白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#17 地下に潜る日Ⅴ

浮き橋の存在にエルフィンド軍が気が付いたのは黒エルフの渡渉がかなり進んだ頃であった。

 

「奴ら、いつの間に橋を作ったんだ!?」

 

木場で係留されていた筏を繋げた浮き橋は、縄だけで固定され川の流れによって簡単にちぎれてしまう極めて脆弱な橋であったが、水の中を進むよりは圧倒的に早く川を渡ることができた。

黒エルフがキャメロット人の提案で林業をするようになったことはその木材を買って家を建てていた白エルフ達も知るところであった。

そしてこの時、白エルフの部隊は東方下流域の一つの村で足止めを受けて一時後退を強いられるほどの被害を出した。

 

「くそっ、奴らにこんな戦力があるなんて聞いていないぞ」

 

暗闇の中に隠れて攻撃を行ってきた白エルフは馬を回して撤退を行う。そこで増援を申し出ると返答があった。

 

『攻撃再開は明朝とする。それまでは対象者の移送、並びに残敵掃討せよ』

 

増援を派遣したので到着するまで待てと言うものであった。その命令に従い、放逐を行った白エルフ部隊は停止し、生捕となった黒エルフは農奴として移送が決まっていた。

その後、奴隷のように酷使をされたことで死亡した黒エルフも数多くいた。

 

 

 

 

 

キアステンは川辺で川を越えていく黒エルフ達を見送っていく。

 

「次の組!」

 

黒エルフは叫ぶと、河原から浮き橋の上を歩いていく黒エルフのグループを見る。

かつて、コボルト族を逃した時の経験がうまく生きているなと内心で思った。彼女達は浮き橋の上を歩くと、踏み込むたびに筏の隙間から水が溢れる。

筏は縄で縛られただけで極めて不安定な構造だ。流れに合わせて揺れており、思わず筏にしがみついてしまうこともある。

 

「気をつけて」

「はい…」

 

筏の所々では黒エルフがオールを持って筏を川に固定していた。水深のある場所にかけてあるため、黒エルフ達は安全に川を渡ることができていた。

筏師として長年急流で筏を流してきた彼女達は慣れた様子で筏を揺らさないようにしていた。

 

「敵は?」

「まだ見えていない」

 

筏の上で走ってきた仲間の黒エルフは口頭で話す。

 

「向こうで白エルフがうまく押さえ込んでくれているおかげだ」

「…そうね」

 

筏の上で同胞を南に逃している中、小銃や自前の銃を持って警戒をしていた彼女達は北側を見つめる。

その後ろを仲間が南に歩いていく。皆が不安げな顔をしており、自分たちに撃ってきた白エルフやこれから逃げる先にあるオルクセンというオークの国に全員がどんな場所かのか。

自分たちはそのまま食われてしまうに違いないと叫ぶ黒エルフもいた。

 

後ろには殺しにかかる白エルフ、前には野蛮で貪欲なオーク。

 

どっちに転んでも地獄であるというのなら、目に分かって死んでしまう白エルフよりも彼女達はオークを選んだ。

靴を濡らし、傷の痛みを堪え、仲間の護符を持ち、ただひたすらに歩いていく。

 

「…妙なものです。私たちを狩に来た白エルフから守っているのも白エルフだ」

「まあ、仕方ないだろう」

 

筏師の彼女は知っていた。この木材流送や林業を提案したのは一人の白エルフであるということを。まだ村と言っていたが、その実態は街であったと言っても過言ではないほど発展していた。

彼女は狩猟で成り立っていた私たちの正確に林業を持ち込み、聖地に数えられるシルヴァン川の木々を整備する目的で木を切り倒して木材に仕立てて街に卸す。そして白エルフから大麦や燕麦を買ってきて売っていく。

 

「まるで神話の女王のようだな…」

「?」

 

ボソッと漏らした彼女の言葉に首を傾げると、筏師に銃を持った黒エルフは聞いた。

 

「この筏はどうするんですか?」

「縄を切って捨てる。使い道を失った筏は用済みだ」

 

そして浮き橋をまた新しいクループが歩いてくる。

グループごとに分けて歩かせるのはもし筏が切れた時に全滅するリスクを抑えるためもあるが、一列になって歩くとその重量で筏が川に沈んでしまうため、それを防ぐという理由もあった。

