シルヴァン川をこえてベレリアント半島に侵攻を開始したオルクセン軍。
「おい見ろよ」
「おお、すげえな。すごく頑丈な建物じゃないか」
シルヴァン川流域、旧黒エルフ居住地などがあったその場所に進軍を行っていた第一軍では奇妙な発見がいくつかあった。
「コイツァ聞いたことがねえぞ?」
「おそらく放逐後に作られた施設だろう。しかしえらく頑丈に作られているな」
その施設は黒エルフの中でも真新しい煉瓦造りの二階建ての建物だった。
「おい見ろよ。なんて分厚い壁だ」
「そりゃ俺たちの山砲が貫通できねえわけだ」
開戦早々に潰走をした国境警備隊の一部は村の中にあったこのような施設に立て籠って抵抗を行っており、オルクセン陸軍は
「しかもただのレンガじゃない。中に鉄筋コンクリートを入れてやがる」
「なんてこった…!?」
鉄筋コンクリートをレンガと漆喰でサンドウィッチされたその施設は、明らかに近代的な施設で砦として機能が果たせる構造になっていた。実際、戦闘が起こった際に村の住人はこの施設に一斉に逃げ込んで隠れていたこともあった。
「見ろよこの窓。なんでこんな構造なんだよ」
「あ、本当だ。すっげえ使い辛えな」
「なるほど、エルフィンドの連中が撃ちにくそうにしてたのはこれが理由か」
接収をした施設を見たオルクセン陸軍の士官がそう言って窓の外を見る。
南側の窓は日光は入るが、窓がやや上の方にあり、そこから銃を撃つとなると踏み台を必要としていた。
「なんだよ、欠陥住宅か?」
「北側を見てみろ。こっちは窓が大きくなっている」
「この建物、大工は設計図を上下間違えて作ったんじゃねえのか?」
士官達はゲラゲラと笑いながらも、施設自体は山砲の攻撃を受け止めてしまうほどとても頑丈で使えるので部隊の司令部としてありがたく使わせてもらう。付近の大きめな規模の旧黒エルフ居住地には必ず確認されており、同じ規格であることから放逐後にまとめて建築されたと伺えた。
「見ろよ、でっけえバルコニーが四隅にある」
「すげえな、これならウチの野砲も設置できそうじゃねえか?」
そして屋上に上がった彼らは、そこでレンガ作りの四隅に配置されたバルコニーを見て砲兵隊出身の士官が思わずつぶやいた。
「すげえな。こいつは野山砲を持ち込まねえと壊せねえくらい頑丈で、北側だけだけど銃を撃ちやすい構造だぜ」
「屋上には大砲を置けるくらい広いバルコニーが四つもある。司令部を置くには十分だぜ」
彼らはそう言い、早速通信設備の設置を始め、師団司令部や後方の輜重部隊の補給拠点としても使われていくことになる。
「ほぉ」
「すげえな。納屋如きでこんな頑丈に作るもんか?」
「噂じゃあ、山脈の土砂崩れ対策っていうぜ?」
村で立哨をしていたオーク族の兵士はそこで村の農機具を収納していた納屋を見る。
その施設はコンクリートで作られ、北側には小さな窓がいくつも並んで日光を差し込ませていた。
「見ろよ、この窓開けられるぜ」
「ほんとだ。こりゃあ銃眼にも使えそうだな」
彼らとしては北側に掩体に隠れながら撃てる為、これほど便利なものはないと思いながら試しにその小窓に銃を差し込んで照星を覗いたりと少しエルフィンドで見てきた施設とは雰囲気の違う真新しい施設に興味津々で見ていた。
「いやはや、地下室もあるなんて便利だぜ」
そこで彼らはこの家の持ち主が持っていた鍵を持ってきて斜めに設置された頑丈そうな地下室のドアを開けてそこに積まれていた資材を見る。
「でもどうします?なんか資材で埋まってるんですけど」
「補修資材だろ?俺たちで壊しちまったし、直すしかないだろ」
彼らはそこで地下室に残っていたレンガやモルタルなどを見てそう言うと、自分たちが野山砲で破壊した施設の修復を始めた。
開戦初頭に怒涛の進撃を行ったアンファウグリア旅団。
各方面から称賛をされる中、その進撃速度が悲劇となることもあった。
俗に『レーラズの森事件』と呼ばれる虐殺の痕跡を残した事件だ。
後に約一万名の亡骸が何層にも重なっていたことが判明しており、エルフィンドと言う国の国際社会からの信用を吹き飛ばすほどの虐殺事件となった。
「そんな…」
その話を聞いたヘンナは絶句をしていた。第三騎兵連隊が最初に見つけたそれは、あっという間に旅団に広がった。
「白エルフめ…」
「奴らは悪魔だ…」
「死んでしまえ、あんな奴ら…」
話を聞いた同胞達は手を震わせ、拳を握っていた。そして次々と怨嗟と憎悪を吐き捨てていく。
「…」
そんな中で私はどこか疎外感を感じてしまった。本当はこう言う時は私も恨み言の一つでも言わなければならないのだろう。
ーーしかし私はそのことを言うよりも前に、キアステンの姿が脳裏を過った。
川を渡り、次々と落としていった村々で私は生まれ故郷の村を落とした。広場の中央に掲げられるオルクセン王国の国旗は風でたなびき、キアステンが提案して作った風車を見下ろしていた。建設途中であった鉄道路線は線路まで一部は敷設されていた。
『これがあったら筏で降らずとも木材を運べるようになる!完成したら、センチュリースターで面白い機関車を調達するんだ!』
