数日後、ヘンナの引越しの日が来た。
「じゃあね」
「気をつけて」
「落ち着いたら連絡くれよ。遊びに行くから」
シェアハウスの前で見送りを受けると、家の前には車両が止まっていた。
それはオルクセンの運送業者が所有していた蒸気自動車であった。馬車よりも圧倒的に馬力があり速度も出る。オルクセンではバスなどを始め、オーク族用に大きく設計された車両が多数運用されていた。
「随分と派手なお別れね」
「まあね」
そこで先に荷台に乗っていたキアステンが言うと、彼女は両手に別れる際に貰った選別の数々を抱えながら蒸気自動車に乗り込む。
「お願いします」
「分かりました」
荷物は駅に届けられ、国有鉄道の郵便列車によって北部まで送られる。
この頃、黒エルフ族の帰郷を聞きつけたオルクセン企業による引越しプランが用意されており、多くの黒エルフ族がそれを使って帰郷をしていた。
「相変わらず荷物が多いわね」
そしてヘンナの荷台一杯の荷物を見て彼女の姐、ヴェルナ・ハリンヴァンは呆れていた。
「本当ですよね。どうして一年半くらいでこんな荷物になるのか…」
キアステンは追撃をするように言うと、ヘンナは少し文句を垂れた。
運転的に乗っていたオーク族はそこでアクセルを踏んで自動車を走らせていく。上記の音を立てて走るその姿はなかなかに快調であった。
キャメロットでは赤旗法なる極悪な法律によってあまり発展しなかった蒸気自動車だが、ここオルクセンではグスタフの施行した法律により、積極的に運用をするようになっていた。トラクターとしても重宝され、開墾や耕す際によく使用されていた。
「良いねぇ…」
「あっ、欲しくなっちゃったんでしょ」
「でもまだ道路が未発達だから馬車の方が良いのよね」
「あーね、少なくとも村の周りじゃあ厳しいよね」
ヘンナはそこで故郷や周りの道を思い出して苦笑する。まだ一部は草を刈り取っただけの道であり、舗装をされているのは村内だけであった。
「これから色々とオルクセンが投資をするらしいから、その際に色々と道路とかも変わるんじゃないかな」
グスタフからの話を聞くと、鉄道や街道、電信を中心にオルクセン式の技術によるインフラ投資が行われていくそうだ。既にある鉄道路線は改軌や修復が行われ、次々とオルクセンの鉄道が走れるようになっていた。全ての土地の測量と所有者の調査を行い、所有者のいない土地は全てオルクセンの国有地となる。
「でも街道の整備はこっちとしてもやってもらいたいから、またどこかにお願いするかなぁ」
「逞しいわね…」
そんなキアステンの思いに聞いていたヴェルナは少し目を丸くしつつも、少し微笑んで見た。
「もうすぐ着きますよ」
「分かりました」
そして自動車は交通量の増えてくる市街地に入ると、そこで多数の他の蒸気自動車を横目に車はオルクセン最大の駅のアルブレヒト中央駅に到着する。
「よっと」
ここは純然たる旅客駅として今は使われており、多数の民族や種族が乗り降りをしていた。
「郵便で運ぶんでしょう?」
「そう、一応引越しのそう言うまとめてやってくれるやつを頼んだから」
ヘンナがそう話す後ろでオーク族の職員が車から荷物を下ろして運んでいた。
「で、あれをアーンバントまで運ぶわけですか」
「そう言うこと」
引越しの荷物はある程度言って減らしていたのでまだマシだが、それでもなお車の荷台一杯の荷物であった。
「戦争中に色々と貯まってたからね、意外とオルクセンって一般兵でも給金高くて驚いちゃった」
「へぇ、そうなのね」
三人はそこで北部に向かう列車が来るまで駅で待つことにした。
「一応、引き上げされた家ってどんな感じなの?」
「どうなんだろう?モーリアの方から来たから分かんないのよね」
「あー、なるほど」
ティリオンから直通列車が一往復出ていたヴィルトシュヴァインとの直通列車。大体下り列車はオルクセン軍の関係者が乗り込み、上り列車は復員する白エルフ族が乗り込んで途中で降りていく印象のある列車だ。
「まだファルマリアの方は鉄道が走っていないから、意外と移動が大変なのよね」
「蒸気船は?」
「今はオルクセンの物資で満杯」
「大変なのね」
駅で列車が来るまでそんなことを話していると、北部沿岸を走る普通列車がホームに入ってきた。
「来たわね」
「乗ろう乗ろう」
また手を引っ張られて彼女達は先に乗客が降りた列車に乗り込むと、そこでキアステンはやや呆れながら座席に座る。
「はしゃぎ過ぎでしょ」
「全くね」
帰郷を前に子供のようにはしゃぐヘンナを見て二人は軽く苦笑しながら席に座る。
「北部に行って、そこから乗合馬車でしょう?」
「そうそう。まあ流石に蒸気自動車は無いしね」
あれば首都を中心にまだ大きな広がりを見せていない。軍用でも輜重馬車が基本であって、蒸気自動車はまだ普及していない。
それにもうすぐしたらガソリンを使った内燃機関を搭載した車が登場をすることとなる。そしたら蒸気自動車も廃れていってしまう。
「帰ったらまず何するの?」
「掃除かな。多分、汚れてるところとかもあるだろうし」
帰った後のことを考えていると次々と乗客達が乗り込み、発車時刻になって列車が動き出した。
「(時間通りなのね)」
