白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#55 鋼鉄の竜Ⅶ

こう言ってはなんだが、パルチザンは半年の戦闘を想定していたために物資にはそれほど困っていなかったと言うのが実情であった。

戦前、南部の方で散々鹿やヘラジカを狩猟していた。何せ今まで狩人であった黒エルフ族がいなくなってしまったことで、ほぼほぼ狩放題となってしまった南部。そこで仕留めた多数の肉類は保存食やそのまま市場に流して売り捌いていた。

 

とにかく大量に取れるものだから、部下に一匹丸々解体をさせて練習を積ませるなんて所業もできた。

 

「しかし、黒エルフ族がいなくなるだけでこんな変わりますか」

「そりゃあ、動物がエルフ様に勝てるわけなかろう?」

「まあ敵は熊でもありませんしね」

 

中部の平原、その線路沿いで馬の荷鞍に吊るしていた干し肉の一つをとってイヴァノンはナイフを持って削っていく。これも以前に塩漬けにした鹿の肉であった。

 

「また鹿の肉か」

「満足に食えるだけありがたいと思え。今じゃあどの街の配給も減ってるんだぞ?」

「へいへい」

 

道の路肩で彼女達は牽引していた馬車のそばで火を焚いていた。

日付は三月中頃、去年の秋ごろに始まったオルクセンとの戦争はまもなく半年を迎えようとしていた。

オルクセン軍ではアッセレア島攻略やヴォルヴァフィヨルドの戦いなどが行われていた頃合いである。

 

「今日の缶詰は?」

「喜べ、鰯の缶詰だ」

 

そう言い、ブリキの缶詰を取り出して言うと、その中身にやや苦笑して見た。

 

「なんだよ、オルクセンの牛缶じゃないのかよ」

「あれ美味かったよな」

 

そこで以前に鍋に投入をしたオルクセン軍の牛缶を思い出して思わずそんな感想が漏れる。そしてオルクセン軍の缶詰と聞いてもう一つ思い出す。

 

「そう言やぁエンドウ豆の缶詰とも交換したな」

「めちゃめちゃ良かったよな」

「半分押し付けられてたような気がしなくもないけど…」

 

そう言い、交換をした時に明らかに嫌そうな顔をしていたオーク族の兵士を思い出す。

戦前、商会を通じて輸入をしていた缶詰は種類が豊富で、その中身に牛缶とエンドウ豆ばかりであったアンファウグリア旅団や、どこから話を聞いてきたのか、一般のオーク兵まで交換を所望しに来たのだ。

 

「オークがいきなり話しかけてきた時は驚いたなあ。交換したけど」

「お前そんときビビって話まともにできてなかったじゃん」

「何だと?」

 

火を囲む彼女達はそんな話をしながら缶詰の話で盛り上がる。

 

「南部の商会じゃあ、オルクセンが慌てて缶詰を買ったって話だ」

「それはアルトリアの話だろ?」

 

この時期になってオルクセン軍と接触をしていた彼女達は、ほぼほぼ断絶状態にあった南部との連絡ができるようになっており、そこで幾らかの情報を仕入れていた。

 

「相場の二割増程度で買い漁って行ったそうだ」

「へへっ、儲かってんなあ」

 

実際、その通りであった。第三軍の兵站危機を見たオルクセン軍は全体で兵士たちの士気維持のために残されていたエルフィンドの占領地域の缶詰を購入して行ったのだ。本国から送られてくるエンドウ豆の缶詰ばかりが提供されてきたことで、オルクセン軍は自前の補給線を維持しつつも、料理のレパートリーを増やすことを考えられたのだ。しかし、そこでちょっとした問題が起こった。

 

「でも缶詰工場は北部ばっかりだろうに」

 

