形を変えていく~...ま、今のおじさんはサボってる訳じゃないけどね~」
ホシノちゃんだった。さっきまでの私みたいに、捨てられた電車の上に座って、暗くなってく空を眺めながら、聴いたことのない歌を歌ってた。横には、いつか一緒に鉱物を掘りに行った時に使ってたピッケルがある。ホシノちゃんもしかして、まだあのお宝のこと覚えていてくれてたのかな。
「うへ~、一日中探してみたけど、ちっとも出て来なかったな。やっぱりこの間のやつで全部燃えちゃったのかな~」
やっぱりそうだ!ホシノちゃん、覚えててくれたんだ!またあの鉱物、探しに来てたんだね!
久しぶりに聞く、後輩の声。幽霊になってからどれだけの時間が経ってるかは分からないけど、それが久しぶりって直ぐに分かるくらいには、時間が経ってるみたい。
風が出てきた。砂が沢山混じった風が、私の体を通り抜けて行く。お腹の辺りがスースーして、顔を下に向けた。目線の先には、冷たくて暗い砂が広がってるだけ。手と足だけじゃなくて、体まで透明になり始めたみたい。
そっか。ここで私は、今度こそ本当に死ぬんだ。
でもそのことに気付いても、怖くは無かった。だって、私がここまで歩いて来た理由が、やっと分かったから。
私が幽霊になった理由。それはきっと、この世界からいなくなる前に、大好きな人のことをしっかり覚えておく為。私にはもうあの手帳は無いし、それに色んなことを書きこむことも出来ないけれど、それでも大丈夫。
砂混じりの風が、私を削り取っていく。もう、体が言う事を聞かない。本当ならホシノちゃんのところまで歩いて行きたいけど、それは叶わないみたい。
「ホシノちゃん...!」
声にならない声を、私は上げた。そしたらその声に反応したみたいに、空を見上げてたホシノちゃんが、私の方に顔を向けた。もしかして今の声、聞こえたの...?
「え...?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう?な顔を、ホシノちゃんは浮かべてる。いつの間にか髪を伸ばして、身長もちょっぴり伸びたホシノちゃん。パッと見じゃ、一年生の時とあんまり変わってない。だけど、私には分かるよ。
「ホシノちゃん、先輩になったんだね」
砂埃で汚れたホシノちゃんの顔には、一年生の時とは違う、優しさと逞しさがあった。ホシノちゃんに守られてばっかりの私だったけど、それでも分かるよ。誰かを守りたい。先輩として、後輩を引っ張っていける存在になりたい。そう心から思わないと、今のホシノちゃんの顔は、生まれないんだから。
「元気そうで良かった。私がいなくても、きっともう大丈夫だね」
最期にホシノちゃんの顔を見た後、私は空を見上げた。一際強い風が、この世に残った私のカケラを、冷たくて乾いた空気の中に溶かしていった。
私はこれから、どうなるのかな?砂漠で死んだから、砂になるのかな?それとも、別の生き物に生まれ変わるのかな?あ、それだったら私クジラが良いかも!ホシノちゃんの大好きな生き物だし、それに海の中を自由に泳ぎ回るって、きっととっても楽しい!
だけど一つだけ、これから私がどうなろうと、絶対に変わらないことがある。
それは、私は絶対に、ホシノちゃんのことを忘れないってこと。自分で動くことができなくても、言葉を話せなくても、文字を読んだり書いたりできなくても。
そしていつかホシノちゃんが私のことを忘れても、それでも絶対絶対、私はホシノちゃんのことを、覚えているから。