キアステン・ラーセンの率いる抵抗勢力には名前がなく、これに関して面倒だとディネルースが言ったことで彼女達はグスタフから『パルチザン』と名前をつけられた。
元はグロワールの言葉で、後の時代でも多用されていくこととなる言葉であった。
「諸君らに武器提供だ」
「感謝します」
一二月の三週目の中頃、ファルマリアを出発した輜重隊が到着をしてキアステン達に鹵獲武器の供給が始まった。
当時、アンファウグリア旅団においてキアステン達というのは現地協力者という位置付けてこれから作戦を行うディアネン市近辺の地図を見せ、彼女達と共有をしていた。
「ディアネン市には多くの兵力が結集しています。おそらく、ここが正念場と考えたのでしょうね」
「おそらくはそうだろう」
アンファウグリア旅団が到着をする以前にキアステン達は偵察と妨害工作を行っており、そのやり方にディネルース達は言葉を失っていた。
「射殺したエルフィンド軍に化けて襲撃とは…」
「なんて連中だ」
「騎士道精神に反する」
報告書にそう記し、彼女達の活動を軽蔑した書き方をしていた。これには幾らかの白エルフ族に対する差別意識があると総司令部は判断していた。そして占領をした村落から出発し、それに同行をした山岳猟兵連隊の一部隊がその報告書をあげてディネルース達を驚愕させた。
「…」
手符号で行動を行い、魔術通信を一切せずに線路上の近くの草木に隠れ、線路上に提供をした爆薬を仕掛け、線路の下から導火線を通して起爆装置に繋げていた。元は鉱山発破用の発破器なのだが、彼女達はオルクセンの開発したダイナマイト・プランジャーを要望して提供を行うと、それを彼女達は効率よく使っていた。
「やれ」
小声で指示をすると、T字型の棒を押し込んで電気雷管を起動させて機関車が来た瞬間に爆発をさせていた。
「撃て」
そして直後に停止した列車から出てきた白エルフの兵士に対して射撃を行った。
「なんで!?」
「仲間が撃ってきたぞ!?」
「撃ち返せ!血の付いた制服を着ているのは敵だ!」
無蓋貨車や客車の窓ガラスを割って彼女達も迎撃をしに来ると、物資を積載していた軍用列車は機関銃の攻撃も受ける。
「くそっ」
しかし無蓋貨車や客車には鉄板が上から貼り付けられており、機関銃の攻撃を防いでいた。
「すぐに撤収するぞ」
「了解です」
草木で覆い隠し、偽装された機関銃による射撃はエルフィンド軍の頭を悩ませ続けていた。
オルクセン軍からの支給で弾薬に余裕が生まれた彼女達は、遠慮なく機関銃を使った作戦を展開していた。
彼女達は私服や死体から奪ったエルフィンド陸軍の制服を纏って攻撃を敢行しており、襲撃を受けた方の動揺を誘った。
「キア」
そしてディネルースとの会合を終えたキアステンにヘンナが話しかけてきた。
アンファウグリア旅団と行動を共にしており、その過程で久方ぶりの再会をしていた。
「ん。どうした?」
「これから配食があるんだけど、どう?」
「…ふむ」
話を聞き、キアステンは少し考えるとオルクセン陸軍の黒い制服を纏っていたヘンナに言う。
「うん。御相伴に預からせてもらおうかな」
「行こう行こう」
ヘンナはそこでキアステンの手を引っ張って自分の部隊の下に連れていく。
少し面倒そうな顔をしていたが、なるべくそれを隠してキアステンはアンファウグリア旅団の配食に参加する。
「ヘンナ?」
「え、なんで白エルフがいるのよ」
そして野営をしていた天幕に着くと、そこでは配食中であった黒エルフ兵が私服を着たキアステンを見て言った。
「キアステン・ラーセンよ」
「あぁ…」
名前を聞き、彼女達は一瞬で理解をすると彼女は配給係から嫌な顔をされつつも配食を受け取る。
「失礼しますね」
「…」
そこでキアステンは配食を分けてもらうと、そこでヘンナと座って話していた。
「最近はどうなの?」
「だいぶ厳しいわね」
戦争以降、度々列車を襲撃してきた彼女は、最近の列車防護に悩まされていた。