エルフィンドにも無論、缶詰を作る工場は存在している。しかしそうした缶詰は多くがベレリアント半島で水揚げされた魚などである。

そのため、すぐに加工と封入を行うために良質な漁港の多い北部に缶詰工場は集結していた。

そして北部からそうしたエルフィンドの缶詰は送られていたため、その路線網がストップした今ではあっという間に南部の倉庫に備蓄されていた缶詰は在庫が払拭してしまった。

 

「だからウチらが買いに行くんだろ?」

「まあね」

 

そこで彼女達は、ネニング平原にいる友人達のために少しばかり危険な買い出しをしていた。

北部の街に行き、缶詰を購入して前線の兵士たちと交換をする。あるいは彼らから渡されたティアーラを使って缶詰を買っていく。

無論最前線に向かうため、途中でエルフィンド軍の検問に引っかかってしまうこともあることを考慮して、最終的に人力で箱を抱えて最前線を行ったり来たりを繰り返していた。

 

無論、オルクセンの補給網に乗っているアンファウグリア旅団であったが、彼女達は第一軍の潤沢な兵站の余裕があったとしても、牛缶とエンドウ豆の缶詰ばかり配給されてくる事にやや肩を落としていた。そんな中で多種多様な種類の缶詰を持って移動していたパルチザンは羨望の的であった。そして缶詰を交換してくれと頼み込む黒エルフ兵が後を立たなくなってしまった。

 

『なあ、ウチの牛缶とあんたらの鰯の油漬けを交換してくれよ』

 

提案を受けたパルチザン側もオルクセンの大きな牛缶を前にすぐに承諾をし、その話が段々と旅団内で広がってしまったのだ。

そして旅団に広がれば、噂は近場のオルクセン軍にも広がり、缶詰をこっそりと交換に来た伝令兵などが多くいた。

 

「まさか戦前に商会長がやってたことをここでもするとは…」

「あら、物々交換は世界最古の取引であってよ?」

「原始的ですよ全く…」

 

そこでイヴァノンは交換して得たオルクセンの火酒を飲んだ。

基本的にこうした缶詰の交換は憲兵隊であっても目くじらを立てることはなかったのもこの勢いを加速させる要因であった。

 

「えーっと、オルクセンの通貨とエルフィンド通貨の比率って?」

「一ラングで二ティアーラよ」

「じゃあこの缶詰は…」

 

そこで計算を簡単に弾き出す構成員。昔から読書や詩を愛する白エルフ族は、神話を誰でも読めるほどに識字率が昔から高かった。この識字率の高さを昔から維持していたのは、このエルフィンドと極東の秋津洲以外ではなかったと言わせていた。

そして識字率が高いと言うことは、当然本や紙、ペンを必要としてくるので、この国は昔から製紙産業や製本文化が発展していた。戦前では、紙は有力な輸出品目でもありエルフィンドの国庫を支えていた。

 

「…隊長」

「ん」

 

するとエルフィンドの神話を記した本を開いていた構成員が耳打ちをした。

彼女達は国内の本屋であればどこでも購入可能なエルフィンドの神話を記したこの本を符号暗号表として使っていた。

持っていたとしても『ああ、熱心な教義主義者だな。良いことだ』と思われるだけで、特に違和感を持たれないことからも暗号表としては十分有用であった。

 

「第七からです。『背骨に竜を見た』と」

「…了解」

 

キアステンは報告を聞いて一瞬目元を細めると、両手を一度叩いて立ち上がる

 

「立て!買い出しはやめて愉快な遠足だ!」

 

彼女はそう言うと、聞いていた構成員達はため息をついて立ち上がる。

 

「またですか?」

「いや?今回は大物だそうだ」

「…なるほど」

 

イヴァノンはその一言で全てを察したように頷くと、すぐに指示を出す。

 

「機関銃支隊にも知らせて」

「分かりました」

 

