白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#16 地下に潜る日Ⅳ

シルヴァン川東方下流域、そこは川幅がある代わりに比較的浅さの場所であった。その為、早々に放逐が分かった黒エルフ達は自らの生存のために南に逃げ始めていた。

 

「何が起こった!」

 

怒鳴り込んできたのはドワーフ兵であった。黒いオルクセンの軍服に身を包んだ彼は、そこで部下からあった報告を聞いていた。

 

「森で倒れていた黒エルフ族を保護しました」

「数は?」

「二〇名ほど、負傷者もいましたのでエリクシル剤投与による治療を始めました」

 

部下からの呼び出しを受けて、至急で国境警備隊の詰所に飛んできたそのドワーフ兵は考える仕草をとる。

場所はシルヴァン川北岸。オルクセン王国が唯一ベレリアント半島に持っている領土だ。

 

「黒エルフか…」

「銃声が数回聞こえたと哨戒隊から報告も上がっています。これは一体…?」

「白エルフが始めたんだろう」

 

部下のオーク兵にドワーフ兵は言うと、彼は首を傾げた。

 

「哨戒隊に伝えろ。可能な限り国境のこちらに逃げて来た者たちを保護しろ」

「…宜しいのですか?」

 

彼らもまたエルフィンドで何か大きなことが起こっていると分かっていた。少なくとも数十人規模で黒エルフが森の中で倒れているなどあり得ない。そしてそうした黒エルフを保護したと言うのは国境警備隊の中でも緊張が走った。

 

「無許可越境で拘束するんだ。そうしたら、国境警備隊が動かせる」

「はっ!全部隊で哨戒に当たらせます」

 

その意味を誤解しなかったオーク兵は敬礼をすると、すぐに伝令のために部屋を出る。

そして部屋が静まり返ったところでそのドワーフ兵は窓の外を見る。

 

「放逐か…白エルフ」

 

今までの状況からすぐに彼はエルフィンドが行っている行為を弾き出す。

一二〇年ほど前、彼の故郷でもあったドワルフシュタインを滅亡させたのも彼女達。当時、彼は母と共にモーリアで不思議なキャメロット人によって救われ、南に逃げて生き延びていた。

そのキャメロット人はエルフィンド陸軍の制服を着ており、多くのドワーフを南に逃すために一騎当千の勢いで飛び出して行った。とても幼い容姿をしていた上に人間族のようであったので後々に首を傾げたものである。

ただそれ以来、一度も会うことはなかった。

 

「貴様らは何度同じ轍を踏むのだ?」

 

それは疑問であり、呆れでもあった。

かつて我々(ドワーフ)を放逐し、次にコボルト族を放逐した。それから大鷲や巨狼を半島から追い出し、エルフィンドは今の繁栄をもたらしていた。

 

「…」

 

彼は、母や他のドワーフを生かしてくれたあの人物の事を常に忘れないように生きていた。そしてもしかすると会えたらな、などと言う願望によって国境警備隊の隊長まで上り詰めていた。

 

「白エルフよ、自らの手足を切ってなぜ生きられると思うか?」

 

彼の何処か悲しげな、憐れみを持ったこれは部屋の中に静かに消えた行った。

 

 

 

結果的に、この地域では一〇〇余名の黒エルフが無断越境により拘束をされ、エリクシル剤による回復を待ってから事情聴取のためにメルトリア州の州都に移送された。

 

この事件は直ちにオルクセン国王、グスタフ・ファルケンハインの元に届けられた。お忍びの保養中であるにも関わらず、彼はその報告を側近にも周知させていた。

 

そしてその直後に、とある黒エルフの氏族長との会合を果たす。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

シルヴァン川東方下流域、北岸。

その場所では次々と黒エルフが川を越えていっており、暗闇の中を魔術を使って数名の黒エルフが筏を繋げた浮き橋の上や下を掴んで進んでいく。

 

「白エルフはどうだ?」

「今の所、ここから二キロほどで足止めをしています」

 

村の広場で氏族長に聞かれてキアステンは答えた。その足元には

 

「連中、砲兵隊を連れてきていません。おそらく砲撃音を対岸に聴かれたくないからでしょう」

 

彼女は冷静に話すと、聞いていた氏族長は少し顔を安堵させる。少なくともこれで砲撃によって浮き橋が破壊される可能性は無いと断言できたからだ。

 

「砲撃での破壊はないか…」

「ですが問題は浮き橋です。昼の雨の影響で川の水位が増えています」

「…使えなくなると?」

「最悪は」

 

そこで彼女はズボンから懐中時計を取り出して時間を確認する。彼女はこの場所で氏族長として指揮をとっていた。既に最初に渡ったグループはオルクセンの国境警備隊に包囲され、今は対岸で保護をされていると出力を絞った魔術通信によるバケツリレー方式で北岸に届いていた。

 

「…あとどれくらい保つか?」

「向こうが攻撃を再開するとなると…一両日ほどです」

「了解した」

 

その時、氏族長はこの地域に黒エルフがいられる時間を知るとある判断をする。

 

「明日の昼までに無理なら、残りを引き連れて上流側に逃げる」

「分かりました」

 

白エルフの放逐部隊は村の白銀樹の切り倒しを始めており、村としての死を見て失輝死をした者もこの村にいる事を知った。

 

「集められる護符は回収して、分かるものは埋めて来ました」

「…すまん」

 

表に立って戦闘をしたキアステン達や一部の黒エルフ達によって、途中に倒れていた黒エルフの亡骸から護符を回収して来た。せめて生き残った者達への慰めの為、護符をできるだけ回収して行って川を渡っていく者たちに渡して行った。彼女達もそのことを知っており、無言で頷いて怪我をした腕で護符を力強く握った。

 

「砲兵や騎兵が来ればここも一発です。氏族長も生き延びてください」

「…ああ」

 

キアステンの言葉に氏族長はゆっくりと頷いた。

そして彼女は切り上げのことを魔術通信を使って仲間たちに伝えに向かうと、その様子を見ていた氏族長は彼女に一種の恐れを持った。

 

 

ーー君は、どうしてそんなに嬉しそうにしているのだね?

