白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#57 鋼鉄の竜Ⅸ

森を後にする馬車を見送った監視を行なっていた白エルフ兵は、そこでため息を漏らした。

 

「はぁ…帰ったか」

 

銃を持って検問を敷いていた一人はそこで隣を見る。

 

「で、どうしたのよ?いきなり怯え出して」

 

そして馬車が見えなくなったとともに震えていた手でそばの木に触れて止まっていた

 

「アイツだ…」

「アイツ?」

 

首を傾げる同僚にその白エルフ兵は御者として乗っていた一人の白エルフを思い出していた。

 

「奴は耳が無いはずだ。だがあの顔は…」

「耳が無い…?」

 

その白エルフ兵は明らかにその御者として降りてきた白エルフを見た時に明らかに震えていた。

 

「おかしい、アイツは…アイツは、死んだんじゃ無いのか…?」

「…」

 

彼女の呟きにその白エルフは尋常ではないことを感じ取って魔術通信で交代を呼んだ。

この白エルフと先ほどの御者との関係は明らかに良好でないことは一目瞭然であり、後で事情を聞こうと思っていた。

 

「ったく、どうしちまったのやら…」

 

もはや聞こえていないだろうという前提で彼女は交代の兵士が来るまで、この震えている仲間が錯乱を起こして自死をし始めないかを監視していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ベレリアント半島西部、冬のネニング平原の裏でパルチザンや秘密警察との戦闘は苛烈を極めていた。

戦争はネニング平原を中心に大規模戦闘が行われることがほぼ確定しており、実質的に最前線の後方支援を担当することとなった首都ティリオンにおいては糧秣や砲弾を運搬する軍用列車は襲撃の対象となっていた。

 

「っ!」

 

とにかく鉄道路線を破壊し、そこで迎撃に出てきた軍隊との戦闘である。

 

「撃て!」

「敵襲だ!」

 

線路脇、爆弾を前に緊急停車した列車のそばで軍は襲撃を敢行したパルチザンと戦闘を行っていた。

 

「砲撃しろ!」

「撃て!」

 

襲撃を行ったパルチザンは、そこで密かに持ち込んだ機銃を使う。

 

「くそっ、忙しい」

 

弾薬の給弾係はそう言いながら上部のトレーに弾薬を入れていくと、隣で射手がハンドルを回しながら射撃を行っていた。

彼女達は地面に軽く掘られた穴を使って攻撃をしており、すぐに撤収ができるように爆薬も仕掛けてあった。

 

「攻撃を止めるなよ」

「分かってる!」

 

ウェンバネの叫びに構成員は頷くと、ひたすらに機関銃を撃ち続ける。

比較的最前線からも離れている東部と違い、こちらは重要な補給物資が通っているため、向こうも必死で迎撃に当たってきていた。

 

「撃て!」

 

そして指示で7ポンド砲が発射をされ、彼女達の近くに着弾をする。先頭の無蓋貨車に乗せられていた代物で、砲撃の反動で大砲が貨車から落ちそうであった。

 

「くそっ、砲兵!?」

「射殺しろ!」

 

大砲の砲撃も組み合わさり、森は一種の正規軍同士の戦闘のような状況になっていた。

ティリオンに向かう予定の軍用列車はすでに停車をし、中に乗っていた護衛の兵士たちは小銃を使っていた改造客車の窓の枠に乗せて射撃を行っていた。

 

「どうしますか?」

「仕方ない。やれ」

「分かりました」

 

苛烈な迎撃を受けている中、アグネスは辛うじて爆薬は設置できていたので、すぐに点火装置で起爆をした。

線路上に土煙が上がり、その後に展開していた部隊は思わず振り向く。

 

「っ!?」

「くそっ!どこに仕掛けていやがった!」

 

爆発した線路に驚愕をして白エルフ兵は舌打ちをすると、襲撃を行ったパルチザン達は火炎瓶投擲を行なって森に火を放つ。

 

