白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#42 開戦Ⅵ

まだこれはディネルースにしか話していなかったが、グスタフがキアステン・ラーセンに会いたい理由はもう一つあった。

 

それは彼の仲間を作り上げたとある男の勘とも言うべきものだ。

 

シルヴァン川東部の干拓、黒エルフ族への林業の提案や農業指導。

彼女はこの国では誰もが信じて疑わない三圃式農法の欠点を言っており、またまだオルクセンでもまだ広がりを見せていない頃に輪栽式農法のことを口にしていた。

大豆やクローバーを植えることによる窒素固定による土壌改善など、彼女の口から発せられる言葉の一つ一つは、彼にとって身に覚えがある仕草であった。

 

ーー彼女は、もしかしたら私と同類なのかもしれない。

 

彼の中ではそんな疑惑が浮かんだ。いや、ほぼ確信していると言っても良いだろう。

何せ彼女は米を知っているのだ…!主に道洋にしか生えていない穀物だというのに!エトルリアに行って知ったという話だが、グスタフはもしかしたら同郷の民の可能性だって考えてしまった。

 

グスタフはここに来る途中にその干拓地を見た。

いくつもの風車が巨大な羽を回して雨水や湧水を排水している景色は美しいとさえ思い、綺麗な格子状に区切られた畑では農作物が作られていた。

川沿いでは森林鉄道用に建設をされた護岸で工兵隊が路線の敷設を行っていた。

 

ここら辺から脱出をした黒エルフ族は東部組と言われ、ヴァルダーベルクで農業に従事していた。彼女達はキアステン率いる白エルフ族によって生き延びており、彼女達の貢献によってオルクセンに逃れた。

その為、白エルフ族に対する見方というのが複雑であった。

 

自分達を殺しにきたのも白エルフ、だが自分たちを助けたのも白エルフ。

その環境が、彼女達の入隊率の低さという数字となって現れていた。軍人となって、白エルフ族を殺してしまうことに戸惑いがあったのだ。

だが彼女達はあの干拓地のように農耕に関して技術があった為、オルクセンの農法を見て直ぐに理解をしており、彼女達は多くが農業に従事していた。

 

「こちらの壁をご覧ください」

「おお、凄いな」

 

グスタフはカールの説明を受けて窓から分かる建物の壁を見て驚く。

 

「レンガと鉄筋コンクリートを用いた分厚い壁です。我々の野山砲を用いて破壊ができました」

「そんなに頑丈な壁なのか」

 

驚愕をしてグスタフはその壁を見つめる。この建物は無傷で確保した為、その驚くほど分厚い壁を見て彼は野山砲が必要になってくる理由を察した。

 

「この窓は?南向きだというのに上の方にあるな」

「ええ、同じ設計図の建物でもそうでしたが、村の住人は光が入ってくるだけで少し不便であったと…」

「だろうな」

 

彼はそこで納得をしながらそのままを見る。彼はどの身長でちょうど良いくらいの建物なのだから、身長が低い白エルフ族であれば不便でしか無いだろう。

 

「代わりに反対の施設は窓が大きくて良いですよ」

「なるほど」

 

二階建ての建物の中には、既に師団司令部が設置され、通信機や地図をテーブルの上に広げて戦況を把握していた。

 

「屋上も見せてくれ」

「分かりました」

 

そこで案内役の士官が頷いてグスタフを屋上に続く階段に案内する。

 

「ほぉ、聞いてはいたが広いな」

 

そして屋上の四角に設置されたバルコニーには、北側に警戒用で75mm野山砲が設置され、南側は通信用の設備が設置されていた。

 

「起重機を使って砲を設置しました。戦線の移動に合わせていずれは撤去するかもしれませんが…」

「そうか」

 

横で説明をする士官にグスタフは頷くと、建物のポールに掲げられたオルクセンの国旗を見る。

 

「…」

 

その旗を見つめ、その後に踵を返すように屋上を後にするグスタフ。

 

「如何でありましたか?」

「ああ、悪かったね」

「いえいえ」

 

既にこの占領地域から前線はかなり離れてしまっている。

既に陸軍はベラファラス湾北岸を制圧し、ヴィンヤマル半島もその手中に収めていた。

現在海軍は残ったエルフィンド海軍の艦艇であるリョースタの捜索のために出航をしていた。

 

「あとそれから、納屋の方も見たい。頼めるかい?」

「分かりました」

 

グスタフはそこで黒エルフ族放逐後に作られたというこの施設を巡っていた。

先日はアンファウグリア旅団に赴いてディネルースと話してきた。ファルマリアで起こったことは既に把握しており、その事についてグスタフは全てを受け止めていた。

 

ーー全く、どうして自分なのやら。

 

そんなことを考えながら用意された馬車に乗って村の郊外に出る。

 

「これがそうか…」

 

そして到着をした真新しい納屋を見上げる。

その納屋はコンクリートが全面に剥き出しになった施設だが、幾つかの小窓が外からでも見えた。

 

「ほう、広いな」

「ええ、我々が占領を行った時はここに木材や農機具が収められていました」

 

隣には厩があり、飼育されている農耕馬が顔を覗かせていた。

施設の中を覗いてみると、納屋の小窓がちょうど日光を差し込ませて中を照らしていた。

 

「中からあの小窓を通じて射撃ができます。この場所ですと、ちょうど街道が見えています」

「この施設は南北で撃てるんだったな」

「はい。エルフィンド軍は事前に我々が通過した時に備えて準備をしていたと予想しております」

 

