「結局渡しそびれたか…」
少し悔しげに氏族長は馬に乗って消えていったキアステンの消えた北側を見る。
彼女達はオルクセンの国境警備隊の詰め所にて保護をされ、他の黒エルフと同様に温かいスープを提供されていた。
そして氏族長の手には真新しい白銀樹を削って作られた護符が握られていた。
「生きていれば渡せる機会はあります」
その隣で妹の副氏族長が言った。
「生きていることが大事…これも彼女の教えだったな」
氏族長は思い出すようにその護符を自分の服のポケットに仕舞う。
「であるなら、私も生きるとしよう。少なくともこの護符を渡すまではな」
「姉様…」
そこで自分たちを逃すために命をかけてくれた白エルフ達の顔を並べていく。
彼女達が国に残った理由も、氏族長は理解していた。
「彼女達は国に残った。生き延びた我々は必ず彼女らに報いらなければならん。その為なら、敵方の靴をも舐める覚悟で行くしかあるまい」
その時の彼女の眼光は、年老いていながらも刃のような研ぎ澄まされた鋭さがあった。
その後、黒エルフが脱出をするための時間を稼ぐために山道を降りたキアステン。
「状況はどうなっている?」
魔術通信で聴くと、アグネスが返答をする。
『現在、敵部隊が行進中。数三〇〇』
「中隊規模ね。迎撃は?」
『一応は。ただ動くかは知りませんよ?』
そう言い、アグネスはキアステンの提案であるものを地面に仕掛けていた。
『あれで足止めできますかね?』
「やってみる価値はある。何のために仕入れてみたと思っている?」
キアステンはそう言うと、森の鬱蒼としな草木の中で隠れていた白エルフの元に辿り着く。
「黒エルフ達は国境の森に逃げ込んだ。我々は三時間で撤収する」
「了解しました」
そこで懐中時計を確認した団員は頷くと、魔術通信でもその旨を伝えた。
『西からも確認』
『挟まれたぞ』
狙撃兵には望遠鏡の代わりに双眼鏡を提供しており、狙撃にも使ってもらえるようにしていた。
そしてこうした魔術通信を聞いたのだろう、エルフィンド軍は国境地帯に集まっていた。
「まだだ…」
十分な胸壁はできておらず、木の上や草木の影に隠れて息を殺した。すでに魔術通信も禁止にし、森に溶け込むように深緑色の制服を纏っていた団員達。この制服はセンチュリースター内戦の際に北軍が編成をしたシャープシューターを真似たものであった。
「…」
木の幹の根本でシモーヌは盛り上がった根を縦にして隠れていた。その手には最新式のグロワールのボルトアクション小銃。
カワウ傭兵団の狙撃兵として彼女は黒エルフ脱出に大きな貢献を果たした。この銃であれば、二〇〇メートル以内であれば敵の頭を確実に射抜けると確信をしていた。
「…来た」
微かに小声で彼女が呟いた時、山道を進んでいたエルフィンド兵が目の前が大爆発を起こした。
「ぎゃあ!!」
「うわぁっ!?」
「なんだ!?」
いきなり地面が吹き飛んだことに驚愕して馬が立ち上がってしまう白エルフ。
ニトロセルロース火薬を使用したその兵器は数名のエルフィンド兵を空高く舞い上げた。
ーー地雷。
キャメロットが十年ほど前に
これを山道の入り口に仕掛け、上から土を被せて隠した。
彼女達は見事にこれに引っかかり、一度の爆発で数十人規模の負傷者を出した。
『撃て』
そしてアグネスが言うと、北側からカワウ傭兵団が射撃を行う。フード付きのケープを被り、顔半分をスカーフで覆って隠した彼女達は持っていた小銃で射撃をしていく。
「時間を稼ぐだけでいい。指揮官を狙え」
キアステンもそう言い、毛網帽子を下に降ろすと、その帽子は
「がっ!」
すると階級章を見てシモーヌは命中させた。
この国の階級章というのはわかりやすい。尉官は首元に金属板の入った階級章を縫い付けるが、これが太陽の光を反射してよく目立つ。
「っ!?」
そして早速二人目の被害者が現れる。
シモーヌのような射撃に自信のある傭兵達は全員に双眼鏡とボルトアクション小銃を与えられ、射撃の自由裁量権が与えられていた。
「少尉がやられた!」
「くそっ!代打で私が指揮をとる!」
白エルフ部隊はそこで一斉に銃撃のあった北側に兵士たちの銃口を合わせる。
「やはり敵はここを突破するつもりらしい!」
「撃ち殺せ!」
彼女達はオルクセンの国境地帯でもあるこの地で黒エルフを迎撃する様子で、多くの重武装の歩兵を連れてきていた。
「…」
しかし木陰に隠れて銃撃をやり過ごすキアステンはニヤリと笑った。
「上手くいきましたね」
「ええ、連中の目は北側だ」
目的であった視線誘導は完璧にハマった。今頃、ヘンナ達はオルクセンの国境警備隊に保護をされていることだろう。
「逃げるぞ」
そこで彼女は銃撃が続く中で彼女は信号拳銃を取り出して木陰から引き金を引いた。
「うおっ!?」
そして発射された弾頭は部隊の目の前に着弾をして中のリン酸が着圧信管で起爆をすると凄まじい白煙と熱を放出した。
キアステンの銃撃に続いて他の面々も信号拳銃を発射すると、あたりは白煙に包まれた。
