キアステン・ラーセンと言う白エルフに関して、オルクセン参謀本部は星暦八七六年の三月の時点で『彼女はエルフィンド侵攻における重要な協力者たり得る』と判断していた。国王からも彼女の捜索を依頼されており、諜報関係者は色めき立って調査を開始した。
そんな中で四月の中頃に発生したシェーンベルガー事件において、保護をした黒エルフ達の情報というのはとても有益なものであった。
「白エルフに助けられた」
「夜中に南に山を登ったり降ったりしてシルヴァン川まで移動した」
「白エルフの武器を持った集団が船に乗せて私達を南に逃がしてくれた」
三々五々、支離滅裂とした断片的な情報であったが、それらを参謀本部の優秀な面々達は精査し、整理をして彼女達を救った当時の状況や彼女達がどう言った組織であるのかを推察していた。
「その組織は使えるのか?」
「ええ、現地の黒エルフ放逐に抵抗をした白エルフで構成された組織です」
参謀本部でエーリッヒ・グレーベンは部下に質問をした。彼はエルフィンド侵攻計画の変更に合わせて、現地に残ったとされる抵抗勢力の話を耳に挟んでいた。
「接触は図れるのか?」
「難しいと言わざるを得ないでしょう。何せエルフィンドは元々閉鎖的な国ですし、我々とも一切の交流がありませんからな」
グレーベンはいつもの定型分が帰ってきたことに辟易としつつ、それが事実であるがために反論の余地もない。
「例の…ファーレンス商会の方は?」
「現地にいるキャメロット人を通じて接触を図っていますが、状況は甘し芳しくありません」
葉巻を吸いながらグレーベンは報告を聞いて少し渋い顔をした。
現地に、我々に協力してくれそうな組織がいながら、彼らと交流することが一切できないことの、なんと歯がゆいことか!!
「現地にいる抵抗勢力ほど強い味方も居ない…」
彼らは元々国を敵視しており、基本的にそう言った者達は我々と思惑が一致しやすい。
グレーベンとても現地に精通した協力者がいてくれるのであれば、事前に入手した軍用地図との差異や、現地の気象条件などに間違いがないかなどの精査ができるようになり、進軍がより効率的に行えるのはいうまでもない。
「できれば開戦前に接触をしたい。できるか?」
「全力をあげて組織の捜索を行います」
その反応に彼はすぐに望み薄であることを察した。
敬礼をして部下は部屋を後にすると、グレーベンは脳内で開戦まで接触ができなかった場合を考慮して作戦を考案し始めていた。
「難しいことを言ってくれるな…」
兵要地誌局長、カール・ローテンベルガー少将はぼやいた。
「白エルフなんてエルフィンドに何人いると思っているんだ」
「しかし現地の抵抗勢力です。開戦すればすぐに接触ができるのでは?」
同室の部下が首を傾げると、カールは一旦吐息をして答える。
「確かに、我々のエルフィンドへの接触点が少ないのは確かだ。黒エルフが来るまで、我々はイザベラ・ファーレンスのみを通じて情報収集をしていたんだからな」
彼はそう言い、今までに収集してきたエルフィンドへの情報網の少なさに、同じく仮想敵国であるグロワールやロヴァルナよりも厄介であると頭を常々抱えてきていた。
「しかしだ、エルフィンドにいるキャメロット人は意外にも情報網が広い。何せ商人か技師ばかりだからな」
どちらも多くの白エルフと接触をする職業だ。故に、何かしら引っ掛かるはずなのだ。
「確かに、黒エルフ放逐からまだ一年と経っちゃいない。だから見つからないのも理解できるが、シェーンベルガーで見つかった黒エルフに関する情報も一切引っかからなかったんだぞ?!」
そこで彼らは漂着した六〇〇人強の黒エルフ達から警察が収集した情報を見て天を仰ぎそうになった。
「分かっているのは救出した白エルフがスカーフを巻いていて顔を隠していたことと、銃を持っていたこと。南に大きな拠点があると言われていることくらいだ」
黒エルフを南部に逃す際、彼らは山や丘を歩いて超えていった。その際、山に慣れているはずの黒エルフですら危険だと思ったような獣道を歩いて南に逃げたという。
街道上に設置されていた検問を避け、声を殺して山や川を超えてオルクセンまで辿り着いた。
「彼女達はすぐに黒エルフを逃した。おそらく、彼女達を匿える食糧がなかったからだろう」
カールはそこで彼女達が逃げる時の逃避行を聞き、抵抗勢力が逃げた理由を正確に推察した。
「…我々は託児所か何かですか?或いは魔種族のゴミ捨て場か…」
「言うな。人口が増えることに悪いことがあるか?」
面倒ごとを丸々押し付けられたような気分になり、顔を引き攣らせる部下にカールは言う。
「今の所、彼女らを救出した集団はその特徴からして東部下流域で遅滞戦術を実施したキアステン・ラーセン率いる抵抗勢力と見て良いだろう」
彼等はそこで仕入れた情報を参考にほぼ確定した推察をする。
「彼女達との接触を開戦前に行って欲しいと言うのが作戦局の要望だ」
