ファルマリアの港沿いの道。すぐ横を船が係留されている場所で彼女は夜中の街を歩く複数の人影を見る。
「あの人は…」
彼女はその中で見覚えのある人の顔が目に入った。
「アグネスさん?」
その人物は昼間に私たちに銃の扱い方を教えていた人たちだった。彼女達はこのファルマリアでこんな夜中であるにも関わらず、そして彼女にしては珍しく夜中に酒を飲んでいなかった。
いつもであれば酒を飲んで大声で肩を組んでガラガラな声で歌を歌ったりしていたので、珍しいなと思ってしまった。そして知り合いに出会ったので挨拶に行こうと思って彼女を見たが、周りにも人がおり、どこか動きが不自然だった。
「…?」
何かを警戒したような様子で彼女達は街を小走りで走っており、その時に彼女は魔術通信が入ったのを見た。
『M1、F5…』
『行け』
何を言っているのかはさっぱりわからないが、彼女はアグネス達に違和感を覚えた。何をやっているのかは意味がわからず、少し遠巻きでその様子を見ていると、彼女達は海に近い船員や街の住人が使う倉庫街に入って行った。
「…」
その様子を見て少し気になった彼女はアグネス達の後を追ってその酒場を遠目で見る。
その店はすでに閉店してしまっており、珍しいなと内心で思いながらアグネス達の行動を不審に思って、そして同時に彼女達が何をしようとしているのかが気になった。
昼間に銃の扱い方を教えてもらった時、彼女は直感的に随分と実践的なやり方だなと思ってしまった。
他の参加者達の話も耳にしていたが、あの銃を逆さにしての装填はマスケットで伏せ撃ちをするときにやる方法と似ているのだとか。
ーーまるで実践みたいだ。
そう言っていた参加者もおり、その言葉がやけに彼女の脳内で残っていた。
私はあの講習を受けて曲がりなりにも小銃の扱い方を覚えた。そして銃というは人を容易に殺傷せしめる武器である。
言って仕舞えば、銃口を相手に向けて引き金を放つ。そして発射された弾頭が相手に当たれば相手を殺傷できる、無機質でありながら最も暴力的な武器だ。実に簡単に、便利に生物を死に至らしめられる。
「…行ってみるか」
そして私はアグネス達が入って行った倉庫を見て挨拶に行こうと少し決めて倉庫街に入る。
こう言ってはあれだが、私はこう言うときの勘はよく当たるのだ。何度も村の仲間達には怒られてきたものだが、それが功を奏する事だってあったではないかと言い返してきていた。
深夜と言うこともあって魔法を使って夜の視界を確保すると、若干目に赤い燐光が灯る。
これも狩を生業としてきていた黒エルフから教えてもらったものだ。夜が見えると言うことで便利な魔法だと言って夜に皆で練習をして使いこなせるようになっていた。今日は月明かりもあるため、それは良く倉庫街を見ることができた。
この時代、まだガス灯であるために電球という便利な道具はない。そのため、魔法は夜の視界を確保する目的でも良く使用されていた。
これのおかげで夜でも安全に航行や接岸ができるため、キャメロット人などは高額で白エルフを雇って船員としてキャメロットとの間を航行していた。
「…」
アグネス達はどこに行ったとかなと思いながら倉庫を歩き、軽く匂いを嗅ぐ。
彼女は…こう言っては悪いが酒と煙草と戦争が大好物であるためにその香りがするのだ。なので普段から園芸を趣味としていた私はすぐにその匂いの残滓があることに気がついた。
「こっちか」
今日は風もない為、簡単に彼女のいる場所を見つけることができそうだと思った。
「…」
そして酒と煙草と硝煙の匂いを頼りに倉庫街のある場所に到着をする。
その倉庫を見上げて私はどうしたものかと思いながら匂いが最後に残った倉庫を見上げて他に入り口がないかを調べる前に一度民泊に戻ることを決めた。
「(もっと調べないとダメかな…)」
彼女はそう感じ、民泊で再び眠りについた。
数日後、また私はあの射撃場を訪れていた。
結局ファルマリアで彼女が何をしていたのかを調べる以前に調べる方法がないと気がついて途方に暮れてしまって村に帰った。
そして銃の扱い方に慣れようと思って
「おう、また来たのか?」
「はい。銃の使い方は慣れておきたくて」
「そうか」
この一日徴兵。初回は無料だが、二回目からはティアーラを持っていかれるため、彼女は持っていた現金で支払いをした。
「二回目だから射撃の練習だけでいいぞ」
「わかりました」
アグネスにそう言われ、私は再び
元のキャメロット製小銃の.451口径よりも小さい.402口径の小銃弾を使用するこの弾薬は大きな反動を持っていたが、その分射程と威力に優れていた。
雷管の登場により信頼性が飛躍的に向上し、後装式と真鍮製薬莢により火薬の発射ガスを余す事なく発射可能となった銃火器。
後年に登場する無煙火薬より性能が低いとは言ってもこの時代において銃の射程距離は一キロを超える。久しぶりに銃を持った時の元軍人なんかは照星の距離にとても驚いていた。
「っ!」
