キアステンの月経事件より二日後の六月一九日。
「気分はどうだね」
「あまり良くはありませんが…」
彼女の姿はティリオン市庁舎にあった。グスタフは体調が悪いなら話を延期しようかと提案をしたが、彼女はそれを断ってグスタフと話をしにきた。
「本当に大丈夫か?」
「ええ、ご心配なさらず」
昼間にオルクセン軍による凱旋パレードが執り行われ、その日の空いた時間にキアステンはディネルースを伴った食事に誘われていたのだ。
「グスタフ様、ディネルース様。この度は誠におめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
そしてすでに新聞などで知れ渡っていたグスタフとディネルースの結婚に関して言うと、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。
若干、ディネルースには警戒をされたような目線を送られ、勘弁してくれというのが本心だった。
「それで、昨日はエレントリ館に向かわれたそうですね」
「ああ、素晴らしい場所だったぞ」
グスタフはそこで今回の宿として接収を行った白エルフ族の聖地であるエレントリ館の景色を口で伝える。
「そこで黄金樹を見た。その足元には、君の求めているであろう物もあった」
「…」
グスタフは隣にディネルースがいるにも関わらず遠慮なく話しており、その様子からすぐにキアステンは彼女は事情を知っていると理解していた。
「キアステンさん、ヴィラールという言葉に聞き覚えは?」
「ええ、神話上の訪問者のことを指す言葉ですね?」
「ああ、エルフィンドの古語だ」
彼はそう言うと、ディネルースを見て言った。
「すまない、ディネルース。少しだけ二人きりで話させてくれないか?」
「…分かった」
彼からのお願いに珍しいものがあると思いつつも、センシティブな内容だけに自分だけ追い出されているような疎外感を感じつつも、彼らでしか理解できないような話であるのだと理解した彼女は静かに部屋を後にした。そして彼女を見送ったグスタフは日本語で話してきた。
『そこには脱出ゲートが残されていた。おそらく、この世界から帰る方法だ』
彼が日本語で話し始めたのは、おそらく盗み聞きをするかもしれないディネルースにも聞かせられないデリケートな話だからだ。無論、キアステンも彼の話を聞いて日本語で話した理由をすぐに理解した。
『…私にそのゲートを使うことを提案しにきたんですね』
『ああ、君が使うべきだろうかと。それと…』
グスタフはそこでキアステンに軽く追求をした。
『私と君では、知っている情報も違うように思えたからね』
『…なぜですか?』
その時の彼の反応に、キアステンは耳をぴくりと動かして眉が反応をした。するとグスタフはそう思った理由を話す。
『君は自分の耳がないことをバグと言った。その時、私はまだこの世界のことを知らなかったから違和感を覚えたんだ』
彼はそう言い、エレントリ館で手に触れたという古びた碑文の話をした。
その碑文にはこの世界の事情を記した文言が残されており、ヴィラールやヴィラ、ヴィリエラに関する事実を全て見たという。
『…しまったなぁ』
話を一通り聞き終え、キアステンは軽く舌を出して頭をかいた。そして諦めたようにため息を吐いた。
『では…』
『ええ、私は異世界管理局、監視課の職員ですよ』
『…』
グスタフはあっさりと正体を明かしたキアステンに驚いた様子で見ると、彼女は言う。
『私はこの世界の召喚システムに巻き込まれた人々の捜索と、帰還の補助のために派遣されました』
彼女はそう言い手を広げると、掌から幾何学模様の青白い線の光が投影された。
『私は異世界管理局の権限により、この星に落下した衛星の影響による召喚システムの異常の改善。及び遭難者の帰還を促すためにこの世界の管理者権限を当局より受諾いたしました』
淡々と彼女は説明をすると、グスタフは固まったまま動けなくなった。脱力をしてしまったと言ってもいい。
目の前に座る彼女は、やろうと思えば天変地異の事象すら起こすことが可能なほどの力を持っていたのだ。グスタフは恐る恐る彼女を見て質問をする。
『では…君はこの世界を作り変えることさえ可能なのか?』
『肯定。<ヴィラール>社より付与されたこの管理者権限は、衛星落下が巻き起こした召喚システムの異常を修復しました』
少しと機械的に答えるキアステンに、グスタフは自分のようなものが今後現れないと言う確証を知って安堵をした。
『私は任務により、貴方を元の場所に帰還させることとなります』
『…そうか』
グスタフはキアステンの話を聞いて薄々察してはいたが、自分が帰ることとなると言うのを理解する。
自分がなぜ天候を変えられる魔法を使えたのか、その理由が分かった直後であったので大きな衝撃とはならなかった。むしろ色々な違和感をスッキリさせてくれた爽快感のようなものさえ感じた。
『では、ディネルース達とも別れねばならんと言うことか?』
『まあ…そう言うことになりますね』
キアステンは少し申し訳無さそうに言うと、座っていた席を立つ。
