キアステン達の抵抗勢力は、北部や中部に多数の抵抗拠点を長年にわたって用意してきた代物であった。
「じゃあここで」
「ああ、気をつけて」
街道の途中、人も魔種族もいないような僻地で車列は止まって三、四名ほどの構成員を下ろしてから別れる。
南からの避難民を大量に運んでいた彼女達は、馬車が止まるたびに座っていた床板を外して、その下に隠していた武器や爆薬を持って降りていく。
数十年にわたって構築された拠点網は、秘密警察が総力を上げても全て潰せないだろうと準備したキアステンは豪語していた。実に一〇〇箇所以上にその場所を用意していたので、本当に無理であるだろうなと全てを知らされていたアグネス達は思っていた。
なんならアグネス達ですら把握していない場所があるのではないか?という疑惑すらあった。それほどまでに多くの拠点を持っていたのだ。
「はぁ、ここがしばらく泊まるところですか」
途中で降ろされたイヴリン達は、そこで山間にある猟師が使うような小さな山小屋を見上げる。
すでに建てられて日が経っていることで、周りには苔むした植物なとが伝っていた。ぱっと見でわからなかったので、入り口を見つけるのに十分ほど時間をかけてしまった。
「うわっ、埃まみれじゃないのよ」
中に入ると、そこでは窓やベッドが用意されていたが、幾分建てられて古い為に埃っぽかった。
「まずか掃除からしないと…」
そこで彼女達はその山小屋の掃除をしていく。窓を開け、空気の流れをよくして埃を備え付けの箒で払っていく。
一応、猟期の猟師ということでここにいる為、彼女達の背中には
窓はちょうど線路と街道が見えるように設計されており、その丸太小屋には簡易的ながら暖炉もあり、冬の寒いエルフィンドでも比較的快適に過ごせるようになっていた。
「至れり尽くせりだ…」
「何年前から準備をしていたのかしらね…」
監視は一日八時間、三交代制で行うこととなっており、一週間に一度補給が来ることになっている。最悪の場合は自分たちで獲物を狩れとも言われており、彼女達は実際に狩猟のやり方を開戦前の時期に教わっていた。
「取り敢えず、ここでしばらくは列車とか軍の動きの監視ですか…」
「そう言うことだね」
夜の明かりが問題となるが、そこは魔術を使って見ろと言うふうに言われていた。
「わあ、みんなで寝るなんてひさしぶりね」
「ええ、本当にね」
丸太小屋にはレバーアクション小銃で使える弾薬箱も置かれており、使用期限もまだ問題なかった。
街道上に、約二キロのタイミングでどこかしらに小屋や壕を用意していたステン商会の車列は、線路上に北上を続けていた。
「ここら辺はフィヨルドです。夜は冷えますよ」
「まあだから暖房付きだったりするんだけど」
「…伊達に何十年と準備してきていませんからね」
隣でイヴァノンはキアステンが今まで北部地域に築いてきた無数の拠点を思い出して苦笑をする。避難民を乗せた車列は、次々とその乗客を減らしていき、同時に支給した武器も持って行ったことで馬車は軽くなっていく。
戦前、買い上げた馬車を改造して二重底を使ったその馬車は、今の一度もそのカラクリがバレたことはなかった。
「しかし、商会長がいると素直なんですね」
「ええ、オリエンスは私だけには優しいのよ?」
そこで先頭で馬車を引いていた馬を見てイヴァノンが言うと、キアステンはそう返した。
彼女がオリエンスと名前をつけた愛馬は、キアステンがいない時は飛んだ暴れ馬になってしまうことから、彼女の近くにいなければならない馬としでアンファウグリアでも有名になってしまった。
「流石に向こうの補給将校を蹴飛ばした時は冷や汗ものだったわ」
「そりゃそうでしょう…」
連絡役としてアンファウグリアの野営地に残っていたキアステンは、そこで馬を預けたのだが、その後にその横暴な性格から同じ厩にいた旅団所属の馬達を怯えさせてしまい、ディネルースとともに頭を抱えてしまった。そして挙げ句の果てに近くにいたことで運悪く補給将校の一人を蹴飛ばしてしまったのだ。おかげで蹴られた側は肋を三本折ってしまった。
『こいつ肉与えたら食うんじゃないのか?』
オリエンスは騎兵の一人からそう言われるほどの凶暴性を持っていた。
「でも有難いわ。今は落ち着いてくれて」
「…逆に商会長が怖いから従属しているのでは?」
「なんで事言うんだよ」
少なくとも創設の支援者にいう言葉ではないと反論をすると、馬車は市街地が見える場所で一度路肩に止めた。
「市街地ね」
「いくらか漁村とか通ったけど、ここを超えたらラムダルまで大きな街はないわね」
すでに最前線であったタスレンを出て一週間ほど、ネニング平原は合戦の真っ最中であり、その噂はこの北部まで浸透していた。
「しかし見つかりませんね、装甲列車は」
「もうとっくにエルドインまで逃げたかね」
「あるいはアシリアンドまで逃げたかもしれませんよ?」
彼女達はそんなことを言いながら休憩で馬車を路肩に止める。
「んな〜、疲れた」
「腰痛い」
今まで乗っていた面々が軽く悲鳴を上げながら馬車から降りて体を伸ばしていた。
