白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#4 一二〇年前Ⅳ

ロザリンド渓谷での戦闘。

訳も分からずにこの戦場に投入された私、キアステン・ラーセンは支給されたエルフィンド陸軍のマスケット銃を手に取っている。

 

まだ子供であるにも関わらず、私は戦場に立たされている。

エルフなのに耳がないからと、銃を持って戦場に立っている。

 

正直、なんでこんな体力もなくて健康状態も良くないであろう私に戦争をさせるのか意味がわからない。この時代の兵士というのは貴族が行う騎士道の時代ではないのかと首を傾げる。

 

「はぁ…ふぅ…」

 

手が震えているのが理解できる。手には紙製薬莢が握られ、すでに銃弾を装填する。

 

「くそっ、どうなっている?!」

 

氏族長はすっかり黒色火薬の発砲によって視界が圧倒的に悪くなった渓谷を見下ろす。

今まで散々自由射撃を行い、他の氏族の部隊も同様に渓谷にいたオーク軍に滅多撃ちにしていたことで大量の黒色火薬の発砲による白煙が渓谷を漂う。

後の時代に黒色火薬一気に廃れた理由としてこの射撃後の白煙が理由の一つだろう。黒色火薬は木炭と硝石と硫黄によって完成するが、この際に発生する硫黄化合物があの白煙と硝煙の香りを作り出している。

この次に褐色火薬があり、無煙火薬の登場があるが、それはまだしばらく先の話である。

 

『突撃せよ!』

 

銃剣を装着し、一斉に氏族長の命令で胸壁を飛び出した彼女達はオークの軍勢を叩き潰しにかかる。後方からも射撃が加えられ、眼下のオークの軍勢が混乱しているというのは声と足音を聞いていればわかる。

 

「(う、うるさい…)」

 

もう気がゲンナリしてくるほどの声量である。なるほど、エルフや他の種族達が嫌う理由がわかる気がする。少なくとも耳鳴りがするほどにこの渓谷は声と音が響いていた。

 

「撃て!」

 

オークの指揮官は命令を出すと、銃剣をつけて突撃してきたエルフに対して銃弾を浴びせる、

 

『うおっ!?』

『撃たれた!』

『痛ぇよ…!!』

 

魔術通信でも悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。

 

「っ!!」

 

先ほど胸壁から出ようとして転けた私は今もその胸壁に残って射撃を続けている。幸いにもこの白煙の影響で視界は悪く、迂闊にも突撃をして退却を始めた氏族の仲間達と混線しているので状況を把握できていない。

 

「…」

 

私はそんな幸運に恵まれたことを神に感謝しながら持っていた紙製薬莢を歯で噛みちぎって装填を行う。

新しい火打石に切り替え、そして銃弾を装填していく。突撃をしていった白エルフ達は意外にも生き残って攻撃をしてきたオークの銃撃の餌食となった。

 

『た、退却!戻って撤退しろ!!』

 

慌てて状況を理解できた氏族長が叫んだが、私はもう遅いと断言する。

オークの使っている武器はおそらくこちらよりも火薬量が多い代物。そして火薬が多いということは、当然威力も高い。

火薬の量を大きくするということは、ホットロードと呼ばれる火薬を増やした状態での射撃も考えられるが、それは銃身に負荷をかけるために行われないと推察できる。少なくともこの時代の雰囲気からして鉄も銑鉄が限界だろう。金属を頑丈にできなくて火薬を増やすとなると通常よりも大きな弾丸を装備するに違いない。

 

「(ダメだ。もう間に合わん)」

 

運良く視界には斜面で転けたままの白エルフが生きており、怯えながら胸壁に戻ってくる者も居た。

私はそんな中で冷静に硝煙の煙の中で断続的な射撃音を耳にしながら、同時に撃てと叫ぶ声を聞く。

 

「…」

 

私はその時、渓谷に刺した太陽の光で反射した敵のピッケルハウベを見た。

 

「っ!」

 

その瞬間、私はマスケットの引き金を引くと、この距離での命中率は五分五分であったにも関わらず、視界内で顔に当たったのを見た。

すぐに私は胸壁に隠れてマスケットに紙製薬莢を取り出すが、

 

「っ!くそっ、湿気ってる!」

 

先程転けさせられた時だろうか、持っていた弾薬盒の中身の紙製薬莢は水で濡れていたのだ。これでは使い物にならない。

 

「どうする?どうする?!」

 

頭の中で必死に考えていると、渓谷一帯にその通信は聞こえた。

 

『我、敵将の首を取ったり!繰り返す。我、敵将の首を取ったり!』

 

渓谷一体に響いたその大声と魔術通信はオーク達を動揺させ、エルフ達を狂喜へと導く。

 

「撤退!」

「撤退せよ!」

 

そしてオークの軍団は指示を出すと一斉に渓谷から逃げ出していく。

ピッケルハウベなんて古い装備だなと内心で思いながらも、よくよく考えれば第一次世界大戦まで使っていたかと思って胸壁の前で倒れ込む。

少なくとも手の感触で、私は敵の指揮官を一人撃ったのだと感じ、その時に引き金を引いた右手を見る。

 

「は、はは…」

 

私はそこで自分が興奮状態から普通の状態に戻っていく、冷たい何かを感じた気がした。

 

「はぁ…」

 

しかし直後、だらんとその手が地面に吸い込まれる感覚になる。

すでに敵のオーク軍団は撤退を始め、多くのエルフィンド軍の追撃が始まっている。私も命令で追撃を行わなければならないが、体力が限界を迎えつつあった。

胸壁に居座って久しく、体も農奴の時に鍛え上げられた体力も軍隊では使う筋肉が違うのか、異様に疲れてしまっていた。

 

