ベレリアント半島占領軍総司令部、その中の占領軍兵要地誌局に呼び出しを受けたキアステンは単身で馬に乗って言われた場所まで到着をする。
「お待ちしておりました」
すると見覚えのある顔が出迎えた。オーク族の兵でキアステンは軽く会釈をして馬を降りる。
「お初にお目にかかります。アウグスト・シュティーバー大佐と申します」
「初めまして。キアステン・ラーセンです」
表向きは地図の作成などを行い部署であるが、その実態は諜報機関であることをキアステンは分かっていた。
ファルマリアでわざわざフレンに接触を行い、戦争中は武器支援を行なってくれた軍内の部署だ。
彼女はそこで裏口から施設内に案内されると、そこで見た施設に軽く声を漏らす。
「もうここまで準備ができているんですね」
「いえいえ、まだ占領を始めたばかりですよ」
アウグストはそう言うと、彼女を一室に案内した。
「失礼します。紅茶でよろしかったですか?」
「ええ、お願いします」
聞いてもいないのに彼女の好みの紅茶が出てくるあたり、どこまで調べたんだろうかと言う恐怖の方が優ってくる。しかも茶葉も好きなセイロンティーが出てくるとなればさもありなん。
「まずは戦前、貴女が制作を支持したという南部の施設。あの施設は今後、どのように設計されるはずであったのかや戦中の情報網を我々に提供してくれると言うことですが…」
「ええ、全てお渡しします。その上で我々には今後、接触をしないと言う確約をしてください」
「…」
キアステンからの要望は、一瞬カール達を驚かせるものであった。
「我々の仕事は終わりました。これから国外に出る白エルフもいるので彼女達の旅路の邪魔をさせたくないですし、戦争はもう懲り懲りですので」
「…そうですか」
キアステンの正直な言葉に、アウグストは少し困った。彼女の意思はこの一言で硬いものだとわかってしまったからだ。
情報は渡すから好きにしてくれと言われ、今後も彼女に協力を依頼しようと思っていた彼らは一番厄介な提案だと思った。
「我々が戦時中に使っていた暗号表と使い方はお渡しします」
彼女はそう言い、そこでアウグストに言った。
「我々パルチザンはもう役目を終えました。ですのでオルクセンの皆さんには申し訳ありませんが、我々はここで手を引きます」
彼女はそれだけを言い残し、紅茶をもらってから早速暗号に使った書物を見せる。
「エルフィンド神話?」
「ええ、この国であればどこにでも売られている上に、持っていても違和感は持たれませんので」
「なるほど…それは盲点でした」
そして彼女が取り出した暗号表や暗号の作り方、戦時中にどのように連絡をとっていたかなどを詳細に伝えた。
その量は量だけにあっという間に一日を終えてしまうと、アウグストは多数の紙となった資料を見つめる。
「ご協力、ありがとうございました」
「いえ、それでは私もこれで失礼します」
キアステンはアウグストに一礼をして施設を後にすると、馬に乗って早々に司令部を後にした。
「…早々に行ってしまったわけだな」
「先手を打たれました。もう彼女達を直接利用する目的を失いました」
カールは去っていったキアステンを見て、その後ろで困った様子でアウグストは頭を掻いていた。
「なぁに、それでもかまわんさ」
「…」
しかし意外な返答を聞き、アウグストはカールを見た。
「彼女達は遥か昔から準備をしており、我々が侵攻をせずとも内戦状態になる下地を整えていた。我々はその下地を幾許か補強し、エルフィンド国内の思想的、経済的分断による叛乱の予防をさせれば良い」
カールの言うとおり、キアステンが布石を打っていたこの経済隔離は後のエルフィンド独立派の内部分裂を引き起こす要因となっていた。
そして皮肉なのは、その独立派となる源流の中には戦時中にキアステン達が支援を行っていた改革派の白エルフも混ざっていたことだろう。一部はパルチザンに参加していた者もおり、彼女達はまさか国が滅ぶとは思っていなかったようであった。
「彼女は実に働いてくれた。まあ、今後使えなくとも我々は再雇用による諜報網を巡らせれば良い」
彼はそう言い、キアステンがもたらした諜報網の中に元秘密警察の長官であった白エルフを見た。
反ダリンウェン的姿勢から冷飯を食わされていた彼女は、使えるかもしれないと彼らは読んでいた。
戦後となり、キアステンはティリオンの街並みを馬を使って歩いていく。オリエンスは今も丈夫な体を使ってキアステンをここまで運んでいた。
「よっと」
そして馬はある場所に到着をする。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
場所は首都郊外の政治犯収容所。そこは秘密警察に捕えられた囚人約一八〇〇人が解放をされ、治療を受けていた。その場所にアンファウグリア旅団は進駐をしていたのだ。
そして駐屯地で馬を降りて目的の黒エルフを探す。
「ヘンナ」
「あっ、キア!」
そこでは丁度馬に飼葉を与えていたヘンナが振り向いた。
「お疲れ」
「うん。お疲れ様」
彼女は頷いてキアステンを見る。戦争が終わり、彼女達の中にも若干の緩みがあった。
