深夜に一斉に黒エルフ達を逃すこととなった光景を見ながら、ボソッとキアステンは呟く。
「我ながら、無責任ね」
「流石にこの人数をずっとは匿えません。まあ、勝手ではありますが向こうの焚き火に薪をくべてやれます」
放逐後に偶々確保することとなった黒エルフのこの集団、彼女達は白銀樹が切り倒されたことで廃村となってしまった場所を中心に彼女達を隠しており、一部は川を自力で超えるようにも言った。
なにせ保護をしてしまったのは九〇〇人近く、彼女達を食わせ続ける財力はなかった。
「もう時期春だ。春になったら雪解け水で川は渡れなくなる」
「その前に送り出せて何よりです」
全員は相変わらずスカーフで顔を隠して小舟に乗り、川を渡って行く黒エルフを見る。
「まあ、精々我々への憎悪を掻き立ててくれるのなら万々歳だ」
「ええ、全くですな」
アグネスは銃を持ちながら笑う。彼女達は魔術通信を使わずに行動をしているが、この動きだ。誰かが警察に駆け込んで通報をするだろう。
「全員に戦闘用意はさせました」
「黒エルフを全員出したら直ぐにでも撤収できるように」
「ええ、本番の為に死なせない。ですよね?」
アグネスは聞くと、キアステンはそうだと頷いたので彼女も理解した上で言う。
「自決は?」
「そんな殉教者じみたことはせんでいい。例えバラしたところで彼女は一ミリも組織の構造なんて知らないんだから」
彼女はそう答えると、監視を行っていた仲間が持っていたランプが点滅される。
敵が来た合図だ。
「急いで渡れ!国境警備の連中だ!」
場所はこのシルヴァン川河口と大灯台のあるヴィンヤマル。取り敢えず南部でかき集めたりした小舟を使っての逃避行。既に放逐で凄惨な目にあっていた黒エルフ達もその合図にとにかく急いで小舟を出すことに執着した。
「乗れなかったら船にしがみつくか川を泳げ」
彼女は実際に黒エルフを流す時にそう言ったのだ。
実際、この時に火酒を煽ってベラファラス湾を泳いで渡った黒エルフもいた。
「んじゃあ、迎撃ですな」
「ええ、くすねた弾薬で迎撃しましょうや」
彼女はそう言うと小銃を持って魔術を使って夜の視界を確保する。
「(この時代に暗視装置が使えるとはね)」
実に便利なものだと内心で感じながら視線の先で駆け足で走ってくる騎兵斥候を見る。
ッ!
即座に私は撃つと、他の者たちも馬や人を狙って射撃をして行く。
「反撃してきたぞ!」
「想定済みだ!撃て!」
すぐさま国境警備隊も射撃を始めると、平原で撃ち合いが始まった。
「うおっ!?」
銃撃戦があれば双方に負傷者が出る。すぐに手慣れた様子でキアステンは撃たれた仲間に銃創の場所を聞いた。
「どこだ?」
「右の腹です」
そこで撃たれた腹部を押さえ込んで彼女は貫通している事を確認すると直ぐに持っていたエリクシル剤を使う。元々は軍用であるが、市井にも医療薬品として流れている為、直ぐに傷口が塞がれる。
「こっち」
「分かりました」
撃たれて傷を負った団員はエリクシル剤の回復で体力を消耗する為、直ぐに逃亡用の馬車に乗り込む。
「最後の船を出します!」
そして浜辺に最後の黒エルフが乗って押し出されて行くのを確認すると、彼女達はオールを使って直ぐに浜辺から離れて行く。
「撤退しろ」
アグネスが指示をして銃を撃っていた団員達は次々と形の違う逃亡用の馬車や走って市街地に向かう。
「悟らせるな」
キアステンは敵を近づけさせない為に伏せ撃ちでフォーリング・ブロック方式の銃を撃ってすぐに次を撃つ。例の速射できる方法だ。
「ヘレナ」
「分かってる」
馬車を動かし、銃声が聞こえる中で彼女達はファルマリアの街に入り、馬車を倉庫街や街の厩などに繋げる。
「商会長」
「分かってる」
そして銃撃の最中、次々と仲間が撤退を始めて行くと、警備隊の騎兵は敵が逃げ始めている事をここでようやく察した。
「流すな!突撃しろ!」
サーベルを抜いて駈歩で走ってくるのを見ると、直ぐにキアステン達も馬に乗って逃亡を始める。
「頼んだ」
「はい」
そこでキアステンは愛馬の手綱を握って近くの森林まで走ると、そこで残っていた部下の一人を後ろに乗せた。
「集合場所は分かっているわね?」
「ええ、三日以内には間に合わせますさあ」
アグネス達も馬に跨って走ると、そのまま彼女達は散り散りになって森や街に消えた。
「くそっ!」
そして後ろから追いかけていた国境警備隊達は悪態を吐いて南岸に逃亡をした集団や、迎撃をしてきた面子を見た。
翌日、キアステンは馬に跨ってある場所を訪れていた。
「商会長」
「ん」
その場所では昨夜一戦を行った面々が集まっており、全員が負傷をしつつも生き残っていた。フードやスカーフを外して白エルフ族の姿で御者や一般人になりすましていた。
「ご苦労だった」
作戦行動中の彼女達は全員が顔をスカーフで隠しており、普段はこの地域でとある職員として働いている。
「木材の受け取りに来ました」
「はい、分かりました」
村で製材された木材の受け取り、彼女達は運送業者として馬車で建材ともなる丸太や木材を纏めて運んでいた。
嘗て、この地域では黒エルフが木材流送をして生計を立てていた。
それを白エルフが放逐の名の元に追い出し、我がものとしていた。
