南部の産業は基本的に黒エルフ達の放牧や酪農、林業が主な産業であり、彼女達を放逐した後はこの地域は経済的・人口の空白地帯が生まれることとなった。
多くの南部生まれの商会が勢力を伸ばしたのはこの頃であった。元々黒エルフが持っていた財産を政府が安く売ってそれを買い叩いたのだ。
その中でも輸送分野において絶大にその影響力を強めたのがステン商会だった。かの商会は馬車運送の他、船舶、さらには非国有鉄道の路線建設も始めて居る大企業へと変貌を遂げ、上場も開始していた。
ーーいつかの捲土重来を。
急拡大の裏でその内に秘めた願望は、
オルクセンがどう感じるかはわからないが、何十年と商会はこの時を待っていた。そのための準備は怠っていない。
「我々の当面の目的は、黒エルフの解放と亡命の手助け、それから生まれてくる黒エルフの保護だ」
キアステンはそう言い、アルウィンで間借りした集会所で最初に言う。
現在、カワウ傭兵団の人員は約四〇〇名。南部地域に限って限定的に現金輸送の委託も請け負う警備会社で、表向きは荷馬車などの護衛を担う。
最近は一日徴兵による利益もあり、陸軍とも繋がりがあった。
「北部の馬鹿どもが暴れてくれて居るお陰で、我々には武器も入った」
それは少し前にティリオンで起こった反政府系勢力の弾圧のこと。あの時、警察が押収した武器は周り回ってステン商会からカワウ傭兵団に売却をした。
まあカワウ傭兵団に出した依頼料と武器の購入金額が全く一緒である為、事実上の横流しと言って良い。そうして手に入った武器類の中には爆薬や地雷も含まれて居る。
「まだ我々が爆発物を使うことはない。だが扱い方だけは教鞭をしてもらえ」
取り扱いのミスによる自爆なんて死んでも死に切れない為、彼女は工兵隊出身の団員に教育を行わせる。特に地雷に関しては、大いに有用である為、彼女はこれをあることに使うことを前提に考えていた。
「我々は南部から次第に北部へと活動圏を動かすことになる」
話を終え、アグネスと厩に移動しながら彼女は言う。
「オルクセンの侵攻ですか?」
「ええ、うちの国から砲撃をするなんてことはまずあり得ないから、多分外交的な難癖をつけられての侵攻だと思うわ」
この国の教えに基づくと、シルヴァン川より南は危険な大地とされ、それゆえにこの国は川を越える理由が無いのだ。すでに白エルフ以外の民族が存在していないことで、彼女達の教えの中にある穢らわしい存在というのはこの半島に居ない。まるで漂白されたかのように白エルフによる統治が行われ、南部は多くの白エルフの移住が始まっていた。
「南部にある施設は戦線を安全に移動できる。流石に首都を制圧される前に降伏するでしょう」
「どうでしょうね?デュートネ戦争の時もオルクセンとキャメロットがリュテスまで侵攻して降伏したわけですし…」
今から六〇年ほど前の大規模な戦争の故事を前にアグネスはそう言うと、馬に乗って街を歩く。
「そういえば聞きましたよ。この前、牧場を手に入れたって」
「ええ、メラアスとシャイアーを育てて居るって」
「良くそんな牧場を手に入れましたね」
「フレンが経営難だった牧場を買ったんだってさ」
やや呆れたように彼女は肩をすくめる。
正直、フレンの手腕がすごいのは前々から聞いていたが、たった数ヶ月でここまで大きくさせるとなると、流石に怖いものがある。
「えーっと、まずは製材所に炭焼き工場に…」
「船舶、私有鉄道、馬産牧場…」
「凄いっすね。なんでも買うじゃ無いですか」
「まあ黒エルフとの取引はほぼ独占してたから金はあったんだろうけど…」
おかしいな、武器を買った時に使い切ったとか言う話はどこに行ったのだと思った。まさか裏帳簿でも使ったん?なんて考えながら私はステン商会の事務所に到着をする。
「わざわざお越し頂かなくとも…」
「いやぁ、こっちも悪いからね」
事務所から出てきた支店長に私は裏口で軽く挨拶をしながら中に通される。正直、お目付役的な立ち位置ですぐに経営を放り投げたため、フレン達が自由に経営をする完全な放任である。
「どうですか?」
「…まだ本格的に動けるわけじゃ無いわね」
当面の目標を定めた彼女達は連れ去られた黒エルフの情報を頼りに活動をすることとなる。
「…会長はオルクセンが攻めてくると?」
「ええ、遅くても来年には攻めてくるでしょうね」
彼女はそう言い、商会においてある外来の新聞を見る。
「無事…と言うわけでは無いが、多くの助け出せた黒エルフは南に辿り着いた」
それはオルクセンの事を書くキャメロットの新聞だった。銅版画に使われた凄惨な光景は、人間族のエルフィンドに対する可憐さ、美麗さに揺らぎを与えていた。
「ええ、聞いています。キャメロットからも質問をされたとか」
かつて星欧で吹き荒れた市民革命により人々の間に人権の概念が芽生えて久しい今日。この事件に対して星欧各国はエルフィンドに対する人権問題に関する疑惑が浮かび始めていた。
「実に良い事です。我が国はそれほど清廉潔白な国ではありませんから」
「ええ、でもこれで国が変わるとは思えないわ」
