「うわぁ、なんて綺麗な」
「引き上げた時に家具以外は全部持ってかれちゃった見たいね」
村に到着をし、次々と荷解きを行っていく中でヘンナ達は伽藍堂なログハウスを見る。
放逐後、この村に入植を行なった白エルフ達は、徹底的に黒エルフ族が暮らしていたと言う痕跡を消す為にほぼ全てがそのまま残されていた私物を徹底的に排除しており、その為にこの期間で家は家具以外のものが残されていなかった。一応、国からも元々黒エルフ族のものであったものなどは持って行くなと御触れがあったが、どれがどれなのかは判別不可能であった。
二階建てのログハウスは、かつて彼女達が暮らしていたと言うのに、その雰囲気を一切感じさせなかった。
「見て、この衣装室まだあるよ」
「本当だ」
荷物を運び入れつつ、部屋の状態を確認して家として使えるかどうかの確認をする。
「ねぇ、私たちがいなくなった後に家を建てたって本当なの?」
「まあね、税金使って建ててやったの。壊された家を中心にしてね」
「ふふふっ、酷いことするなぁ」
そこでキアステンはヘンナから砦にも使えるほど頑丈に作った家の事を聞かれる。現在も一部は暫時して占領を続けるオルクセン軍の駐屯地になっていたりしており、構造上も便利だったことが窺えた。
「まあ、今の私ならあんなくそ住みづらい家なんか作らないわよ」
そう言いながらキアステンは家の壁に触れる。
「…」
そして内心で舌打ちをした。連中、ログハウスの住み方を知らねえのかと怒鳴りたかった。メンテナンスを行えず、劣化した壁が色褪せていたのだ。
木をふんだんに使うログハウスはその特性上から快適に過ごせるが、その分日々のメンテナンスが欠かせない。特に雨が降るこの地域ともなれば、少し手を抜いただけで木がカビてしまうのだ。
「ここも、キアが買ってきてくれたへんなお面とかあったのにな…」
「センチュリースターで買ったトーテムポールね」
リビングで残されていたソファに座りながら彼女は帰ってきたログハウスを見回すと、そこで懐かしむようにポツリポツリと呟くと、少し声が震え始める。
「みんな…キアが買ってきてくれた物だった…」
「…」
「大事に、してたんだけどね…」
そんな彼女を見て、キアステンは隣のソファに座って話しかける。
彼女が見つめていた壁にはただの木目が映されており、そこに特徴的な色合いのトーテムポールは無かった。
「私、戦争が始まって…この村に旗を立てた。広場に、オルクセンの旗を立てたんだ…」
「…」
彼女はそう言い、聞いていたキアステンは『ああ、やっぱりか』と納得をした。
「…どうだった?」
「最悪。この思い出の場所に、白エルフ共がのうのうと暮らしていたわ」
このログハウスには幸せそうに四人の白エルフが暮らしていたと言う。開拓をして、家の整備をキアステンが主導して行なっていた事で、ここは他の黒エルフ族の村よりも発展していた。その為、ここは付近の村落の入植の拠点としても使われていた。
「思い出を汚された気分だった…」
「…」
そう言い、彼女は殺風景なログハウスを見て言う。
「キアが買ってきてくれたお土産も、思い出も、今にも忘れてしまいそう…」
そう言って、彼女は静かに声を漏らした。かつて、ここで暮らしていた記憶が薄れてしまう事を彼女は恐れているようだった。帰ってきたと言うのに、その感覚が全く無かったのだ。
「…ヘンナ」
キアステンはそこで肩を寄せてヘンナに話しかけた。
「また、私が世界中を回って色々と買ってくるわよ」
「…」
「昔みたいにまた私が外に出て、お土産を買ってさ、忘れないようにするから」
ちょっと下手くそだなと自分でも思っていた。フォローのためのもっとうまい言い方があるだろうと思っていると、ヘンナはキアステンを見て嬉しそうに笑みを見せた。
「…うん、そうだね」
キアステンの言葉は、彼女にとってみれば昔から変わらなかった。世界中に飛び出してきて、色々と経験をしてきたはずだと言うのに、言葉の紡ぎ方はちょっとへたっぴな所とか、励まし方の下手くそさが、何よりも彼女らしくて思わず笑ってしまう。
「思い出はさ、また新しく作れるわけだし。お土産だってまだまだ色々とあるしさ」
「…そうだね」
ヘンナはキアステンを見て笑うと、すこし落ち着いたのか、馬車から下ろされて行く荷物を前にソファから立ち上がる。
「よーし、まずは片付けから始めよう」
「…うん、そうだね」
キアステンも安心できるくらいまで整理ができた様子を見て安堵すると、ヘンナはそこでキアステンに聞いた。
「でさ、この家ってどのくらい状態が悪いの?」
「…」
「さっき、壁を見た時に顔顰めてたよ?」
「マジか」
キアステンは本気で驚いた顔を見せてしまうと、ヘンナは気付いていなかったのかとまた笑ってしまった。
この頃、帰郷をした黒エルフ族では同様のことがあり、再びヴァルダーベルクに戻ってくるなんてことも確認されていた。
黒エルフ族の放逐は、こうした見えない所で彼女達に暗い影を落としていた。
その後、一通り引越しの荷物を片付け終え、新しい家の話をヘンナとしてからキアステンは氏族長の家に入った。
「お呼びですか?」
