白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#3 一二〇年前Ⅲ

黒エルフでヘンナと再会した二日後。

 

「…」

 

私は相変わらずあの胸壁に隠れるように寝そべりながら、彼女から渡された紙を見つめる。それはヘンナの住む村がある場所までの簡単な地図だった。

ここロザリンド渓谷から彼女の村までの道が記されており、簡易的だが分かりやすかった。

 

「(よ、読めない…)」

 

しかし私はその地図に書かれた文字や読めずに苦笑せざるを得なかった。古典アーブル後はおろか、現代アーブル語すら読めない私にどうしろと言うのだと天を仰ぎたくなった。

 

「…?」

 

すると足音がしてきたので、すぐに私はその紙をポケットに入れて隠すと、野営地から白エルフ達がゾロゾロと出てきて作った胸壁に隠れた。どうしたかと魔術通信を聴くと、すぐ動いた理由が理解できた。

 

『敵接近。間も無く渓谷に侵入』

『インナヴァル支隊、準備完了』

『こちらも準備完了』

 

今回は砲兵隊の支援もあってのこの攻撃である。敵の進軍に対し、こちらは胸壁の中に数名単位で分かれて射撃を行いながら砲兵の支援を受ける。

すでにドワルフシュタインはオークの攻撃を受けており、その一波がこちらに来ているという話だ。

 

「総員、射撃用意!」

 

そして支隊長が指示を出すと、一斉に白エルフ達は弾薬盒から紙製薬莢を取り出して射撃準備を行う。

 

「(散兵戦術?この時代なら普通、戦列歩兵だろ)」

 

内心でそう思いながら私は持っていた小銃の撃発装置をハーフコックにして火蓋を開く。

支給された銃器はフリントロック式、あるいは燧発式とも言われるマスケット銃の一種である。構造そのものは火縄銃と指して変わらず、今まで火をつけた縄で着火していたものを火打石に変えた構造である。

この銃の性能は、私が知っている限りであるなら大体五〇メートルくらいが射程範囲といったところだろうか。

 

そう考えながら私も紙製薬莢を手に取って歯で噛んで噛み切って中の火薬を注ぎ入れる。

 

「うわっ」

 

その時、わずかに誰かの肘が当たって火薬がこぼれそうになった。

 

「あら、ごめんなさい?」

 

その隣ではわざとらしく一人の白エルフがこちらを見ており、恣意的に行なった物なんだろうと容易に理解できる。しかしキアステンはそれどころではなく真面目に驚愕をしていた。

 

「(こいつ馬鹿か?)」

 

もしぶつかった時に火薬が漏れでもしたらこいつら射撃中に自爆の危険だってあるというのに、と内心で呆れと愕然が入り混じってしまった。

 

「急げ!馬鹿者!」

「は、はいっ!」

 

すると装填中だったことに気づかれて叱責をされ、私は記憶を頼りに紙製薬莢から少量の火薬を火皿に入れてフリズンと呼ばれるL字の金具を閉じ、装薬と紙、弾丸の順に詰めて㮶杖(ラムロッド)で押し込んで固める。そして射撃準備を整える。

 

「じゅ、準備完了!」

 

他よりやや遅れて射撃準備を完了させると、横で誰かが言った。

 

「間違って自爆とかしないわよね?」

「やだ、巻き込まれたくないわ」

「耳なし、あぶねえから離れとけ」

 

彼女達はそう言い、どんどんと私を端に追いやる。

 

「…」

 

彼女達の意図がすぐに読めたので、あからさまもいいところだと内心で呆れると、彼女は言う。

 

「ええそうですね。先ほどぶつかったことで火薬を少々こぼしてしまいましたのでその辺は危険かもしれませんね」

「っ!!」

 

無論ハッタリであるのだが、聞いていた他の白エルフは目を少し大きく広げた。黒色火薬はすぐに引火してしまう上に煙と火の粉がひどい。そんなことは万が一にもないが、彼女達は軽く舌打ちをした。しかしそんな小競り合いを氏族長の声がかき消す。