オルクセン側から十分な飼葉と武器と爆薬、食料の補給をしてくれたことで彼女達はここまで苦労をほぼすることなく北上をし続けられた。
彼女達が展開した目的は装甲列車の発見と軍用列車の襲撃の為。
西方にアグネス達が展開しており、ティリオンに向かう軍用列車を迎撃する。補給の面で西方は危険がある為、主にあっちにレバーアクション小銃を渡していた。
対して東方方面はエルフィンド軍の鹵獲装備品を持っており、改造馬車の下にはメイフィールド・マルティニ小銃とその弾薬が積まれていた。
「そういえば拠点に積んでいた荷物も向こうに送った方がいいのでしょうか?」
「いや、十分に補給はできる環境はあるわけだし、寧ろ西に物資を動かしているとバレた時の方が面倒だな」
優秀な現場指揮官であるアグネス。彼女に率いられた部隊はディアネンからティリオンを超えて移動する。機関銃はこちらが運んでおり、一頭曳きでグラックストン機関砲よりも軽量であるので軽快に移動が可能だった。
いくつか検問が合ったが、それを迂回していたので少し遅れての到着である。
「装甲列車は7ポンド砲と8インチ砲を装備している」
「後者は陸上で運用できる最大級の砲よね」
キアステンはそこで現在のエルフィンドが持っている火砲を思い出す。どれも前装式で装填時間が問題だが、威力は折り紙付き。装甲列車への攻撃自体はオルクセン軍が担当すると言い、その点は安心できた。流石に大砲を持たない我々に無理強いをしてこようとしないかと思った。
ーー連中は使えるが、前線では使えない。
総司令部はパルチザンをそのように評価しており、あくまでも今の第三軍を悩ませているゲリラ・コマンドと同様の事をさせていた。
「で、攻撃はどうします?」
「鉄道関連施設、橋梁、まあ狙うならここら辺でしょうね」
軽くなった馬車、そこで山道を通っていた機関銃隊が到着をする。先の戦闘で一台が破壊されてしまい、今は四台が残っている貴重な支援火器。彼女達を支援する重要な銃火器であった。
キアステンはそこで今後の予定を考えて向かうルートを考えていた。
その頃、アグネス達も馬に乗って西進していた。場所はネニング平原。
現在、オルクセン軍とエルフィンド軍の一大決戦が行われる可能性のある場所である。そんな最前線に送り出された彼女達は馬車を持たず、軽快に運動が可能な様に馬に二人乗りをする者ばかりであった。
「安心しろ」
そしてリナイウェン湖の北部を渡っていた彼女達は、そこで対岸に見える景色を見る。
「連中、警戒はしているが我々は倒れそうだぞ」
そこで北岸という僅かな村落しかない場所を通ってディアネン方面に移動をする。彼女達は装甲列車の捜索をする様に言われており、タスレンからの路線図を考えればこちらの方にいる可能性もあった。
「よし、二騎で行け。合流はポイント22だ」
街道上の集合場所を伝えると、彼女達は頷いてから今いる場所から別れて移動をしていく。
四人ほどに別れた彼女達はそれぞれが撃破されない様にするために鞍に火炎瓶に加工可能な様に火酒をぶら下げており、首元には以前として顔を隠す様と仲間の印であるスカーフを巻いていた。
「こっちに監視隊がいる」
「避けるしかないね」
彼女達は北側に移動する事を考えており、ネニング平原においても既に最前線は超えていた為、このままティリオンに移動する予定であった。
「くそぅ、やっぱり監視が多い…」
「仕方ない。我々は迂回するしかあるまい」
分散をした彼女達は華麗に馬を駆り、移動を行う。先の装甲列車での撤退をした際も負傷兵や死体を引き摺って帰還しており、その技量にディネルース達からも称賛された。
特に彼女達は集団行動に優れており、イヴァノンの教練が上手く行った証左でもあった。
「ふぅ…しかし寒いね」
「まあ冬だからね」
現在、気温は摂氏一桁。冬のベレリアント半島、特にこのネニング平原は季節風による降雪も時折起こり、南部から離れた事のなかった彼女達はその寒さに身を震わせる。
「耳が痛くなっちゃう」
「この帽子で本当にありがたいよ」
息はすでに白く、彼女達の耳は冬になると赤くなって痛くなって仕方がなかったが、キアステンがロヴァルナから持ってきたというウシャンカは彼女達の尖耳を包み込んで温めていた。
それを見たアンファウグリア兵が羨み、交換を所望し、後にオルクセンのエルフ族に支給される冬季装備品に指定されるほどであった。
「商会長はいいよね。耳が人間族みたいだからすぐに暖かくなるし」
「本当にね」
夜のネニング平原の街道、その路肩で野営をする彼女達は、オルクセン軍からもらった缶詰を開けて食事をとっていた。
「あったけぇ」
「ありがたいね。飯を分けてもらえるとは」
使ったスープは牛缶をほぐして入れて、ヘラジカの干し肉と乾燥野菜を投入したスープ。元々、牛缶や干し肉には保存を目的に大量の塩が入っていた事で煮込んだ際に程よく溶け込んでいた。
「向こうの飯盒って大きいわよね」
「まあお陰で私達は四人で十分なスープになるんだけど」
そら豆の様な形をした兵式飯盒の前で彼女達は馬達にも飼葉を与えて休息をとって夜を過ごした。