「そのキアステン・ラーセンは常々言っていたそうだ。『白エルフはいずれまた放逐をする』と」
「ほう…」
ディネルースから聞いた話はグスタフにとっても興味深い話であった。
「『白エルフは他人から奪うことでしか生きられない種族であり、その事を本人達は一番自覚をしていない。黒エルフの次に放逐がされるのは北部系の白エルフであるだろう』とな」
「…なぜそこまでそう言い切れる?」
ディネルースの言葉に彼は首を傾げると、彼女は軽く肩をすくめた。
「それは本人に聞かなければ分からない。だが、彼女が常々言っていた為に東部下流域の村々は南に逃げることができた」
「…事前に準備をしていたと言うことか」
グスタフは納得をした様子で頷く。少なくとも、国境警備隊に保護をされた当時の状況は目を通していた。
そしてその直後にディネルースをあの国境沿いの森で保護をし、保養して我々は黒エルフ達を迎え入れる準備を行なった。
「ああ、彼女は他の仲間の白エルフ達を率いて沼地で遅滞戦術を繰り返し行い、同族を逃す時間を作った」
「…戦闘慣れしているということか?」
「おそらくは。そしてその傭兵団に関してだが…」
彼女はそこで軽く鼻で笑った。
「アグネス・ユーティライネンが率いているそうだ」
「…どういう人物だ?」
彼女の目は信じられないという目をしていた。なので彼女はその白エルフを知っていると言うことになる。
「超がつくほどの問題児だ。少なくともエルフィンドの士官学校で三回停学の後に退学した」
「あぁ…」
確かに、それは問題児だとグスタフは理解する。少なくとも士官学校を退学したなんてまともな軍人なはずがない。
「私も散々喧嘩をした教え子の一人だ。私が知っているのは退役して、予備役中尉で地元で呑んだくれているというものだったのだが…」
彼女はエルフィンドの陸軍士官学校で教鞭を執っていたことは知っており、その中でも印象に残る生徒だったという。…いや、むしろそれほどのことをしていて忘れるわけがないとも言えるが。
「とんでもない問題児だな…」
「だが戦闘においては飛び抜けてやつは肝が据わっている。少なくともロザリンドの時も敵前でロッキングチェアに座って本を読んでいたそうだ」
「…そうか」
グレーベンと同類か?などと思いながらも、戦闘の才能が飛び抜けている時点でまた彼とは違うなと察する。少なくともあの当時で砲撃やオークの肉弾突撃を前にしても本を読む度胸などそうそう出来るわけがない。
「話は戻るが、そのキアステン・ラーセンが率いている傭兵団はオルクセンとの国境地帯で消えたそうだ。直後に凄まじい爆発音もしたらしい」
「ああ、国境警備隊がその音を聞いている」
地面が揺れ、警備隊の詰め所からも見える土煙が上がったそうだ。おそらくは爆発物を使用したのだろう。
「彼女に関しては色々と話を聞けた。金髪碧眼の短髪で、背は一六〇半ば、胸が大きいことも特徴的だと言っていたな」
「そこまで分かっているのか」
身体的特徴をまとめ上げ、グスタフはドンドンとその白エルフに関する像を頭の中で作っていく。
「そして彼女は…護符を持っていないらしい」
「…何?」
ディネルースは信じられないと言った様子で言ったので、それにはグスタフも驚いた。
「生まれ故郷は、彼女が生まれてすぐに農奴として彼女を捨てたそうだ。その後、農奴解放令があったものの、その直後にロザリンド会戦だ」
「…」
おそらくは、穀潰しとして戦場で死んでこいと言う意味合いがあったのだろう。グスタフは彼女の生まれと生い立ちを聞き、哀しみを覚えた。
「ドワーフでもそう言う話があるってことは、彼女はドワルフシュタインの時も知っているってことでしょうね」
「…その白エルフ。キアステン・ラーセンは、今は何をしているのかな?」
「
そんなディネルースの予測にグスタフは一考する。
ーー接触しなければ。
ほぼ反射的に彼は思った。
それほどの実力があり、尚且つ国に残ろうとする胆力。何より、現地の反政府勢力ともなればオルクセンにとっても強力な協力者となり得る。
接触が図れれば、密偵や現地の情報を詳細に教えてくれることだろう。
ーー問題とするなら、彼女達のような反政府勢力は自分の国があることを前提に戦っていることだろうか。
長年、オルクセンにとってエルフィンドというのは仮想敵国であり、目の上のたんこぶであった。
ベレリアント半島というのは立地上、周りを荒海と北海に挟まれた海に突き出た要所である。三方を海に囲まれ、同じく仮想敵国であるロヴァルナから出た船などはここを通れば近道となる。そしてオルクセン以外では唯一の魔種族のみの国家である。
根本的な問題として、魔種族と言うのは出生率が人間族と比べて絶望的なまでに低い。その代わりに無限に近い寿命を生きる。
そして今から三〇〇年程前、
今でこそ聖星教の権威は影を落としているが、当時は絶大な影響力を有していた。
故に我々は最も恐れているのは人間族。そして産業革命による今日の著しい発展は、未来を知っているグスタフからすれば脅威の他ならない。
故に、オルクセン以外の魔種族の国というのは、はっきり言って邪魔でしかない。
後顧の憂いを断つという目的もあり、エルフィンドの存続は断じて認められない。
そんな目的があるオルクセンに対し、果たして彼女達は友好的な態度を取れるだろうか?
