軍から支給されたマスケットを見た時、キアステン・ラーセンは思った。
ーーこの銃、ブラウン・ベスじゃねえか!?
キャメロット陸軍の正式装備品でもあると言われて受け取ったが、キアステンは受け取った銃を見て驚いてしまった。
こうした軍に配布される銃というのは、エルフィンドでは氏族長が陸軍の意向に従いつつ、それに合うものを独自で調達する形が取られていた。
そして農奴から解放されたばかりであった彼女は、そのまま流れるように銃と軍服を渡されてこの戦場に飛ばされた。
「(どうせならケンタッキー・ライフルでも寄越せよと思いたかったけど…)」
事前の作戦に基づいて胸壁を築いて街抱える戦法を取った我が軍。その胸壁の一つで彼女は敵が来るのを待ち構えていた。
「…」
そしてまともな練習すらされずに戦場まで自分が送られた理由ははっきりとわかっている。
この氏族長は耳のない私を
だから深夜に私の私物を盗んだ白エルフを吊るした。
それは今から数年前だったか。農奴解放令が出る前のことだ。同胞からも後ろ指を刺され続けた私のささやかな抵抗のつもりだった。
当時は農奴であった為、農奴同士の喧嘩による死亡であると判断されて警察は動かなかった。有力氏族の農奴でなかったことも幸いしたのだろう。私の頭と胴は今も繋がっており、白エルフに殺されるのが無性に腹立たしく思うようになってから二回目をしようとは思わなかった。
しかし直後に農奴解放令が出されたことで私は地元に帰らざる得なくなった。政府からの命令で、雑多な荷物と共に農奴は全員が帰郷するように言われたのだ。
私たちの間には死んだ時に生まれ変われるようにするために護符というものがあるらしいが、赤ん坊の頃に捨てられた私はそんなものを持ち合わせていなかった。そもそも教義なんて一文字も知らないし、聞いたこともない。言葉だってまともな教育をされていないから書けない。話すので精一杯だ。
「おい、耳なし」
「…?」
胸壁を自分一人で作り、そこに同胞が我が物顔で居座る。腹立たしいが、おかげで一人で過ごすことができた。
時折いたずらで寝ている隙に彼女の持っていた弾薬をくすねて軍服のポケットにしまい込んだりしていた。
「伝令だ。お前が行け」
「は?」
それはつまり、耳がないことで恥をかいてこいという意味なのか、はたまた伝令に行くのが面倒臭いからなのか。
どちらにしろ、このゲロ以下の匂いがしてきそうな場所から離れられることに一考して伝令役を引き受けた。
「隣の胸壁陣地か…」
これくらい、魔術通信で何とかなる距離だろうにと内心で思いながら渓谷を歩く。鬱蒼とした木々が永遠と続くこの地において、彼女は一種の感動を覚えていた。少なくとも彼女はここまで美しく、空気がうまいと感じたことはなかった。すると彼女の耳に声が聞こえ始め、次第に石を積み上げて作られた胸壁が見えた。
「ん?白エルフ?」
すると銃を胸壁の上に置いて待ち構えていた一人の黒エルフが自分に気がついた。すぐに私は敬礼をしながら声を出す。
「伝令に来ました。キアステン・ラーセン二等兵です!」
最低限、見よう皆ねで教えられたエルフィンド式の敬礼。訓練を受けていないと一発でバレてしまうが、形は繕う必要があった。
すると私を見た黒エルフはやや驚いた後に私を見た。
「伝令?」
「はい。インディネス支隊より参りました」
そう答えると黒エルフは顔を見合わせてから理解した様子で手招きをした。
「分かった。案内するからこっちに来て」
その時の彼女達の目線は子供を見る目をしていた。何故だろうかという疑問に思いつつ私は同じ軍服を着ている二人の黒エルフの後をついていく。
「若いね。何歳なの?」
「えっと…すみません。覚えていなくて」
そう返すと、黒エルフの人はそんな私に少し驚いて聞いた。
「どうして?」
「その…覚えている時から私は農奴でしたので」
「あぁ」「…」
その瞬間、案内した二人は悲しい目をしていた。
「大丈夫だった?ここ、結構危なかったから」
「い、いえ。山道は慣れていますので…お気になさらず」
濃度であった時、よく私は天気を見るために山を登らされた。エルフィンドには空を飛んで天気を見ることができる大鷲族もいたが、彼らはエルフの食糧である野生動物を狩ってしまう事から嫌われており、農奴を使って天気を見させることはよくあった。
「そっか…」
すると二人の黒エルフは理解した様子で数回頷くと、指を差した。
「あそこだよ。私たちの野営地は」
そう言われ、黒エルフの野営地に入るとそこでは多くの黒エルフ達がオーク達を待ち構えるために食事を摂っていた。
「ん?あれ、どうしたの?」
すると一人が気がついて話しかけてきた。どうやら胸壁で斥候を行っていた二人が戻ってきたことに疑問に感じたらしい。
「伝令だって。だから族長のところにね」
「ああ、そういうこと」
事情を知って理解した様子を見せると、私を見た別の誰かが言った。
「わぁ、若い子だ〜」
「可愛いねぇ」
白エルフの子供が伝令という時点で珍しかったが、何より彼女達の目を引いたのは…。
