キアステン・ラーセンという白エルフに関しての情報収集は日が経つにつれて参謀本部でも注目がされていた。
六月の時点でもはや開戦前の接触は不可能と判断。開戦後にどのように接触するべきかを考えるようになっていた。ただ、それよりも問題になったのは…。
「キアステン・ラーセンの出入国の記録がない?」
国外に散々出入国をしてきたはずのキアステン・ラーセンに関するキャメロットへの入国記録がなかった事だろうか。
「どういう事だ?」
「分かりません。ただキャメロットの入国管理局は彼女の入国の記録がここ二〇年はないと…」
参謀本部にて驚愕した事実は、彼女は最後に記録に残されていたのは二〇年ほど前にキャメロットから出国をしたという記録だけだった。
「そんな馬鹿な。彼女は直前に出入りしているはずだぞ?」
カールは驚愕をして部下に聞き直してしまった。少なくとも彼女はエルフ放逐の直前に帰国をしている上に、放逐後にも出国をした痕跡があった。
「どういう事だ…?」
カールは困り果ててキアステンと言う白エルフに困惑していた。
「おそらく、偽造したんだろう」
その報告を聞いたグスタフは直ぐに答えを出した。
「偽造?」
「ああ、キアステン・ラーセンはおそらく別の旅券を持っている。それを使って出入国をしていたんだろう」
編成を終え、最近は昼食を共にすることが増えたディネルースに彼はそう話すと、彼女は首を傾げた。
「なぜそのような事を?犯罪ではないのか?」
「無論だ。だがこれには君たちの国特有の問題がある」
「?」
「国交がキャメロット以外無く、エルフ族は国外に出ない。そのことが理由で信頼できる旅券が最近までなかったからだろう」
「…なるほど」
一部の船員以外、旅券は持つ必要がない。それがエルフィンドという国である。そして氏族の力が強い権力体制もより旅券制度を複雑にしていた。
「国で統一された旅券が出たのが最近だ。耳がない白エルフというのなら多分人間族に化けられたのだろう」
「なるほど…」
しかしやっている事は犯罪であり、何より彼女を追っている身からすれば面倒な事この上なかった。
「彼女との接触は、この国からはできる事はできないか…」
「ああ、我々はあまりにもあの国とは接点がなさすぎてな…」
グスタフは少し気を落としていた。軍事上の観点でもそうだが、ある個人的な理由からキアステンとグスタフは接触を図りたかった。
「グスタフが言っていた話だけれど、本当にその白エルフは貴方と同じ存在だと?」
「まだ確信は無いが、彼女の白エルフらしく無い点を見たらおそらくは…」
それはグスタフの中身を作った人物としての勘だった。
その白エルフのらしからぬ仕草や行動や、窒素固定と言う言葉が何よりの証拠だ。未来を見てきた人物にしかそんな先見的な目を持っていない。
「彼女、キアステン・ラーセンは誰にも自分に繋がるような情報を残していない。おそらく、裏切りを考慮してのことなのだろう」
「長年一緒の親友でもか?」
「ああ、友というのは人質に取られることもある。その事を彼女は警戒していたに違いない」
前々から黒エルフを放逐すると言っていた彼女であれば尚更だ。限られた人物にのみ、真実を明かし、知らない人は巻き込まれないように。
彼女の名の優しさが出ている部分であると言えば聞こえは良いが、失敗すれば今までの友情が崩壊してしまうような危険な橋である。
「用心深いんだな」
「故に、我々が戦争を始めても彼女達と接触できない可能性がある」
「…」
目下の懸念はそれだった。たとえ開戦をしたとしても、現地の抵抗勢力である彼女達との接触はより新鮮な情報を得る源となる。軍としてもその勢力と接触をする事を望んでいた。
しかしキアステン・ラーセンが作った防諜網は接触点の少ないオルクセンからすれば、分からないと同義であった。故に参謀本部は可能な限りその組織と接触するための努力をしつつも、開戦後に協力体制を作る事を作戦に織り込んでいた。
「だから彼女達と接触をするのは開戦後だ。我々が川を越えれば、彼女達は接触をすると踏んでな」
「…白エルフがオークに協力をすると思うか?」
「そうで無かったのなら、我々は予定通りに計画を遂行するまでだ」
グスタフはそう言ったが、ディネルースは分かっていた。
自らの意思で残り、なおも戦う事を選んだその白エルフを救ってやりたいと思っている事を。この
だから彼は参謀本部に発破をかけた。誰もから敬愛される国王ともなれば、参謀本部とて本気に取り組まざるを得ない。元々、軍事的にも有用であると判断されていたが、このことがきっかけで本格的に彼等はキアステンとの接触を模索するようになった。
エルフィンド国内で抵抗勢力として残ったキアステン達であったが、彼女達の行動は意外にも消極的であった。
「なんか…思っていたよりも普通なんですね」
「なんだ、どんなのを想像していたんだよ…」
そこで苦笑してアグネスはイヴリンに言うと、彼女達は厩の前で話していた。
