その違和感に気がついたのは、比較的早い段階であった。
「え?缶詰はもう無いって?」
北部の缶詰工場に仕入れに来たキアステンは首を傾げた。
「申し訳ありません。なにせ軍に調達をされてしまいまして…」
ペコペコと頭を下げるのは缶詰工場の直売所の担当者。商品の買い付けに来たキアステンは首を傾げていた。
「あぁ、ここでもそうですか…」
「わざわざご足労をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、こっちもいきなりすみませんでした」
キアステンは一度会釈をしてから店を後にすると、そこで外で待っていた荷馬車の前に立つ。
「どうですか?」
「ぜーんぜんダメ。ここも現地調達されたってさ」
イヴァノン達にそう答えると、そこで中の荷馬車を見る。中には僅かに木箱一個のみが積み込まれただけの広々とした空間が広がっていた。
「ここもダメですか」
「もうこれで四つ目ですよ」
そして缶詰工場に食料がないことに慣れてきた構成員が行った。
現在、オルクセン軍に缶詰の密輸を行うための仕入れを行っていたのだが、生憎とこの街道上では全ての街で糧秣が調達されていた。
「完全に焦土戦術ですね」
「まだまだ、家ぶっ壊していないからマシよ」
「えぇ…」
キアステンは平然とそう言い放ち、彼女であるなら絶対にやるだろうなと言う妙な信頼感が構成員達を苦笑させていた。
少なくとも彼女の容赦の無さは昔から知るところであった。
「まあ缶詰は保存が効きますし、真っ先に調達されるとは思っていましたが…」
「でも流石にここまで徹底的に持っていくとは思ってなかったわ」
キアステンもそう言って簡単に最前線まで運べそうな荷物を見下ろしていた。
三月末、ちょうどネブラスで総司令部による会合が行われ、第三軍の北上が開始され、アルウェン市に到達した頃。
アルトリアから脱出した一部の兵によるエイセル峠及びフェンセレヒ盆地を利用したゲリラ戦が展開をされていた。
「調達された糧秣はツケ払いだそうよ」
「ははっ、工場長は怒りそうですね」
「実際ね、現金払いの私たちの方がありがたそうにしていたわよ」
キアステンはそう言って対応をしてくれた販売員の対応を思い出していた。
エルフィンド軍の現地調達は、言って仕舞えば先に物だけを受け取って後払いが基本である。領収書を持ってはいるが、現金が入ってくるのは後になるため、支払いに遅れが生じることだってある。
「特に最近は、負け続きですし?」
「ティアーラの信用は確かに低いですけど…」
この時期、オルクセン王国政府から正式に『レーラズの森事件』に関する情報が公表をされ、星欧中に衝撃をもたらしていた。数多くの証拠が提出をされ、国際赤星十字社を通じたエルフィンド政府の回答も新聞に乗っていた。
無論、一旦はこのような仕打ちはオルクセンの一方的な発表だと言われたが、その後のエルフィンド政府の回答を前に全員が閉口をした。少なくとも彼らが想像をしていた白エルフ族に対する信用や清廉さは、一夜にして吹き飛んでしまった。
その証左としてエルフィンドのティアーラの暴落と戦時国債の価格下落に現れていた。すでに国土の半分を占領されていたエルフィンドの戦時国債の価格は下落していたが、そこにティアーラ通貨の暴落が乗っかっていた。
「地金で支払いを求められる日が来るかね」
「割と冗談じゃないと思いますよ?すでに商会じゃあラングやクィドに両替しているって話ですし」
「元々そう言うふうにしてたでしょ?ウチは」
馬車に乗り込み、移動を始めるキアステン達はそんな話をする。
すでに二重苦によって国際的な信用と通貨の信用を失ったこの国。たとえ戦争が終わったとしても、この国は生き残れないだろう。
「正直ここまでティアーラが暴落するとはね…」
「恐ろしいですよ。すでに町中が物価上昇がすごいことになっていますからね」
そう言い、市井で見た統制を受けていない物品を見て彼女達は思わず目を見張った。
「卵一個で5ティアーラ?」
「高すぎる…」
「ボルにしても高すぎるでしょ」
そう言って途方に暮れる白エルフを横目に彼女達は街道に出る。
「…凄いですね。少し前までならここら辺でもそんな価格じゃなかったのに」
「それだけ暴落しているってことよ」
そこでキアステンはその情報をメモ帳に記していた。この後、オルクセンと会合をした時に渡すためのものだ。
「どう足掻いてもこの国は終わりですね」
「ええ、すでに穀倉地帯のネニング平原ですら半分くらい占領されている現状じゃあ特にね」
今まで快進撃を続けていたオルクセン軍。もしここで停戦をして領土を分けられたとしたら、この国は産業基盤があるモーリアやアルトリアを失陥している為、まずまともに国として成り立つかどうかに疑問符が出てくる。
「しかし、こんなに一気に到達をして…軍は反撃でも行おうとしているのですか?」
「そうね…」
イヴァノンの言葉にキアステンも少し考える。現状のエルフィンド軍ははっきり言って劣勢も劣勢である。正直、まともにオルクセン軍と戦って勝てる未来は無い。
