ベレリアント戦役の中で、時折語種として語られる白エルフ族によるパルチザンの物語。
黒エルフ族放逐から始まったとされるこの物語だが、正直に言うと火種は何処にでも転がっていた。
エルフィンドの長い歴史が生んだ歪みは遂に補強しきれずにオルクセンと言う外圧がかけられたことで簡単に崩壊した。
だが私から言わせて貰えば、エルフィンドという国はオルクセンの外圧がなくともいずれ限界を迎えていたに違いない。
氏族と中央政府との軋轢。
軍権の掌握による反発。
経済の低迷。
多くの産業においてもエルフィンドという小国家は他国に遅れをとっていた。
「つまり…君はエルフィンドは自壊すると分かっていたのか」
「はい。氏族との権力闘争は中央政府との軋轢を生み、中央集権国家としては歪でしたから」
椅子に座り、キアステンは反対に座るオーク族の牡と話していた。
彼は実に腰が軽すぎる王として、キアステンも唖然とさせる御仁である。
「しかしグスタフ国王。貴方はもう少し王であるべき姿勢が必要なのではないのですか?」
「そんな事はないさ。私がいなくとも周りの者達が優秀だ」
「だからって…護衛も無しに私に会うなど…」
内心ではガチガチに緊張しているのだが、それを押さえ込んでキアステンはグスタフと話していた。
場所はメシャム号のサロン車、国王私室とされる場所だ。そんな場所でグスタフはキアステンとの面会を申し出ていたのだ。
「大丈夫だ。君の献身は我々も感服するところ。危害を構えるとは到底思っていない」
「…そういうところですよ」
このオークの反応にキアステンは思わずため息を漏らしてしまう。
何というか、この牡はちっともオークらしく無い。まるで人間のようであった。
「キアステンさん。一つ質問を宜しいかな?」
「何でしょう?」
するとグスタフは改まった様子で聞いて来たので、思わずキアステンも背筋が伸びた。そして彼はゆっくりと、言葉を選んで編むように、少し恐れるように質問をして来た。
「君は、白銀樹を知らない世界を知っているかい?」
「…」
その一言はキアステンにとって衝撃的でもあり、予想通りでもあった。
その質問に彼女はフッと小さく笑みを作って答える。
「遙か未来の景色なら」
その時、グスタフの目は見開かれた。
それは遙か未来であり、遠い過去でもあるお話。
「放棄された世界へ…ですか?」
命令書を受け取り、その者は首を傾げた。
「そうだ。君には放棄された世界へ行ってもらい、巻き込まれた人々の捜索と救助をしてもらう」
「…」
その命令を受け取り、その者は承諾をして敬礼をする。
「承知しました。これより任務を実行します」
与えられたのは上司からの命令書のみ。
その世界は噂によく聞くバグが多すぎる問題だらけの世界だ。異世界管理局から正式に放棄が指示されたその世界は、作った直後に運営が馬鹿をやって月を一つ落としてしまった。
おまけに人をかき集めようとさまざまな改変を運営中に行ってしまった事でもう手のつけられない状態になってしまったのだ。おまけに利用者も過度に色々と親切心で現地人に技術を教えたことが災いをして数値が異常なパラメーターを示してしまっていた。
「しかし、まさかこんなトンキチ世界に行くとは…」
「巻き込まれた人々がいる可能性もある。そのためヴィラールから管理者権限を君に与える事となった」
話を聞きその者は軽く驚いた。
「へぇ、まだ潰れていなかったんですか?あの会社」
「既に異世界事業からは撤退したがな。だが管理者権限は我々と共同で管理している」
上司は部下にそう伝えると、彼に伝える。
「悪いが君一人であの世界に向かってもらう。異世界管理に関する法案が可決した今、放棄された世界の蓋を閉じる事さえ可能になったことで予算が減らされたんだ」
「ええ、分かりましたよ」
頷いて返すとその者はその内心で興奮していた。元より歴史に若干の興味のあったその者は自らがそのような童話の世界に行けることが楽しみであった。
詳しくは話さなかったが、おおまかにこの世界に私という存在が降り立った話をした。
「私はこの世界に降り立つ前は歴史を少し齧り、兵器を見つめる趣味に生きる人間でした」
「…」
話をすると、グスタフは静かに話を聞いていた。
「改めまして…。初めましてグスタフ・ファルケンハイン様。私はキアステン・ラーセンと申します」
「ああ、初めましてだね」
そこで軽く握手を交わすと、グスタフはキアステンに質問をする。
「因みに、以前は何処に?」
「日本人です」
「そうか、なら私もそうだ。昔は公務員をしていた」
「おお、ならば同郷の民ということでもあるわけですか」
キアステンはグスタフに言うと、彼はその耳のない白エルフを見つめる。
『では君の耳がないのは…』
『多分、バグか何かだと思いますね』
『そうか、では私の使える魔法もそう言うことなのかな?』
同郷の民ということでグスタフは昔懐かしい日本語で二人は会話をするとグスタフは言う。
『君に出会えてよかった。まさかとは思っていたが…』
『私も驚きです。貴方のようなお方がいるとは思ってもいませんでしたので』
戦後からの付き合いであるが、二人の交友関係はグスタフが亡くなるまで続いた。オークと白エルフという戦前では考えられなかった組み合わせであった。