彼女は興奮気味に風車の前で石垣を組みながら彼女はそう話していた。
無類の鉄道好きでもあった彼女はファルマリアやティリオンで走っていた蒸気機関車を見ていつかこの場所を川を横断する鉄道も作ってみたいなどと言っていた。
筏流しの時もそうだったが、彼女の思いつきというのは突拍子もなかったが、誰もが彼女の提案には喜んで手伝っていた。
ーーだが、かけがえのない親友である彼女は白エルフ族だ。
「私は…どうすれば良いんだろう」
人気の少ない場所で私がポツリとつぶやいた一言は、森の中に静かに消えていった。
現在、アンファウグリア旅団はファルマリア港を包囲する第一軍団と共に行動をしており、北翼に展開していた。
開戦からすでに五日が経過しており、南部を着々と進行していくオルクセン陸軍は、南部最大規模の都市であるファルマリアを包囲し、その警戒役で山岳猟兵連隊は北側から来る敵部隊の警戒を行っていた。
「逃げられやしないのに…」
連隊にいた誰かが言うと、私もそれには同感であった。
現在、ファルマリアは陸地をほぼ全域に渡ってオルクセン軍第一軍が包囲しており、面しているベラファラス湾には奇襲攻撃を行ったオルクセン海軍艦隊が居座っていた。
海も陸も囲まれており、ファルマリアには周辺の街や村からの避難民でごった返しているという話もあった。
奇襲攻撃により、港には沈んだエルフィンド海軍の艦艇が擱座していた。その残骸は私たちも遠目で見ていた。
北海の守護神として君臨していた装甲艦の片割れはあっと言う間に沈んでしまうと、残った双子神の片割れをこれからオルクセン海軍は捜索に向かう。
「気持ちはわからなくもないよ。私たちだって、オークは食われる存在だったわけだし…」
「「「…」」」
ヘンナが言うと、他の黒エルフ達も頷いた様子でオルクセンに移住をした初期の頃を思い出す。
川を渡っていく黒エルフの中、オークに食われると泣き叫んでいた黒エルフは、その後に銃を持っていた人に脅されるように浮き橋を渡っていた。
昔から…ロザリンドの頃からオークに対する意識というのはこの国では変わっていない。
まさか思えないだろう。ロザリンドの頃は散々獣と言っていた彼らが、一二〇年という歳月を経て星欧屈指の国家として進化したことなど。
少なくともエルフィンドなんかよりも大きく発展したオルクセンの街や都市は人間族ですら驚愕させるほどの発展を見せていた。
「結局は知らないって損なんだろうね」
彼女はそこで世界中を見て回っては色々と興味深い土産物などを持ち帰ってきていたとある白エルフのことを思い出しながら言う。
その耳がない人間族のような白エルフは、白銀樹から追い出されたことで白銀樹を捨てざるを得なかった。
生まれ故郷でエルフのように見えないから国を捨てた。
そして故郷を捨てたことで、私たちの知らない世界を知った。
もしかすると、突拍子もない提案をしてきた彼女は元々そういうのがあるのを知っていたのかも知れないと時折思ってしまう。
『キアってさ、まるで神話に出てくる女王みたいだよな』
昔、仲間内でそんな事を言っていたのをふと思い出す。
確かに、キアステンはそんな雰囲気のある白エルフであった。しかし彼女は神話の女王に出てくるほどの川を作り替えてしまうほどの力を持ってはいなかった。
そんな彼女についてふと物思いにふけていると、
「総員、移動をするぞ」
「?」
北部を警戒していた私たちに大隊長が指示をしてきたので、何事かと思った。
「ファルマリアの連中が夜逃げをしたいそうだ。その手伝いに行ってやるぞ」
その時の連隊長は蔑みの笑みを見せており、そこでファルマリアにいた陸軍による威力偵察があったと言う報を受けて移動を行う。
「最低限の支隊を残して我々は敵を側背面から攻撃する」
「はっ!」
命令を受け、私たちは視界の先に逃亡を図るエルフィンド軍を見る。
「…」
私はそこで小銃を装填して指示があるまで待機をする。
目の前のエルフィンド軍は五月雨式に移動を行っており、攻撃に対しても散発的な応戦となっていた。
「撃て!」
そして隊長の指示により57mm山砲が砲撃を始める。私のいた部隊の隣の部隊がグラックストン機関砲を発射しており、連続した射撃音が横で響いていた。
「すごい…」
そして視線の先では連続して発射されたグラックストン機関砲により歩兵達が薙ぎ倒されていく。
幾らか反撃で射撃もしてきて一部の兵士が撃たれて倒れていく。
「大丈夫?」
「か、肩を撃たれた…!」
負傷した兵士は止血帯を縛って出血を抑えて、すぐさま救護馬車まで後送をされていく。
「撃て!」
「敵の陣形が崩れてきたぞ!」
「突っ込め!」
そこで彼女達は壊走を始めたエルフィンド軍を見て残敵掃討を始める。
その様子を負傷兵を担いでいたことで後ろから俯瞰して見ていた彼女は、そこでの筆舌に尽くしがたい光景を前に思わず呟いてしまった。
「こんなの…まともな戦闘じゃない」
両手をあげて降伏をした兵士に拳銃の引き金を引いていた仲間達を見ながら彼女はそう漏らした。