オルクセンの首都郊外にあるヴァルダーベルク。そこには現在、約一万三千の住人が暮らしている。少し前に復員をしたアンファウグリア旅団もすでに到着しており、ヘンナはその後に軍を退役した。
「こっちよ」
「腕引っ張るなぁ〜!」
ヘンナは突っ走っており、その手を取ってキアステンを引っ張っていた。
周りは確かに黒エルフ族ばかりで、その中でも耳がないとは言え白エルフ族であるキアステンはとにかく目立っていた。
「あっちがヴルスト。こっちは焼きにんじんとか売っている店なの」
「随分と発展しているわね。まだ二年も経っていないでしょうに」
そこでキアステンはこのヴァルダーベルクが予想以上の発展を見せていることに少し驚いていると、ヘンナは言う。
「もともと家とかは用意してくれていたからね。あ、ここ私の家」
彼女はそう言い、規格化された家の中の一つ。比較的大きな家を前にヘンナは案内される。
「ここ?」
「そう、シェアハウス」
「なるほどね」
荷物を持ったキアステンは、そこで納得した様子でそのシェアハウスを見る。
「中に入って入って」
「お、邪魔します」
ヘンナは手招きをするので、キアステンは一礼をしてから家の中に入る。
「…」
家の中は吹き抜け二階建ての建物で、内装には木造の建材で埋め尽くされていた。
「なるほど…住むには十分な内装ね」
「そうそう」
広いリビングにはすでにいくつかまとめられた荷物があり、引越しを行う準備が行われていると一目でわかる。
「お?知らない人だ」
するとドアが開いて黒エルフが顔を覗かせてきた。
「私の友人よ」
「おお、噂の子か」
「初めまして」
帽子を脱いて挨拶をすると、その仕草にその黒エルフは驚いていた。
「へぇ、本当に白エルフなの?」
「ええ、一応は」
「一応って…」
キアステンの受け答えにその黒エルフは苦笑すると、彼女は引っ越しの準備をしているヘンナに言う。
「そろそろ引っ越しでしょ?荷物まとめてんの?」
「もうやってるわよ」
そう言いながら彼女はまとめられた自分の荷物を見てキアステンは言う。
「相変わらず荷物が多いわね」
「あらやだ。女は荷物が多いんですのよ?」
海外から帰ってくる時に散々お土産を持って帰ってきた彼女は、その度にヘンナや氏族長の家に買ってきた土産を置いたり贈ったりしていた。
まあそういう点で荷物が多いのかなと思っていたのだが、今回で確信できた。元々此奴は荷物が多いタイプだと。
「って言うか、キアの荷物が少なすぎるのよ」
「長く外に出てて気軽な荷物じゃ無いと面倒でしょ?」
「まあ、そうだけどさぁ」
キアステンはそこで今のキャメロットの流行りの衣服を纏う友人を見る。
彼女は出会ってからの長い期間、ほぼほぼ国外で暮らしていた。遠い場所で言えばセンチュリースターに行っていたこともあり、その距離に唖然となったものだ。
彼女を例えるならあれだ。この前この国の朝市で売っていた空飛ぶ気球だ。火を使っていたあの気球のようにどこかに繋ぎ止めていないと浮かんでいって消えてしまいそうな雰囲気さえあった。実際、私が無理に引き止めなかったら世界の中に消えてしまっていたに違いない。
「で、どうすんのこの荷物?」
「家に持って帰る」
「…」
なんとこの女、この荷物を家まで持って帰ると言うのだ。なんか家具まで混ざっている気がするのは気のせいではないよな?
「これ、家に入るの?家具は流石に置いて行きなよ…」
「えぇ〜」
「ほれみろ。お友達も言っているじゃんか」
するとシェアハウスをしていた黒エルフ達が次々ちヘンナを見て言っていたので、彼女は不満になりながら買っていた家具を見つめる。
「えぇ〜、結構大きいから便利だと思ってたんだけどなぁ」
「これオークサイズやん。そりゃあでかいよ」
隣で軽くツッコミを入れると、キアステンは言う。
「デカすぎて家に入れるのだけで苦労するからさ。これは流石に置いていこうよ」
「うーん…」
「それにさ、家具を置いて行ったら次にここに住む人が苦労しなくて住むしさ」
「…はぁ、仕方ないか」
流石にそこまで指摘をされ、彼女は不満になりつつその家具はシェアハウスに置いて行くことにした。
「家具以外の物を持って帰ろう?」
「そうね…」
彼女は頷くと、そこで自分の服や私物を見ていく。と言ってもやはりその量は多かった。
「どうしてこの期間でそんなに荷物が増えるのよ」
全部失ったんじゃ無かったのかと首を傾げる彼女だったが、彼女は言う。
「これでも私だって儲けているのよ?」
「…詐欺で?」
直後、キアステンの腹に一発思い拳が当たった。
「ごっほ…えっふっ」
思いパンチは無警戒だった鳩尾に命中して簡単に吐きかけた。そうだった、こいつ軍人だったことをすっかり失念していた。
「ふんっ、失礼ね。株よ株」
「…あーね」
このオルクセンでは株式市場は民間にも公開されており、一般人も株を買うことができた。
「おかげで儲けさせてもらったわ〜」
「彼女の予測ってすごいわよ?」
「へぇ」
すると株の話に他の黒エルフ達がそう言って優雅な生活を送れていると感謝していた。意外な才能があるんだなと内心で驚きながらヘンナの株の勘について思う。ちなみにリビングに出てきた彼女達はこのヴァルダーベルクへ永住する予定であるそうだ。
