白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#21 地下に潜る日Ⅸ

黒エルフ族がオルクセンに脱出をしたニュースは、キャメロットにてオルクセン新聞社の記事を見て把握している。

彼女達は首都近郊のヴァルダーヴェルクと呼称された街に移住をしたという。総勢、約一万三千名の大移動である。

 

「凄まじいな…オルクセンと言う国は」

 

私は思わず驚いた声を漏らしてしまう。

普通ならこの規模の人数の移動を行うとなれば一ヶ月はかかってしまうことだろう。しかしオルクセンはその移動を僅かに二週間ほどで完了させてしまった。新聞にはそう書かれている。

十分な路線網と優秀なダイアグラムを作れる人材がいてこその所業だ。はっきり言ってこの時代では異常である。

 

「…さぞ、優秀な国なのだろう」

 

彼女は現在、ネヴラスにて街にある商会の事務所に寄り道をしてキャメロットの新聞を街の茶屋で飲んでいた。

今はノアトゥンにて帰国を果たし…いや、キャメロット人としてだから入国が正しいな。まあ今はどうでもいい。

 

現在、キャメロット人の商人からの発注で大量の荷物を梱包してこのネヴラスの港から送り出して行った。その搬出作業を見届けるためにこの街に滞在をしていたのだ。

 

「(しかし、南のことはこの地域でも鮮明ではないか…)」

 

そこで彼女は凄惨な黒エルフ虐殺の噂がまだこの地域まで広がっていないことに対して少し眉を顰める。

あの場で命懸けで戦っていた身としては心底腹立たしいことであるが、生憎とそのような穢れた話は同族達の耳には入ってこないらしい。

白エルフの耳は処女のように純潔であるのだろうなと言うと、聞いていた者達が大爆笑をしていたことを思い出す。

 

「うまくやっているようだな。フレン達は」

 

そして次に電報で聞いたフレン達の最近の状況を振り返る。

多くの林業関係者や輸送業者を傘下に収め、南部の商人達と肩を組んで南部入植に合わせて進出をしてくるティリオンやノアトゥンなどに拠点を置く北側の商人達に対抗している。

 

黒エルフの旧居住地にて破損した家々の復興作業を行う目的で大量の大工を投入し、画一化された家々を建築していく。

家は予め私がキャメロットやグロワールなどで見てきた物を設計師の部下と相談して設計された二階建てのレンガと鉄筋コンクリート造りの家である。計算上は野山砲ですら防ぐ堅牢な家である。国から金が出ると言うのでどうせならと最新の建材を使って作り上げた。

 

「さて、そろそろかしらね…」

 

そこでキアステンは街の掲示板に貼られていたある張り紙を見た。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

黒エルフの放逐により、南部の経済状況は大きな変化を見せた。

七万人いた彼女達の大半が消えてしまったことは、林業による木材や肉を卸していた者が居なくなったことを意味し、南部の白エルフにとって建材や肉の不足に陥る可能性のある重要な問題であった。

 

「どうしよう…」

 

ファルマリアの港湾地区で一人の白エルフが困窮した顔で街を歩いていた。

 

「頼まれて街に来たはいいものの…」

 

彼女はファルマリア郊外の白エルフが住まう村出身の者であった。

いつもの乗合馬車に乗って街に出てきた彼女の理由は一つ。

 

ーー食料の確保。

 

今までは南に暮らしていた黒エルフ達から買っていた肉類の調達を行うように彼女は言われていた。

そのために彼女は周りの視線を気にしながら市場に向かった。

 

「買うにしたってなぁ…」

 

村は耕作で成り立っていた。農法は偉大な教えの通りの三圃式農業。しかし昔から収穫量は減ってきており、村では黒エルフなどとバーター取引を使って穀物から肉や鶏卵を確保してきていた。

 

「どうすれば良いのよ」

 

そこで彼女は市場にて売られていた干し肉の価格を見て絶句してしまっていた。

 