 

「安心しろ!敵はまだ追ってこないぞ!」

 

筏師の彼女は焦って転けないように大声で伝えると、黒エルフ達は途中で浮き橋を降りて川の中を歩く。

 

「気をつけて」

「冷えるぞ。早く対岸に上がれ!」

「流されるぞ!腕をしっかりと掴んで離すな!」

 

浮き橋の最後では川に入った黒エルフが腕を伸ばして入水の手助けをする。膝まで浸かりつつも安定した姿勢なのは、彼女達が筏師として長年この川を使ってきたからだ。

水の流れというのは日の天候によって大きく左右され、その度に彼女達は筏を流す量やオールの使い方を工夫して木材流送をしていた。

 

バシャバシャと音を立てて川を歩く彼女達は、そのまま対岸の砂利の広がる川辺に倒れ込むように先に到着していた仲間や増援で送られてきたオルクセンの部隊に保護をされていく。

 

「あとどのくらいだ?」

「八〇名ほどです」

 

氏族長は確認を取ると、遠くから銃声が聞こえてきた。

 

「姉様」

「ああ、キアステンは?」

「お呼びですか?」

 

ちょうど良く後ろにキアステンが現れると、そこで氏族長は彼女を見る。

 

「そろそろ限界です。縄を切ってください」

「ああ、我々は上流側に逃げるぞ」

 

頷いて彼女はキアステンを見る。日が登って夜明けを迎えると、そこで白エルフの部隊が攻勢をかけてきたのだ。

 

「撤収だ」

 

一人も殺すなという命令を受けていたアグネスは双眼鏡を使ってみた新たなエルフィンドの増援を見て即座に撤退を命じた。

 

「急いで乗れ!」

 

村では半ば乗り捨てられていた馬車や馬があり、キアステン達はそれらを元の所有者と交渉して譲り受けていた。

 

「何人逃れた?」

「約一千人。上出来ですよ」

 

そこで川辺を見ると、浮き橋と杭を繋いでいた縄を斧を振って切り落としていた。

 

「でも不意打ちです。かなりの数がやられました」

「…」

 

馬車に渡り切れなかった黒エルフ達を雑多に乗せて満員になった順番から村を出て上流側に向かっていく。

 

「上流にはオルクセンの領土があったわね」

「ええ、二〇年ほど前に作られた監視所があるはずですよ」

 

オルクセンとエルフィンドの間を分かち合っていたシルヴァン川は、所謂習慣的に敷かれた国境線があり、基本的に南岸はオルクセン。北岸はエルフィンドのものであるが、この川を登った先にはオルクセンが領土を主張した場所があり、以前にその場所に国境警備隊の駐屯地が作られ、かなり騒ぎになったことがあった。

 

「残った面々はそっちに逃すしかなさそうね」

「ええ、全部丸投げするわよ」

 

少なくともキアステンは知っていた。オルクセンという国がどう言った国なのかを。

長年の歴史があるとはいえ、ロザリンドの頃の獣のような生物ではないことを。

多民族国家でありながら非常に安定した治世をしており、人間族のそれを上回った政治手腕があるということを。

 

「大丈夫なんですか?」

「ええ、向こう(オルクセン)は彼女達を粗野に扱わないことを祈るしかないわね」

「…分が悪い賭けです」

「私もそう思うよ」

 

彼女も思わず自分で言って苦笑をしてしまうと、愛馬(オリエンス)に跨る。鞍は村の余っていたものを提供してもらったことで、裸馬の頃のような苦労をせずに乗れた。

 

「私達が先行する。アグネス達は後に続け。残りは後ろを守れ」

「了解」

 

キアステンはそこで騎兵科所属であった白エルフの団員を共に前を走り、乗り込んだ馬車に詰め込んだ黒エルフとともに村を捨てる。

川では浮き橋に乗った筏師がこれを使われないようにするために川の中央に筏を動かしてから放り捨てて川に飛び込んだ。

 

「…」

 

後ろでは団員達が馬に二人乗りで跨っており、そのうちの一人の狙撃兵が最初に出てきた白エルフの頭に命中させた。

 

「伏せろ!」

「銃撃だ!」

 