「今日もよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
河辺では切り分けられて届いた石材を前に白エルフの入植者達が起重機などを使ってその石材を積み上げて行く。
「この風車は風向きに合わせてこの畑から雨水や湧水を排水する為…」
嘗て、黒エルフの住人達と共に作り上げた巨大で幾つもある風車はステン商会が派遣した経験者によって入植をした白エルフ達に使い方を教育して行く。
「でもこれ壊れたらどうすればいいの?」
「我々にお任せを。修理に手慣れた人材は揃えていますので、皆様は安心して農耕や放牧を行ってください」
技師は胸を張って答えると、彼女達も安心した様子で風車の扱い方を覚えていく。風車の回転は中で麦を臼で挽く事もでき、歯車を変えれば製材所の鋸を動かせられるようになっている。
嘗て、キアステンが思いついた事で、ヘンナ達は喜んで作ってくれた思い出の機械である。
「…」
石材を河辺に並べて居るのは、干拓もそうだが後々にここに森林鉄道を敷設する為。とても今のままでは材木輸送量が足りないことがわかっていたので、シルヴァン川沿いに鉄道を通そうと言う計画があった為だ。完成すればこの風車の前を蒸気機関車が煙を上げて走って行く。
「随分と広く作るんですね」
隣で鉄道技師が話しかけてきた。この鉄道の建設指導をする為に商工省から派遣されたキャメロット人だ。私を同じキャメロット人だと思って話しかけてきており、長年の経験で培われてきた変装術で私も頷く。
「ええ、頑丈な地盤でないと重たい貨物も走れないでしょう?」
「お陰でかなり余裕を持った貨物も運べるでしょうな」
森林鉄道の敷設はステン商会が以前より計画をしており、既に中央政府にも申請済である。
軌間1435mmで敷設が計画され、枕木は自前で用意する。何はファルマリアまで繋げる予定で、その時はヘンナ達も楽にファルマリアに行くことができるようになると言って楽しみにしていた。
「そーれっ!」
槌を持って石垣で囲んだ場所を固めて行く白エルフ達。入植者の多くは仕事を求める国中の浮浪者達だ。嘗て農奴であった者などもおり、彼女達は職があることに安堵していた。
「枕木も大きいものを用意してくれましたね」
「
「聞けば聞くほどここは優良な場所ですな」
キャメロットの技師も思わずそう言うほどには今建設中のこの鉄道は様々な産業を思い起こさせる。
「よくこんな場所が手付かずで残っていますね」
「何せ産業がここら辺はまともにありませんでしたからね」
キアステンはそう言って河辺に転がっている砂利を見る。このシルヴァン川北岸の東部河口域は砂利が多く眠っており、砂利輸送をする事も期待されて居る。
黒エルフがこの地域を収めていた頃、このベレリアの南部地域は林業や酪農、放牧、狩猟が彼女達の主要な産業であり、重工業の類は一切無かった。
そこに入植をしてきた白エルフは労働力であると同時にこの地に産業革命をもたらす起爆剤としても期待されていた。
「この枕木だと、隣のオルクセンの物でも十分な強度だ」
そう言い、敷設されて行く枕木を見て技師は言うと、キアステンもゆっくりと頷いた。
オルクセン王国の鉄道軌間は1524mm、キャメロットやグロワールなどの鉄道と違い広い軌間で敷設がされており、ロヴァルナと同じ軌間を採用していた。
「ええ、大は小を兼ねるという道洋の諺もあります。頑丈に作った方が便利でしょう?」
意味深に笑みを見せると、彼女は扇子を口元に近づけて隠した。
南に、嘗て黒エルフがいた場所に住み着き始めた
そこで作られた材木は枕木や建材として輸送され、加工され、家具などに変わって販売をされる。その利益は当然、彼女達やそれを運搬する輸送業者などにも入ってくる。
そして彼女達は安い労働力で働いてくれる為、多くの企業は彼女達を喜んで雇用する。そして大量に製造されるそれらは莫大な利益を齎し、
それが国に反抗的な行動を行わせる原動力となる。
日の元では和やかに南部にやって来た新たな同胞に笑みを見せ、親切丁寧に仕事を教え、働かせ、工業物を作らせる。
そして日が沈むと、和やかに笑い合っていた物達は夜叉となって己の欲を解放させる。
「今日届いた輸入品です」
「ご苦労」
フレンは鉱山用の爆薬の輸入目録を確認して部下に資料を返す。
ステン商会はこの黒エルフ放逐によって大きく規模を拡大した企業であり、同時にこの時期の反政府勢力御用達の巨大運送業者へと変貌を遂げる。
ある運営に困って居る水運業者がいれば接触を行い、買収をして彼らの持っていた機帆船を保有してキャメロットとの往来を行う。新しい機関に更新された機帆船はキャメロットからの往来をより効率的に行えるようにして船員達を喜ばせた。
ある南部の牧場に赴いては入植したてで右も左も分からない入植者達に教育をし、代わりに牧場の経営権を掌握。事実上の傘下に収める。
これにより、今も輸送の要である馬車に使う馬を確保する。
この進出には誰も文句を言わない。なぜならそれを指摘する役人達は既に懐柔されて居る上に、南部である為役人達はそれほど危機感を持っていなかったからだ。