領土的にも時代的にも近いし…。
大体、ロザリンド会戦から一〇年が経った。
耳が無いとはいえ、正真正銘の白エルフである私はヘンナの村に住まわせてもらって久しくなった。
「耳なしさん」
「何ですか?」
すっかりその愛称で定着したキアステンは振り返ると、そこで質問をされる。
「なんか葉っぱが虫食いにあったみたいなの。どうすれば良いかしら?」
「虫除けのハーブを植えるのとかおすすめですね。畝を囲うように植えるとある程度防げるかと」
畑も毎年育てて植えていると、他の家から色々と質問をされることが増えてきた。
個人的には泊めさせて貰った恩返しのつもりだった。
「すっかり村の一人ね」
「やめてよ。こっちは宿無し娘ギリギリなんだから」
ヘンナにそう返すと、キアステンは自分が持っている荷物を確認する。
軍隊を抜けた時にマスケット銃は持って行かれてしまったので、非武装で猛獣の多い南部を歩いたのかと後々になって顔を青くしたものだ。
「…うむ、どうしたものか」
村で唯一の白エルフは荷物を見ながら考える。曲がりなりにも白エルフである私は、今までもそうだが、耳が無い事でよく人間族と間違われる。
そしてこの金髪碧眼という、一部ゲルマンの民が反応しそうな響きの言葉に思わず苦笑する。
「キア、何してるの?」
すると後ろから話しかけられたので振り返ると、そこではヘンナが立っていた。
昔の簡単な木造建築と違い、私が思いついたシルヴァン川を使った丸太流しによって手に入れた頑丈な橅の木を使ったログハウス。二階建てで私が設計した。
裏には畑があり、野菜を主に育てていた。
基本的に黒エルフは狩猟が得意であるため、農業に関しては不得手であった。その為、農奴として知識もあった私が村で畑を拓いた。
「ちょっとね、考え事をしてた」
「考え事?」
ヘンナは首を傾げると、私は軍隊で使っていた荷物を見てある事を考えていた。
「何をするの?」
「私がやってみたいって思った事…かな」
私は少し勿体ぶらせるように言うと、ヘンナは少し興味深そうにした。
「へぇ、キアのしてみたいことね…」
何だろうかと思いつつも、彼女は氏族長が呼んでいた事を思い出して彼女にその事を伝える。
「そう言えば族長が呼んでたよ」
「ん、分かった」
頷くと、私は家を出て村の中央に近い大きな家に入る。
「来たな。キアステン」
「はい。御用とは何でしょか?」
氏族長に呼ばれるのなんて久しぶりだと思っていると、彼女は私に聞いてきた。
「キアステン、君がここ来て何年経つ?」
「一〇年ほどかと」
「そうか。もうそれほど経つか」
病気など以外では不死に近い長い間を生き続けられるのが魔種族の本領である。そんな彼女達にとって一〇年という歳月はあっという間であった。
「ヘンナが連れてきた時はどうかと思ったが…」
彼女はそう言い、キアステンがこの村を訪れた時のことを思い出す。
白エルフをここに住まわせたいと言った時は正気かと思ったが、耳が無い彼女は同族から追放をされて家が無かったと聞いて渋々頷いた。
だが彼女のおかげで今の村の繁栄があるようなもので、今では完全に恩人であった。
「そこでだが、キアステン。この村の白銀樹で護符を作らないか?」
「護符ですか?」
エルフィンは白黒問わず、生まれ故郷の白銀樹と呼ばれる特別な木を削って護符と呼ばれるお守りのようなものを授けられる。長年の摩耗で煌びやかになるまで護符は手放さないという。
しかしキアステンの場合、生まれ故郷を追放のような形で生まれた頃から農奴に出された為、護符を持っていなかった。これでは死んで生まれ変わる際に故郷にたどり着くことができないと言われている。
ヘンナが気付き、そのことに関して何ら違和感を感じていなかった私は他の村の住人からこれでもかと驚かれ、悲しまれたものであった。
「ああ、君はこの村に来て私達に農業と林業を教えてくれた。おかげで私達の生活に余裕が生まれている」
そう言い、彼女は執務室の机を軽く触れる。この机はシルヴァン川上流の木を切り倒して持ってきた丸太を加工して作った机だ。最近は村の横に木材加工所を作って切り倒した木を加工して売って儲けていた。
「それに、君はエルフィンだ。護符があった方が何かと安心できるのでは無いかと思っていてね」
「それは…」
私は族長が本心からそう提案してきたということを判断する。
「生まれ故郷では無いのだが、どうだろうか?」
確かに、エルフであるにも関わらず護符を持たないことは、教義への信仰も持っていないという証にもなり、この国で生きるには大変なものがあった。
「ありがとうございます。…ですが、お気持ちだけで十分です」
私はそんな族長の提案を丁重にお断りさせてもらった。彼女には村の学校で言葉や儀式、知識を教えてもらった身ではあるが、そこは譲れないものがあった。
「何故だね?」
「これは私の矜持でもありますので。申し訳ありません」
私はそう答えると、族長も私の意図を汲んでくれて、そこから無理強いをすることはなかった。
「分かった。たが、君は私達にとって素晴らしい貢献をしてくれた。それを私達は忘れることはないだろう」
「勿体無いお言葉です」
新しい被服に身を纏い、キアステンは頭を下げると、彼女はそこで続けて話す。