「ああ、帰ったと聞いたからな」
彼女はそう言い、キアステンは部屋を見回す。彼女はあまり飾らない性格であるので、家も町役場を兼ねた作りとなっていた。
ヴァルダーベルクでオルクセンの地方行政を学んで町長の経験もあった彼女は、オルクセンから新しく分割と再整理をしたこの地域の州の知事を務めてくれないかと依頼をされたと言う話があった。
「久しぶりだな」
「別にしょっちゅう海外に出かけていてこれほどの期間で久しぶりもないでしょう」
「まあ、確かにな。だが時の流れを長く感じてしまったよ」
彼女はそう言ってここに帰ってくるまでの一年以上の期間を振り返って苦笑する。
本当にこの期間、自分たちの知る世界は大きく変わってしまった。家具以外のものが持ち去られてしまった殺風景な部屋がそれを物語っているようにも思えた。
「噂では、州知事の推薦があったとお聞きしていますが…」
「ああ、今度の行政区改編で設定されるファルマリア州の州知事にな。耳が早いな」
「お話は伺っておりましたので」
キアステンはそう言って話の雰囲気から知事になるんだろうと思っていると彼女は言った。
「まあ、追加出走だ。ファルマリアで選挙が行われるまでの暫定的な知事を、併合直前まで行う予定だ」
「大変ですね」
「いやぁ、高い給金に目が眩んだだけさ」
そう言って彼女は殺風景な部屋を見回す。
「…はぁ、静かな部屋になってしまったな」
「また私が買ってくるだけですよ」
「…そうか」
そう聞き、氏族長はタフなキアステンに少しだけ笑うと、そこでポケットに持っていた物を渡した。
「これを」
「…これは」
それは護符であった。最近、新芽が息吹いたこの村の白銀樹で作られ、放逐以前に作られた護符だった。
「無くしたら許さないからな?」
「…」
真新しい護符は、エルフ族は必ずと言っていいほど持つこととなる必需品だ。日常的に触れることで次第に艶を持つようになる。
それは今までキアステンは持つことはなかった。
村を追い出され、護符を持たないこともまた差別され続けてきた彼女の、エルフ族に対する最大の軽蔑であったから。
しかしエルフィンドは滅び、白エルフ族も国際社会から白眼で見られるようになった今、彼女は護符を断る理由はなかった。
「はぁ…分かりましたよ」
軽く吐息し、諦めた様子で彼女はその護符を首から下ろした。
「これで、十分ですか?」
「ああ…」
そして護符を下ろしたキアステンを見て氏族長は満足げにいい笑みを見せると、直後に彼女にある書類を見せた。
「これは?」
「近々、沼地で干拓作業を行う。その時に使う風車を作ってもらおうと思ってな」
彼女はそう言ってまだ計画が始まったばかりの干拓地の計画表を見せた。新しい干拓地はこの村…オルクセン基準では町の基準となったこの場所の東部沼地の干拓を行う計画であった。やり方は西部の干拓地と同様で、風車を使った排水を行うという
「受注ですか?」
「そうだと思ってくれて構わない」
「…」
この話をしてくると言うことは、彼女はすでにステン商会の事を知っているのだろう。
林業・製紙・土木・運送、手広く事業を拡大させている商会は既に半島でも比類なき大企業へと拡大していた。戦時中にパルチザンとの協力を行うために軍と取り付けた約束で、戦後のオルクセンによる買収阻止を確約してもらっており、復興特需でさらに疲弊していた缶詰工場や醸造所などの買収も行っているという。
正直言ってやり手である。オルクセンとしても本土から運んでくるよりも、現地企業の方が安上がりで済むことからなるべく国内企業を使いつつも、半島に経済的地盤を与えるために半島系企業に発注を行う場合が多かった。
「蒸気機関があるのに風車ですか」
「風力発電所も兼ねての実験施設の意味合いもある。建設許可も降りる予定だ」
そこではラーテナウ総合電機社製の発明した風力発電機を導入して実験を行おうと言う目的があるそうで、その大規模試験地としてこの場所が選ばれたと言うわけだった。すでにオルクセン企業は国内にいたエルフィンドの技術者の囲い込みが始まっており、その中の一人の白エルフが持っていた風力発電システムに興味を持った形であった。
「分かりました。すぐにこの報告は伝えておきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
そして星暦八八〇年代にこの新しい干拓地に世界初の実用的な風力発電所が作られる事となる。
村の外では青々とした大豆が育っており、夏を感じさせる景色が広がっていた。
「では私は失礼しますね。まだ片付けが終わっていないので」
「ああ、怪我だけはするなよ?」
「そんな子供じゃあありませんよ」
キアステンは少し笑みを見せてから部屋を後にすると、執務室で軽く吐息をした。
「無事に終わりましたね」
「ああ…長かったよ。とてもね」
彼女はそう言い、満足した様子で家を後にするキアステンを見送った。
「これから私は州知事の仕事に就く。次に帰れるのはいつになることやら…」
「キアの旅行よりかは短いのでないでしょうかね?」
「だといいがね」
そう言い、ほろ苦く笑うと彼女はコーヒーを淹れてもらった。