アンファアグリア旅団は首都近郊に衛戍地を構える部隊として編成され、その為に他国では近衛師団と呼ばれる部隊としての役割も期待されていた。
その為、国王官邸において衛兵として立哨を行い、交代式などを主に行う部隊も編成されていた。交代式では多くの見物客が訪れ、黒エルフやその所作に誰もが興味津々で見ていた。
「うへぇ…つ、疲れた」
「大丈夫?」
アンファアグリア旅団傘下に編成された猟兵連隊、その中の一歩兵としてヘンナ・アナセン軍曹はあるものを運んでいた。
「意外と重いわよね」
「オークだから簡単そうに運べるだけでさ…」
彼女達はそう言い、オルクセン軍が使用している
彼女達、山岳猟兵連隊に配備される砲の中では軽量な部類であり、この半年ほどで砲術や観測術をひとしきり学んでいた。
他の陸軍部隊と違って黒エルフのみで構成されたアンファウグリア旅団は輜重馬車から歩兵に至るまで全員が同種族である為、他のオルクセン軍ともまた違った毛色を持っている。
オーク族であれば簡単に牽引して分解した方に持ち運びできるそれも、人間に近しい体つきの黒エルフとなると、中々に大変な労力を必要とした。
基本的に黒エルフ族は山間で狩猟を主に営んできた民族で、それ故に馬に乗ることは長けていたが、集団での移動となるとやや不安が残った。
確かにアンファウグリア旅団の花形は騎兵だ。だが黒エルフ族の花形は?と問われると間違いなく山岳猟兵と答える。
名前の通り山間での気軽な運動行動を得意とする編成の為、山を子供の頃から駆け回っていた黒エルフ族にとってみればこれほど相性の良い部隊は存在しない。
ーーこれなら騎兵師団よりも山岳猟兵師団の方が良かったのでは?
教育を行ったオルクセン軍の兵士たちもそう思わざるを得ないほど体に馴染んでいた。しかし、旅団の創設意図が意図なために何としても騎兵隊は欲しいし、何よりオルクセンのオーク+ペルシュロンと言う鈍重騎兵の問題は解決しなければならない問題であった為、また修練も何とかなりそうでもあったからアンファウグリア旅団は騎兵を中心に騎兵を主に多くの兵科を備えた他兵科部隊として編成がされた。
騎兵・歩兵・砲兵、現在の主な兵科を全て備えたこの旅団は、他国では騎兵師団と呼んでも差し支えない規模を誇っていた。
「これならもっとロバでもいいから欲しいわね」
「これ積めるの?」
そんな事を話しながら訓練で射撃場まで大砲を牽引する。
クロムモリブデン鋼によって構成されたそれらの後装式の兵器は、猛烈な訓練によって徐々に習得していく。
「気をつけてよ?」
「分かってるって」
大砲の車輪を坂道で全員で掴んで押しながら前進させ、射撃位置まで持っていく。
「砲撃用意!」
砲兵隊の指揮官が指示を出すと、一斉に山砲に砲弾が装填される。
「撃て!」
そして直後に発砲。耳を塞いで山砲や野山砲が発射される。
歩兵で手伝いに駆り出されたヘンナはその砲撃音を聞きながら輜重馬車のペルシュロンに飼葉と水を与えていた。
アンファウグリア旅団の騎兵隊は基本的に動きの速いメラアス種で構成され、輜重隊などの後方部隊、砲兵隊の牽引馬はペルシュロンで構成されていた。ペルシュロン種に関してはオルクセン軍も多くのデータがあり、それを参考に飼育できたが、生憎とメラアス種はそうした飼育に関するデータは少ない為、少し苦労しながら毎日データを揃えていた。
「おっと」
訓練による成熟は着々と身を結び始めており、この前の式典でお披露目を行なって以降も訓練を重ねていた。
「ヘンナ」
「ん?」
その時、彼女は話しかけられて振り返ると、弾薬中隊に配属された同村出身の仲間が手を振っていた。
「久しぶり」
「おお、元気してた?」
ずっと山岳猟兵連隊で訓練をし続けていた為、久しぶりの再会に軽く花を咲かせる。
「お陰様でね」
弾薬中隊に配属をされた彼女はそこで馬車の隣でヘンナと話していた。
「族長も町長になったりとかしてたから、最近はあまり会えてなかったや」
「分かる分かる」
彼女達の村は、脱出の際に率先していた事から比較的多くの住民が生存をしていた。
東部組と言われる黒エルフである彼女達は、割合で言えばディネルース達よりも少ない数が軍に入隊をしていた。
「最近はどう?」
「オルクセンには慣れたけど、やっぱりちょっと落ち着かないよね」
少し苦笑気味にヘンナは言うと、ずっと同じ村育ちの仲間も同感するように頷く。
ーー白エルフに対する温度差の違い。
それは本人達ですらあまり表立ってはいないが、薄々感じ取っていた。
俗に言う東部組と呼ばれる黒エルフ族は多くがこのヴァルダーベルクで農業に従事しているのが分かりやすいデータとして反映されていた。
元々シルヴァン川東部下流域にて干拓を行って耕作地を使っていた彼女達は、元々農耕に対して慣れていた為、オルクセンの肥沃な大地に目を丸くして見ていた。
「ちょっと入ったはいいけどすごいよね。こう…なんて言うべきかな」