「白エルフがどうして私たちと釜を囲まなきゃならないのかしらね」
「協力者だからでしょ」
その近くで背を向けて食事をしていた黒エルフ兵がそう言うと、キアステンは持っていたノートを持って万年筆を走らせていく。グロワール製の購入品で、誰かから贈られたものなのだろうと推察できた。
「…」
そんな呟きをヘンナは聞いており、あのレーラズの森の一件で彼女達の中で明確に白エルフに対する差別意識が強まっていた。それが顕著になって現れたのが今の状況だ。
キアステンも無論、彼女達のそんな会話を聞いていたが気にするそぶりを見せなかった。そして何より、彼女達の心象を悪くさせていたのはレーラズについてであった。
「ねえ、黒エルフを見殺しにした噂があるんでしょ?」
「本当だって話だけど?」
わざと聞こえるように彼女達は言うと、彼女達はキアステン達にかけられた疑惑を言った。
当時、レーラズの森の場所や彼女達の活動範囲からでた噂であったが、かなり信憑製が高い噂として部隊内で言われていた。
「…」
すると聞いていたキアステンはそそくさと食事を摂り終えると、そのまま離れていき、それを見ていた黒エルフ兵達は彼女を見て嘲っていた。
「キア」
「どうした?」
そしてそのまま近くの森に入ってついてきたヘンナが話しかけた。
「大丈夫?」
「…大丈夫?この状況で何を心配しているの?」
キアステンは少し苛立っている様子でヘンナに言う。
「その…噂の件でさ…」
ヘンナは少し言いづらそうにしてからキアステンを見ると、彼女は大きくため息を吐いた。
「ふっ…そりゃ助けたかったわよ!」
「っ!?」
そして森の中でキアステンは叫んだ。その声と内容にヘンナは目を見開いた。
「私だって…本当は突撃をしてアイツらを皆殺しにしてやりたかった。穴に落ちていった中には顔馴染みの子だって居たんだ…」
声を殺しつつも、それが殺しきれておらず、金切り声の様に彼女は地面にへたり込む。
「助けたかった…でも相手は数百人の国境警備隊だったんだ。一〇人や二〇人でどうにかなると思うか!?」
泣き叫び、堪えていたものが一気に溢れてくる。
「その時、機関銃は北部の山奥に隠していた。取ってきた頃にはみんな死んでいる」
「…」
その叫びを、静かにヘンナは聞くことしかできない。正確には口を挟む事ができなかった。
彼女とて、一歩兵としてこの戦争に参加しているために数の差というのは質では補えなくなる限界があるということを知っていた。
「だからレーラズで殺していた連中の記録を取るので精一杯だったわよ!」
キアステンはそう言って顔を膝に埋める。彼女は目の前で殺され、泣き叫んで助けを求めていた黒エルフ達の魔術通信を思い出す。
その時、近くの森の中ではアグネス達を筆頭に仲間がいたが、彼女達は助けられないと察していたのだ。
「黒エルフの人が多すぎて助けたとしても逃げ道なんて無かった。逃がす方法だって、船は全部使い切っていた…」
銃がほぼない状態で抵抗活動なんてできない上に、正規軍相手にまともな戦闘なんてできるわけがなかった。そのため、彼女は殺されていく黒エルフ達を見つめるしかできなかった。
「助けたくても、私たちが死んだら残った仲間はどうなる?」
「キア…」
かろうじてヘンナは名前を言ったが、キアステンにはもう届かない。
「もう正直言って死にたかったよ。あの時に突撃命令してさ…捨てがまりして、黒エルフを殺してた奴らに仇討ちをしたかったさ!」
泣きじゃくって彼女は木の根元で座り込んだまま溢していく。
「でも私が死んだら皆に迷惑をかけるんだ…。アグネスやウェンバネ達が困るんだ…」
命をかけて戦うことを誓ってくれた大切な部下達。彼女は長い期間をかけて自分の真意を理解してくれて、信用を置ける人として秘密裏に準備を進めてきた全てを不意にすることはできなかった。
「そんなに恨んでいるなら私を殺してくれよ…」
そして彼女は先ほどの黒エルフ兵を思い出す。
「撃ってくれよ…。撃ってスッキリするなら殺して欲しかった…」