 

「来るぞ!」

 

魔術通信で事前に偵察に出ていた黒エルフからの通信を聴き、一勢に全員の視線が渓谷に向けられる。

私も胸壁の隅で緊張しながら銃口を向けていると、ふと小石が震えているような気がした。

 

「…?」

 

どうしたのかと思っていると、魔術通信で誰かが言った。

 

『来た。奴らだ!』

 

そしてその声に合わせるようにどんどん小石が震える大きさが大きくなってくる。

大きくなる振動は、まるで山が震えているようだった。いや、実際に地響きが起きている。

 

「(地震…!?)」

 

それに似た現象を知っていた私はどう言うことだと驚くと、遠くから再び魔術通信がした。

 

『アンダリエル支隊、敵視認!』

 

今回のおおまかな作戦を聞いていた私はこの時、視界の先で見えたそのオークの姿を見て理解した。

 

ーーオークの津波(オルクス・ラヴィーネ)

 

私たちはそう呼ぶ敵の戦術。

咆哮にも似た大声を上げながら一斉に無数の兵士たちは銃剣を取り付けたマスケットを先頭に突撃を行ってくる肉弾攻撃はその地響きや敵の体格から逃げる兵士も出てくる恐怖の戦術だ。

 

「(あれだけデカいななら、そりゃあ散兵戦術が考案されるわけだ!)」

 

きっとこの作戦を考えた奴は彼ら(オーク)のことをよく知っているのだろう。他のガヤ達が言っていたオークに関する情報をまとめながらもその特徴から大まかに想像をしてみたが、見当違いだったと言ってもいいだろう。

彼女の視界には頭に軍用兜(ピッケルハウベ)を被った薄桃色の肌を持った豚顔の巨体が整列をしている景色だった。

まるで丸太…というかデカすぎるその巨体は巨人を彷彿とさせる何かである。あれだけの集団が駆足で走っており、それを見た私は思わず息を呑んだ。

唾を呑み込む音が足音によってかき消される。思わず持っている銃の引き金にかけた指が震えて今にも引いてしまいそうだった。

 

「まだですか!?」

「まだだ!」

 

するとたまらず誰かが質問をし、氏族長が答えた。現在、私たち白エルフの多くはこの胸壁の奥からマスケット銃を進撃中のオークに向けて照準を向ける。

正直、私は敵についてよく分からぬ。オークというのも今初めて目にした。

また彼らが先に攻撃をした国の住人のドワーフというのも見たことがない。名前以外は何も知らない。

国にはコボルトという見た目が犬である種族を農奴の時に数回見ただけで、あとは一切が不明であった。

 

私は農奴であったにも関わらず、今はマスケットを渡されて名ばかりの新米兵士である。

正直、知らなかったら私は本当に自爆でもしていた可能性がある。いや、それだったらあの氏族長や他の奴らが私に銃なんて渡さない。

 

「…」

 

そこで私は膝立ちでマスケットを構える。その時、私の地獄耳が私の姿勢を見て誰かが言ったのを聞いた。

 

「おい、誰だよアイツに銃に使い方教えたの」

「知らないわよ」

 

そんなガヤの呟きをシャットダウンして自己防衛をすると、氏族長が敵の軍勢が渓谷に入って少しした瞬間。

 

「撃て!」

 

魔術通信も用いて指示を出すと、反対にも隠れていた部隊が射撃を始める。渓谷で射撃を受け、その足元を進んでいたオークの軍勢は狼狽する。

 

「攻撃だ!」

「退避!退避ぃ!」

 

混乱する指揮系統を耳にし、私は新しく紙製薬莢を取り出して装填をしていく。

撃発装置を少し上げてハークコックにし、装薬と紙と弾丸を入れて押し込んで固め、火皿を開け、火薬を入れてフリズンを閉じる。

一連の手順を終えてから引き金を引く。しかし慣れていないこともあって容量が悪く、すごいと三発も発射している兵士がいた。

 

「撃て!」

 

