星暦八七七年の一月半ば、タスレンの占領が始まった。
エヴェンマールを占領し、連戦連勝続きのオルクセン軍はその後に北上をしてタスレンへ侵攻を行った。
できれば二月上旬までにオルクセン軍によるネニング平原での第一軍の展開を終えたいと言うのが総司令部の意向であった。
エルフィンドの東部沿岸諸都市の無防備都市宣言による無血占領を行った彼らは、次々と街にオルクセンの旗を立てていく。
「連中、何を考えているんだ?」
総司司令部でグレーベンはやや困惑気味に敵の動きを見ていた。てっきり、タスレンにいた装甲列車が支援をするものと思っていたために、少し拍子抜けであった。
「やはり砲一門では限界があるか…」
タスレン郊外での偶発的戦闘によって見つかった装甲列車。諸都市を無血占領を行ったオルクセン軍であったが、彼らは占領をした全ての都市で物資が不足していることに驚愕をしていた。
全て事前にエルフィンド軍によって引き上げられていた物資は一部を除いて西方に移動しており、敵もディアネン市に集結していると見られていた。
少し前にアルトリアで第三軍が兵站危機に陥っており、占領した全ての諸地域で戦前の計算値よりも少ない物資の量に、エルフィンド全体で食糧生産能力が落ちていると言う状況が発覚していた。
すぐに総司令部は遅滞戦術が行われていると判断し、街道や鉄道橋梁の復旧を行い、焦土戦術によって持って行かれた糧秣の補給を行う必要があった。
「助かった。シルヴァン川の北岸の路線があったからまだ余裕がある」
「ステン商会には頭が上がりませんな」
総司令部でグレーベンは思わずこぼした。船舶輸送も含めれば第一軍はファルマリア港なども使えたため、だだいぶ物資には余裕があった。
無論、開戦初期に徴用をしたシルヴァン川北岸線による鉄道輸送も行われており、そのほうが国土に近いこともあってダイアグラムの組成によって一気に最前線まで物資を運ぶことさえ可能であった。
「全くだ」
そしてファルマリア港まで用地買収も済ませていた彼女達に総司令部では頭が上がらなかった。
未だカールとその身辺以外でステン商会が抵抗勢力の資金源であったことは知られておらず、グレーベンですらオルクセンに協力的で助かる企業という認知で終わっていた。
黒エルフ放逐後に急拡大をしたことで一部の黒エルフ族からは心象の悪い企業であるが、未だに南部の民需輸送を手広く行い、今は砲撃などで破壊された都市部の建築物などへの建材の生産と輸送を行なっていた。
「しかし装甲列車はどこに消えたんだ?」
「未だ発見の報告はありません。情報局では、北部に遁走をした可能性があるとのことですが…」
そんな話をしていたが、すぐにグレーベンは目下の重大事態に首を傾げる。
アンファウグリア旅団の歩兵部隊とパルチザンが会敵し、交戦となった噂の装甲列車。名前がない為、取り敢えず仮呼称で『A型装甲列車』と名付けられていた。
「しかし彼らはどうして装甲列車なんかを…」
「おそらく、パルチザンの攻撃が原因だろう」
グレーベンは部下にそう返して、鎖国国家同然であったエルフィンドが最新鋭の装甲列車という兵器を開発したのかという理由を話す。
「パルチザンの攻撃は実に効率的で、効果的だ。彼らに対抗するためにまず無蓋貨車に兵士たちを乗り込ませ、銃を持たせた。しかし火炎瓶で燃やされるから屋根を付け、燃えないように鉄板を貼る」
「なるほど、センチュリースターで起こっていたことがこの短期間で起こったわけですか」
「そうだ。そしてこの攻撃は、海外に出かけていたキアステン・ラーセンだから思いついたのだろう」
グレーベンはそう言い、パルチザンを率いているキアステンのことを思い出す。まだ一度も会っていないし、今後に会うことがあるかと問われると疑問符が浮かぶ。取り敢えず現状は接触をしたアンファウグリア旅団の野営地にいると言い、パルチザンとの連絡を担当しているという。
「連中、頭いいですからね」
「情報局の連中が頭を抱えるって相当ですよ」
作戦局は彼女達に対して抵抗勢力として援助をするべきと言っていたが、その組織がどのように運営されているのかを彼らは知らない上に、また知る必要もなかった。
「それに問題はそれだけではない。連中、根こそぎ兵員を動員してディアネン方面に二四万の兵力だ」
「なんとかして第三軍と歩調を合わせねば…」
「第一軍では何ともならないぞ」
第一軍の兵力とディアネンに固められた兵力では差があるため、オルクセン軍は第三軍の到着を待って包囲することを提案していた。
「装甲列車の攻撃はどう対応する?」
「パルチザンに通報してもらう以外にないだろう」
「そうだな…我々の側背面から撃たれても困るしな」
装甲列車は報告書の中では7ポンド砲と8インチ砲、無数の銃眼を装備しており、そのことはかなり信ぴょう性の高い情報として総司令部の要警戒対象に指定されていた。
「また北部のような事があってもこまる」
「ああ、戦線を混乱させることもできてしまうからな」
それは一二月のエルフィンド海軍による奇襲攻撃、赤ん坊一人が死亡してしまったあの嫌な記憶である。
