白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#1 一二〇年前Ⅰ

私達(エルフィン)は完璧な存在であると言うそうだ。

故に我が種族は女しか生まれず、排泄物すらほぼ出ないという。

 

かつて、この国を統治した女王は三圃式農法と呼ばれるものを広めた優秀な女王であったとかいう。

他にも治水や漁業に関しても自ら先頭に立ち、指導をし続けてきたという。

そして歴史にも残されているが、我が国は同時期では類を見ない繁栄を見せたという。

実に羨ましい限りである。そんな同胞として生まれたことが心底妬ましい。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

息をするだけで白くなる。

無理もない。この渓谷は源泉に近く、流れの早い川がすぐ隣を流れているために冷たい冷気が水によって運ばれてくるため、朝になるとよく霧も発生する。

 

「寒いな…」

 

その女は数日前に自分達で作り上げた足跡の胸壁の影に隠れて片手に渡された前装式小銃(マスケット)を肩に傾ける。

 

「我慢しろ。出来損ない」

 

その隣で霧の奥を目を細めて凝視して見てる同胞(白エルフ)がやや適当に答える。彼女は何日もこの場所で監視任務を行っており、疲れを隠さないで返した。

 

「…ふぅ」

 

これ以上文句を言っても無駄であると私も分かっていたので、仕方なく三角帽子を顔面に被り直し、支給された軍服のポケットに手を突っ込んで寝込む。

 

「おい、勝手に寝るなよ?」

「うっせぇ。何日ここにいると思ってんだ」

 

ガラ悪く答えると、彼女はそのまま寝入りそうになった。

すると遠くから馬の音が聞こえてきた。

 

「何だ?」

 

その音に首を傾げると、森の小道から一騎が出てきた。馬に跨っていたのは黒エルフ(デック)であった。

すると彼女はそのまま馬を降りて胸壁に隠れていた二名の私達を見つけて話しかける。

 

「君たちが監視隊か?」

「そうだ、インディネス隊だ。そちらは?」

 

すると伝令に来た黒エルフは敬礼をして名乗った。

 

「伝令のヘンネ・アナセンだ。司令部からの連絡を送りに来た」

 

彼女はそう言うと、監視をしていた白エルフは寝ていた同僚を蹴飛ばした。

 

「おい」

「んがっ」

 

蹴飛ばされた白エルフは不満げに目を開けて体を起こした。

 

「なんだ?」

「伝令だ。本隊に行って来い」

 

そう言われた白エルフは軽く舌打ちをして体を起こした。

 

「チッ、分かったよ」

 

面倒くさそうに、そして嫌そうに蹴飛ばした白エルフを見た彼女は軽く汚れた服を払って伝令に来た黒エルフに敬礼をした。

 

「キアステン・ラーセンです。これより本隊にご案内いたします」

 

三角帽子を被り直し、エルフィンド式の敬礼を行って彼女は伝令の黒エルフを見ると、一瞬伝令の黒エルフは驚きながらも、先に命令を伝えるために彼女の後についていく。

軍にいるエルフにしては子供じゃないのかと首を傾げたが、それよりも気になったことがあった。

 

「失礼、キアステン…「二等兵です」二等兵。一つ聞いてもいい?」

「何でしょう?」

 

どこか敵対心すらある雰囲気の彼女にヘンネは早速質問をした。

 

「君はエルフなのか?」

 

その時の彼女の視線は耳にあった。通常、そこには大きく横に尖った耳があるはずであるが、今案内している彼女はそれが無かった。まるで人間族のような耳であった。

 

『ええ、正真正銘エルフですよ』

 

すると彼女は答え合わせをするように魔術通信をしてきた。悟られないように絞って行われた通信はヘンネは彼女が同族であることを理解して驚いた。

 

「どうして耳がない?」

「生まれつきです」

 

短く、まともに話す気がない様子の彼女は視線の先の餅の中で野営をしていた部隊を見た。

 

「ちっす、伝令だそうです」

 

やる気のない様子で彼女は言うと、野営していた白エルフたちは一斉に伝令に来た黒エルフを見たあと、敬礼をして声を張りあげる。

 

「ヘンネ・アナセン軍曹です!司令部の伝令に参りました。インディネス氏族長に御目通り願いたく」

 

すると彼女はそのまま部隊長でもある氏族長のもとに案内されると、その時誰かの白エルフが放った一言が、耳に入った。

 

「チッ、耳なしかよ」

「人もどきが何の用?」

 

その目は軽蔑と侮辱に満ちていた。金髪碧眼の彼女の容姿はエルフの中では美しいとされる部類だが、明らかに子供ではないかと思える年齢の白エルフがここにいる理由。それも最前線で斥候をしていた理由を察した。その時、ヘンネはこの部隊の中で彼女がどのような扱いを受けているのかを理解した。

 

「司令部の伝令に君たちが来るとはね」

 

そして天幕に入ると、そこでは一人の白エルフが待っており、ヘンネは司令部から渡された命令書を送る。

 

「ふむ、奴らは間も無く通過するか。承知した」

 

命令書を受け取り、その白エルフは数回頷いた上で手の仕草をした。

 

ーーとっとと出ていけ。

 

言外にその意味が込められていることを彼女は理解した。この部隊は首都ティリオン近くの有力氏族の派遣した部隊。南部に住まう我々(黒エルフ)を教典で降星を見なかった者として侮辱の対象にあることは聞いていたし、白エルフにものを言うときは氏族長を経由したほうが早くなると言うことも、姉から聞かされていた。

 

「失礼しました」

 

そう言って天幕を出ると、ヘンネは駐屯していた部隊のそばで待っていた耳のない白エルフを見る。

 