「なんて奴らだ!」

「正気か!?」

 

森の精霊でもあるエルフ族であるにも関わらず、火炎瓶投擲によって一気に森に燃え広がっていく光景に白エルフとして考えられないと驚愕をしていた。

そして矢継ぎ早に信号拳銃で、オルクセンから提供のあった白燐発煙弾を使って森の中を燃やし、煙まみれにするとすぐさま撤退をしていった。

 

「撤収だ。これでしばらくば物資に滞留が起こる」

「しかし被害も大きいです」

 

アグネスは無事に帰れたことに安堵していたが、その隣で部下が今回の死傷者の数を前に顔を歪めた。

 

「今回は三名死亡、六名が負傷です。エリクシル剤で直していますので、あとは治療をするだけですが…」

「幸いなのは、うちにはお抱えの医者がいることかね」

 

彼女はそう言いながら馬を走らせて山間の山道を駆け上がっていく。

すると次第に、山道の脇に厩が設置された小さな小屋が現れた。周りには小さな水車と、薬草ばかりが植えられた小さな畑があった。

 

「先生!居ますか!」

「何だ?」

 

アグネスが戸を叩いて叫ぶと、すぐにドアが開いて家の住人が現れる。

彼女はジョウェン・E・グッドフェロー、センチュリースターに憧れを持つ医師だ。白エルフ族のなかでも優れた医師の腕前を持っており、戦争がなかったらキアステンに頼んでセンチュリースターまでの切符を取得しようとするほどの変人でもある。

今はステン商会のお抱えの医師であり、当然その傘下でもあったカワウ傭兵団のお抱え医師でもあった。

 

「患者だ。見てくれ」

「…ちょっと待っておれ」

 

彼女は馬に乗せられて運ばれてきた患者を見て、頷いてから家に案内させる。

 

「怪我は?」

「銃創だ。腹部と右肩、それから首筋」

「派手にやられたものだな」

 

手術台代わりの机に乗せられ、石鹸でしっかりと手を洗ってから彼女は早速患者を診ていく。

 

「ふむ、エリクシル剤を使ったな?」

「ああ、弾は貫通していたからな」

「その方がいい、しかし欠片がある可能性がある。摘出するぞ」

 

血を失い、だいぶ顔を青くしている白エルフに彼女は回復魔法を使用しながら体内の血液を作らせて行くと、あらかじめ印を打っていた場所にメスを当てた。

 

「うっ!?」

「我慢せい。無鉄砲にエリクシルを使ったせいで骨と肉が歪んでいる」

 

彼女はそう言い、アグネス達に抑えるように言ってから火酒を口に含んで傷口に吹きかけていく。

そして次々と担ぎ込まれた患者達を治療していくと、一両日が経った頃には家のベッドで運び込まれた患者達は安静にしていた。

 

「すまねえ、助かった」

 

アグネスはそこで治療を終えて一服をしていたジョウェンに頭を下げて感謝をした。

 

「なぁに、キアステンにセンチュリースターに送ってもらう前金みたいなもんさ」

 

軽い様子で彼女は答えると煙草を吸う。そんな彼女の話を聞き、毎度思うがセンチュリースターにどうしてそこまで憧れるのだろうかと首を傾げてしまう。しかしアグネス自身も以前にグロワールの外人部隊なる外国人のみで組織されたグロワールの部隊がいるという話を聞き、興味が湧いてしまったので同じ穴の狢であった。

 

このエルフィンドという国において、白銀樹の元を離れたがらない性質がある白エルフであるが故に、この国の旅券制度というのはあまり発展してこなかった歴史がある。キアステンがわざわざキャメロットの旅券を偽造したことからも分かる通り、エルフィンドの旅券は海外でも珍しがられて入国審査を通れないことがあった。

 

