その後、野戦病院から出たキアステンは治療をしてくれた医者たちに一礼をする。
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ、貴女の武功はお聞きしておりますので」
後頭部を打って血を流し、至る所で打撲をしていたことでエリクシル剤の投与を行う事となり、回復をしたキアステン。その回復力は医者さえ驚かせるものであった。
「キア!」
「ヘンナ」
するよ軽傷者収容所の外で今にも泣きそうな雰囲気でヘンナが飛び込んでおり、キアステンに抱きついた。
「大丈夫なの?」
「じゃなかったらここを出られないよ」
ヘンナの心配にそう返すと、彼女はそこで手榴弾を爆発させた後の顛末を聞いた。
あの後、列車砲車両の足元で爆発をした手榴弾によって列車は連結器を破断。直後に到着をして展開をした野砲大隊による砲撃が行われ、装甲列車は降伏して無力化されたという。
「終わったのか…」
今は四月一四日、午後。
あっけなく終わってしまった装甲列車との戦闘から二日が経過し、負傷した彼女は最前線はより遠い場所に移動をしてしまっていた。
「今、最前線はイーダフェルトからスリュムヘイムだって」
「なるほど…戦闘前の戦線よりも押しているんじゃないの?」
「そうかもね」
野戦病院近くの配食所、そこでキアステンは木陰で休憩をしている途中でヘンナから食事を手渡された。
「装甲列車の捜索が終わったのなら、ヘンナたちも原隊復帰するんじゃないの?」
その質問にヘンナは首を横に振って事情を話した。
「今、本体はエーレンとかに言っているらしくって、しばらくは追いつけないからそのまま北部の捜索をすることになりそうだってさ」
「そう…」
そこで事情を知ったキアステンは配食をされた湯煎されたブルストを見つめる。
「はぁ…」
「疲れている?」
「そりゃあね」
何となく、あっけなく終わってしまった装甲列車との戦闘に茫然自失となっていた彼女。ヘンナ達の残地部隊はそのままパルチザンと共に大きな脅威がなくなった半島北部を移動するのが仕事となるだろうと言うのが予想であった。
「まああんな至近距離で爆弾食らって生きていたのが不思議でならないけど」
「…ごめんって」
ジト目を向けてきたヘンナにキアステンは申し訳なさそうに萎れて返すと、野戦病院のあったネブラスで彼女は食事を受け取っていた。
「死んだかと思ったんだからさ」
「ごめんて。許して?」
「うーん、じゃあグロワールワイン一本で」
「重たいなぁ…」
手打ちの内容に懐が痛む感覚を覚えると、そこで二人に話しかけてきた牡が一人。
「…大分、お疲れのようだね」
「「っ!?」」
その声に二人は驚愕をしてその声のした方を見上げた。
大きな巨躯、薄桃色の肌はオーク族であり、清潔感と共に包容力さえ感じ取れた。
「こ、国王陛下!?」
「っ!?」
その姿を見たヘンナは驚愕して慌てて立ち上がって敬礼をすると、キアステンも目を見開いて驚愕をした。
「やぁ、悪いね。いきなり話しかけてしまって」
そこで二人に話しかけた牡、グスタフ・ファルケンハインはそこで一瞬キャメロット人かと思うほどの容姿と雰囲気を持ち合わせつつも、魔力を感じ取れる不思議な白エルフを見た。またキアステンもその巨躯に見合わぬ膨大な魔力を持ったオーク族に驚愕をしていた。
「君が、キアステン・ラーセンでいいのかな?」
「は、はい…」
キアステンは驚愕をしながらその牡を見ると、彼は気さくな挨拶をしてきた。
「初めまして。私はグスタフ・ファルケンハインと言う。まあ、オルクセンの国王をしている者だ」
「は、はぃ…」
挨拶をしてきたが、キアステンは脳内がフリーズを起こして思考が停止していた。
なぜ国王がここにいるのか?そもそもなぜ国王とも言うべき国のトップがこんな護衛もなしにふらふらと歩いているのか。数多の疑問の中から彼女は短時間で弾き出した答えを出す。
「(そうか、影武者か)」
多くの国王としての尊厳や警護状の問題から、彼女は目の前のオークが影武者であると弾き出す。おそらく本物の国王陛下はどこか別の場所で見ているのだろう。そして自分が白エルフ族ゆえに警戒をされているのだろう。
「(なるほど、それなら気が楽だ)」
キアステンは安堵してそのオークを見上げる。
「お初にお目にかかります。グスタフ国王陛下」
「ああ、初めましてだね。君の噂はよく聞いているよ」
グスタフはそう言いキアステンを見ると、彼は陽気に彼女と話していた。
その様子を見ていたヘンナは硬直をしたまま平然と話しているキアステンを呆然と見ていた。
「色々と助けられているからね。君の事は色々と気になっていたんだ」
「そ、そうですか…」
にしたってえらく腰の軽い王様なんだなと思った。少なくともオークの王がネブラスにいることは知っていたが、こんな軍人が多くいるような場所に腰を運ぶなんて、さぞ民衆からの受けはいいだろうなと思っていた。
少なくとも国王、それもオルクセンのような専制君主に限りなく近い立憲君主制国家となると国王というのはそれだけ多くの権限を持っていることになる。そんな人物は暗殺や襲撃を警戒して表に出てこないというのは分かるし、そうした襲撃に民間人が巻き込まれるといったことも避けるために表に出てこないと言うのは理解できた。