「ってか、こっちに来るなんて意外だったな」
「そうですか?当たり前じゃないですかね」
彼女達は今、とある牧場を訪れていた。
「イヴリン達は、馬の経験は?」
「少しなら…」
「村共用で馬がありましたが、本格的な乗馬は…」
彼女達はそう答えると、他にも志願して集まった白エルフ達が目の前の景色を見る。
「はっ!」
手綱を握り、艶やかなチャコールグレーのダブルブレストのジャケットを羽織り、白いパンツを履いた一人の白エルフが障害物を越えてメラアス種の美しい馬体を使って着地をする。
「「「おぉ…」」」
見ていた者達は惚れ惚れとしてその景色を見ていた。
「流石だぁ」
「やっぱり騎兵って格好良いね」
彼女達にとっても騎兵というのは国を象徴する兵科であり、神話にいくつも出てきた垂涎の的である。
今の時代もまだまだ騎兵は現役で、その手には銃が握られていた。
かのデュートネ戦争の頃に最盛期を迎え、その後の方陣などの密集体系を前にやや影を落としつつあるが、それでも人馬一体で戦場を駆け抜ける姿は美しかった。
そして軽く馬を走らせた上で跨っていた白エルフ、カワウ傭兵団副団長のイヴァノン・マルグリアはそこでこの期間でついて来れた優秀な部下達に言う。
「今日は馬に乗っての射撃訓練を行います」
「「「はい!」」」
そこで彼女達は自分達に用意された愛馬達の元に向かう。
彼女達はすっかり慣れた様子で馬に跨り、手綱を握って馬を走らせる。
「(全く、商会長も妙なことをお考えになる…)」
その様子を見て彼女は自分と契約をしているステン商会の急拡大っぷりには目を見張るものがあると思った。
騎兵科出身であった彼女は、そこでエルフィンド式の騎兵術を教えて北部での作戦に使えないかと提案をしてきたのだ。
別に戦闘用ではなく、集団での移動を行える移動手段としてだけで十分だからと言われ、イヴァノンも訓練を承知して施していた。
「(しかし
彼女はそこで、キアステンから聞かされた提案を思い出して思った。彼女は散兵戦術をより発展させた戦闘の提案として、現地調達や民間人に紛れることを前提に、戦域外で鉄道線や電信を破壊し、撹乱を行うことを目的にした戦法を提案してきた。
すでにこの戦術を実行するために二人乗りの鞍を発注しており、後ろに乗ってすぐに撤収できるようになっていた。
その提案に私は『本当に効くのか?』や『そんなのは戦闘ではなく山賊と変わらないのではないか?』と思って怪訝に思っていたが、先の黒エルフ放逐で
『悪辣極まりますな』
私はその内心で慌てふためいて混乱していた魔術通信を聴いて痛快に感じながらキアステンに言うと、彼女はこう返したのだ。
『産業革命で多くの娯楽が大衆化した。そして大衆化したものの中には当然、貴族の特権でもあった戦争だって入ってくる』
それを聞いて私は思わず頷いてしまった。なるほど道理だと。
白エルフは本を読むことや歌を詠むことを大切にしてはいるが、それが毎日できているのはティリオンに住む金持ちや一部の有力氏族である。
産業革命以降は我々のような一般人でもそうしたことはできるほど裕福になりつつあるが、彼女は少なくともそうした遊びをすることなく軍人となって今に至っている。
「そうだ…」
そして馬上でレバーアクション小銃を持ちながら彼女はキアステン関連でもう一つ思い出した。
『これからの戦闘でおそらく騎兵は消えることになるだろう』
昔、彼女は私たちにそう言ったことがあった。黒エルフ放逐直前の話だ。良く…と言うかほぼほぼ国の外に出ていた彼女は、そこで見聞きしたグロワールの話をしてくれた。
『私はグロワールが持っていた『ミトラィユーズ』と言う兵器を見て驚愕をしたんだ。信じられるか?一気に何十発も銃弾が発射できる兵器があったんだ』
それは十年ほど昔、センチュリースターの内戦の頃も似たような事を言っていた。
『
皆がそんな事を話半分に聞いていたが、彼女が外の世界で見聞きしてきた話を聞いて、私は気が気でならなかった。
連続して銃弾を撃てる銃だと?そんな物があればただでさえ方陣などの密集陣形で多大な損害を出してた騎兵など蜂の巣だ。彼女の言っていたことが冗談ではなくなってしまう。
「(まあ、それも現実のものとなってしまったが…)」
そこで彼女は数年前に陸軍の兵器採用試験に提出されたとある兵器を思い出していた。
エイガー機銃。
キャメロットの商人を通じてセンチュリースターから持ち込まれたそれは、性能評価試験で騎兵科出身の兵士たちを青ざめさせていた。
一本の銃身から放たれる無数の銃弾。それは数丁が購入されたとも言われているが、少なくとも売り込みに来た商人はその値段から買われることがなかったために落胆して帰ろうとしていた。
「ちょっと失礼?あなたが持ち込んだ品物、見せてもらっても良いかしら?」
無論、そんな武器があると聞いてキアステンが飛びつかないはずがなかった。