白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#36 追放者達Ⅻ

ベレリアント半島の南部でキアステンは生まれてくる黒エルフの赤ん坊を保護しながら周遊し、北部では着々と反抗のための秘密兵器の訓練を行い、中部では騎兵の訓練が着々と進んで行った星歴八七六年の春と夏。

 

冬に起こった凄惨な虐殺は政府によって隠匿され、白エルフは今日も何も知らずに南部に入植を行っていく。

 

嘗ては七万人がいた黒エルフだが、放逐を受けてその人口は一気に一万三千までその人口を減らすこととなった。

今はオルクセンの臣民となった彼女が生き残ってくれていただけでもまだ救いであった。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

帽子を脱いで部下に挨拶をするフレン。本部はアルトリアに構えているステン商会だが、このファルマリアでは未だに小さな事務所を構えるにとどまっており、今や半島南部の輸送と林業を独占状態に持ち込んだとは思えないほどの事務所であった。

 

「商会長、今回の輸入目録です」

「うむ。確認しましょう」

 

そしてこれまた買収をした海運業者を使ったキャメロットからの輸入品目録を目に通していく。その中には鉄道建設用のレールの最終到着便があり、この後南部に運送される予定である。

 

「…」

 

ファルマリアに到着をした積荷を荷下ろししていき、南部の入植地に届けられていく。

 

「「そーれ!」」

 

その南部の入植地、シルヴァン川の川沿いでは石垣の上に積まれた土を固め、上から隣のシルヴァン川から採取した砂利(バラスト)を散布し、枕木を敷設し、犬釘を打ち込んでレールを固定していく。風車は風を受け羽を回転させ、その足元で春の種蒔きが行われていく。

 

入植をした白エルフ達は、もともとここには黒エルフがいたことを薄々感じ取ってはいたが、自分の命が惜しいためその事を口外することはない。

 

「お疲れ様です」

「ええ、そちらこそ」

 

笑顔で製材所にて話しかけてくる技術者に入植をして仕事に慣れてきた白エルフ達は笑みを見せて頷く。

 

誰もがその笑顔の裏で何かしらを隠している。

 

その事を恨み、絶望をした者達は地下に隠れ、この国を亡国へ導く引導を渡しにかかる。

 

「そっちの状況は?」

「問題ありません。よく寝てくれていますよ」

 

ある場所では白エルフ達は小銃を背負って、その手元で黒エルフの赤ん坊を抱えて世話をしていた。

 

「…」

 

そして丘の上では一人のキャメロット人が絵を描いていた。

その絵画は静かなエルフィンドの村々を見下ろしていた。しかし、逆さ向きにするとその絵画はシルヴァン川を境目に暗い夕刻の中、村の近くで焚き火がされ、煙が立ち上っていた。

 

季節は秋口、植えた大豆が間も無く収穫できる頃合いだ。本来であれば大麦や燕麦を育てたいだろうが、あいにくとここは干拓地で、下流域でもあるため、一部は汽水域である。そのため、土壌改善のために大豆を植え込んでいたのだ。

 

「…そろそろかな?」

 

キアステンはその時、ふと風に乗って香ってきた匂いを感じ取った。

 

鉄の香り、地響き、硝煙の香り。

 

ーーロザリンドと同じ匂いだ。

 

あの日から半年以上、彼女は戦場の気配を感じ取る。

 

「嵐が吹き荒れるな…」

 

戦禍という血と鉄の嵐が。

 

彼女は最後の一筆を描き終え、パレットに筆を置くとイーゼルを片付け始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

私たちに出兵の命令が降ったのは星暦八七六年の一〇月一九日の事だった。

第一軍の傘下に入って侵攻を行う私たちは、首都近郊のヴァルダーベルクを出発していく。まだ錬成が完了して三ヶ月余りでの出兵であり、本当であればもっと訓練がしたいところ。それは連隊長も言っていた。

 

「へぇ、これは楽ですね」

「全くね」

 

