月村手毬が美味しいごはんを食べるだけのお話。

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月村手毬と美味しいごはん

「……あの。月村さん、どうかしたんですか?」

 

「……え?」

 

 プロデューサーが自身の担当アイドルである月村手毬にそう問いかければ、彼女はややあってぽけっとした様子で声を漏らした。

 

「……何がですか?」

 

「いえ、どうも心ここにあらずといった様子でしたので。先程のレッスンもいつもどおり真面目に取り組んでいましたが、休憩中などは何かを考えているように見えました」

 

「…………」

 

 放課後のレッスン終わりに、事務所で机を囲んでミーティングをしている最中の事だった。

 手毬はプロデューサーの言葉に、少しだけ迷うように眉を寄せて俯く。しかしすぐに顔を上げると、真剣な目つきでこのように口を開いた。

 

「……プロデューサー、相談があります」

 

「…………なるほど。今度は誰と喧嘩したんですか? ……いえ、あるいは炎上でしょうか。SNSは禁止したはずですが、どこから……」

 

「違いますっ! プロデューサー、私の事なんだと思ってるんですか!?」

 

「次期一番星(プリマステラ)兼自走式の癇癪玉(かんしゃくだま)、ですかね……」

 

「~~~っ!!」

 

 褒めと貶しを同時に喰らった手毬が、真っ赤な顔でプロデューサーを睨みつける。次期一番星という評価は素直に嬉しいが、その後に続く内容が良くなかった。文句を言ってやりたいものの、これまでの行いがあるために強く否定もできない。

 そんな複雑な気持ちが込められた表情だった。

 

「……続けましょうか。問題を起こした訳ではないとなれば、相談とは一体?」

 

「プロデューサーが話の腰を折ったんでしょう……っ! ……こほん」

 

 流れを戻すように、手毬はわざとらしく咳払いをした。そして、やはり言い出しづらいといった様子を見せながらも、ついにその内容を語りだす。

 

「実は……」

 

「実は?」

 

「…………その、美味しいご飯が食べたいな……って」

 

「………………はぁ」

 

「そ、そんなに思いっきり溜息吐かなくてもいいじゃないですかっ!?」

 

 何時になく真剣な口調からどんな相談が飛び出すかと思えば、そのあんまりな内容にプロデューサーは思わず目元を手で覆った。

 ずるずると椅子から滑り落ちそうになるのを堪え、立ち上がってまで抗議する手毬に対して反論する。

 

「溜息の一つくらい吐きたくもなります。今後の方針について悩みでもあるのかと思ったのに、蓋を開けてみればこれなんですから」

 

「私にとっては大事な事なんです!」

 

「……というか、秦谷さんと仲直りして以降は彼女にご飯を作ってもらっているでしょうに。あんなに美味しいと喜んでいたじゃないですか」

 

「それはっ……そうですけど……。でも、そうじゃなくって! 分かるでしょう!?」

 

 ずいと身を乗り出した手毬の抽象的な弁も、しかしプロデューサーであればおおよそ理解できる。

 要するに、彼女の好物であるとんこつラーメンだとか、端的に言えばカロリーの高いものを食べたいと言っているのだろう。

 

「……まあ、月村さんの要求は理解しました。ですが、何故急にそんなことを?」

 

「……昨日、テレビで美味しそうな豚カツを見ちゃって」

 

「それで、食べたくなってしまったと?」

 

 ばつが悪そうに目を逸らす彼女の姿は、プロデューサーの問いに対する答えを雄弁に物語っていた。

 

 とはいえ、それについてこれ以上追求する意味も薄い。

 プロデューサーは鞄から取り出したスケジュール帳に目を落とし、ぱらぱらとページをめくっていく。

 

 やがて、「ふむ」と呟きながら小さく頷くと、壁にかけられたカレンダーへ目を向けながら口を開いた。

 

「来週の土曜日であれば、食事に出かけられると思います。その代わり、前後数日のレッスンはいつもより量を増やす必要がありますが……問題ありませんか?」

 

「っ! も、もちろんですっ!」

 

 プロデューサーの提案に対し、手毬は目を輝かせて首が取れんばかりに何度も頷いて見せる。それから、頬に手を当ててにへらとだらしなく口元を緩めた。まだそれなりに日があるというのに、既に当日の事で頭がいっぱいらしい。

 

 まあ、いいか。そう思いながらプロデューサーは軽く息を吐く。

 好きなものを食べるという行為は、モチベーションの向上に一役買ってくれる。特に、月村手毬に対しては効果覿面(こうかてきめん)だ。

 

 これが、プロデューサーが彼女の担当になったばかりの頃であれば許可を出すのは難しかった。

 しかし今の手毬ならば問題ない。しっかりと体を絞り、なおかつ厳しいレッスンを日々こなしているのだ。

 余程食べ過ぎない限り、運動量の調整で十分にバランスが取れるだろう。

 