「疲れ?いや…はぁ…」

 

何というべきか。ひどく吐き気を催すものであったもいうべきだろう。

そりゃあ、明らかに体格が大きくて豚の頭を持っているとは言え、耳に聞こえてきたのは我々と変わらない言語を叫んでいた連中だ。その声によって多くの同胞が撃ち倒された。

 

「…?」

 

その時、遁走するオークの軍団を恐る恐る胸壁から覗き込んで見る。

通信で敵将の首を取ったと言ったことでエルフ達は白も黒も追撃を始めている。すでに戦場に医療班が到着して負傷した兵士達の治療を始めていた。

 

「おい耳なし!」

「っ!?」

 

すると後ろから怒鳴られ、思わず体をビクッとさせると、後ろには氏族長が立っていた。綺麗な白馬に跨った彼女は馬上から疲れ切って倒れていた私を見下していた。

 

「馬鹿者!さっさと追撃の準備をしないか!」

「は、はいっ!!」

 

そして叱責を受けると、私は慌てて銃と荷物を持って残存兵と合わせて追撃を始める。

 

「急げよ、ノロマ」

 

まだ新しいあだ名が増えたと思った。少なくともここには私の知る清らかで美しいエルフなどいなかった。

ロザリンド渓谷での戦い。後にロザリンド会戦とも言われるそれは、エルフィンドの散兵戦術と胸壁による防護によって圧倒的な勝利で終わった。

 

「良かった…」

 

これから行われるのはおそらく追撃戦だろう。遁走したオークの軍団を後ろから撃つのだ。あまり好きなものでは無いが、上が言うのだから仕方ない。

そしてイタズラで何度か弾薬を同胞から盗んでおいて正解だったと思った。先ほど転けさせられた時に湿気ってしまった弾薬の代わりになる。

マスケット銃の構造は後々の銃火器の進化から考えると恐ろしく単純なものである。まだ雷管も発明されていないこの時代、マスケットの装填と言うのは時間がかかるものである。取り敢えず、私達は整列をして西に向かう。

これから遁走したオークの軍団を追撃するのだろうと内心で緊張をしながら歩く。無論、耳なしなどと言われる人のような耳を持った私に話しかける同族などいない。

 

「(終わったら行ってみようかな。ああでも、文字読めないんだよなぁ)」

 

私はそこで黒エルフから受け取ったあの地図を思い返しながら渓谷を出る道を歩く。何と無く、皆がいい人そうだなと思いながら私は黒エルフに持っていた個人的な印象を思い浮かべる。

 

『こっちにオークが居たぞ!』

『川を越えようとしている!追撃の許可を!』

 

魔術通信を聴いていると、すでに多くの部隊が追撃を行っていると言うのが理解できた。

 

「(この後どうしようかな…)」

 

私はそこで戦争から帰った後のことを考える。少なくとも私はこんな馬鹿みたいな場所に永遠と住み続けるわけないので、いっその事海外にでも出てみるかなどと考えながら歩く。

 

「また砲声…」

 

私たちの後ろでは砲兵隊による砲撃音が聞こえた。

 

 

 

 

 

途中で野営をしながらロザリンド渓谷を抜けて歩くと、次第に広い穀倉地帯に出る。

 

「やっとドワルフシュタイン(ドワーフの国)か」

「遠いなぁ」

 

同胞はそう言ったので私は驚いてしまう。すでにロザリンド渓谷でオークと戦って数日が経過しており、黒エルフ達は戦場から一足先に帰還していた。

 

「こんな勝ち方珍しいぜ」

「マルリアン大将が言ってたよな。敵の大将を討ち取ったって」

「オークの王って誰だ?」

「えっと…」

 

移動中、彼女達はそう言うと氏族長が言った。

 

「無駄口を叩くな。そろそろ作戦だ」

 

彼女はそう言い、他の兵士たちもやや気だるげにしていると私は少し違和感を感じた。私にまともな命令をされたことなど一度もないので、これからどこにいくのかも知ったことではないが、他の一部の白エルフの部隊も撤収を始めていると分かっているにも関わらず、私たちは西に進み続けている。

 

「(そもそも越境しているじゃないか…!!)」

 

そこで私は軽く背筋が凍る。さっき同胞が言っていた事は、国境を超えたことを意味している。しかしオークの追撃でうっかり越境をしてしまったと言うのなら納得がいく。上も許可が取れているのだろうかと思いながら私は歩き続ける。

 

 

 

 

 

その頃、ロザリンド渓谷での戦闘を終えた黒エルフ族のヘンネ・アナセンは荷物をまとめて帰郷の途につく。

 

「大丈夫かな…」

「どうしたの?」

 

帰りの途中、彼女が小さく呟いた一言に隣を歩いていたら同胞が首を傾げた。

 

「あの耳の無かったエルフでしょ?」

 

すると一歩前を歩いていた別の同胞が言ってああと納得した様子で頷く。

 

「それで、あの子が何だって?」

「いや、帰りに来てくれたらいいなって思って地図を渡しておいたんだけど…来れるのかなって」

「あ〜…」

 

ヘンナの言うことに理解して、同時に伝来に来た若い耳のない白エルフの少女を思い出す。

 

「ほら、農奴にいた子って字が読めないって言うじゃん」

「あ〜、まあ他の人に聞いたら来れるんじゃないのかな…?」

「一応、ロザリンドから村までは書いておいたんだけどね」

 

彼女はそこで、オーク族にまれに見れる大勝ちをした喜びを分かち合いたいと思いながら面白い特徴を持った白エルフが来てくれることを密かに願った。

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