あれ以降、オルクセン海軍は総動員して残存艦艇の捜索にあたっていた。残っているのは巡洋艦と仮装巡洋艦で、この冬の北海の荒れた海を沿岸部の占領地域を用いて大鷲族も使った大規模な捜索を行なっていた。
「少なくとも馬曳きよりも移動速度が速いぞ」
「弾薬も積載している。発見当時は軍用列車と連結されていたんだろう?」
「ああ、火炎瓶を投げつけても無駄だったらしい」
大まかな外形は判明しているため、彼らは北部に展開しているはずのパルチザンからの連絡に期待していた。
その頃、タスレン郊外の場所を数騎の車列が走っていた。
「止まれ!」
その道中、街道上に白エルフ族による検問が設置されており、銃を持った兵士たちが呼び止める。
「貴様らの荷物を確認させてもらう。通過理由を言え」
「名前と住所、生年月日が分かるものを出せ」
彼女達はそれぞれ御者達に言うと、その車列には同族の白エルフが荷物を持って座り込んでいた。
「タスレンからの避難民です」
「…」
憔悴しきった顔で彼女達は白エルフを見ており、その馬車と荷物。乗っていた白エルフ族の全員の身分証を見て彼女達は異常がないので通行を許可した。
「よし、通れ」
そして検問を通過させていくと、車列は線路に沿って北上を始める。
「…ふぅ」
そして検問が見えなくなった段階で御者の一人がため息を吐いた。
「やはり慣れませんね」
「仕方あるまい。我々の拠点まで物資を取りに行くぞ」
そこで手綱を握っていたイヴァノンにキアステンが言う。
現在彼女達は、北部に移動をして各拠点に構成員達を分散配置させるために北上をしていた。
「護符は持っているな?」
「ええ、勿論です」
キアステンの質問にイヴァノンは頷いて持ってきた護符を見せた。彼女達は先の装甲列車との会敵で五名の仲間を失い、生まれ故郷の白銀樹にそれを埋めに行くのも目的であった。
「…辛いな」
「ええ…」
キアステンの呟きにイヴァノンは頷く。
今までも多くの協力者を失った。全員が同族による密告だ。
秘密警察による反教義主義思想への弾圧を行ってきた秘密警察であるが、オルクセンが侵攻をしてからと言うもの、もっぱら国内でオルクセンに協力的な一般人の摘発を、非占領地域で行なっていた。
「おそらく、占領地域でしないのは捲土重来が行えると思っているからでしょう」
「ええ、じゃなかったら今頃はフレン達が捕まっているわよ」
元々オルクセンによる警備体制というのもあるだろうが、基本的にエルフ族というのは全員が魔術を使える。
すでにオルクセンとステン商会が接触をしていることは秘密警察もわかっているだろう。そして捲土重来により南部に帰還した際に拘束をしてくるからに違いない。
オルクセン側も我々の警戒を理解してくれたようで、支援物資の輸送も通常の補給隊に混ぜるように送り出してくれたことは本当にありがたかった。
「でも不思議ですね。商会長の予想が当たっているなら、ノアトゥンにすでに摘発が入っていそうな気がしますけど…」
「証拠を揃えるために本部の方を押さえておきたいんじゃない?」
そんな事を返すと、御者の席に座ったキアステンは作り物の耳に触れて少しざらついた感触を感じていた。
後年、これに関して秘密警察の資料を押収したところ、なんとステン商会は警戒対象に入っていたものの、拘束対象には入っていなかったことが判明する。
理由としては、すでにステン商会は自社の私有路線を徴用された直後であり、その調整のためにオルクセン軍が出入りをしていたことに違和感を持っていなかったことや、そもそもの白エルフ族が背信行為をこれほど秘密裏に、堂々と行なっているとは思っていなかったことなどがあった。
無論、北部や中部の商人達をスクラムを組ませてブロックをしたことでブレンウェル達などの計画がご破産となったことで注目されていたのは理解できたが、そもそもとして南部の商会が抵抗をしてくるとこは秘密警察も予想しており、また商工省も商会の拡大はカルテルが形成されることを危惧をしていた。
それに、エルフィンド国民は地元愛からくる高い愛国心を持っており、多くの国民が積極的に密告に参加してくれることも期待されていた。
そうした諸々の理由から商会は秘密警察に摘発されることはなかった。
北上を続ける最中、馬車の中で白エルフが煙草を取り出した。
「あ、お前それ」
「へへっ、黒エルフと交換したんだぜ?持ってた缶詰とな」
「畜生、羨ましいなあ」
「一本分けろよ?」
そこで彼女達はオルクセンの黒エルフ達と交換した酒や煙草、支給品の牛缶など持ち出して数少ない余暇を盛り上げる。
「全く…」
あっという間に騒がしくなった馬車を見てイヴァノンがため息を吐いた。
「まあ、いいんじゃない?私も結構貰っちゃったし」
アグネスに至っては軍学校の教官と出会したことで色々とアンファウグリアの旅団長と楽しげに火酒を煽っていた。
「一杯どう?」
そこでキアステンはヘンナから再開した時にもらった金属製のスキットルを見せる。
「…もらいます。じゃなきゃやってられません」
イヴァノンはそこでスキットルを受けとって仰ぐように一口火酒を飲んだ。