一二月の半ば、進撃途中であったアンファウグリア旅団はキアステンと接触を果たした。
「君たちはどうやって武器を集めたのだ?」
「鹵獲と以前よりの準備です」
ディネルースは占領をした村落にてキアステンを招いた。
「準備?」
「ええ、我々は開戦以前からオルクセンが…あなた方が侵攻をして来ると踏んでいましたから」
「…そうか」
ディネルースはそこで目の前の白エルフが黒エルフの虐殺以前より、警鐘を鳴らしていた事はすでに知っての通り。
なぜ彼女はそのことを予見していたのか、そのことを小一時間ほどかけて問い詰めていきたいものだが、あいにくと今は時間がなかった。
「ですが思った以上に早い期間でした。もっと一〇年ほど時間かけて来るかと思っていましたよ」
「…」
彼女はそう言い、提供をされた嗜好品のコーヒーを飲む。
あまりコーヒーは好きではないのか、彼女は提供された直後に少し嫌な顔をしつつもカップを傾けた。
「君は、準備をしていたと言っていたな」
「ええ」
「そろそろ備蓄が足りないのではないか?我々の方はいくらが糧秣の余裕がある」
彼女はそういうが、キアステンは軽く笑った。
「我々はいつから準備していると思っているんですか?すでに半年は戦える備蓄をしていますよ」
「…」
その話を聞いた時、ディネルースは驚愕した。また話を聞いていた他の幕僚達も驚いていた。
「我々は北部に関しては十分な知見を持ち合わせています。無論、あなた方にこれを提供することも想定済みです」
「…準備がいいのだな」
「ええ、もちろんですとも」
キアステンは頷くと、ディネルースはその彼女の目に見えるそこはかとない憎悪と嫌悪を見た。
ーーこれほど恐ろしいと思ったことはなかった。
それは熟成された血の匂いとでも言うべきなのだろう。ドロッとしていて、底が見えなかった。
彼女の人生においで歪んだ価値観というべきか、目の前に座っている白エルフは『本当に白エルフなのか?』と疑いたくなった。
「何のために南部で放逐されてしまったあなた方の家を修復をしたか。おそらくあなたなら分かるでしょう?」
「…北側からの迎撃を行うためか?」
その答えに彼女は頷いた。
「ええ、全て御破算ですがね」
流石に彼女も黒エルフ族放逐から一年も立たずにオルクセンが侵攻をして来るとは思っていなかった様子で言っていた。
あの施設は、後々の調査で彼女達による一〇年単位での経済格差による内戦の際に効率よ北側から進行してくる部隊を迎撃するために作られた布石であったということが判明していた。
そのための計画は後に『ラーセン・プラン』と密かに名付けられた。
ーー我々が侵攻せずとも、エルフィンドは内戦状態に陥っていた。
後年の歴史家や政治家はそこで感じた悪意に、企業による経済支配の危険性を感じ取ってオルクセンで独占禁止法の強化が始まる起因を作り上げた。
「おかげで建造中の地下道も放棄ですよ」
「…何?」
キアステンが言うと、聞いていたディネルースも驚きを隠せなかった。
「あの家にそんなものはなかったぞ?」
「そりゃあそうでしょうな。設計図には記されておりませんので」
彼女が言っていた地下道は、後に立ち入りを行ったオルクセン軍の調査で判明しており、元々の予定ではファルマリアやヘレイム山脈の麓まで延伸をした総延長二五〇キロの地下トンネル網を建設予定であったと言う。
「…君はどこまで計画を立てていたのだ?」
「全部です。内戦を引き起こすことも、外敵からの侵攻も、歴史を見ていれば予想がつきます」
彼女はそう言ってカップを傾ける。
「支援は武器の提供で十分です。我々は北部やこの地域を中心に多くの拠点を持っておりますので、補給の面は悪しからず」
「…」
ディネルースはそっけない様子で答えるキアステンに、少し少し不満と警戒を表す。
目の前の白エルフは、東部組脱出の時間を稼いだことでヴァルダーベルクでも著名な人物であった。現在の町長も、東部組の彼女に救われた人物である。
「キアステン・ラーセン、君がここまでする理由はなんだ?」
そんなディネルースの問いに、彼女は短く。しかしはっきりと答えた。
「…エルフ族新生のため」
その返答は、ディネルース達を当惑させた。
キアステン・ラーセンと接触をしたことは、その日の内にファルマリアの総司令部へと届いた。
「そうか、アンファウグリアが…」
「しかし黒エルフ族の部隊です。ファルマリアのようなことがあれば…」
カールはそう懸念をしたが、グスタフは問題ないと言った。
「彼女であれば大丈夫だ。最近は落ち着いているとも聞いているしな」
「…」
彼はそう言うと、カールとしては何も言えなかった。
以前よりグスタフとディネルースの私的な関係というのは聞いていた上に、彼女のことを愛しているということもカールは知っていた。
王宮では公然の秘密扱いであるようだが、軍内部でも『あの国王が!?』と言った具合で盛り上がったのはいうまでもない。
「彼女達への支援物資は?」
「準備を整えております。まもなく到着をするでしょう」
カールはここファルマリアにおいてすでにステン商会を通じてほぼ無償で鹵獲したエルフィンド軍の武器弾薬を売却した。