士官の報告を聞き、グスタフは改めて同様の施設を見た時に感じた感想を抱く。

 

ーーこの施設は意図的にこう作られている。

 

これに関しては情報局とて同様の結論に至っている。民家に偽装した軍事転用可能な施設であり、実際にエルフィンド陸軍がこの施設を用いて損害を出したこともあった。

 

野山砲を巻き込まなければ破壊できないほど分厚い壁や、大砲を設置可能なほど大きなバルコニー、銃眼として機能する小窓のついた納谷。

エルフィンドは実は戦前から戦争の準備をしていたのでは無いかと作戦局の方でもちょっとした話題を呼んでいた。

 

 

ーーだがどの予想も違うと言えた。

 

 

グスタフも当時は医療兵であったが、ロザリンド会戦世代である。

戦さ場の匂いというものを、シュヴェーリン達ほどでは無いが感じ取ることができた。だからこそ分かる。

 

 

ーーこの建物には悪意が満ちている。

 

 

無機質で、血に飢えた者達の憎悪と怨嗟がこもっているように見えた。

 

士官達は『欠陥住宅では無いか?』と言っていた大きく取られた北側の窓と南側の高い場所にある小さめの窓。これもおそらくは設計者が意図的に作ったものだろう。でなければ、全ての同様の家でこんな綺麗に南側に面した場所などが撃ちにくいことがあるだろうか?

 

そして窓から射撃可能な方角というのは全て北側、つまりエルフィンド側を見ている。もし我々への対策とするのなら、普通は南側を向いているはずでは無いだろうか?

 

「…カールに伝えてくれるか?この納屋とあの家を設計した人物を探してくれと」

「はっ、畏まりました」

 

グスタフを案内した士官は敬礼をすると、直ぐにその情報をカールに伝えた。

 

「これは北からの迎撃を意図に作られた施設だ」

 

グスタフは納屋を見上げて確信した様子で呟くと、聞いていた士官は驚愕した顔でグスタフを見ていた。

 

後年、これらの施設は北側から来る敵に対して効果的に防御をできる軍事転用可能な施設として『仮面屋敷』などと言われる様になり、主に旧黒エルフ居住地域に多く見られる施設として黒エルフ族放逐を象徴する建物として紹介される様になる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

現在のオルクセン軍を目下困らせていることといえば、白エルフによる魔術通信を使った密偵である。

 

「まただ」

 

ファルマリアを占領していたオルクセン陸軍の歩哨のコボルト族は勘付いて呟いた。

 

「アレか…」

 

隣で立っていたオーク族の兵士がため息混じりにコボルト族に言う。

 

「気味が悪い」

 

その魔術通信はファルマリアの方から届いていた。

 

『20.45.126.88…』

 

ひたすらに番号が並べられ、その数字に規則性は全く無い。他にも密偵からの暗号文と思われる会話もある中でその通信だけはひたすらに不規則的に番号を定期的に発していたのだ。

 

「数字ばっかり言ってやがる。何なんだこれは」

「発している場所は?」

「分かるわけねえだろ。どれだけ今のファルマリアに白エルフがいると思ってんだ!」

 

コボルトの通信兵はそう叫ぶと、眼下に広がるファルマリアの市街地を見る。戦闘が終わり、占領をされたファルマリアの街からは多くの避難民が乗合馬車に乗って故郷に帰って行ったり、オルクセン軍の攻撃で家が破壊されたことで帰る場所がなくて途方に暮れている者がいたりしていた。

戦前は四万人ほどがいたとされるファルマリアは、今は占領したオルクセン軍の海上輸送便などもあるため、多くの種族がごった返していた。

 

「一々捕まえたって白エルフは全員が魔術通信ができるんだぞ?」

「イタチごっこってわけかよ」

 

事情を察し、そのオーク兵は苦笑してコボルト族を見下ろす。

 

「でもよ、その数字の奴だけでも捕まえられねえのか?」

「やるにしたって街中走れってか?」

 

嫌そうにコボルト兵はオーク兵を見上げて話していた。

 

 

 

その頃、ファルマリアの市街地ではフレンが事務所で本を開いていた。

彼女が呼んでいたのはエルフィンドの建国神話。この国の者であれば誰もが知っていて当たり前で、どの家にもこの本があると言っても過言では無い。

 

読書や歌をこよなく愛する白エルフ族の文化は、同年代の他の国からすべは信じられないほど高い識字率を保ち続け、本を作ることから製紙産業が大きく発展していた。

無論、頑丈なものであれば本の表紙を包む革も必要となるため、羊皮紙や動物の革を昔から黒エルフ族が卸したりしていた。

 

彼女は事務所の執務室で建国神話、国の支援で安く大量生産されていたその本を持って、ある頁を開いて行を指でなぞっていた。

 

『54.63.91.…』

 

そして行をなぞりなから魔術通信で数字を読み上げていくと、その通信はファルマリア郊外で馬に乗っていたとある白エルフに伝えられた。

 

「敵軍、路線徴用…か」

 

そしてその一騎はそのまま海岸沿いを進んで最前線近くの森の中で馬を止めて魔術通信をする。その手には建国神話の本が握られていた。

 

そしてバケツリレーのように同様の暗号が魔術通信で伝えられていくと、最前線を越えてエルフィンド側まで伝わって行った。

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