「ねえ、あの子耳がちっちゃい」
「あ、ほんとだ」
白エルフであるにも関わらず、耳が人間族のそれであると興味の的となった。またいつものこれかと内心でため息をつくと、彼女が意外な言葉を耳にした。
「いいなあ」
「可愛いわよね」
昔から耳は良かったと自認していたが、それでもなお思わず振り返ってしまいそうになった言葉だった。
「冬に痛くならないわね」
「羨ましい」
彼女達はそう言い、キアステンを見ていた。どうしてだと驚愕をしながら彼女は天幕に案内された。
「族長〜、伝令です」
「ん、そうか」
天幕に入ると、案内した黒エルフが言って私は言われた通りに伝令を渡す。
「伝令は君かな?」
「は、はっ!キアステン・ラーセン二等兵です!我が部隊長より伝令を届けに参りました!」
「うん。ご苦労であった」
やや裏返ってしまった声に、直後に少し顔を赤くしてしまうと、それでも黒エルフのその人が静かに頷いて伝令を受け取ってくれた。
その時、黒エルフは伝令を渡した私の手に触れて一拍を置いた。
「…ここまで来るのに冷えただろう」
「い、いえ!」
思わず反射的にそう答えると、その黒エルフはそんな私を見てこう言った。
「返事をするまでに時間がかかる。それまで、休憩をしていてくれ」
そういうと有無を言わさずに目線を案内した人に合わせ、私はそのまま流れるように黒エルフの野営地に連れ出された。
「さあさあ、寒かったでしょう?」
「あったまって行きなよ」
そう言って彼女達は私を炊いていた火の前に座らせた。
地面に掘られた焚き火は夜でも見つかりにくくするための工夫であった。そこの鍋には近くの村から徴収したのか、燕麦の粥が煮込まれていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
そしてそのまま少量であるが、粥が渡された。この一連の動きに呆然として粥を見ていた。
普段は戦闘糧食か、良くて冷めて余った食事であったため、私は驚いてしまった。
「あ、あの…これは?」
「ああ、食べちゃっていいよ。こんな物しかうちら無いんだけどさ」
そう言ったので、私は恐る恐るそのか粥に手を伸ばす。
前にも似たようなことで、白エルフは私に食事を渡してくると、そのまだ湯気が立っていたスープに顔を突っ込ませて無理やり食べさせてきたことがあった。それ以来、私は冷めた食事ばかりを摂ってきていた。
「全く、白もケチよね。わたしたちにもっと融通したっていいじゃない」
「無理に決まってんでしょ」
食べる時に警戒をしていたが、彼女達はそんな話をして私のことそっちのけで言っていた。
なので一口食べてから周りを一瞥してからまた一口と口に少し急いで食べていた。
「ん?おお!昨日の子じゃん!」
すると近くで私を見つけて近づいてくる子が一人いた。
「あれ、ヘンナ知り合い?」
「昨日の伝令でね」
そして私の肩をに軽く触れて顔を見せてくる。
「よっ、久しぶり」
「あっ、き、昨日の…」
「うん。まさかこんなところで会うなんてね〜」
思わぬ再会に驚いてしまうと、彼女は言った。
「どうしたの今日は?」
「あ、えっと。私は伝令でここに…」
「おぉ、昨日の私と同じってことね」
事情に納得した様子で頷くと、彼女は言った。
「キアステン、だったよね」
「はい。ヘンナ・アナセンさん…でしたよね?」
「そうそう。覚えていてくれて嬉しいよ」
ヘンナはそう言うと、天幕から先ほど案内してくれた黒エルフが出てきて片手に返信用の羊皮紙を持ってきた。
「キアステン二等兵…ってあれ?」
彼女はそこでヘンナと話していた私を見て首を傾げた。
「仲良いわね。どうしたの?」
「あっ、姉様!この子昨日の伝令で言ってた子だよ」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
彼女はそう言うと、耳なしのエルフとして私は話題になっていたと言うことを話した。
「初めて見たから、驚いちゃったわ」
「姉様も初めてなんだ」
ヘンナはそう言うと、私はそんな二人の話に目を丸くして聞いていた。
「(みんなが嫌がらせをしてこない…)」
そのことが彼女に取ってみれば衝撃であった。
普通に話していても嫌味が聞こえてこない。
食事を食べていても邪魔をしにくる人がいない。
飯がまずいと叱責する声がしない。
とても静かだ。それでいて朗らかな雰囲気がそこにあった。
懐かしささえ思わせるような、そんな場所がここにあった。
「…」
その事に衝撃を受けながら私は駆け込むように粥を食べると、返信の文を受け取る。
「す、すみません。お世話になりました!」
「あ、ちょっと待って」
そう言って帰ろうとした時、ヘンナが呼び止める。彼女はそこで私に言った。
「この戦争が終わったらうちに来てよ!私の村ってここら辺にあるんだ」
「は、はぁ…」
そこで彼女から詳しい地図を記した紙を渡してきた。
「ぜひ来てよ。歓迎するから!」
「あ、うん…ありがとう」
私は絞り出すようにそう答えると、帰り道に着いた。