鹵獲兵器の中には山砲や野砲もあったが『そんなものをどうやって使えと?』と真顔で返されてしまったため、カールも砲兵には特別な技術がいるということをわかっていた為、小火器に限定して輜重馬車に武器を積み込んでいた。
「彼女達の支援は遠慮なく行ってくれ」
「分かりました」
すでに戦前より予算が編成されており、資金援助も兼ねて彼女達には武器弾薬の支援を惜しみなく行う。
これにより、後方への浸透と撹乱攻撃を彼女達に担わせる予定であった。
「幸いにも、彼女達は鹵獲兵器を要望してきました。我々の懐は痛みませんな」
「おそらく、それも彼女の目的であるのだろう」
グスタフはそこで輜重馬車に積載されていく武器と弾薬をみる。使用期限に余裕ないものから送り出し、最前線で彼女に使ってもらう。
そして後方の鉄道網や電信を破壊してもらう。すでにアルトリア以降、第三軍の管轄地域で同様の問題が発生していると聞いており、その対応に列車に兵士を乗せたり、輜重部隊に護衛の兵士を付けたりしていた。
「使っている武器はエルフィンド陸軍が使用するものと同じだ。鹵獲して、再利用を検討しているのだろう」
「…」
彼の予想は見事に的中していた。キアステン達は使用する小銃を用いて何度も襲撃を敢行することとなり、十分が護衛を伴ったエルフィンド軍を襲いにかかった。特に北部からティリオン・ディアネンにかけての地域において、彼女達はたちまち自分たちの庭にしてしまった。
「それから、北部で行われている撹乱攻撃だが…」
「はい、分かっております。あくまでも馬車の事故により鹵獲兵器は川に流されたことにしております」
すでに快進撃を各所で続け、順調に占領地域を拡大していたオルクセン軍は大量の鹵獲兵器を確保し、また国立造兵廠もその手中に収めており、そこに残されていた各種部品なども用いて破損兵器の修復を行っていた。
「修理を終えた新品のような鹵獲兵器を送りますので、彼女達はしばらく戦えるでしょう」
「ああ、しかし半年も戦える準備をしていたとはな…」
「何十年も昔から準備を重ねていたそうです」
「…」
グスタフはカールから聞かされた話を聞き、ファルマリアにあった南部に展開していたその商会について少し考える。
「…やはり会いたいな」
「キアステン・ラーセンにですか?」
「ああ、彼女はなぜ黒エルフ族放逐を予見できたのかをな」
うっかり漏れてしまった本音にカールは聞くと、彼は頷いた。
「それに黒エルフ族は我が臣民。そんな彼女達を作ってくれたことへの謝意もしたい」
「…なるほど」
国王らしいとカールは思った。確かに、彼女達の命懸けの抵抗というのは人権保護という観点では最大限尊重されるべきだ。勲章の類ですら彼は考えているに違いない。
「勲章を授与なさるおつもりですか?」
「ああ、どうだろうか?」
「…私としては、些か賛成しかねますな」
本来、こうした国王の前では彼の意見に無条件で支持をするのが通例なのだろうが、カールはこの国王陛下は自分の意見を聞いてくれるということでもしっかりと意見を言う。
「そうか…理由は?」
「確かに陛下の白エルフ族との融和において、彼女は有益です。…しかし我々としては、彼女が意図的に証拠を残していなければ追跡は困難でした」
「…味方に、あわよくば部下にしたいと言うわけだな?」
「ええ」
カールは首肯した。
彼の脳内ではすでに、彼女を部下として引き入れた後のことを考えていた。
「彼女はキャメロット人に扮しており、それは同族ですら見破られないほどだと聞いています」
「ああ」
「そして彼女の資金の隠匿方法。あの口ぶりから、おそらくもっと複雑に彼女は隠匿できると言うことです」
開戦からまだ二ヶ月ほどであるが、彼らはキアステン・ラーセンに対して非常に高く評価していた。
「今は現地抵抗勢力ですが、彼女はキャメロット人としてパスポートの取得すらしている」
事前にオルクセンは彼女の出入国の履歴を見て旅券の偽造を行っていた可能性を示唆しており、彼女の技量の高さもあった。
「我々としてもその技術は欲しいです」
「ふむ…なるほどな」
グスタフはそこでカールの意見に考える。
キアステンはエルフ族の特徴でもある白銀樹の元から離れたがらないという特性からは逸脱している。彼女は遥か昔からエルフィンドを離れて国外に出ていた。まだ旅券制度が曖昧であった時代というのもあるが、彼女は今まで違和感を持たれずに出入国をしていた。
「勲章を授与となると目立ってしまうか」
「はい。ですので我々としては御再考を願いたく」
「うん、事情は分かった。まあ私も思いつきだ。彼女と出会って話してからでも遅くはかなろう」
「はい」
カールはグスタフに頷くと、鹵獲兵器を乗せた輜重馬車がファルマリアから出発をしていくこととなる。
その部隊は鉄道を使われずにあえて陸路で最前線まで運ばれる。鉄道を使えばあっという間に送れるが、まだ破壊された路線の復旧作業中であることや、白エルフ族による通報を警戒してのことだった。
通常の補給の中に混ぜ込んで送ることで、キアステン達へ通報されないように物資を送ることができた。