黒エルフの放逐により、南部の肉類の価格は一気に跳ね上がっていた。今までその肉を精肉していた牧場や屠畜場は黒エルフが担っていたからだ。

この問題に対し、エルフィンド政府は肉類の供給が安定するまでに北部から運んでくると公言をしていたが、まだこの時点で一部しか到着していなかった。

今まで同族の商会が持ち込んだ取引方法で決済をしていた村には、ティアーラ通貨があまりなかった。

なけなしのその資金を氏族長から渡されて買ってきて欲しいと頼まれていたが、その価格を前に思わず立ち尽くしてしまう。これでは到底、村全員を賄える量は買えなかった。

 

そして彼女は周りの視線を警戒していたのには理由があった。

 

「…アンネ達は大丈夫だよね」

 

彼女のいる村には黒エルフが匿われていた。

 

 

 

彼女達は隣にあった黒エルフの村からこちらの村にティアーラの受け渡しにきていた。昔から行われてきていたことで、村に来ていた商会が取引の際に支払ったティアーラ通貨の両替のために黒エルフが村に来ることはよくあった。なので私たちはいつも通りにティアーラの両替をしていた。

 

その時、エルフィンド軍による放逐が始まった。

 

遠くから銃声が聞こえ、エルフィンド軍が黒エルフを殺していると慌てて畑に出ていた村の者が走って言ってきた。

その時、村の族長はすぐにそれが異常なことであると理解すると、村にいた黒エルフを家に匿ったのだ。

 

後にエルフィンド軍が村に来たときは厩の飼葉に隠れさせて難を逃れた。

 

現在、彼女達は氏族長の家の地下の貯蔵庫に隠れている。

 

 

 

「うーん…どうしよう…」

 

買うだけ買って帰るしかないかと思っていると、ふと市場にあった掲示板が目に入った。そこには一枚の広告が打たれていた。

 

『あなたの知識は大丈夫?最新の武器を経験しよう!』

 

そんな謳い文句の張り紙。

 

「あれはなんですか?」

 

私はそれが気になって近くにいた肉屋の店主に聞いた。すると彼女は煙草を吹かしてその広告のことを言う。

 

「あれだろ?新しい武器の使い方を教えるって話だ。なんでも傭兵団が陸軍と協力をしてやってるらしい」

 

バカらしいね。と彼女は言って少し睨んできた。買わないなら出て行けと言っていたのだ。

店主に睨まれてやや小走りで店を後にすると、その掲示板に貼られた広告の日付を見る。

 

「一番近いのは…三日後だ」

 

何度か行われる予定のその催し。予備役や軍に興味にあるエルフのために行われているのだろう。

開催を主催するのはカワウ傭兵団、彼女は知っている傭兵団であった。

 

「アグネスさん達の傭兵団だ」

 

以前より、ティアーラ通貨の運送代理も担ってきたことのある優秀な人たちだ。古いトラップドア式の小銃(メイフィールド P63)を持っていたと記憶しており、頼もしい人たちであると思っていた。

 

「…」

 

少女は片手に少し考える。彼女は先の放逐で親友を失った。

村にいる黒エルフの皆の安全がどこまで守れるかはわからない。一説には生き残った黒エルフはどこかに連れて行かれたとも言われていた。

 

真実を知っていて、それを他の村にも知らせようとしたが、氏族長がそれをやめさせた。

 

『馬鹿者!そんな事を云ってみろ!直ちに秘密警察がきて私たちを殺しにくるぞ!』

 

それは恐怖であった。黒エルフの放逐を知っていることは、この国にとって迷惑である。知っていても、黙っていなければいけない。

多分、周りの村でも同様のことが起こっている。そして村の外に出た時、他に黒エルフの姿はなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

あの日、私は夜にこっそりと他の村の子達と抜け出して元々黒エルフの村があった方に行った時、ふと妙に明るいと思っていた。

時間は深夜だし、そもそもこの時期は冷えてくるからこんな派手に薪を使うなんて…ハレの日でもないのにどうしてだと思った時、私の鼻に妙に嫌な香りがしてきた。

肉の焼ける匂いにも似ていたが、妙に臭かった。どこかで土臭く、それでいて硫黄にも似た香りがしたのだ。

 

『ーーけて!』

 

そんな時、魔術通信に何か聞こえてきた。

なんだろうと私たちは首を傾げながらもっと近づいてみると、そこで次第にその声が明瞭に聞こえてきた。

 