「…ディネルース」
「?」
グスタフは迷った。故に彼は思い切って恋仲の相手に聞いてみることにした。
「その白エルフの組織に接触するのは、どうだろうか?」
「どう…とは?」
その疑問にグスタフは少し間を開ける。どう言ったものかと言葉を頭で編むと、その続きを言う。
「その組織は、我々に協力をしてくれると思うか?」
「…そうだな」
ディネルースはそこでグスタフの問いに少し顎手を当てて考える。
「私は、接触をするべきだと思う」
「…そうか」
彼女の返事はグスタフの背中を押した。
であるならやることは一つだ。出来れば開戦となる前に彼女達と接触をし、国内の状況を仕入れるまでだ。
そしてグスタフは純粋に、様々な疑問が湧出してきた。
まずキアステン・ラーセンという白エルフ。彼女は農奴という身分でありながら着々とのしあがり、黒エルフに林業や干拓を教えた。
白エルフ放逐もいずれあると予言し、黒エルフ達に農業を教えた。骨粉による肥料の概念も持ち合わせていそうな雰囲気もあり、何より三圃式や輪栽式の事を知っている…!
その干拓の方法というのも懐古的ではあるが、アルビニーなどでも行われてきた方法である。
彼の地では低地の干拓地の排水であったが、エルフィンドでは沼地に湧出する地下水や雨水を排水する目的で、建築理由もとても似通っている。
『世界は神が作ったが、アルビニーはアルビニー人が作った』
そう言わせるほど彼の国では干拓が生活と密着し、同時にその分野の技術力もあった。その代表例が風車である。
なんでもその白エルフは多くの国を回って来たという。アルビニーの風車もその時に設計図を貰ったという話だ。
「会ってみたいな」
「またそう言う事を…」
白エルフにしては異常な性格を持っていると言うその少女に会いたいと本音が漏れてしまうと、聞いていたディネルースはため息をついていた。
その数日後、オルクセンの世間を大きく揺れ動かす事件が起こる。
事件の舞台はオルクセン北部のメルトリア州の沿岸部。
ベラファラス湾南部にエルフィンドと国境を接する場所もあるオルクセン王国の州の中でも数少ない海岸を持つ州で、ここのオルクセンの国民は漁業で生計を成り立てていた。
「今日も頼むぜ」
「おうよ」
今日も今日とて沿岸で漁に出かける漁師達が自前の漁船に乗り込んで海に出る。
この時期の荒海というのはその名が表す通りに大波が吹き荒れる危険な季節となる。その為、オルクセンの漁師達はこの沿岸部で主に漁業を行っていた。
「…?」
帆を動かし、船を風に合わせて動かし、いつもの場所で網を仕掛けた時にふと妙なものを感じた。
「どうした?」
「いや、なんだか妙な気がしてな」
「マジかよ」
その牡は嫌な予感というものを今まで必ずと言っていいほど的中させてきた。そのため、乗っていたコボルト族の漁師は途端に嫌な顔をして海を見ていた。
「お前がいうと大体当たるから勘弁してくれよ」
「おいおい、俺は疫病神じゃねんだぞ?」
オーク族の漁師は心外だと言ってコボルト族に反論をして、改めて海を見る。
「ん?」
その時、大きく揺れる波の中で小さな影を見た。
「おい、あれ…」
「ん?」
オーク族の牡が指を差してコボルト族の牡に話しかけた。指で視線誘導をされた彼はそこで同じ方を見ると、荒れる海の中を小さな影が波に揺らされているのを見た。
「っ!!」
その時、コボルト族の牡はその小舟を見た。
「おい!」
「ああ、わかってる!!」
それは漁師であるからこそ、それが異常な事であるとわかっていた。すぐに網を捨ててでも確認しなければと
「おい!か、海軍!だ、誰か呼べ!」
「わかってる!」
網を放り投げ、漁師達は慌てて帆を動かしてその小舟の方に漁船を向けた。
「急げ!転覆しちまうぞ!」
「くそっ!!」
彼らはこんな荒れた海では簡単に転覆をしてしまうほどの小舟を見て急いでその元に駆けつける。
「っ!」
そして長年の経験で波を読み、小舟が行きそうな方に船を回すと、木で出来た小舟を見つけた。
「いた!」
「もっと近付けろ!」
彼らの乗る漁船はオークという巨漢を乗せるために他国の平均的な漁船と比べても大型に設計されており、これほどの波では転覆の心配はなかった。
そして彼らは小舟にゆっくりと近づくと、そこに乗っていた面子に驚愕をした。
「っ!?マジかよ…」
「黒エルフだ!この前新聞に載ってた…!!」
その小舟には何十人もの黒エルフが乗っており、彼女達は寒さで凍えた顔で慌てて乗り込んだコボルトや船に乗ったままのオークを見上げていた。