キアステンはそこでヘンナに問いかけるように聞いた。もはや彼女にはヘンナと他の黒エルフ兵の区別もついていなかった。
「あんた達は軍人だ…他国の軍隊だからいいさ。白エルフに捕まっても保護をしてもらえる」
基本的に軍人というのは元々が戦闘をする人であるため、戦地で捕虜になっても人道的見地で収容所に送られて生活をすることになる。
「ウチらはどうだ?私服を着ていて保護をされない。いつの間にか消えていることだってある。
昨日まで話していた部下が消えて数日後には吊るされて見つかるんだぞ?部下に密告をされていつ捕まるかもわからないんだ」
「…」
「私だってそうだ。秘密警察に姿がバレてキャメロット人の身分を捨てたんだ」
彼女はそう言っていか自分たちがしている行為への恐怖を口にする。
「そんなに私たちが恨めしいなら会った時に殺せばよかったのよ!」
「…」
そんな呟きを黒エルフ達は聞いてしまっていた。森に行って帰ってこないところを気になって探しに来たところを影でこっそり聞いてしまったのだ。
聞いていた彼女の感情は複雑だった。やっぱり噂は本当だったと興奮するよりも前に、彼女の事情を聞いて頭を抱えたくなった。
白エルフに対してただただ憎悪を浴びせられた今までの状況と一変してしまったからだ。
ーー彼女は何も言わなかった。
それが黒エルフ達にとってみれば面倒なことこの上無かった。これでもし言い返しの一つであれば言い訳ができた『連中はこう言う生き物だ』と言えた。
「…」
そして森の中で嗚咽を漏らしていた彼女に、その黒エルフ兵達は静かに森を後にした。
キアステンの叫びは聞いていた黒エルフ達の白エルフに対する認識を少しだけ変えさせた。無論、レーラズの一件で一部の兵は『やっぱり見殺しにしていたじゃないか!』と怒りを露わにしていたが、士官を中心にそのことを諌めるように言った。
「貴様ら命を救ってもらった恩を忘れたか!」
そして目に余ったことでディネルースからの一喝もあり隊員達はそれ以降にキアステン達に対して言うことは少なくなった。
何より、その一喝で彼女達はいつの間にか白エルフと同じことをしていた事に気がついたのだ。そのことが何よりも衝撃的で、散々自分たちが『アイツらとは違う』と思っていた自尊心が破壊され、一気に消極化していった。
「なあ、チョイスあるか?」
「ん?ああ、あるぞ」
それからというもの、彼女達はキアステン達に対して少しずつではあるが、話す機会が増えた。
彼女達は、初めはエルフィンドの煙草の吸い合いから始まり、次第に支給品の牛缶と隠れ家に備蓄されていた缶詰の交換を行うようになっていった。そして次第に火を囲むようになっていた。
後に彼女がレーラズの森事件のことを記した日記が総司令部に送られたが、
「これはいかん…」
そのあまりの生々しい、震えた字で記された日記を見て総司令部はこの文書の公表を禁止した。当初、これに対して反対する意見もったが、これに対しグレーベンは言った。
「馬鹿野郎、こんなもんを世に出して見ろ。白エルフ族への報復が苛烈さを増すぞ」
下手をすれば白エルフ族への報復虐殺が起こってしまうかもしれない。そう懸念させるのに十分な資料であった。
これからエルフィンドを併合する際に、すでに彼女達へのイメージというのは払拭をされていた。危険で、野蛮で、虐殺すら厭わない選民思想を持つ種族であるとして諸外国からの信用はすでに地に落ちていた。これ以上の彼女達への糾弾は必要なかった。
すぐにこの日記は特級機密文書指定となり、一切の公開を禁止した。あらゆる申請も却下され、その内容を読んだグスタフもそのことに同意をした。
この文書は写しすら作れず、後年にベレリアント半島放逐資料館が創設をされた際にもついにその内容が公開されることはなかった。
「こんな事が…こんな事があったとはな…」
実際にその様子を見ていた者による実況というのは、それを読んだ者達に底の知れぬ恐怖を植え付けた。