 

 

白エルフによる黒エルフの放逐を以前より私達に話していた白エルフ。

かつて同族から追放をされた護符を持たない、耳が無いエルフ。

白銀樹を捨て、故郷を離れて人間族に紛れた魔種族。

 

今まで話の中で笑った事はあった。だがあの笑みはそんなものではない。

待ちに待ったものが来たことに興奮や、絶頂すら覚える狂喜の笑みをしていた。おそらく本人は気づいていないだろう。

 

「キアステン…」

 

氏族長はそこで浮き橋を渡っていく黒エルフを見ながらこの村の、もはや同胞と言っても差し支えのない白エルフに氏族長は少し困ったような表情をした。

 

 

 

遅滞戦術でエルフィンド軍の放逐を防いでいる間、河原で逃げ延びて来た黒エルフ達の誘導や説得を続けて来たヘンナは話しかけられた。

 

「ヘンナ」

「キア?」

 

森の奥から降りて来た親友の耳のない白エルフに私は首を上げた。

白エルフであることを考慮して、多くの黒エルフがいる川辺から離れた場所で話す。

 

「通信は聞いた?」

「うん。明日までになんとか全員を渡らせる」

 

私は頷き、河原で十人ほどの人数で肩を組んで浮き橋を進む同族達を見る。数百人の有象無象の黒エルフ達が着の身着のままに集められていた為、中には服以外の私物がないと言う者さえいた。

白エルフ達の放逐を理解できずに、その後に大切に育てて来た子供を殺されたと意識したことで失輝死してしまう者や自裁者まで出ていた。

 

「いや、一日でこの残った黒エルフに川を越えさせるのは無理だ」

 

そんな河原に残った黒エルフを見てキアステンは断言した。

 

「他にも統率が取れそうな人間は?」

「副氏族長だったって人は…」

「その人に言って、健康な人たちを先に上流側に避難させて」

「分かった」

 

今は静かだが、次に部隊が来るときはもっと重装備で来るだろう。そしてこちらは数日にわたる攻撃でかなりの面々が疲弊していた。

 

「キアは大丈夫?」

「そんなやわだったら国から出た時点で死んでるって」

 

キアステンはそう言うとヘンナはこんな状況でも適切に動けている彼女に、日頃から想定していたことが幸いしたなと思っていた。

 

「主力は引き抜けないけど、他の場所でも対抗している黒エルフがいるらしいから、彼女達にも任せるしかない」

「分かった。その事も伝えておく」

「頼んだ」

 

キアステンは頷くと、そのまま彼女は村に戻っていく。

 

 

 

 

 

浮き橋を使った村が遠くに見えるようなほどの距離で散兵戦術をとっている傭兵団の面々。アグネスは偵察中の狙撃兵に聞いた。

 

「状況は?」

『魔術通信の量が増えているが、敵が来る気配はないです』

「…襲った村々の処理を優先し出したか」

 

すぐに彼女は理解すると、その事に他の白エルフ達は悪態を口にする。

 

「本来、軍隊は国を守る盾では無いのか?」

「そうだ。警察は国の中の秩序を守るためにあり、軍は外敵を守るためにある」

「…ではなぜ神話でも記されている黒エルフに銃口を向けるんですか?」

「それが政府の決めた事だからだろうな」

 

沸々と煮えたぎる怒りの感情をしかと受け止め、彼女達はここで見た惨劇を思い出す。

 

「…赤ん坊の喉に銃剣を突き立て、家を燃やして、畑を踏み荒らすのがここの軍(エルフィンド軍)だと?」

「お前がそう見えたなら、そう言うことだろう」

 

アグネスは副団長に答えると、彼女は行った。

 

「…私は、白エルフとして恥ずかしいです」

「…私もだ」

 

誇り高き白エルフ。神話の時代から優れた農法により国を富ませ、歌や踊りといった文化を大切にする我が種族。

しかし彼女達が見たのは、そんな文化を重んじる美しいエルフィンなどでは無い。

 

「連中は獣だ…。自分達を完璧だと思っているだけの…他人から奪うことしかできない獣だ」

「私は、昔あそこにいたのが信じられないさ」

 

畔で顔に泥を塗って隠し、口元をスカーフで覆った彼女達は、自分達の同族の蛮行を前に自らの生まれを呪った。これほどまでに恥辱を受けたことは生涯として一度もなかった。

 

「どうする、村に帰るか?」

「…馬鹿なことを」

 

そんな同僚の質問に愚問であると返すと、彼女達は言う。

 

「この国は滅ぶべきだ」

 

無論、この国にも良いものは多くあることは知っていた。

文化は素晴らしい。いっそ美しいとさえ思える。しかし思想は間違っている。

 

「護符を焼き捨てる覚悟は?」

「…やってやるわよ」

 

間違いは、正されなければならない。

 

もはや何も言うまいと彼女達は連帯する。そこで魔術通信でキアステンから明日には橋を破壊して上流の方に黒エルフを逃すことが伝えられた。

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