そもそもの話、最前線の兵士まで十分に行き渡っていたこの牛缶を見ていればわかるが、彼らの補給線は恐ろしく充実している。
そんな現場の物資を頼らない軍隊と、現場の物資にしか頼らない軍隊ではまず継戦能力が違いすぎた。彼らはやろうと思えば自分たちの物資を使い果たしても現地調達という形で物資を確保する手段があるのだ。二の手があるというのはそれだけ継戦能力も持ち合わせていることもなる。
「私だったら…やる」
しかしキアステンは呟き、隣でイヴァノンが理由を聞いた。
「その根拠は?」
「少しでも反撃をして、継戦能力があることをオルクセン軍に知らしめて講和で好条件を出すために」
「…なるほど」
元軍人であった彼女はキアステンが言う意味を理解する。もはやこの戦争でエルフィンドが勝つ算段はない。しかし今の状態で講和をしてしまったら、南部、下手をしたら中部まで領土を持っていかれることとなり、南部にあった重工業地帯や穀倉地帯の大半を失うこととなる。そうなったらエルフィンドは漁業や林業以外の産業が絶望的なまでに壊滅する。経済規模はほぼ幅に縮小し、国として成り立っていけるのかどうかも分からなかった。
「ここで大攻勢に出て、領土を奪還して条件を引き出すと?」
「或いはオルクセンの前線を突破して、あわよくば司令部も占領して『我々はまだ戦えるが?』と言う態度で講和に臨むでしょうね」
「…いま独立を保ったって、生き残れないでしょうに」
「それが国であって、政府の仕事。そして軍隊は国を守るために仕事をするの。どんな方法でもね」
キアステンはそう言うと、このどう足掻いても亡国の道を歩むこととなるエルフィンドに黙祷を捧げる。もし国が残って慌てて国全体の近代化を行った所で『虐殺をした国と関わりたくない』と諸外国からは一蹴をされることとなるだろう。
すでに匙は助走を付けてぶん投げられた後であり、エルフィンドは少なくとも今のダリンウェン政権を引き摺り下ろさない限り国としてやっていかないだろう。
「まあもし今の政権が倒れても、そのあとは有力氏族同士の争いが起こるでしょうね」
「政治闘争ですか…巻き込まれるのは勘弁ですね」
「まあそう言う諸々の問題は全部オルクセンが解決してくれるわ」
「そうでしょうね」
最早この国は死にかけの病人である。
国際的な信用もない今、こんな国と関わろうとするのは邪な連中ばかりになる。いつの間にかあの缶詰工場の社長がグロワール人になっても驚かないだろう。
「(なるほど、もうこの国は駄目ですか…)」
イヴァノンは隣で冷徹にゆっくりと亡国の時を迎えようとしている祖国を想った。戦争でもそうだが、戦後においても最早詰みとなったエルフィンド王国。
「もし残っていたとしても、あるなら現政権が資産の強制徴収と大規模な粛清があるでしょうね」
「…程のいい強盗ですね。犯罪者でもしなさそうです」
「それ程までに困窮するしか道がなくて、国を存続させるならあの狂人はそこまでやるでしょうね」
キアステンはそう言って南部を見る。
新聞では王女の出陣と共にディアネンに移動をしたと言う見出しに乗せられた熱狂的に迎え入れられている銅版画と共に伝えられた。
ネニング平原で両軍の一大会戦が行われようとしている中、キアステン達は南部に移動をしており、戦争とはかけ離れた静かな生活を送っていた。
「今日はどうしますか?」
「山間の道で行こう」
大した戦果はなかったが、彼女達は車列を南に移転させるために山間の道を進んでいく。
ここは今までも何度か使っており、以前は機関銃部隊も使うルートであった。
現在、機関銃支隊は大量の補給の後に西部に増援として派遣していた。
「…ん?」
しかし今日は少し様子が違った。
「検問?」
「マジか」
そこでは数名の白エルフ族が立証をしており、距離も近かった為に逃げられなかった。
「止まれ」
「ここは民間人は立ち入り禁止だ」
馬車に近寄って白エルフ兵は銃を突きつけながら言ってきた。
どうしたのだろうかと思っていたが、彼女達はそこで一切の通行が出来ないことを聞かされた。
「どうしてですか?」
「軍の命令だ。立ち去れ」
キアステンの質問にもこの一点張りで、早々に無理だなと察して馬車を反転させようとする。
「仕方ない…おーい、戻るわよ」
彼女の指示で車列は反転を始めると、そのまま森を後にする。
「あんな場所に検問なんてなかったのに…」
「軍にとって隠したい何かがいるってことでしょ?」
「…」
彼女の含みのある言いぶりにイヴァノンは察してため息をついた。
「…軍隊の配備」
「そう、多分。近々大攻勢をするっていう噂は本当なんだろうね」
少なくとも今の時期、大鷲族による偵察はもっぱらネニング平原に向けられている。タスレンを占領したオルクセン軍は、当然タスレンから北部に向かう街道と鉄道路線にも警戒をしているが、本陣の構えるディアネンの方にどうしても目が向いてしまう。
「となると、側面からやられるかもしれませんね」
「それだけは勘弁ね」
山道を戻る途中、キアステンは少し深刻げに考えていた。