キアステンはそう断言すると、支店長は少し視線を鋭くさせる。
「では…」
「ええ、予定通りオルクセンが仕掛けてきたら、私達は隠れる」
あらかじめ支店長は計画を聞かされてきた為、少し不満げに、不安げに聞いた。
「宜しいのですか?こちらから接触しなくて」
「結構、連中はどうせ現地のことを知りたいから必死になって探してくる。軍事国家だったら分かりやすい証拠を残したんだから、これで分からなかったらあの国は軍事国家とは呼べないわね」
キアステンはそう言うと、陸軍がとても強力であるとよく聞くオルクセンへの見定めをする。
いずれにせよ、彼女達がすることは変わらない。最終的な目的は彼女達とて分かっており、支店長達は皆がキアステンの同志であった。
オルクセン王国に逃げ込んだ黒エルフ達は、首都郊外に作られた街であるヴァルダーベルクに居住している。そこではオルクセンの臣民となった黒エルフ達が農業や徴兵によって生活を成り立たせていた。
「つ、疲れた…」
そんな中、一人の黒エルフ。ヘンナ・アナセンはクタクタになって家に帰る。
此度編成されることとなったアンファアグリア旅団の一歩兵として従軍する事となった彼女は、
星暦八七六年の七月。つい先ほど、アンファウグリア旅団の閲兵式を終えて帰ってきたのだ。
「おかえり」
「ただいま〜」
疲れた彼女はそこで背負っていた彼女の帰りを待っていた家の黒エルフ達を見る。
この地に移住した後、彼女は他の一人暮らしを所望する黒エルフ達と共にオルクセンから支給された家で暮らしていた。大きな家で、そこで彼女はシェアハウスをしていた。
彼女はアンファウグリアの山岳猟兵連隊に配属をされ、花形の騎兵でなかったことにやや肩を落としていた。
「どうだった?」
「もう疲れちゃったよ…」
この数ヶ月の猛訓練は、彼女にとって凄まじい疲労を与える事となった。
元々軍に関してはサッパリであったためにこの国の軍隊の教練について行くだけで精一杯であった。
「はははっ、だってさ」
「大変だねぇ。軍人さんってのも」
「まあ覚悟は決めてたから…」
ヘンナはそう言いながら自分の部屋に向かう。
彼女がいるアンファウグリア旅団はまだ練度不足であることは否めず、閲兵式が終わってもまだ訓練は続くことになる。
「旅団長にも目をつけられたんでしょ?」
「そうなの。もうこれが大変で…」
前に訓練中にキアステンの事を呟いたことで、彼女は度々旅団長のディネルースやオーク族の兵士から質問をされるようになったのだ。
彼女の生まれはどのなのかとか、普段は何をしていたのかとか、そう言う色々と彼女のことに関する質問ばかりをしてきた。
「旅団長とか、他の偉い人たちに囲まれて質問攻めでさ…」
「うわぁ…」
そこで彼女から聞いた苦労を前に仲間は露骨に面倒臭そうな顔をしていた。想像するだけで胃に穴が空きそうな光景に仲間達は完全に他人事で返してくる。
「まあ、お疲れさん」
「キアに会いに行くんでしょう?」
労いのことを言われる中で一人が私に言った。
「勿論。何のために軍に入ったと思っているのよ」
「お〜、お熱い」
「良いねえ。そんなに好きなら嫁にもらえよ」
彼女達はそう言ってくるので、私は少し苦笑した。
「いやぁ、流石に結婚はちょっと…」
「何、尻込み?」
「奥手になっちゃダメよ?そう言うのは」
彼女達は口々土足で人の事情に口を挟んでくる。
「そう言うわけじゃないんだけどね…」
「じゃあなんでよ?」
聞いてきたので、私はその訳を話す。
「なんと言うか…キアとは結婚よりは、友達のままでいたいって感じかな」
「あぁ〜」
「なるほどね」
そこで一斉に彼女達は理解した様子を見せた。
一説には三代目女王の仕業とも言われているが、今のエルフというのは男が一切生まれてこないのだ。
種族として完璧であるからとかなんとか、色々と言われてきてはいるが、そのために私たちは同性婚が当たり前のように行われている。
白銀樹の元である日突然生まれ、見つけた者が村をあげて赤ん坊を育てていく。それがエルフの習わしである。
その為、エルフというのは個別主義が強い種族であり、それでいて氏族によって固まる家族的な意識もある不思議な種族である。
「どうせならもっと胸が小さい人がいいし…」
「ぶふっ」
「個人的な恨み漏れてる漏れてる」
同族達はそう言って笑うと、私はさっさと制服を脱ぎに部屋に入った。
故郷を放逐された私たちは、新たな地で生活を続けて生き続けている。
村でキアステンが教えてくれた一つの中に何が何でも生き続けることが大事であるというのがある。
どれだけ苦痛な日々であろうと、神にでも敵にでも首を垂れて生き続けなければならないという。そうすると、人生は何が起こるか分かった者ではないと。そこで諦めて死んで仕舞えば、苦しいままで人生を終わらせてしまうことになると。
かつて農奴であった彼女が、最終的には黒エルフの皆から尊敬されるようになった彼女であったからこそ、説得力があった。
「だから、待っててキア」
部屋の中、私は自分の護符を握って親友の無事を願った。