キアステン達はベレリアント半島東部で活動を行っており、アグネス達と違ってオルクセン軍の秘密裏の補給を受けながら活動を行っていた。

そして彼女達はオルクセン軍と協力をしてタスレン近郊で発見した装甲列車の捜索を主に行っていた。

軍用列車の妨害が主な任務のアグネス達と違い、キアステン達は軍用列車のあまり走らない東部で装甲列車の捜索を担当していた。

 

「これなら私たちもアグネス達と一緒に西部に移動した方が良かったかしらね」

「いえ、我々は見つけてオルクセン軍に対処を任せれば良いだけですので」

 

イヴァノンはそう言ってキアステンにあらかじめオルクセン側との調整で決められていた交戦規定を思い出す。

基本的に装甲列車への攻撃はオルクセン軍が行うこととなっており、展開している砲兵部隊が対処をしてくれる。大鷲族による弾着観測が入るため、我々は見つけて通報をするだけで終わりとなる予定であった。

 

「何だっけ?装甲列車って言うんですよね」

「そうよ。まあ列車砲みたいな運用もできるみたいだけど」

 

そう言い、キアステンは砲撃をされた時の運用法を思い出して苦笑する。巨大な8インチ砲が自由に移動をできることに司令部は少し警戒をしている様子であった。

 

「列車砲?」

「ええ、センチュリースター内戦で13インチ臼砲を貨車に乗せて北軍が使ってた代物よ」

 

キアステンは構成員にそう言うと、彼女達を馬に乗せていく。

 

「見張り頼んだ」

「分かりました」

 

二人乗りの鞍に襲撃に向かう白エルフ達は跨り、残った馬車は二つ重連で連結をして二頭曳きに仕立てたりして彼女達の帰りを待つ。それまでエルフィンド軍などが来ないかどうかの警戒も行う予定であった。そしてキアステン達襲撃班は馬を走らせて森の中に入っていく。

 

北部の数少ない路線であるこの場所は、付近をフィヨルドに囲まれていることで雄大な景色に一本の路線と街道が整備されているにとどまっていた。

 

「こっちだ」

「ええ、すぐに設置しますよ」

 

そして簡単に現場に到着をすると、そこで人気のない路線を狙って彼女達はオルクセンの爆薬を地面に仕掛けていく。

この頃にもなるとすっかり手慣れており、爆薬を一定量まとめた状態で路盤に直接突き刺していた。円匙を使ってバラストを退かし、爆薬を設置して距離を取る。迎撃される危険があるが、これが最も確実であった。

 

「待てよ…」

「ええ、わかってますよ」

 

そして距離を取り、点火装置を持って頭を下げるキアステン達。彼女達は骨組みだけの傘に麻紐を通して、そこに付近の草木を縫うようにくっつけることで簡易的に隠れられる壁を作っていた。この迷彩効果は抜群で、ぱっと見では居場所がわからなくなっていた。

すると隠れていた場所からでもわかるくらいドレンの音と白い蒸気が見えてきた。

 

「…」

 

キアステン達はそこで起爆を用意させると、次第にその姿が見えた。

 

「何だよ…」

「ただの旅客列車じゃねえか」

 

そこで通過していく列車を見て彼女達はため息をついた。通過して行った列車はごく普通の旅客列車であり、民間人が乗っているのが確認できた。

 

「ダメだ…流石に民間人には手が出せん」

「分かりました」

 

キアステンも流石に、と言うことで部下に爆破中止を命令するとすぐに点火装置から手を話して撤収作業に入った。

 

「なんだ、ハズレ?」

「最近は多いわよね」

「まあカナリアも最近じゃああまり使えないからね」

「仕方ないか…」

 

そして馬に乗って次々と引き上げていく彼女達。

 

「まあ、見えなくなった頃にやっておけ」

「分かりました」

 

キアステンの指示に構成員は頷くと、列車の音が見えなくなったあたりで起爆。線路を分断させた。

 

 

 

なお、この時の旅客列車の車内は通路や座席に砲弾や火薬、北部から運んだ糧秣などが積載されていた。

 

 

 

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