するとオークの軍勢も持っていたマスケットを発射する。しかし射撃をした時の銃声が明らかにこちらの持っているマスケットよりも大きい。

 

「(まあ、あれだけの体格なら大筒くらい持っててもおかしくなさそうだけど…)」

 

正直、大きいというのを舐めていた。オークというのは身長が二メートル以上ある体格の化け物であり、横幅も大きすぎる。下手しなくとも体重二〇〇キロを超えているのではないか?そんな巨漢ともなるとそりゃあ持てる銃だって増える。おそらく、火薬を体格に合わせて増やしているのだろう。その分威力も高い。

 

「なっ…!?」

 

そして恐ろしいことにこちらは一発当てたというのにオークは平気な顔をして接近してくる。思わず恐怖で逃げ出したくなる。

 

「撃て撃て!」

 

そして胸壁を盾に氏族長が次々と装填を完了した兵士から発砲を行なっていく。

 

「(長篠の戦いかよ)」

 

私はそこでこの胸壁で自分達を守りながら自由に射撃をしていく光景に遥か昔の戦術が過ぎる。あの時は馬防柵に土塁を作り、織田・徳川連合軍は武田の騎馬隊を倒した。

 

この時期なら雰囲気的に方陣が作られていてもおかしくない気もするが、と内心で思いながら必死に紙製薬莢を装填していく。

しかしこの渓谷にその陣形は確認されていない。しかし方陣を作らない理由はすぐに分かった。

 

エルフとオークの体格差だ。

 

私たちのようなエルフは全員が女性であり、対するオークは小さくでも二メートル近い身長を誇っている男だ。

イメージをするなら女子高校生と横綱が相撲取りをするようなものだろうか。少なくとも方陣を組んでいたとしてもこちらの何倍もの体重をもち、尚且つ銃弾が一発当たった程度では止まらない怪物を相手にするのなら無理が出てくる。いずれは崩されることだろう。

 

おそらくこの胸壁を作れと命じた人は白兵戦では絶対に勝てないからと割り切ってこの場所を戦場に選んだのだろう、きっと実利的な人に違いない。

 

「凄い…」

 

そして後方から砲兵隊による砲撃が加えられ、時限信管の着いた榴弾があちらこちらで起爆する。その時の景色たるや、筆舌に尽くしがたい景色であった。渓谷での攻撃に際し、砲兵隊は効力を発揮する。

 

『マルリアン支隊、これより突撃を開始する!』

『クーランディア支隊も続けぇ!!』

 

そして一気に渓谷での戦況がこちらに傾くや否や、渓谷を抑え込む形で一斉に白エルフ達の部隊が飛び出して攻撃を行う。

完全に挟まれる形でオークの軍勢はここになってようやく撤退を始める。

 

「追撃しろ!奴らを一匹たりとも国に返すな!」

 

今までに何度も発射したことで渓谷内の視界は白煙で悪化しており、多くの部隊が魔術通信で突撃を行っているのを聞いた氏族長はそう叫んだので、私も胸壁から飛び出そうとしたが、

 

「いだっ!」

 

私は誰かに足を引っ掛けられて思いっきり顔面から地面にダイブした。一体誰の仕業だと叫ぶ前に多くの白エルフ達が胸壁を出て突撃をしていく。

 

「つっ…!!」

 

しかし転けて顔を上げて今の渓谷の状況を見た時、私は震えた。

 

「不味い…!!」

 

まだこの時代、交戦距離は一〇〇メートル単位の、後年から考えれば恐ろしく短い距離での戦闘となる。

敵の息使いまで聞こえてきそうな距離での戦闘であるため、敵の顔や恐々がよく俯瞰できた。

 

「まだ陣形が崩れてない…」

 

そして射撃を実施し、砲撃までも叩き込まれたオークの軍団だが、その肉体はマスケットの弾丸一発程度では止まらない。

 

「撃て!」

 

そしてオークの部隊指揮官が指示を出すと、突撃をしてきたエルフ達に射撃を始めた。

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