 そんな訳で手毬の悩みは解決だ。これにて一件落着、さあミーティングを再開しよう。

 

 ……とは、いかなかった。

 

「——私では、満足できないということですか?」

 

「……!?」

 

「……えっ!? み、美鈴! いつからそこに……!?」

 

 いつの間にかプロデューサー達が囲む机のすぐ傍に立っていたのは、手毬の大切な友人である秦谷美鈴その人だった。彼女はハイライトの消えた瞳で、二人の事をじっと見つめている。

 その恐怖すら覚える立ち姿に怯みながらも、プロデューサーは口を開いた。

 

「……こんにちは、秦谷さん。先程の会話を聞いていたのですか?」

 

「こんにちは、まりちゃんのプロデューサーさん。……はい。全て、聞かせていただきました」

 

「美鈴……。これは、その……美鈴のご飯に不満がある訳じゃなくってぇ……」

 

「……ごめんなさい、まりちゃん。少し意地悪が過ぎましたね。怒っていないので大丈夫ですよ」

 

 おろおろと弁明する手毬の頭を、美鈴はそっと撫でる。

 割と目が本気だったじゃないか、というつっこみをプロデューサーは何とか飲み込んだ。

 

「……ですが、言ってくれれば私が作るのに、とは思いました」

 

「いつも作ってもらってるのにその上なんて、迷惑じゃない……?」

 

「もちろんです」

 

 にっこりと微笑む美鈴に、手毬の顔もぱあっと明るくなった。

 そんな風に話がまとまったところで、美鈴はプロデューサーに向き直り口を開く。

 

「……という訳で、プロデューサーさん。勝手に決めてしまいましたが、よろしいですか?」

 

「構いませんよ。ただ念のため、後ほど献立の共有をお願いします。秦谷さんを信用していない訳ではありませんが、摂取カロリーによってレッスンメニューの調整が必要なので」

 

「分かりました。……まりちゃん、せっかくならカツカレーなんてどうでしょうか。カレー、好きですよね?」

 

「……!! う、うんっ! すごくいいと思う!」

 

 テンションが上がり過ぎたのか、手毬は小さく飛び跳ねながら賛成の意を表す。

 それから、強気な笑みを浮かべてぐっと拳を握りしめた。

 

「プロデューサー。私、今ならどんなに厳しいレッスンでもこなせそうです!」

 

「くれぐれもオーバーワークには気を付けて下さいね……」

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎ、ついにやってきた当日。

 時刻は正午を過ぎた頃、綺麗に片付けられた事務所のテーブルの上には、美鈴が先程作ったばかりの料理が並んでいた。

 

 食欲を煽るスパイシーな香りを漂わせるとろっとしたルーと、一粒一粒が光り輝いているお米。更にその上には、サクサクの衣に包まれた分厚いカツが鎮座している。そして、付け合わせにはシンプルなサラダ。

 ご馳走を前にして、手毬は最早待ちきれないといった様相でそれらを見つめていた。

 

「それでは、食べましょうか」

 

 椅子に座る美鈴が手を合わせ、手毬とプロデューサーもそれに(なら)う。

 

「いただきます」

 

「いただきますっ!」

 

「……いただきます」

 

 三者三様に食前の挨拶を終え、各々がスプーンを手に取った。

 いの一番にカレーを口に運んだのは、もちろん手毬だ。

 

 息を吹きかけて冷ますのもそこそこに、湯気が立ち上る一匙を一息に頬張る。

 当然ながら熱いためにほふほふと口内を冷ましながらも、彼女の表情は幸せそうだった。

 

 数回の咀嚼の後口を空にした手毬は、間を置かずにスプーンを置き箸に持ち変えるとカツを一切れ摘まむ。

 それを口に運んで齧れば、サクッという軽い音と共に口いっぱいに肉の旨味が広がった。

 

 一連の動作を終えた後、手毬はうっとりとした様子でほう、と息を吐く。

 かと思えばまたすぐにスプーンでルーと米を掬い一口。夢中になってがっつく手毬に、美鈴は幼児を見守る保護者のように優しげな眼差しを向けた。

 

「ふふ……まりちゃん、急がなくても食事は逃げませんよ」

 

「——ごくん。だって美鈴、これ、とっても美味しい! ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 そんな微笑ましいやり取りを眺めながら、プロデューサーが遠慮がちに口を開く。

 

「……俺もいただいてしまってよかったんですか?」

 

「あら、お口に合いませんでしたか?」

 

「いえ、とても美味しいです。しかし、秦谷さんとしては月村さんと二人の方が気兼ねなく楽しめたのでは、と」

 