「どうだろう?この後お茶でもしてゆっくりと話をできないだろうか?」
「あ、えっと…私は一応、まだ病人扱いですので…申し訳ございません」
「おお、そうか。君を診た医師はもう大分回復していたと聞いていたのだが…」
まあそれでもあれほどの爆発で何かした不調はあるかと納得した様子でグスタフはキアステンにまた治ったら総司令部に来てくれと言って去っていった。
「キア…大丈夫だった?」
そして彼が見えなくなった頃、ヘンナが話しかけてきた。
「いや?別に影武者相手に気張ることなんかないでしょ。別に国王たる者がわざわざこんな敵性国民相手に話しかけてくるなんてないしさ〜」
キアステンはヘンナに純然たる感想で答えると、彼女はボソッと呟く。
「…あの人、本物だよ」
「…へ…ぇ?」
ヘンナの唯ならぬ雰囲気と緊張をした顔に、キアステンはそれが冗談ではないとわかり、真顔で驚愕をした。
その後、ヘンナからそのグスタフ国王に関しての話を聞き、驚き、唖然となり、呆れてしまった。
「冗談でしょ…」
「冗談ならどれほど良かったか。彼の方、しょっちゅう街の朝市に出かけているくらいだし」
「え?何それ?」
木陰で呆然となって顔に手を当てて困惑するキアステンと、そんな国王相手に平然と話していた理由を知って愕然となったヘンナ。軽い地獄絵図が生まれていた。
「どうしよう、なんか変な粗相でもしてなかった?」
「私に聞かないでよ…!」
頭を抱える二人。ヘンナはそこでその頭痛を忘れようと煙草を取り出した。
「あれ、ヘンナって吸うの?」
「ええ、オルクセンに渡った後にね…」
非常に疲れてしまった顔をしてヘンナは煙草に火を付ける。燐寸に火を灯して彼女は煙草を吸う。
「ふぅ…とりあえず、キア達はこの後どうするの?」
「多分…もう装甲列車が破壊されたなら私たちの出番はもうないでしょうね」
「…そっか」
現在パルチザンが展開していた理由である装甲列車捜索。この時、まだアグネス達がもう一編成の装甲列車を足止めしたことは彼女達は知らず、彼女はパルチザンの仕事はもう終わりだろうと予測していた。
「そもそも、もう戦争の趨勢は決まったようなものでしょ?まあ、この後に戦況が好転するとはもう思えない」
「…」
それは彼女が今まで白エルフ族としてエルフィンドを見てきた冷静な推察だった。
ーーもうエルフィンドに戦う余力は残されていないも同然であることは確実だった。
通貨の価値は暴落し、物資を止められ、経済は低迷。まだ政府は兵力を根こそぎディアネンに集結をさせて対決の構えを崩さないが、先の大攻勢で敵将の首を取れなかった時点で素人目なので大きく言わないが、戦略的には詰みに見えた。
「どれだけエルフィンドが頑張っても、もうこの国は生き残れない。国際的にも信用が無いから、国が残っていてもロザリンドの頃のような経済状況になると思う」
「…」
配食をされたブルストを食べながらキアステンは話す。その恐ろしく冷徹で現実的な話は、ヘンナも思わず息を呑んだ。
「優れた軍人に貧乏人はいても、優れた政治家に貧乏人はいない」
「それは…」
ヘンナはそこでキアステンを見る。
「ヘンナ!いるか!」
「?」
すると彼女の名を叫んで黒エルフ兵がやって来た。
「どうした?」
ヘンナは立ち上がってその黒エルフ兵を見ると、彼女は伝える。
「召集だ。我々もディアネン方面に向かって本隊と合流する」
「え?今私たちネブラスだよ?」
「ああ、だから馬を使ってすぐに行くぞ」
「えぇ…」
そこで少し引き気味にヘンナは答えると、それにキアステンは微笑んで言う。
「気をつけて」
「うん…分かってる」
キアステンは負傷した民間人という事でこの野戦病院に留まることとなるが、ヘンナはこれから最前線である。
「行ってくる」
ヘンナは立ち上がって小銃を手に持つ。そして古き友に別れの挨拶をすると彼女は前線に向かう輜重隊の馬車に乗り込んだ。
その後、トール峠から進出を行ったオルクセン陸軍第三軍隷下の第七軍団が瞬く間に侵攻を行ったイヴァメネル支隊を追撃。また前進を行った北翼はそのまま敵軍を包囲せんと前進した。
そして四月二一日。
オルクセン軍は近代戦初、歴史上類を見ない包囲戦を展開せしめた。俗に『ディアネン包囲戦』の始まりである。
オルクセン軍は首都ティリオンにも展開を完了させ、エルフィンドのほぼ全ての戦力をディアネンに抑え込まれた。
パルチザンの活動はこのクーランディア大攻勢の中の装甲列車との戦いで急速に終息を迎えつつあった。元々、オルクセン軍の侵攻の補助を行っていたパルチザンの目的は果たされたのだ。これ以上、仕事をする理由もない。
鉄道網をいたるところで破壊されたエルフィンドは、ついに出血を輸血で賄えなくなり、破壊された路線網はそのまま残置されることとなった。
開戦以来、オルクセンの海上封鎖によって物資の全てが入らなくなってしまったことで餓死者すら危ぶまれるほどの物資不足に陥っていたのだ。
余剰の資材を運ぼうにも運搬可能な車両は破壊され、直したくても直せなかった。
そして五月七日。
エルフィンド政府は無条件降伏を受諾し、戦争は終結した。