その隙に彼女達は馬車や馬に乗って森から撤収していく。
「いやはや、上手く行った」
「顔は見られていないでしょうね?」
「ええ、全員に顔は隠すように指示していました」
アグネスは満足げに巻いていたスカーフを首元に落とし、フードを取った。全速力で逃亡をしており、今のところ追撃はなかった。
「魔術通信でも混乱している。いい気味だ」
すると魔術通信であちらこちらで大騒ぎになっているのを見て愉悦の笑みを見せる団員。
「気をつけろよ?こっちは黒エルフの放逐を見て同族に手をかけたんだ」
「警察が出てきますかね?あるいは
これからのことを前に彼女達は口々に言う。
「まあ、お尋ね者な私たちってことだ」
「そう?素性がバレていないならやりようはあるわよ?」
キアステンの言葉にアグネス達は少し驚いた。
「へえ、例えば?」
「市井に堂々と紛れ込む。我々は黒エルフの虐殺を見た。護符を焼き捨てられる覚悟を持ったのなら、堂々とすれば良い」
彼女の言葉に全員が驚くと、直後にアグネスは笑った。
「ふははははっ!なるほど、木を隠すなら森の中というわけですか」
「ただし気をつけろよ?街には怖い警察官がいっぱいだ」
それはつまり、市井には密偵や通報者がおり、それはティリオンに本部を置くエルフィンド秘密警察、正式名称を『エルフィンド内務省警察局治安維持本部』と呼ぶ場所に送られる。
「これからは彼女達も敵だ。何せ我々は国家を相手に戦争を仕掛けるのだからな」
キアステンは言外に『降りるなら今のうちだぞ?』と言っていたのだが、付いてくる団員達は笑う。
「いいですね…面白い」
「戦争か。気分が昂まる」
アグネスは元々として、馬車に乗った団員全員が皆同じ決意を固める。
ーーエルフィンドは、滅ぼされなければならない。
それは黒エルフという、大きな括りの同族を虐殺したことへの絶望か、
あるいは他の者を蔑むことでしか生きられない哀れな祖国への悲観か、
もしくは何は故郷である北部の白エルフも同じ運命を辿るのではという恐怖か、
何にせよ、彼女達はこのままでは行けないと分かっていた。
より多くの黒エルフ達が逃げられることを切に願いながら馬車隊は森を抜けて街道に出る。
「この先に検問だ」
「迂回しますか?」
そして街道の先では白エルフ族による検問が設置されており、それを遠くから見たキアステン達。アグネスからの問いに彼女はニヤッと笑みを見せる。
「いや、このまま進もう」
「いいので?」
アグネスは今の自分たちの立場を前に少し驚いて聞いた。
「別に人を乗せることなんて良くある。特に最近は
「…なるほど」
「理にかなっていますね」
「ああ、実に合理的だとは思わんかね?」
キアステンはそう言うと、他の者達も笑みを浮かべた。
「しかし全員が武器を持っていると怪しまれる。狙撃兵以外は全員武器と装備品を隠せ」
「了解」
そこで一斉に彼女達の乗り込んだ馬車の中で銃器を馬車の座席の下や車台の隙間に順次隠していく。
「帰ったら改造をしなければ」
「ああ、我々は今日から日にあたる地下組織だ」
キアステンはそう名乗りをあげると、車列を前に進ませる。
「我々はあくまでも避難している白エルフだ。流石に向こうも同族を撃ち殺すようなことはするまい」
「拘束はされるかもしれませんがね」
「そんなものは反教典主義者だけだ。今のところはね」
彼女はそう言うと、検問の前に止まる。
「止まれ!」
そして白エルフが呼び止めると、キアステンに白エルフが聞いてきた。
「名前は?何故ここを通った?」
「メアリー・モースタン。訳あってこの商隊と共に行動しております」
少々不慣れな現代アーブル語で白エルフに受け答えをすると、検問を行なっていた白エルフは少々怪訝な顔をしてキアステンを見ていた。何せキャメロット人がこんな場所にいるのだから。拘束をしようかとも思ったが、邦人相手に拘束となると後々に面倒であるので、彼女は検問を通す。
「この馬車は?」
「近くの村の避難民だ。銃撃があってから我々がファルマリアまで送り届ける予定で、中に護衛の兵士が数名いる」
アグネスは検問の白エルフ兵に答えると、他の白エルフ兵は馬車を開けて、中で疲れた様子で倒れ込んでいた
「異常ありません」
「…よし、通っていいぞ」
確認を終え、検問を通過していくキアステン達。
「気をつけろよ。ここら辺は野盗も多いからな」
「…ご忠告感謝しますわ」
キアステンは白エルフの兵士にそう受け答えると、車列はそのまま検問で使っていた廃村となった黒エルフの村を見る。
村の外れでは街道から見えない様に亡骸となった黒エルフが到着をした白エルフによって積み上げられ、そこに火を放っていた。
凄まじい嫌悪と、怨嗟を押し殺しながら彼女達はその景色を眼に焼き付けて自らの戒めとする。
既に我々に血の誓いや誓文と言った儀式は必要ない。
我々は黒エルフ虐殺という事象を経て共通の誓いを立てた。そこに確認の必要はない。
「…ごめん」
小さくキアステンは何も言わぬ亡骸に向けて黙祷を捧げると、その煙は静かに空に上がっていった。