「キアは、このまま軍にいるの?」
「ううん。もう少ししたら、辞めるつもり」
飼葉を与えながらヘンナは答え、キアステンは彼女が何を考えているのかがすぐに分かった。
「…やっぱり、あそこに?」
「そりゃあね。故郷だから」
彼女はそう言い、今は白エルフ族による入植が行われていた南部に帰ることを決めていた。
すでにヴァルダーベルクでは黒エルフ族に対して故郷への帰還の確認を行っており、東方下流域の黒エルフ族を中心に帰郷希望者が集まっていた。
「それに…」
「?」
ヘンナはそこでキアステンに少しだけ力の籠った声で言った。
「キアが作ってくれたあの場所を、私たちは白エルフに使われるのが許せないってのもあるかな」
「…」
「あそこは、キアが唯一帰って来れる場所だから」
少しばかり恥ずかしさを混ぜて彼女は微笑んでこちらを見てきた。二人の間にはあの風車が連なった干拓地が思い浮かんだ。風に揺らされて大豆が揺れている景色まで脳裏に浮かんできていた。
「族長も帰ってくるって言う話だし、元通りにはならないけど…それでも昔みたいに暮らしていけるかなって」
「…そっか」
キアステンはヘンナを見て少しだけ嬉しくなって口角が緩んでしまった。そして同時に、彼女は思ったことが漏れてしまう。
「…家があるって、ありがたいね」
「何言っているの。昔から私たちの家でしょ?」
「…そうだね」
キアステンはゆっくりと頷いて立ち上がった時、
「っ…!?」
じわりとであったが、下腹部にジンジンと痛む何かを感じた。
「どうしたの?」
「ちょっと…なんか痛むなって…」
「えっ?」
すると痛みを意識したからなのか、徐々に腹部の痛みは強く感じるようになった。
「うっ、おっ…」
「い、医者!」
感じたことのない痛みに思わずうずくまってしまうと、その様子を見てヘンナは顔を青くして叫んだ。
「医療兵!!」
その声を聞きながらキアステンは何か変な者でも食って腹を下したか?と首を傾げた。
その後、腹を痛めたキアステンをアンファウグリア旅団の軍医が飛んできて診察を行った所、その症状に首を傾げてから慌てて医学書を見直し、その後に再度診断を行ったことで目を見開いてテントで診察結果を伝えた。
「えっと、その…キアステンさんの腹痛の正体ですが…おそらく月経ではないかと」
「…はい?」
「え?」
その診断結果に首を傾げると、軍医は驚愕した様子で頷く。
「はい…症状が下痢とは違いますし、症状は生理痛にとても近似していますので…」
「…」
困惑気味に軍医は言うと、困惑した様子でキアステンやヘンナは診断結果を聞いていた。
そもそもの話、エルフ族は自らを完璧な種族としていい、三代目女王がエルフ族を女性しか生まれないようにさせたと言う伝承があった。
その為、エルフ族の子宮はやることをやれる装備はあるが、男の乳首のようにその機能を果たしていなかった。
「(畜生、エルフ族の改造の前にこれかよ…)」
痛みの正体を知り、苦笑するとともに唖然となった。それの意味する所はつまり…
「私は、子供を作れると言うことか?」
「そう言うことに…なりますね…」
信じ難いと言った顔をする軍医の黒エルフ兵はキアステンを見て固まっていた。
「…凄い、凄いじゃん!」
その話を聞き、ヘンナは目をよく開けて喜びの様子を見せる。しかし軍医達やキアステンは違った。
「しかし初潮の兆候もないのに月経?」
「訳がわからん」
「近くの軍医を読んで確認でもするか?」
「おい!エルフ族が月経をした記録はないか!?」
「んなもんある訳ないでしょうが!」
そして天幕の中では黒エルフの軍医や看護兵があっちこっちに走り回っての大騒ぎとなり、その話はすぐに近くにいたベレリアント半島占領軍司令部に、そしてグスタフの耳に伝わった。
「エルフ族が月経?!」
「しかも白エルフときたもんだ」
「馬鹿者!こんな場所でそんな不浄な話をするんじゃねえ!」
司令部ではそんな怒号が飛び交い、話を聞いたアロイジウスなど爆笑をしていたという。
「キアステンに月経とはな…」
エレントリ館に向かう直前でグスタフはその話を聞き、ティリオンに到着をしたメシャム号の中でつぶやいた。
「聞いたことないな。エルフ族で月経など…」
そして隣で寝ていたディネルースが興味深そうに話してきたので、グスタフも頷く。
「ああ、驚きの話だ。それにまさか彼女の話が出てくるとはな」
「グスタフと同じだったのだろう?」
「ああ、それは本人から聞いた。パレードが終わったら、またじっくりと話をする予定だ」
「そうか…」
ディネルースはそこで少しだけ不満げに答えた。彼女は隣で寝ている婚約者が嬉しそうにキアステンのことを話していたのだ。
無論、理由は分かっている。
彼の中身を作った者と同郷の人がいれば、今まで孤独であった彼にとってみれば嬉しいと思うと共に、安堵すら覚えてしまう。
無論、友人としての付き合いから踏み込むことはないと絶対言えた。この牡は優しい人であり、一途な人であるからだ。
しかしそれでは不満であった。今の時間だけは自分だけを見て欲しかった。