懐中時計で時間を確認し、オルクセンの鉄道の時刻表通りの運行に感嘆していると、列車は加速を始めて駅を離れていく。
主要幹線を走る列車の為、全ての駅で乗客の乗り降りが行われる。
戦争が終わったことで復員した兵士たちの姿もちらほらと見られ、皆一様に笑顔だった。
「…」
エルフィンドとはまるで違うなと内心で思った。
戦争に負け、亡国を迎えた半島は戦後復興の真っ最中でとにかく物が足りなかった。
これからヘンナ達が帰る村はほぼ無傷である為、製材所も加工場もそのまま使えるが、ネニングやアルトカレの方などは凄まじい砲撃戦をしていた影響で不発弾の問題などがあった。
全ての不発弾の処理などを終えた後にようやく農耕を再開できる為、動員解除された兵士や解雇された軍人などが人海戦術でこれを行っていた。
「みんな、ティアーラとかは大丈夫?」
「え?まだ使えるのあれ?」
「一応はね。非占領地域だった場所とかは併用してるって感じ」
既に国が滅んだことで暫定政権が行政を担っている今、エルフィンドの通貨その効力を急速に失いつつあった。既に全土でオルクセンの通貨を使用するように通達があり、制限があるものの両替が推奨されている。占領をされなかった北部や中部はティアーラとラングが併用して張り出されていた。
「一応はまだ国があるのよね」
「まあ暫定ですから、併合したら消えますよ」
キアステンはヴェルナに頷きながら答えた。
エルフィンドが併合をされると言うことで、一時はグロワールなどの諸外国が干渉してこようとしたそうだが、見事にグスタフに返り討ちにあってしまったそうだ。まあ仕方あるまいと思う内心、今後のエルフィンドの反政府勢力が増長する可能性も考えていた。
「ねぇねぇ、この先に美味しいお店とかあるかな」
「さあ?あ、でも観光本になんかあったかも」
そんなことを思い出しながら彼女はオルクセンの観光名所をまとめた本を取り出す。まだ改訂前のものであるのでベレリアント半島の乗っていない観光本だ。
「ふむ…へぇ、色々と載っているのね」
覗き込んだヴェルナは興味深く観光本を見ていた。
そして数日をかけてシルヴァン川に到着をすると、そこでは外輪式蒸気船が停泊しており、シルヴァン川を渡していた。ファルマリアや対岸の村落を繋ぐ蒸気船が桟橋に繋げられていた。
「荷物はこれだけ?」
「うんそう」
引越しの荷物を確認して蒸気船に乗り込むと、時間になってから蒸気船は桟橋を離れて対岸に向かう。基本的にこの船の乗客は対岸に向かう黒エルフ族や軍関係者、商人などが乗り込んでいた。
「対岸に着いたら、ウチの馬車が待ってるから」
「助かるわ〜」
「ごめんなさいね」
そして引越しの荷物と共に二人は対岸の川港まで移動をすると、そこで見覚えのある馬車が止まっていた。
「世話になるわね」
「いえ、それほど苦でもありませんよ」
そう言ってヘンナ達の引越しの荷物を馬車に積み込んでいくと、そのままヘンナ達も乗せて帰郷の途に着く。本当はこの船着場から汽車が出ていたのだが、次の列車が来るまで時間がかかってしまうのでこの予定であった。
「(そう言えば…)」
ふとそこでキアステンは帰る馬車道を見ながら思った。
「(ここをヘンナ達は通ったのよね)」
それは開戦初頭の怒涛の快進撃を果たしたアンファウグリア旅団の話だ。あっという間に旧黒エルフ居住地域を制圧した彼女達は、脇目も振らずにファルマリアに突っ込んだ。その道中で、先にヘンナは故郷の村を占領していたのだ。
「…」
そこから先をキアステンは考えなかった。放逐後はとにかく色々な場所を飛ぶように走っていたせいであまり暇がなかったのだ。
「着いたら…」
「?」
そこで彼女の呟きにヘンナがコチラを見た。
「着いたら、新しく家でも設計してみようかね」
「?どうして」
「なんと無く。今の家に地下室とかないから、キャメロットにいい感じの家もあったしさ」
「ふーん、私は別にあのログハウスで十分な気がするけど…」
ヘンナの返答にキアステンは言う。
「木だから劣化してる可能性もあるしさ、それにレンガで作ったらヴェルナさんとかも住めるようになるかなって」
「いや、流石に妹達に世話になるわけにはいかないわよ」
少し苦笑してヴェルナは言うと、馬車は目的地に到着をする。
「…」
今も風を受けて回転している風車の数々。干拓の為に排水を自動的にするためのシステムは再び黒エルフ族が動かしていた。馬車は植えられた大豆が青々としていた畑の中の畦道を進む。
「あれを塩茹でにすると美味しいのよね」
「ああ、キアが言っていたやつね」
「趣味程度で作っていたわね。あれも」
彼女達が口々に言っていたのは、俗に言う枝豆である。積極的に大豆を育てていたことでキアがまだ青い状態の枝豆を一部貰って食べていたところをへンナに見つかったのが始まりだ。
そんな話をしていながら馬車は見えてきた村に到着をした。
「お、やっと来たか」
「ただいま〜」
すると先に帰郷していた同村の黒エルフが話しかけてきたことでヘンナは馬車を降りて答えた。
「キア、ヘンナの荷物が片付いたら氏族長の家に行けってよ」
「分かりました」
そこで早速ヘンナの荷物を持っていたキアステンは頷くと、彼女達は昔から変わらないログハウスに立った。