「…因みに、どうして干拓の後に大豆を?あの土壌は調べたが、大豆以外でも育つと思ったのだが…」
「それはまあ…あの大豆を使って、醤油とか豆腐とか味噌とか作りたかっただけなんですけど…」
少し恥ずかしげにキアステンは言うと、グスタフは全て理解した様子で頷いた。
「っ!!なるほど!そういう事か!」
その時、グスタフは顔を上げて大いに納得できた。そして大いに彼女のやろうとしていたことを理解して彼は大いに協力を支援すると約束をしてくれた。
そして彼女が秋津洲に向かう際に多額の援助を行い、オルクセンや星欧に道洋の食文化が花開く原動力となった。
グスタフが聞くと今度はキアステンが聞いた。
「因みに…前世での性別は?」
「?私は今も昔も男だよ」
「そ、そうですか…」
その時、キアステンはグスタフを羨ましげに見ていた。
「良いなぁ…私なんて性転換してしまいましたし」
「お、おおぅ…それは、災難だったな…」
哀愁漂うその様子にグスタフは哀れみの目線を向けていた。
その後、キアステンはティリオンのステン商会の事務所訪れた。日付は六月一七日で、丁度明日にはグスタフがこのティリオンに到着をする。
「終わりましたか」
「ええ、全部ね」
進駐のために軍の入城が始まったエルフィンドの首都ティリオン。その様子を、物資不足にあえぐ虚な目をした白エルフ達は見ている。
「…」
その様子を窓を開けて見つめていたキアステンは、そこでオルクセン軍の兵士を見ながら支店長に聞いた。
「被害は?」
「家を失った者が数名おります」
「うん。その子達にはここに住まわせるか、拠点で使っていた部屋を貸してあげて」
「わかりました」
支店長は頷いて、抵抗拠点として使うはずであったアパートをその砲撃で家を失った従業員に提供をしていた。
特にノアトゥンに関しては街全体がオルクセン海軍の砲撃で消失してしまっていたため、事務所も焼け残りから生き残っていた資材や保管してきた物品の諸々の確認から住居の用意まで、色々とこちらで準備をしなければならなかった。
「これから、どうするんです?」
「ん?そうねぇ」
戦争が終わり、オルクセン軍から支援で受け取った銃火器は全て軍に返却をした。元々鹵獲兵器で戦争中にその存在が有耶無耶となったが、パルチザンは元々持っていた武器以外の全てを返却した。残っていた武器も、機銃は購入金額の二割増してオルクセンが兵器開発の為に持って行った。
「まあ私はいつも通りに過ごしていくだろうね」
「…」
彼女の言葉に、支店長は少し間を開けて彼女に聞いた。
「思ったよりも早く、目的は達成されましたね」
「ええ、これからは自由な時代の始まり…とでも言うべきかしらね」
「そうですね」
少しだけ笑ってしまうと、支店長はそこでキアステンに言う。
「また、仕入れを頼みますね」
「ええ、オルクセンの企業になった以上、競合は増えるばかりだわ」
「…厳しい戦いになりそうね」
「ばーか、何のためにオークにひれ伏したのよ」
軽くほくそ笑んでキアステンは振り返る。
ーー全ては生き残るため。
それは彼女の中で育まれた生き様であり、矜持であった。
魔種族の寿命はとても長い。人間族では考えられないほど長い時を生き残り、歴史を俯瞰して見続けることができた。彼女からしてみれば思想との殉教など糞食らえであった。
「商人の仕事は物流を円滑に行なって、世界中の民を幸せにしていくことよ?」
「世界ですか…ふふふっ、それは面白いことになりそうね」
支店長はキアステンの相変わらずの壮大な夢を前に笑う。
「今や我々もオルクセンの民となる。これからはもっと忙しくなるぞ」
「ええ、我々も海運と鉄道を保有しました。まずはそこら辺の諸整理を行わなければ」
白エルフ族の企業として生き残るために。
これからおそらくエルフィンドの企業は次々と疲弊したところをオルクセンの企業に買収されていくこととなる。その中で純白エルフ族資本の企業としてステン商会はオルクセンの企業や世界の企業と戦っていくこととなる。
「どうかしら?今度製紙企業を買ってみるのは?」
「そうですね…我々は製材所を持っている上に、オルクセンが森林鉄道を開通させました。まあこう言ってはあれですが、我が社は戦争のおかげで成長をしました」
そこで彼女達は近くで建設中の煉瓦作りの施設を見る。規模が大きくなったことでティリオンの湖畔に新しく建築中であったステン商会の新しい社屋だ。まだ建設中ということでオルクセンも接収を行わなかった。
「そうだ、この後また私は行かなければならない」
「どこへですか?」
「占領軍総司令部」
「なんと…」
意外…でもないが、少々思っても見なかった場所からの招集に支店長は驚くと、キアステンは言う。
「多分、私が戦前にキャメロット人に頼んで作った旅券偽造の件だろう。オルクセンはそこまで掴んでいる」
「それはそれは。オーク族は優秀なんですね」
「まあああ見えてもオルクセンは多民族国家だ。コボルトに大鷲だっている」
彼女はそう言い、下に降りれる階段を下っていく。
「優れた多民族国家は、並の民族国家よりも強いんだぞ?」
キアステンはそう言うと、招集に応えるために裏の厩を出て行った。