おまけに今は戦争となってしまい、エルフィンドを出入りする船はオルクセンの海上封鎖によって完全に途絶えてしまっていた。

そのため舶来品は全てが届かず、また出国をしようにも臨検、下手をすれば拿捕される可能性さえあった。

 

「それに、少し面白い発見もあった」

 

そして次にジョウェンはニヤッと笑って手元に弾頭を見せた。

 

「それは…」

「ああ、将校が使う拳銃弾だ。お前さん達の使ってるスカーフから出てきた」

 

普段襲撃をするときに使う絹でできたスカーフから出てきたというそれは、手術中に転がってきたという。アグネスはその弾頭を見て軍人らしい着眼点で首を傾げた。

 

「血がついていない?」

「ああ、こいつは首元に銃弾が当たった痕跡すらなかった」

 

そう言い、彼女はその使用済みの鉛弾を摘んで見つめる。そこに血赤色の痕跡はなかった。

 

「こいつは貫通していない。絹のスカーフが、銃弾からこいつを守ったことになるな」

「…」

 

後年、センチュリースターに渡った彼女はこのパルチザンの手術中に見つけた絹のスカーフが銃弾を塞いだこの発見を生かして何枚にも重ねた絹を使った世界初の防弾チョッキを発明した。

 

「これ、渡しておくよ」

「悪いね」

「いやいや、今年は大量だったからな。余るほどあるぞ」

 

アグネスはそこで、ジョウェンに最近では高くなって買えなくなってしまった肉類や缶詰を謝礼として渡していた。特に肉に関しては塩漬けなどに加工をしたヘラジカなどの草食動物の加工肉を足丸々一本渡していた。これは家の周りで休憩をしているパルチザンの滞在費用も兼ねていた。

 

「最近は肉ばかり食べている気がする」

「あとオルクセンのエンドウ豆?」

「健康になるわよ」

「ニキビになっちゃうわよ」

 

火を囲み、機関銃の整備を行なっていた白エルフはそう言いながらしっかりと水にさらされたエンドウ豆を食す。

オルクセンのこのエンドウ豆の缶詰は戦後になってやっとレンズ豆やひよこ豆などが揃うのだが、オルクセンでは嫌味を込めた歌が作られるほどに食い飽きられていた。

 

「羨ましい限りです。まさか食い飽きるほどに食料があるとは」

「それだけ向こうの補給が十分ってことよ」

「うちにも分けられる余裕ありますしね」

 

彼女達はそう言いながら目の前のトーチを見つめる。

中をくり抜き、穴を開けた丸太に着火剤を入れて火をつけた、俗にスウェーデントーチと呼ばれる簡易的なかまどの上に鍋やフライパンをおいて調理していた。

 

「それ腸詰?」

「ええ、試しに作ってみたの」

 

そう言い、鹿で作った腸詰を取り出して彼女達は野営を行なった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数日後、回復をした白エルフ達を安静にさせるためにジョウェンに任せた彼女達は、線路を遠くから見下ろせる丘の上に集まっていた。

 

「…本当に来るんですか?」

 

アグネスが双眼鏡で線路を見る傍らで構成員が聞いてくると、彼女は頷いた。

 

「ああ、今日はそんな匂いがするぞ」

「…」

 

彼女の返答に、聞いていた構成員達はそれが『本物だ』と認知するのにそう時間がかからなかった。

アグネスはいわゆる『ロザリンド会戦世代』だ。互いの息遣いまで聞こえてきそうな距離で戦ってきた彼女達は、俗に『戦の香り』を嗅ぎ取ることができた。特に今回は複数のカナリアが鳴いた確証の高い情報であった。

 

そしてアグネスが言った直後、汽笛が鳴り響いた。

 

「この汽笛…」

 

その音に聞き覚えのあった誰かが口に漏らすと、アグネスは不敵な笑みを見せた。

 

「ああ、鋼鉄の竜のお出ましだ」

 

彼女はそう言うと、視界の先で白煙を上げながら線路上を走ってくる五両編成の装甲列車を視認した。

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