そして発砲。射撃場の距離は一〇〇メートルあり、街の郊外に銃声が轟く。銃弾は五発につき支払いを行い、銃と薬莢は全て回収される。その中で彼女は銃を撃って経験を積む。
「随分と真剣に練習をしているな」
「…ええ、この先何があるか分かったものじゃありませんからね」
話しかけてきたアグネスにそう答えると、彼女達はその時の私に何か察したように『そうか』とだけ言って私を見ていた。
ーーこの人達は何かを隠している。
そう確信した瞬間であった。
彼女達は直後に何か迷っているような目をしていたことを気がつき、同時に警戒をしているようにも思えた。
「(何をしているの?)」
これは恐らく、絶対に向こうからは話しかけられないだろう。であるなら自分ができる限りの方法を使って調べるしかない。
村にはアンネ達のような黒エルフを匿っている今、彼女達がいずれ疎まれて追い出されてしまう可能性もあった。そしたら彼女達に待っているのは火をつけられる末路だ。
「(その前にどうにかしないと…)」
これは噂で聞いたのだが、あの放逐で生き残った黒エルフはシルヴァン川を超えたオークの国でオークの尻を舐めているというのを街の酒場で聞いていた。その話を聞いた時、私はこれだと直感的に感じていた。
少なくともこの国で黒エルフは生きていけない。周りは白エルフしかおらず、純白に漂白されたこのベレリアにおいて彼女達が隠れていることはもはや不可能だ。
そこで私は五発の射撃で的に命中をさせて甲高い命中音を立てさせた。
アグネスが率いるカワウ傭兵団は、その多くが退役軍人などで構成されている。
特にアグネスの場合は軍内部で度々問題を起こしたことで事実上の士官学校から退学をさせられた元中尉。正確には予備役中尉らしいのだが、彼女が『私は戦争になっても上層部の馬鹿共が徴兵するわけがない』と言っていたので恐らく本当だろう。だって酒と煙草ばかりやっているし。
「お手伝いしますよ」
「ああ、悪いね」
射撃を終え、他にも数名の白エルフが射撃場で売っている中、私は傭兵団の知り合いの人に言って空薬莢を運ぶ。
「随分と空薬莢が多いんですね」
「ええ、これでも新しい銃について撃ちたい人が多いらしくってね」
そこで木箱に入れられた空薬莢を見ながら私は聞くと、その人が頷きながらその薬莢を摘んで丁寧に木箱に梱包していく。
「陸軍の人に協力をしてもらって弾薬を卸して貰っているんだけどね、使った薬莢は全部返さなきゃいけないのよね」
「そうなんですね」
私は頷いてその空薬莢を木箱に丁寧に並べていく。なんでも数を数え易くさせるためにそうしろと言われたらしい。
「変な注文ですね」
「ええ、ほんとにね」
それにはよく同意をすると、そこで彼女はまた新しい薬莢を持ってきた。
「(…あれ?)」
その時、ふと彼女は違和感を感じた。雑多に木箱に入れられた薬莢であったが、その薬莢を見て違和感を感じた。
その違和感はなんだろうかと思っていると、すぐにその答えは分かった。
「(あ、薬莢)」
それは薬莢の表面。無論、使われた弾薬であるので汚れているのは当たり前なのだが、それにしては表面がかなり燻んでいる薬莢があったのだ。
使われている弾薬は真新しい真鍮色の薬莢であるので、燻んでいるということは錆びているという事。少なくともこの一日演習が始まったのは最近のことであるため、こんなに燻んだ薬莢が放置されているというのはおかしな話だ。
「(しばらく前に使ったってこと?)」
その燻んだ薬莢を前に彼女は何か見えたような感覚になる。
この薬莢は新品の空薬莢の中に混ぜられており、ぱっと見では分からない。私だってよく見なければ分からないのだから多分、空薬莢を回収していく陸軍の人たちなんてわかるわけがない。
「おーい、ぼーっとしてないか?」
「え?あっ、すみません」
その時、トリップしていたところを話しかけられて意識が現実に引き戻されると、私は薬莢を丁寧に並べ、一面が埋まった後に油紙を敷いてその上にまた空薬莢を並べていく。
「悪いね、手伝って貰って」
「いえいえ、これくらいは私でもできますから」
話してくる団員の人に私はにこやかに堪えると、空薬莢を並べ終えて満杯になった空薬莢を馬車に乗せた。
そして最終的に私は使った空薬莢を全部、空の木箱に入れると団員の人に感謝をされた。
「助かったよ」
「お役に立てて良かったです」
私はそう答えて団員の人たちと別れて射撃場を後にする。そして彼女は今後の進退について考えてしまう。
「ヘレナ達も出て行っちゃったしな…」
それは数日前、村のために出稼ぎに行くと言って出て行ってしまった村の若い者達。南に新しくできた木材業者が職員を探しているという理由でその話に釣られる形で村を出て行ったのだ。当然、私と同年代の子達で、彼女達は私に何も言わずに出て行ってしまったので少し腹を立てていた。
村に残った私はそこで匿った黒エルフの家族の保護を自然と担当することになった。
「…ん?」
その時、私はちょっとした引っ掛かりを感じた。