「うん、気迫があってすごいけどね」
虫の知らせと言うべきか、彼女達は旅団内の空気感に少し危機感を覚えていた。旅団内で白エルフに対する憎悪と言うのは、少しばかり報復の意思を含んでいるように見えた。
「まあ、やりたいから来たんだけどね」
「そりゃあね」
しかし彼女達は故郷に残してきた者がおり、迎えにいく為に旅団に参加してきた。その為、彼女達は訓練用の新しい砲弾を馬車から降ろした。
後年、泥まみれになりながら必死の抵抗をし続けたと一部で話題となるキアステン率いる反政府組織だが、彼女達が本格的な活動を始めたのは戦時下になってからの事。何かと事実は地味であるが故に脚色をされることの多かった彼女達は、開戦前のこの時期には大規模な活動はしてこなかった。
「…」
キアステンは各地で準備が進められている中、他の南部にいる面々に指示を出していた。
「この村の白銀樹、行ける?」
「分かりました」
地図で差し示した場所に部下の白エルフを向かわせ、キアステンは彼女達が戻ってくるのを待つ。
彼女はファルマリアにネヴラスと言った南部の街を放浪しながら移動しており、その道中で彼女はシルヴァン川北岸、特に南部入植地を中心に馬で回っていた。
「そろそろね…」
嘗て、黒エルフが暮らしていた村らを見下ろすことができる丘の上に立ち、そこでイーゼルを立ててキャンバスを置く。片手にはパレットを用意し、複数の画材を用意する。
「…」
そしてイーゼルに沿うように傘を縛って固定してから彼女は筆を持ってキャンバスに色を載せていく。
どうしたって商会の手助けがあるとはいえ、一括支払いをしてもらい、それを使っていく形である為、現地で現金を手に入れるための方法として昔から小遣い稼ぎでやっていたことだ。
はるか昔からやって来た無に価値を与える手段として彼女は絵を描いていた。決して上手いとは言えないが、これでも専門にした学校に通っていた経験はあるため、風景画などを得意としていた。
センチュリースターにいた頃など、これで鎬を削っていた時期もあった。
風の香り、そこに流れてくる草木の香り。最近の星欧ではすっかりめずらしくなってしまった森の香りだ。少なくともキャメロットではすっかり煤煙と油の香りで汚れてしまっている。
最早、こちらの方が圧倒的に長い付き合いとなってしまったものだ。股に違和感がなくなってしまった。
「…」
政府の公式発表では、黒エルフ族は国内の某所に移住をしたと発表がされており、ほとんどの国民はこれを信用していた。まあ元々彼女達と白エルフ族の居住地域は分かれており、その為にほとんど関わりのなかった白エルフ族は元々の対立的な思想からそれが真実であるとしていたのだ。
イヴリン達のようなその惨劇を目撃してしまった者もいたが、全員が秘密警察に逮捕される事を恐れて口を閉ざしていた。
「商会長」
すると彼女は話しかけられて振り返ると、そこでは森の中の白銀樹から白い布に包まれた黒エルフの赤ん坊がいた。
「うん、じゃあ事前の通りに育ててくれる?」
「分かりました」
その白エルフは頷くと、その場で座り込んでその赤ん坊に乳を飲ませ始める。その隣では白エルフが削ってきた白銀樹を持って護符を作り始めていた。
例え村の白銀樹を切り倒されていようと、ここら辺に残された白銀樹から黒エルフの子供は生まれてくる。特に山にある白銀樹などは今も生きている為、黒エルフはまだ生まれてくるのだ。
黒エルフはその生まれや民族的な問題から山を愛する民であると言う神話の話もある。その為、私は生まれてくる黒エルフを全員保護をしていた。
少なくとも、私にはそれができた。
「まったく、商会長の方が大きいから乳母をやって欲しいものですけどね」
すると乳を飲ませていた部下がキアステンを、正確にはその胸に持つ立派な双子山を見ながら言ってきたので、私は言う。
「ダメよ、私海外に出ることばっかなんだから」
「そんな生活とっととやめて身を固めたらどうなんです?」
「嫌だね。私にこの生活を捨てろと?」
絵を描きながら返すと、護符を使っていた部下は言う。
「でも商会長ので育ったらでっかくて健康な子ができそうですよ?」
「はははっ、違いない」
「なんて事言うんだあんたらは」
少なくとも上司に言うような発言ではない。だいたい勘弁してくれ、女の方が長いとは言え乳母になれとは…。
「だって立派なものをお持ちですし?」
「正直比べるのも烏滸がましくなるんですよ。本当に」
「皆んな見て裏で泣いてるんですから」
「ひっでぇ」
少なくとも周りに人がいないとは言え、屋外で授乳である。しかも育てているのは黒エルフの赤ん坊。そんな最中にする様な会話では無かった。
「名前はどうしますか?」
「うーん、そうね…」
彼女はそこでメモ帳にこの赤ん坊が生まれた場所と日付を記して赤ん坊の腕に通す。
今までに確保した赤ん坊は十四名、いずれ黒エルフの元に返してあげなければならない、生まれてきてくれた子供達であった。