「……」

 

 プロデューサーの言葉を受け、美鈴は握っていたスプーンを静かに皿の上に下ろす。

 それから何かを思案するように目を伏せると、再びスプーンを手に取って何事も無かったかのように食事を再開する。

 

 暫しの無言の後、美鈴はぽつりと呟いた。

 

「……これは、お礼も兼ねているんです」

 

「……」

 

「今こうしてまりちゃんと一緒に食卓を囲めている。それはきっと、プロデューサーさんのお力あってのことだと思いますから」

 

「……俺は、月村さんのプロデュースをしているだけですよ」

 

「そうですね。ですが、そのおかげでまりちゃんに余裕が出来たんです。自分を見つめ、そして周囲に目を向ける余裕が。ですから、やっぱりプロデューサーさんのおかげだと思います。……ありがとうございました」

 

「……そこまで言われては、否定を重ねるのも失礼ですね。ひとまず、そのお礼は受け取らせていただきます」

 

「ふふ、はい。……さ、早く食べないと冷めてしまいますよ」

 

「……そうですね」

 

 プロデューサーがカレーを頬張る。どうしてか胸が温かくなったのは、きっと香辛料のせいだけではないのだろう。

 静かに、だが沸々と腹の底から活力が湧いてくるような心地だった。

 

 美鈴とプロデューサーの間に、穏やかな空気が流れる。

 

「——ごちそうさまでしたっ!」

 

 それをぶち破ったのは、すっかり空になった器を前に手を合わせた手毬の元気な声だった。

 

「……? 今、二人で何か話してた?」

 

「いえ、大したことではありませんよ。……それより、月村さん。もう食べ終わったのですか? 俺はまだ半分程度なのですが……」

 

「まりちゃん、ゆっくり食べないと体に悪いですよ?」

 

「うっ……。その、美味しすぎてつい……」

 

 二人から詰められ、手毬はしょもしょもとした表情を浮かべる。だが、その目が一瞬プロデューサーの皿に残ったカツカレーへ向けられたのを美鈴は見逃さなかった。

 

「……おかわり、要りますか?」

 

「えっ! ……いいの!?」

 

「はい。……プロデューサーさんから、許可をいただければ、ですが」

 

「ぷろでゅーさぁ……」

 

「…………」

 

 瞳をうるうるとさせながら、手毬は弱々しくプロデューサーに呼びかける。

 

 ここでおかわりを許せば、想定していた摂取カロリーを確実に超えてしまう。それは手毬自身も理解しているはず。彼女の事を考えるなら、心を鬼にして却下するべき場面だ。

 

 しかし。

 

「…………一杯だけですよ」

 

「……っ! ありがとうございます!」

 

「ふふ、それでは、おかわりをお持ちしますね」

 

「うんっ!」

 

 泣き出す寸前の子供のような眼差しに、プロデューサーは敗北した。

 だが、純粋無垢な笑顔を浮かべる手毬の姿に、まあ仕方ないかと無理やり自分を納得させる。

 

 せめて彼女が調子を崩すことがないよう、精一杯にアフターケアをしよう。

 そう心に決め、るんるんと肩を揺らしておかわりを待つ手毬を見るのだった。

 

 

 

 

 

「あの、プロデューサー……」

 

「何ですか?」

 

「事前に聞いていたよりも、大分レッスン量が増えていませんか……?」

 

 翌日。

 

 特別に調整したレッスンメニューに目を通した手毬は、顔を引きつらせて尋ねた。

 そんな彼女に、プロデューサーは嘆息しつつ返答する。

 

「……それはそうでしょう。元々はおかわりなんて想定していませんでしたから。しかも、結局最後に追加でカツを食べましたよね?」

 

「うぅ……だってぇ……」

 

「まあ、過ぎたことはいいんです。……強く止めなかった俺にも責任はありますからね。それよりも重要なのはこれからどうするか、です。レッスン量についてはご安心下さい、各トレーナーの先生方と綿密に相談した上でメニューを決めています。……今の月村さんがこなせる限界ぎりぎりを攻めているので、とてもとてもきついとは思いますが。これもパフォーマンスを維持するためです、どうか乗り越えて下さい」

 

「~~~っ!! 分かりましたよっ! 完璧にこなしてみせます! ……絶対にっ、体重は増やしませんからっ!」

 

 真っ赤な顔で叫ぶように言い放った手毬は、足取り荒く事務所を後にする。

 そんな彼女の背中を見送りつつ、プロデューサーは再度深い溜息を吐いたのだった。

 

 ちなみに。

 数日にわたる厳しいレッスンをきっちり完遂した手毬は、宣言通り体重の増加を避けることに成功したらしい。

 

 

 

 


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