街道を歩きながらつくづく実感すること。それは行軍が楽であるという一点に尽きる。

 

「ロザリンドの頃が懐かしいわ」

「ああ、あれも大変だったわね」

 

黒エルフ族として、古参であれば思い出されるのがエルフィンド最後の戦争とも言われているロザリンド会戦だ。かくいう私も昔はそこにいたので、その時の行軍と比べるまでもなく移動が便利であった。

私たち山岳猟兵連隊は歩兵装備として全員がオルクセン製小銃(エアハルト Gew74)を装備しており、弾薬盒にもそれを使用可能な銃弾を備えていた。通常のオルクセン軍のオーク兵装備では重量過多で動けなくなってしまうため、コボルト族兵士を参考に人間族と同様の装備品を取り揃えていた。

騎兵隊は騎兵銃(エアハルト Kar74)を装備しており、銃身を短くして取り回しをよくしていた。

 

「全く持って恐ろしい軍隊だ…」

「本当にね」

 

オルクセン陸軍の充実しすぎている行軍を前にもはやピクニックにような気分で野営用の天幕を張る。ヘンナは一般兵であった為、野営地である村の外で野営用天幕(ツェルトバーン)を広げていた。

 

「この後ってどう言う作戦だっけ?」

「私たちが先行して上陸。橋頭堡を確保し続けるわよ」

 

そこで野営を始めた彼女達は十分な食事を受け取ってテントの前で食べ始める。このオルクセン軍の使う飯盒と言うのがあまりにも大きいため、黒エルフ達は常に余してしまうのではないかと言うほどの量が提供されることとなる。

 

「初めはこのスプーンすらデカかったわよね」

「『使えるかこんなの!』って怒鳴った気がする」

 

ヴルストや野菜を一緒くたに煮込んだスープと軍隊パンが配給され、彼女達は思い思いに食事をとり始める。

 

「工兵隊がすぐに橋を渡してくれるとさ」

「早いね」

 

すでに作戦は彼女達は聞いており、騎兵連隊よりも先に装備が身軽で移動しやすい山岳猟兵連隊がシルヴァン川を渡渉し、対岸で橋頭堡を築いて警戒を行う。

作戦開始直前まで国境付近まで移動する予定であるため、彼女達は騎兵連隊よりも先行して前進していた。

 

「大砲、遅らせるなよ」

「分かってますって」

 

57mm山砲を牽引している部隊はそう返して自分たちが持ってきている武器を確かめる。

何よりも機動的に動くことを目的としている騎兵部隊であるため、彼女達は自分たちの大砲が部隊を守るのであると言うことをよく理解していた。

 

結局、あの後キアステンを参謀本部は見つけられることがなかった。それよりも先に『エルフィンド外交書簡事件』である。そしてその後の『魔の一三日間』とも言われる動員により、私たちはエルフィンドに向かうのだ。

 

「こう言っては何だが、念願の故郷だ。精々派手に帰りたいものだな」

「違いない」

 

行軍中、最早ピクニックの様な感覚で彼女達は笑って話していた。まだそれだけの余裕があるからと言う現れだった。

 

「ヘンナはどう?」

「勿論だよ」

 

話しかけられたので私も頷く。勿論、一度追われた故郷に帰るとなるならこれほど興奮することもない。

 

「噂の白エルフ?」

 

しかし話しかけてきた隊長は私を見てそう言ってきたので、思わず破顔する。

 

「…やっぱ分かっちゃうか」

「そりゃあね」

「だって顔に出てますもん」

 

同し小隊の面子も少し苦笑気味に私を見てきた。私たちはシルヴァン川まで北上ののち、そこから侵攻を始めていく。

 

「向こうに着いたら、その白エルフに会うんでしょう?」

「まあね」

 

そんな事を話しながらアンファアグリア旅団は北進を続ける。

 

「その白エルフ、本当に大丈夫なの?」

「そりゃそうでしょ、同族からも追放されたんだから」

「やっぱり差別するところは連中、変わらないのね」

 