「私は同族から耳が無いという理由で追放をされました。本来であれば嫌悪する相手である私をここに住まわせてくれた事には感謝しきれませんので」
彼女はそう言うと、族長は相変わらずこういう時は固いなと思いながら彼女に聞いた。
「それで、いつ出発する予定なんだ?」
「近々、三日後には出ようと思っています」
「そうか…」
族長は静かに頷いた。
事前にキアステンは、族長にこの村を出て旅をすることを伝えていた。
「気をつけるんだぞ?」
「はい」
向かう先は国外。私は白銀樹はおろか、黄金樹すらも離れて遠くに行くことを決めていた。
「では、これで失礼します」
キアステンは部屋を後にすると、ヘンナの家に戻る。
「急がないと…」
多分、族長は私を盛大に送り出すつもりなのだろう。そんな事は私の柄でもないので時間を早めて出て行った方が恥ずかしい思いをしなくて済む。
ヘンナにはまだ言っていないので怒られる覚悟だが、キアステンは軍隊にいた時に使っていた背嚢に必要な荷物や着替えをしまい込んでいく。
「旅行?」
「そんな所」
するとヘンナが話しかけたきたので私は頷いた。
私がちょくちょく遠くに出かける事は昔から知っていたので、彼女も詳しくは聞いてこなかった。
「しっかし、キアも成長したわよね」
そんな中、彼女は私を見てこう言った。
「こことか、さっ!」
「わっ、触んな馬鹿っ!」
そして彼女は堂々と私の胸を叩いてきたので、反射的に手を叩いてしまった。そう、ここ一〇年での成長といて真っ先に私が言われるのがこの胸である。身体も女性の年相応に伸びていたが、驚くべきは胸囲である。村でも出世株だなどと言われ、羨望の目を向けられる始末。まあデカいわ。
昔なら喜んでいただろうが、今の私にとってみれば邪魔でしかなかった。
「こんなの肩こるしすぐに張って痛いし、弓打つ時もさらしを巻かないとだしで面倒ったりゃありゃしない」
「お?喧嘩売ってるのかい?」
逆にヘンナは全くと言っていいほど変わらなかった。悲しいけどこれ現実なのよね。
「いいなぁ、私もこんな大きさ欲しかったなぁ!!」
「いででででっ!痛いわ阿呆!」
手で乳房を鷲掴みにされ、そこで私の反応を見て怨嗟の目を向けるヘンナ。本当にどうかと思うが、これでも意外に歳の差は離れていない。まあ魔種族の感覚なので人間族からしたら『全然違えよ』と突っ込まれるかもしれないが。
「気をつけてよ?怪我とか多いんだから」
「分かってるよ」
この時代に車や鉄道といった便利な乗り物がまだ存在していない。その為、移動は徒歩か馬である。乗馬の練習も村のちびっ子達に混ざって教えてもらって、人並みには乗りこなせるような腕前にはなった。
狩猟も彼女達から教えてもらい、一人で血抜きから腑分けまでできるようになっていた。族長や黒エルフに送られるあの特徴的なナイフほどではないが、あんな感じのナイフを自作できたらいいのになと思った。
二日後の早朝、私はヘンナのログハウスのリビングで体を起こす。
「んん…」
軽く目を擦って朝の目覚めで裏口のドアを開けて畑に出ると、そこで飼育している鶏を見る。
五年ほど前に街から雛を買ってきて飼育していた。鶏は地面にいる虫を勝手に食べて育ってくれる為、成熟まで早くて飼育に負担をかけない生き物であるので、積極的に私は育ててハレの日なんかは鶏の丸焼きを出したりしていた。
ここら辺だとヘラジカなども狩猟で取れるため、大きいのを仕留めたと聞くと、村総出で解体作業をしていた。
「よし…」
その時に作った干し肉なんかも持って背嚢に必要な荷物を持って準備を終えると、背嚢を背負って家の玄関を開ける。
朝露が広がる村はとても静かで、湿っぽさが日常を思い起こさせる。
「行ってきます」
族長やヘンナには色々と申し訳ないが、暫くは帰ってくる予定はないので彼女はそのまま村を出ようとすると、
「キアステン」
「んんっ!?」
後ろから話しかけられて思わずギョッとしてしまうと、村の広場には族長が軽く青筋を立てて仁王立ちをしていた。
「明日に出るんじゃなかったのか?」
「え?あっ、いや…ちょっと早めに出ようかなって…はははは…」
「全く…」
そんな抜け駆けをしようとした私に族長はため息を大きく吐いた。
「おーい、みんな出てきな」
そう言うと村からゾロゾロと見知った顔が出てきた。
みんなは私が背嚢を背負っていることから、旅に出るのだろうと理解した様子で私を見ており、中でもヘンナはムッとした顔をしていた。
「ちょっと〜、こんな長く出るなんて聞いてなかったんだけど?」
「ご、ごめん…」
どうやら族長から私がエルフィンドからすら出ていくことを知ったようで、驚きの様子も混ざっていた。
彼女が不満な理由を知って咄嗟に謝ってしまうと、ヘンナは直後に表情を言うもの笑顔に直して私に抱きついた。昔と違って胸に顔が当たる事はなかったが、昔から変わらない感触だった。
「気をつけて。怪我とか病気もしないでね?」
「うん、定期的に帰ってこようとは思っているから」
私はそう言うと、そのまま村を出る門を抜ける。そして族長はそれを見て叫んだ。
「さあ、盛大に見送ってやんな」
「「「「「いってらっしゃーい!」」」」」
族長に合わせて、みんなが大声をあげて手を振って私を見送る。畜生、途端に恥ずかしくなるじゃん!!
そんな赤面まっしぐらな状況から私の旅は始まった。