『助けて!』

『いやぁ!』

『痛い!痛いぃ!!』

 

それは悲鳴だった。

 

『殺さないで!』

『嫌ぁ!!』

 

悲痛な叫び声であった。

咄嗟に私たちは黒エルフ達が襲われていると分かってその状況をより見るために一人を村に戻らせてから、普段は通らない山間からこっそりと隠れながら村を見下ろした。

 

「殺せ!」

 

そこには地獄があった。

村の家は燃やされ、逃げ惑う黒エルフの背中をエルフィンドの陸軍の制服を着ている白エルフが小銃で発砲をしていた。

そして畑の真ん中では無数の黒エルフを兵士が巨大な炎の中に放り込んでいた。

 

「っ!」

「うっ…」

 

その景色を見た時、途端に吐き気がせり上がってきた。

この匂いは血と肉が焼けつく香り。硫黄は、エルフの髪の毛が燃えた時の香りだ。

 

「そんな…」

 

私たちは呆然とその景色を見ていることしかできなかった。遠くで見えている他の灯りも同じものだと容易に推察ができた。

 

「嫌だ!死にたくない!」

 

その時、村の中から知っている声がした。

黒エルフの村に住んでいた私と同年の黒エルフだ。成年になって初めて火酒を一緒に飲み交わした仲のその子は、目を覆われて村の中心で柱に拘束されていた。他にも柱には同じように黒エルフが目を隠された状態で恐慌状態で泣き叫んでいた。

その足元には薪が並べられ、反対には松明を持っていた白エルフの兵士。

 

「やれ」

「はっ!」

 

その瞬間、その松明を持った兵士はその子の足元の薪に火をつけた。

 

「ああぁぁぁぁあっ!熱い!熱い!助けて!イヴリン!ヘレナ!」

 

もはや魔術通信も必要がないほどに大声で泣き叫んでいた。私たちの名前を叫んで助けを求めていた。

 

「っ!!」

 

その時、私は自然と助けに行こうとしたところを腕を掴まれた。

それは同じ景色を見ていた村の仲間だった。

 

「何をする気だ」

「た、助けないと…」

 

私は燃やされていく親友を見ながら答えると、その子は反論する。

 

「相手は軍人だぞ!?私達が殺される…!!」

 

今、目の前で起こっている惨劇を引き起こしたのは陸軍の制服を着た兵士だった。

少なくとも民間人である私たちが行ってもどうこうできるわけがないし、そもそも私たちは丸腰だった。

 

「でもこのままじゃイヴァンが…!」

「もう無理だ。彼女達は助けられない…」

 

涙を押し殺して彼女は答えた。彼女だって、一緒に火酒を飲んだ仲だった。

今燃やされている黒エルフの子は、魔術通信も声も使って泣き叫んでいた。それを見てエルフィンド軍の兵士は笑いながら村の家から奪った火酒を飲んでいた。

 

「おい、貴様らも飲んでみろよ」

 

そう言い、その兵士は火酒。それも私たちが最初に飲んだ銘柄のグラスを燃やされているその子に投げつけた。

 

「あぁぁあぁあああ!!」

 

火酒は強いアルコールが入った酒だ。火をつければあっという間に燃えてしまうほど濃い火酒は、足元から燃やされていた子をあっという間に日に包んだ。

 

「…」

 

私はそこで震えた手を握って燃やされている黒エルフを燃やした兵士を睨んだ。

 

 

ーーまともな奴のやる事なんかじゃない。

 

 

この焦げ臭い香りは彼女の頭に強く刻まれていく。

許してはならない。許されるはずがない。

 

「…」

 

本当なら怒り狂ってあの兵士を切り刻んでやりたい。しかし丸腰で何も持っていない私たちには何もできない。

私たちは泣くことを殺しながら悲鳴をあげる親友に背を背けて村に逃げ帰ることしかできなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…行こう」

 

彼女の脳ではある考えが浮かんだ。

 

 

ーーもしかしたら、あの時に皆んなを焼き殺した奴を殺せるかもしれない。

 

 

あの時、助けられなかった後悔と、親友を焼き殺した兵士への憎悪が彼女を突き動かした。

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