ヘンナの誘いでヴァルダーベルクに訪れたキアステンは、そこで夕食に向かう。
一万人規模の住人が居るこの町では、住民の大半が黒エルフ族である。戦争が終わり、帰郷を求める黒エルフ族による引っ越しブームも盛んになりつつある中で、キアステン達はある店に入る。
「ここ?」
「そう」
周りには次々と見せた立ち並んでおり、黒エルフ族が使うための日用品などを取り揃える商店街が出来上がっていた。
「へぇ、結構色々あるじゃん」
「まあ私たちって基本的にオークもコボルトのものも入らないからね」
「なーるほど」
キアステンはそこでオルクセンのファーレンス商会などから受注を受けていたことなどを思い出す。
「クライストっていう居酒屋。よくお世話になったの」
「へぇ、なるほどね」
その中で角に立っていた店のドアを開けると、そこでは時間帯もあって黒エルフ族やオーク族などで賑わいを見せていた。
「空いている席はありますか?」
「こっちにあるよ」
そこで人混みを通り抜けて空席を案内されると、二人は相席で座らせてもらうようになった。
「すみませんね」
「良いよ良いよ、これだけ混んでいたらね」
愛想よく反対に座っていた黒エルフの二人は言う。
「とりあえずエルネスティーネ二つ!あと肉の盛り合わせ一つ!」
「エルネスティーネ?」
「
首を傾げたキアステンにその黒エルフは教えてくれた。
「白ビールですか」
「好きか?」
「ええ、でもスピルナーも私はかなりお気に入りですね」
ジョッキが来る間、その黒エルフはキアステンに聞いた。
「詳しいのか?」
「ええまあ」
感心した様子でその黒エルフはキアステンを見ると、彼女は聞く。
「こっちには観光かい?」
「いえ、友人に会いに」
「ああ、なるほど」
そこで黒エルフはキアステンをキャメロット人だと推察すると、隣に座るヘンナを見た。
「私、これから帰るところで、その付き添いなんです」
「ああ、君は帰郷組なんだな」
「ええ、東部の方です」
ヘンナの話に黒エルフは納得したように数回頷くと、キアステンは聞いた。
「貴女は残るんですか?」
「今のところはね。ただ妹が帰りたがっているから迷っているってところかな」
そう言い彼女は隣に座っていた黒エルフを見た。
「初めまして。アンネ・フランと言います」
「よろしく」
その若い黒エルフ族の少女を見てキアステンは彼女の顔に見覚えがあることに気がついた。
「(この子…イヴリン達の連れてきた子じゃないの)」
その黒エルフはパルチザンの仲間だったかつての部下の顔が過った。今、彼女達は製紙工場への斡旋や傭兵としてまだ部下のままであった。匿っていた黒エルフ族の仲間を逃すために連れてきた子であった。
「どうして帰りたいの?」
「その…私を助けてくれた友達に会いたくって」
「…なるほどね」
少女はキアステンを見てそう言うふうに返すと、そこでオーク族が両手にジョッキと皿を持って現れた。
「はい、ビール二つと盛り合わせね」
「わぁ」
「美味しそうね」
そこでデカデカとジョッキに注ぎ込まれた白ビールと、それに合いそうなほどヴルストやベーコンなどの盛り合わせを見る。
「わぁ、バターまであるなんて最高ね」
「おお、ウチらみたいな楽しみ方なんだな」
「そりゃあこの子に付き合っていたら味覚も変わっちゃいますわ」
黒エルフにそう言いながらナイフとフォークを持って小皿に分けていく。
「二人で食べ切れるのか?」
「いえいえ、流石にこの量は厳しいですよ」
そう言いキアステンはオーク族換算で盛り付けられた豚肉の山を前に言う。
「ですのでお一つどうです?」
「お、分かっているじゃないか」
待っていたと言わんばかりにその黒エルフは笑みを見せて盛り付けられた肉を分けていく。
「ちなみにお名前は?」
「マルゴー。マルゴー・フランだ」
「へえ、同じ苗字ですか」
キアステンはそこで姉妹で同じ名前を持っていることに興味を持った。
「その方がわかりやすいだろう?」
「そうですね」
そんな話をしながら四人は切り分けた肉にバターをたっぷりと塗って口に運ぶ。ヴルストの熱々の脂とバターが溶け合って少し濃厚な味にキレのある白ビールが刺激を与える。
「かぁ〜っ、オルクセンはビールが最高だ」
「ああ、私も気に入っているところなんだ。このビールが私を惑わせてくるんだよ」
平気でリッターで飲んでいく彼女達。元々膝毛なんていう強い酒を飲んでいたことで、アルコール度数の低いビールなど水と同然であった。一説によれば、エルフ族の一年に消費する酒の量はオルクセンの小規模都市に匹敵するとかなんとか。おかげで近くの醸造所は新しく蒸留機を作らざるを得ないと言う話があるとかなんとか。
「おまけに最近はディネルース王妃の成婚のおかげでビールがちょっと割引されているんだ」
「おお、それは最高だ」
「ああ、全くもって最高だ!王妃に乾杯!」
自分たちがくる前にすでに飲んでいた彼女は、そこでジョッキを掲げて叫んだ。すでにディネルース達はティリオンを出た頃だろうか、などと思いながらジョッキを傾ける。