「すまないな」

「いえ、仕事ですので」

 

彼女はとっとと離れたかったのか、距離をとって待っていた。

 

「君はここに来て日が浅いのか?」

「はい」

 

ヘンネの質問にキアステンは頷いた。短い言葉のキャッチボールの連続であったが、彼女(キアステン)は聞いた質問にはある程度は答えてくれた。

 

「なぜ君のような若い子が前線にいるんだい?」

「さぁ?」

 

ただし、この質問をしたら彼女が鼻で笑って惚けた様子を見せた。おそらく先ほどのあからさまな反応から、彼女は同族からも嫌悪されているのだろう。

彼女はエルフであるにも関わらず耳がなく、一見すると人間族のように見えてしまうからだ。おそらく、ティリオンに近い彼女達はエルフですら見えない彼女を軽蔑したのだろう。

 

「苦労しているのではないか?」

「…いいえ?」

 

その時、ギロッと彼女はヘンナを睨んだ。その時の目の鋭さは鷹の眼のような痛々しさがあった。

白エルフであるにも関わらず、彼女は同族から差別を受けている。あれほどあからさまに差別をするものなのかとヘンナですら驚いてしまった。

 

「…そうか」

 

そしてヘンナは彼女のその対応に失礼な質問をしてしまったのだとすぐに理解して謝罪をした。すると彼女はその謝罪に目をやや丸くした。

 

「…」

「?」

 

彼女がなぜ驚くのかとヘンナが首を傾げると、キアステンは思わずポロッと溢した。

 

「素直なんですね。黒エルフって」

「…」

 

その反応に、思わず聞いていたヘンナは吹き出してしまった。

 

「んぐっ、あははははっ!」

「…っ、なに笑っているんですか」

 

そしてジト目で見ていたキアステンは吹き出した彼女に首を傾げて呆れた。

 

「いや、悪いな。まさかそんなことを言われると思っていなかったものだから」

 

笑ってしまったヘンナはそこでキアステンに手を伸ばす。

 

「キアステン。今度ともに一席どう?」

「…ありがたいですが、お酒はあまり強くありませんので…」

「ほう、珍しいね?」

 

帰り道の途中、二人はそんな話をしていた。

 

「正確には、飲んだこともないのでわからないのが正しいですが…」

「ほう、なるほどな〜」

 

ヘンネは察したようで彼女の体つきを見る。古く使われた陸軍の服の下に見える細い華奢な腕。おそらく栄養が足りていない証拠だろう。まともな教育をされているとは思えず、彼女は元農奴であった可能性すらある。しかし欠損歯は確認されていない。

 

この前、内務大臣に就任したドウラグエル・ダリンウェンが発布した農奴解放令により、多くの農奴が地主の元を離れ、地元に帰ることとなった。

おそらく彼女もその一人で、その見た目から穀潰し要員としてこの前線に送られたのだろう。

 

「どうだろう?この戦が終わったら私の村に来ないか?歓迎するぞ?」

「…大丈夫です」

 

その時、一瞬だけキアステンの目に迷いがあった。その瞬間をヘンナは見逃さなかった。

 

「何だ、白銀樹が心配なのか?」

「いえ、そう言うわけではないのですが…」

 

そんな事を話していると、二人は先ほどの胸壁に戻ってきた。

 

「では失礼する。共にオークを撃退しよう」

「ええ、白銀樹の加護が在らんことを」

 

適当なエルフィンド式敬礼を行うと、ヘンナも敬礼で返して馬に跨った。マスケットを背負った耳なしのエルフは馬が見えなくなるまで見送ると、命令された胸壁の前でひたすらに待っていた。

 

「…はぁ」

 

そして直後に大きなため息をついて呆れたように振り返って疲れた足取りで歩く。

 

「教義なんてクソ喰らえだ…」

 

足元がやや不安定であるが、彼女はそれでも命令された通りに胸壁の監視を行う。どうせ命令無視で逃亡を図ったところで、見えている未来は決まっている。死ぬのであれば、味方ではなく敵に殺されたいものだ。

 

「…オークか」

 

眼下に広がるのはロザリンド渓谷。間も無くここを、豚頭族(オーク)の軍団が通過する。

彼らは実に生存本能に従って動く生物であると聞いている。かつて、農奴として幼少期に捨てられた彼女ですら話で聞いた存在だ。

凶暴で、粗野で、同族すら貪欲に喰らうことさえある種族。それがオークだ。

現在、そのオークはドワーフの国に攻めており、そのことで驚異になったエルフィンドが軍をこの場所に出兵していた。

 

「どんな連中かな…」

 

フッと彼女は笑うと、噂では騒がしい奴ら(グラムホス)とさえ言われる種族に対し、興味深そうな眼差しで胸壁に戻った。

 

「おいっ!耳なし!どこほっついてやがった」

「チッ…」

 

しかし胸壁に戻ると、そこで先ほどまで監視をしていた奴とは違う連中が待っており、口うるさい奴が来たもんだと露骨に舌打ちをした。

 

「何だ?」

「なぜ持ち場を離れた?」

「伝令」

「嘘をつくな」

 

明らかな軽蔑の眼差し、耳がなければもはやエルフですらないと彼女達は嗤った。生まれてすぐに農奴として農場で働かされた彼女は、そこで銃のフリズンを開ける。

 

「黙れ。殺されたいか?」

 

農奴として、農奴の中でも嘲笑された彼女の目に思わず白エルフは息を呑んで短くこう返した。

 

「…後で覚えておけよ」

「そうかい」

 

もはや慣れた様子で彼女は少し苛立った様子で胸壁に座り込んだ。

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