『ですが貴方の思いも理解できます』
キアステンも長い間この世界で生きてきて思って来たことであった。
白エルフにも黒エルフにも良い奴はおり、育まれてきた文化もまた貶されるべきものではない。
『私は、この世界が好きです』
彼女はゆっくりとグスタフに話す。
『だから貴方がこの世界から去ることに後ろ髪を引かれる気持ちは分かるつもりです。ですので…』
彼女はそう言ってグスタフに近づくと、顔を近づける。
『少し、お手をお借りしても?』
『ああ…』
そして彼女の言う通りにグスタフは右手を差し出すと、キアステンは左手でその手に触れてその碧眼の目をわずかに灯らせた。その瞬間、グスタフは自分の体の全てが見られているような感覚になる。自分が知っている言葉で表現をするなら、スキャンをされていると言うべきだろう。
「…」
彼女はグスタフの体の検査を終えると、そこですぐに空いていた右手を広げて何かしらの計算式をすぐに組み上げると、その情報の塊は白い錠剤となって彼女の手のひらに収まった。
『それは?』
『魔力の安定剤です。グスタフさん、かなり消耗をした使い方をしていますね』
『…流石に分かるか』
『ええ、オークの年の割に体の老化が激しいですからね。おそらく、このままですと数十年で寿命を迎える事になるでしょう』
キアステンはグスタフの体の状態を全てデータ化して診断を行うと、彼女はその錠剤をグスタフに渡す。
『この錠剤は、服用をすれば貴方の体内の魔力を抑え、そして魔法の出力を規制します』
『…もう魔法は使えなくなると言うわけか?』
『ええ、以前のようには無理でしょう。そしてここからが重要です』
キアステンはそう言い、グスタフに言う。
『その錠剤には、貴方が死去をしても、その個人の情報は貴方が元いた場所に帰れるようにプログラムしました』
『…』
『すみません。スキャンをした際に貴方の記憶を辿って作らせてもらいました』
彼女が伝えた内容は衝撃的であった。それはつまり、死んだらグスタフの中身を作った男が元いた場所に帰るという事になる。
『そして私はこの管理者権限を付与されたキアステン・ラーセンという個体として、おそらく通常の魔種族よりも長い時を生きる事になるでしょう。そのように私は調整をされていますので』
『そうか…』
グスタフは唖然となった。まさかこれほど人間離れをした技を易々とやってのけてしまう事実に、苦笑と興味と、愕然と、恐怖と、ありとあらゆる感情が吹き上がった。
『すごいな。君の時代ではそんんなタイムスリップのようなこともできるのかい?』
『ええ、すでに我々は死や時を越えることすら可能になって久しいですので』
キアステンは頷くと、グスタフに言う。
『もはや我々にとって死の概念は希薄しつつあります。そもそも我々は性別の希薄化により、異世界なる過去のサービス業の中で生まれた産物にあやかってこのような世界を作ったのです』
彼女はそう言い、手に取っていた手を離すとグスタフ渡された錠剤を飲んだ直後、寝ていないにも関わらず快適な感覚を覚えた。こんなに即効性のある薬剤なのかと軽く驚きもした。
『しかし一度老化したその肉体はそう長くは持ちません。せいぜい延命措置を施したに過ぎません。ですので…』
『いや、これでも十分すぎる。感謝しきれないよ』
彼は簡単に自分に治療を施してくれたキアステンを見ていうと、次に聞いた。
『キアステンさん。君の言うエルフ族の新生と言うのも、その管理者権限によるものなのかい?』
『…ええ、もとより当局からの許諾も得た正当な行為ですので。オルクセンとの戦争に敗れ、国が滅んだ今が好機かと思っています』
『そうか…』
そこで彼女は戦争中に燃えてしまった白銀樹や、黒エルフ族放逐で切り倒されてしまった白銀樹を回って『改造』を行うと言った。
『無論、このことは…』
『ああ、誰にも言わないことを誓うよ』
グスタフはそう言うと、そこでキアステンがこれから行おうとしていることに理解を示す。
当然、彼の中にはこれからのエルフィンドの統治で必要なエルフ族に持った選民思想を打ち砕く手段として彼女の行動を使ったもう一つの方法が模索される。
「今日は呼んでしまってすまなかった」
「いえ、国王陛下とこんなにお話ができてよかったです」
そして流暢な低地オルク語で二人は話をすると、彼女はグスタフに言う。
「君は、これかだどこに行くつもりだ?」
「部下が海外に行く予定ですので、その付き添いをしながらオルクセンに行きたいですね」
「ふむ、なるほど…」
そこで彼女にグスタフは考えていると、彼は部屋のドアを開けてディネルースを呼んだ。
「随分と長く話していたんだな」
「すまない、重要な話をしていたんだ」
部屋に戻ってきたディネルースはそこでグスタフと軽く離すと、その後にキアステンの方を見て質問をした。
「そういえば、君はロザリンドの頃は兵士だったのか?」
「はい。当時の私は兵士でマスケット銃を持っていました」
「詳しく聞いても良いかい?」
「分かりました」
二人に言われたので彼女はその時の話をし出した。