この『クライスト』という店、かなりエルフ族に配慮をしてくれている様子で、出てくる料理も全てエルフ族が好むものを用意していた。
「これなら鰯でも食べたい気分ですね」
「おお、私も久しく食べていないな」
キアステンの脳裏には、戦時中に拠点からかき集めた缶詰を、アンファウグリア旅団やオルクセンの缶詰と交換し続けた記憶が蘇る。
牛缶とエンドウ豆の缶詰ばかりもらって困り果て、戦争中だというのに肉ばかり食べてニキビや肌荒れはひどいことになったのを思い出す。
「(思えば贅沢が過ぎるな)」
戦時中、ひたすらに軍用列車や補給隊の襲撃ばかり敢行していた彼女達は、食事に関して十分な糧秣を確保していた。その為、七ヶ月ほどの戦争にも十分に対応できていた。
元々半年分の食料と弾薬を備蓄していたため、補給の不安はあまりなかった。戦後になって色々と発覚したオルクセン軍の資料の中に、パルチザンから押収した証拠品のなかで缶詰だけが紛失していた時はなんとも言いようのない苦笑をしてしまったものだが…。
「エルフィンドの北部の缶詰はあるかな。あそこのはうまいんだ」
「ああ、あれですか」
「知っているのか?」
「ええ、私も好きでしたから」
戦時中、あちこち走り回って缶詰を買いに行っていたことを思い出す。もはや戦争の趨勢が決まったも同然であった、あのクーランディア攻勢の直前の話だ。
「鰯の油漬けなのがまだ良いんです。パスタと絡めても良いですからね」
「パスタか…確か、エトルリアの料理だな」
「ええ、最高ですよ?」
「今度試してみるか」
そこでからになったジョッキを前に新しく一杯を追加で注文をすると、キアステンは財布に入ったラング貨幣を確認する。
「あまり飲みすぎないでよ?」
「ああ、安心しろアンネ」
次々とジョッキを肩にしていくマルゴーに妹のアンネがやや不安げに言うが、まだ出来上がる前の彼女はそう言って返していた。
「で、話は戻るけど引越しをしたら仕事はあるのか?」
「ええ、私の村は元々製材をしていましたから」
「おお、林業か。私はあまり縁がなかったなあ…」
川沿いに住んでいなかった彼女は、そこで懐かしむように話す。
「私の村はそれほど裕福でもなかったから、山に篭って狩猟をして、毛皮を売って物を買っていた。取引をしていたあの商会はいい商会だったな」
彼女はそう言い、懐かしむようにその頃の話をした。
「物々交換でティアーラがいらないってのは便利だった。余分なティアーラは渡してくれたしな」
それだけでヘンナ達はそれがどこの商会なのか分かってしまった。吹き出しそうになったのを抑え込んで、その続きを聞いていた。
「でもあの騒動で、妹と生き別れになっちまったけど、その後にアンネを助けてくれた白エルフに感謝をしたいんだよなあ」
そして彼女はブツブツと呟き、そのことにハッと気がついて顔を上げた。
「悪いな。お代はこれでいいか?」
彼女はそう言い、レニを取り出した。
「いえ、先に出るのでこっちでやっておきますよ」
「悪いな。今度会ったら奢らせてくれ」
席を立つキアステン達に言うと、二人は会計を終わらせて店を後にする。
「この後はどうする?」
「いやぁ、明日もあるからハシゴはねえ…」
そんな事を話していると、そこで一人の声が聞こえた。
「お姉さん」
キアステンは話しかけられて振り返ると、そこにはアンネが立っていた。
「ん?どうした?」
キアステンはそこでアンネに近づいて聞くと、彼女は少し確認をするように言う。
「あの…船を出した時にいたお姉さんですよね」
「…いや?どうかな」
一旦は否定をしたが、彼女は首を横に振った。
「このいい花の香りです。甘くて独特な香りは間違いありませんから」
「…そう」
それは彼女が気に入って使っていた金木犀の香りだ。あの時はつけていなかったが、どこかに染み付いていたのかなと思った。
そして彼女はアンネに顔を近づけると彼女は質問をした。
「この花、どう言うお花なんですか?」
「金木犀よ。遠い道洋のお花」
「良い匂いです。どこで買ったんですか?」
「たまたま、キャメロットで売っていたのを買ってきたの」
そう言いながら彼女は会いに来ようと考えている顔をしていた少女に、メモ用紙を取り出してペンを走らせた。
「…もしこの花が欲しくなったら、ここに来て」
「…分かりました」
それは村の住所を記したものだった。彼女の住所を知り、彼女は嬉しそうにその紙を大切に持つと、キアステンは去っていく。
「ありがとうございます。帰ったら必ず、寄らせてもらいますね」
少女にキアステンは軽く手を振って返すと、ヘンナはそんな一連の彼女の仕草を見て笑った。
「まるでロザリンドの頃みたいね」
「ああ、あの時はヘンナが教えてくれたわね」
そこでキアステンは思い出すようにあのロザリンドでの光景を思い出す。
「あの時、まだキアはこんな感じじゃあなかったね」
「そりゃあね。何年経ったと思ってるのよ」
二人は帰路に着く途中でそんな昔話をしながら懐かしい思いに浸って帰路についた。