キアステンの話を聞いていた彼女達は耳がない白エルフなんて本当にいるのか?などと疑問を持っていたが、林業を始めさせたキャメロット人がいる話は村の外でも結構有名であったそうで、皆が一様に『ああ、その人か』と納得していた。

 

「(キアって、意外と有名人なんだ…)」

 

ヘンナは自分が思っている以上にキアステンが有名人だった事に少し驚いていた。

 

 

 

 

 

その頃の第一軍の司令部となったアーンバンドにて情報部長カール・ローテンベルガーは言う。

 

「もはや無理ですね」

「ああ、我々は侵攻後に接触をするしかないだろうな」

 

彼らはそう言い、キアステン・ラーセン率いる組織の捜索の方針を切り替えていた。

現在エルフィンドに残っていると推測されるその抵抗勢力はオルクセンにとって有益となる組織であり、必ず接触をして資金提供などをすべきと作戦局や兵要地誌局は判断していた。

 

「参加しているアグネス・ユーティライネンは元軍人。問題行動ばかりであったそうだが、優秀な軍人であると言うのが証言からとれた情報だ」

「とんでもない問題児ですね。軍学校を退学とは…」

「正直、我々と会えるかも分からんな…」

 

カールも少し引き攣らせて答えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから幾ばくかの時間が過ぎ、アンファアグリア旅団はシルヴァン川南岸に到着をする。

 

「なんて奴らだ」

「無茶しやがって…」

 

侵攻直前にシルヴァン川を遡上してきた砲艦に全員が驚愕と唖然の目で見上げながら思わず口に出てしまう。座礁の危険性をこの牡たちは考えていないのかと怒鳴りたくなる。

 

「随分と慣れてんな」

「当たり前よ。何年筏師やってたと思ってんだ」

 

河辺では小型の鉄舟の上に乗って工兵隊所属の黒エルフがオールを持って答える。彼女達は先に渡河した山岳猟兵連隊や騎兵連隊の支援を受けながら浮き橋を作る為にヴィッセル社から送られてきたものを展開していた。

 

「筏で作らなかったの?」

「筏よりこっちの方が安定するに決まってんじゃん。まあやろうと思えばできるんじゃない?この時期って水深も比較的浅いし」

 

侵攻開始一時間前になって彼女達は改めて現時刻を確認しながらシルヴァン川の対岸を見る。

 

 

ーー半年以上前、我々は冬のシルヴァン川を渡った。

 

 

時の流れとは早いものだと内心でつくづく思う。あの逃避行からそんなに時間が経ってしまったのだ。無限とも言える寿命を持つ魔種族であるが、この期間だけはいつも以上に長く感じてしまった。

 

「侵攻開始、三〇分前!」

 

誰かが叫び、山岳猟兵の部隊として最初に渡河をする事となった私たちの部隊。聞くところによれば、敵方は全く警戒をしておらず『敵ながらなっておらん!』と旅団長から直々に言われる始末。

 

「相手がいないなら楽勝だな」

「ちょっと、橋渡すまで無防備なんだから」

「そうよ、実は大砲を隠して構えられてたらどうするのよ?」

 

彼女達はそう言って川を前に言うと、小銃を両手に持って渡河の準備を進める。

 

「侵攻開始、五分前!」

 

刻一刻と時間が過ぎるのを聞いて、一斉に全員の気が引き締まっていく。

 

「侵攻開始、一分前!」

 

河辺は馬の吐息が白くなりかけ、旅団長や騎兵連隊の装備するサーベルに火酒を吹きかけていた。

 

「三〇秒前!」

 

そして私は思わず持っていた小銃に弾薬が入っているのかの確認をする。

 

「(キア、帰ってきたよ)」

 

その内心でヘンナは親友に向けて話しかける。

 

「侵攻開始時刻!二六日午後六時!」

 

その報告と共に旅団長から指示が飛んだ。

 

「アンファアグリア旅団、前へ!」

 

サーベルを突き出して指示を出すと、一斉に私たちはシルヴァン川を渡り始めた。

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