「無茶言わんでください。我々はファーランス商会からしか、しかもキャメロット人を通じての接触以外できないんですよ?」
そこで部下はやや疲れた様子で答える。そもそもな話、エルフィンドという国は長年コツコツと積み上げてきた情報を持ってして『最新』ではない為、情報が古い場合もある。
そしてオルクセンは多民族国家であるが、そこに白エルフは居ない。当然だ、白エルフはキャメロットのパブ以外で国外にいることがまず無い。
「エルフ族は基本的に白銀樹を放れたがらない性格なのが厄介ですね」
「キャメロットのパブでも聞いてみているが、あまり良い返事を貰えていない」
耳のない白エルフという分かりやすい特徴であるが、今のところ彼等の情報網には引っかかっていない。
「話じゃあ、その白エルフはアルビニーやセンチュリースター内戦にも行ったんじゃないんですか?」
「ああ、彼女の親友であると言った黒エルフが言っていたし、複数の証言も取れている。確実に彼女はエルフィンドを出ているはずだ」
「まあそこから国内に入れるかっていうとまた別な気がしますが…」
そこで彼等はキアステンが散々国外に出かけている事を知っており、その情報を頼りに彼女の追跡をしようとしたが、エルフパブでもその耳のない白エルフに関しての情報待ちであった。
「少将殿!」
その時、目にクッキリとしたクマを使った部下が片手に紙を持って突撃してきた。
「出てきました!耳のない白エルフ!!」
「本当か!?」
もはや敬語も忘れてしまった疲労で叫ぶと、カールはその優秀な部下に目を見開いてよく褒めた。
「良くやってくれた。見せてくれ」
「はい!!」
今までゼロであった情報が一になった事に彼等は歓喜して情報を舐め回すように見ていた。
「ハンプシャーのエルフパブに昔から出入りをしていた白エルフがいたそうです」
情報を仕入れた部下は、そこでキャメロットでの目撃情報を報告していく。
「二月あたりにエルフパブを訪れて酒を飲んで行ったそうです」
「その時期は、黒エルフ虐殺の一ヶ月後あたりだな」
「はい。彼女がキャメロットにいた理由は不明ですが、彼女は酒の席で黒エルフに関する話をしていたとか」
「…ほう」
パブでの一言、彼女は国で恐ろしいものを見たと、店にいた白エルフやキャメロット人に話したという。
「黒エルフ虐殺の話を?」
「ええ、初めは信じられなかったが、外来の新聞を読んで驚愕をしたと」
キャメロット人を介して仕入れた話にカール達は彼女が国を出た理由を推察した。
「なるほど、黒エルフ虐殺を見た彼女はその事を知らせるために出国をしたのか」
「しかし国内のどこにいるかまでは分かりません。彼女はおそらく反政府勢力として表に出てこないとは思いますが…」
「…これで開戦前に会えると思うか?」
その時、一人のコボルト族が今日の新聞を机に置いた。
『エルフィンドに戦争をしないのはなぜか?』
最早誤魔化す事なく書かれたその記事は、日々加熱する対エルフィンドへの開戦を訴える内容だった。情報の精査もされていない、推察ばかりの三流の記事であるが、国民のウケで言えばこれほど効果的なものもない。
「俺は明日に開戦しても驚かねぇぞ」
「おいおい勘弁してくれ。まだ動員すらできていないんだぞ」
洒落にならない冗談を前に彼等はため息を漏らす。少なくとも今のままでは接触をするよりも先に開戦をすることとなるのは間違いないと断定できる。
「国王陛下がそんな事するか。少なくとも何かしらの理由をつけて開戦するしかない」
「黒エルフを使うって話だが?」
現在、外交的にエルフィンドに対して黒エルフ放逐に関する文書をキャメロットを通じて送りつけた。
俗に言えば、煽ったのだ。
黒エルフ放逐はエルフィンドにとって見れば国境警備の要であった民族を消し飛ばしたのだ。東部下流域での戦闘を見ればわかるが、彼女等は大規模にそれをする事はなかったため、警戒しているのが窺えた。
「ああ、外務省がキャメロットを通じて送りつけた。黒エルフ放逐に関して、我々が保護をしている彼女達への虐殺行為と、それに対する対応をな」
具体的には黒エルフに行われた虐殺を認め、彼女達の独立した地域を与えるべきだ。と。
「酷いもんですな。認められるわけがないでしょう」
「くくくっ、全くです」
「まあ文書のやり取りで一年以上はかかる事になるだろう。それまでに接触できれば良いが…」
彼は予想として来年の夏頃の開戦を予定して作戦を立てている。既に陸軍はいつでも動けるが、海軍は対エルフィンド海軍用に装甲艦を建造中であった。
現在のエルフィンド海軍は、キャメロットでは『インフレキシブル』と呼ばれた装甲艦を二隻保有している。チーク材と鉄板を貼り付けたその装甲艦はそれぞれリョースタ・スヴァルタと呼ばれ、オルクセン海軍を全滅させても勝てないと諸外国では言われていた。
主砲は前装式30.5cm連装砲を中央に二基、砲塔に収めている。副砲には20ポンド砲を装備し、ベレリアント半島の海を治める脅威として君臨していた。