「帰ったら、まずは氏族長の家に行こうか」
「?分かった」
ヘンナに少し首を傾げつつも頷くと、彼女はシェアハウスを案内する。
「で、ここに泊まるって言ってなかったけど、どこに泊まる予定なの?」
「そうね、鉄道ホテルに泊まろうかと思っていたのよね」
「え?あそこ結構高いのに?」
その時、泊まろうとしていたホテルにヘンナは目を見開いて驚いた。
「あら、財力は結構自信があってよ?」
「えぇ〜、じゃあ今度奢ってよ」
「こいつで勘弁してちょ」
キアステンはそう言って持っていた鞄からグロワールの貴腐ワインを持ち出す。
「わぁ、高そう」
「ふふふっ、自慢のコレクションよ?」
「えぇ〜、やっぱお金持ちなんじゃん」
しかも持ち込んだのはシャトー・クリマン。グロワールの格付けで一級を誇るワインであった。
そう、商会で黒エルフ族との取引をほぼ独占していたことで実はボロ儲けであったのだ。ただ傭兵団に幾らか投資をしていたことで一時は資産に不安になったが。
「お金持ちから預かったワインを丁寧に保管する事業を考えたの」
「へぇ」
相変わらず変な事業を考えているなあと内心で思いながらヘンナはそのワインをありがたく受け取ってシェアハウスをしていた皆を呼んだ。
「みんな〜、キアが持ってきたワインだって」
「うわ、なにこれ初めて見る」
見るからに高そうなワインを見て彼女達は思わず驚くと、キアステンはおすすめをした。
「グロワールのワインです。貴腐ワインと言ってとても甘いので、マカロンなどのお菓子でもいいですし、サラミなどもおすすですね」
「へぇ〜、良いワインじゃないの」
「冷やして飲むことをお勧めします」
「ん、じゃあ地下の保管庫に入れていた方がいいわね」
「ありがとう」
彼女達は感謝をしながらそのボトルを持っていくと、ヘンナは言う。
「勝手に飲まないでよ!」
「分かってるって」
軽く注意だけすると、そこでヘンナは自分の荷物の確認と、キアステンに自分の荷物の運搬を頼んだ。
「とりあえず、運送業者に頼んでシルヴァン川まで運んでもらう予定だからさ」
「あぁ、まあまだ開通していないしね」
そこで彼女はオルクセンが行っている工事を思い出す。
戦争が終わり、オルクセン国有鉄道はシルヴァン川を越える河口部を横断する橋を建設中であった。その路線との接続をどうするかの確認があったとかと言うのをフレンから聞いていた。
まだあの川沿いの路線はしばらくは徴用され続けることが確定しているため、改軌作業を終えた区間には早速オルクセン国有鉄道の列車が走っていた。
「とりあえず汽船があるから、それ使って渡るしかないわね」
「意外と大変なのよね」
「じゃあ荷物減らしてよ」
「無理」
そんな押問答引問答をする二人を見て、同期していた黒エルフ達は微笑ましげにそれを見ていた。
「君のお姉さんの方がもっとマシな荷物でしょうよ」
「んなわけないわよ。姐様なんてねぇ…」
「あーはいはい、長くなるからまた今度ね」
「ひどい!なんて事言うのよ」
フレンはキアステンの対応に不満に思っていると、聞いていた面々はなぜ彼女がここまで白エルフに反感を持てなかったのかが理解できた。
「よっぽどいい子なのね」
「少なくとも、白エルフらしくないわよね」
「そりゃあ耳が無いからね」
「それが原因なの?」
そう言って首を傾げると、その後ろでヘンナはキアステンを自分が暮らしていた部屋に案内した。
「へぇ、意外と広いのね」
「オーク族の体型を基本にしているらしいからね」
「ああ、そりゃあでかいわ」
普通にベッドなんてダブルベッドくらいあるので、これで一人用かよと軽く嘆く大きさである。
そして色々と建物の説明を受けた後に二人はシェアハウスを出る。
「でもよく帰ろうと思ったわね」
「…まあね」
そしてこれから夕食に向かう途中でキアステンが聞くと、彼女は頷いた。
「帰っても仕事はあるし、前みたいに農業とか家具作りの仕事とかもあるしさ」
「まあね」
以前、あの村に住んでいた黒エルフ達は林業か干拓を行った耕作地で農耕を行っていた。
比較的収穫量の多くなる大豆を育てていたが、今後はそれ以外の作物も考えていいだろう。グスタフが言っていたのだから信頼できる。
「それに…」
「?」
その時、少し彼女は恥ずかしげにしてからキアステンを見た。
「キアが作ってくれたの風車を守りたいって思ったからかな」
「…」
「あの干拓した土地をさ、もっと大きくしていっぱい風車を建てたいなって」
「…なるほどね」
ヘンナの理由に少しだけ笑ってキアステンも嬉しそうに笑みが溢れてしまうと、干拓を始めていた時の頃を思い出す。
風に吹かれて回転する大きな羽根、中で回る歯車が臼を回し、製材所の鋸を動かしていた。
「…帰りたいね」
その時、キアステンから溢れたその一言に、ヘンナは目を見開いて驚いた顔をした。
「…なに笑ってんのよ」
「いや、別に?」
その直後にニコニコと笑うヘンナを見てキアステンは怪訝に見つめると、彼女はその顔を隠すようにキアステンの一歩先を小走りで走り始めた。