坂道の影で追撃をしてきたエルフィンド軍は頭を下げると、一斉に小銃で射撃を始める。

 

「うっ」

 

その時、一発が馬車に乗っていた黒エルフに当たって転げ落ちてしまった。

 

「っ!」

 

誰もが驚愕をすると、その後ろで馬に乗っていた騎兵科所属であった白エルフが手綱を巻きつけ、体を大きく横にそらして落っこちた黒エルフの服の襟を掴んでそのままヒョイと持ち上げて体を引き摺り始める。

 

「痛いっ!」

「我慢して!死ぬことは無いわ!」

 

高い騎兵としての能力で彼女は負傷者を一人も落とさずに追撃をしてくるエルフィンド軍の追撃を振り切る。

 

 

 

 

 

そして次の脱出路であるオルクセンとの国境地帯にて黒エルフ達を下ろしていく。

ここは東方ではほぼ唯一の陸の結節点であるため、最初からこちらで良かったのではと思われるかもしれないが、ここは以前よりエルフィンド軍がオルクセンの監視所の設置による対応として警備を強化している場所であった。

 

「敵は?」

『今はいません。しかし時間はないでしょう』

 

先に狙撃兵による偵察を行わせると、まわりに敵影は見えなかった。警備を強化しているにもかかわらずいないということは、黒エルフの放逐に借り出された可能性があった。

 

「急いで下ろして、彼女達を国境まで歩かせて」

 

そこで頭から毛網帽子を被っていたキアステンは指示をすると、ヘンナが聞いた。

 

「このまま国境を越えないの?」

「無理ね」

 

キアステンは即答をすると、そこで国境につながる森を見る。

 

「ここじゃあ馬が通れない。おまけにいつ国境警備の連中が戻ってくるか分かりやしない」

 

ーー時間との戦い。

 

それは追われる側の宿命でもあり、命取りでもあった。

 

「降りたらこの森を抜けて」

「キアは?」

「仲間と近くで警戒する」

 

彼女はそう言うと、ヘンナは驚愕をした。この状況でそれの意味することは一つ。

 

「え、それじゃあ…」

「私達はここに残る」

「っ…!!」

 

ヘンナは目を見開いた。

 

「危険よ。一緒に向こうに行こう?」

「ごめん…流石にヘンナのお願いでも無理」

 

彼女は首を横に振ると、馬車を降りていく黒エルフの中で彼女は言う。

 

「多分、私たちがオルクセンに逃げても肩身の狭い思いをすることになる。彼女達を放逐したのは私たち(白エルフ)だから」

「でもキアは耳が…」

「すでに黒エルフの間じゃあ、私はただのキャメロット人だとは思われてない」

「…」

 

それはそうだった。黒エルフの村々と交易をし、私たち(黒エルフ)林業を教えたのは彼女だ。

 

「どんな時代でもそう。追い詰められた側の種族は、より人数の少ない種族を下に見るようになる。それは人間族も魔種族も変わらない」

 

それはかつて、多くの国々を巡った彼女だから言えた。特にロヴァルナでは人間族による宗教弾圧も見ており、その惨劇は身に染みてよくわかっていた。

 

「それにエルフィンドには商会がまだある。私は彼女達を守らないといけない」

 

それはかつて、コボルド族を逃した時に作った商会。彼女はトップを辞めたが、多くの者は彼女を恩師と仰ぐ。

 

「長の役目は部下の人生を預かる度胸。だから私はエルフィンドに残る」

「…」

 

ヘンナはキアステンを見て思わず息を呑んでしまうと、魔術通信でアグネスから連絡があった。

 

『商会長』

「ん、すぐに行く」

 

大体、会話ができる魔術通信の距離は最大で二.五キロ。通信探知がされる距離は約五キロ。かなり近くまで追ってこられている。

 

「さ、早く行って」

 

キアステンはそう言うと、ヘンナは最後に彼女に抱きしめる。

 

「無事に会いましょう」

「…うん」

 

キアステンはゆっくりと頷いてヘンナの肩を叩くと、その後に彼女はレバーアクション小銃を持って馬に跨って山道を降りて行った。

 

「…気をつけてね」

 

ヘンナもキアステンとは反対の森に入ると、他の黒エルフ達を誘導しながらオルクセンの領土に逃げ込んだ。

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