少し、未来の話をしたい。
あの後、私は勲章を授与された後に道洋へと旅立った。
戦争に参加した私は白エルフ族の者として最初にオルクセンの勲章を授与された魔種族として壇上に立った。
そのすぐ後に私は北オルク汽船の運行していた遠い道洋まで向かう船に乗った。目的は秋津洲の文化や食材の仕入れを行うためだ。
「頼んだぞ」
「おまかせを、グスタフ。必ず『さしすせそ』の製法と米を持ち帰ってくるわ」
そして国王直々の勅命まで貰い、国王官邸を後にした。
その後、秋津洲や華国などの道洋の国々を巡って様々なものを買い、オルクセンに届けた。
特に米は盟友グスタフを大変喜ばせ、箸や茶碗、釜も贈呈した。
そして七年ほど秋津洲を視察して醤油や味噌、豆腐などの製造方法を学んでから帰国した。その際に現地の国で後に偉人となる人物と友人になった時は笑ってしまったものだ。
ちょうどオルクセンではグスタフがお気に入りであるという理由から道洋の文化が流行を見せており、ジャポニズムと呼ばれる流行が星欧を盛り上げていた。
浮世絵や多数の工芸品が星洋に流れ込み、オルクセンやグロワールでは特に流行を見せていた。
そんな中でキアステンが持ち帰った米は早速オルクセンの農場試験場で生産が行われ、国王官邸でグスタフやディネルースは舌鼓を打って楽しんだ。
そして帰国後、私は早速グスタフと共に秋津洲で学んだ製法の本を持ち寄って調味料の開発を行った。
「これができたら早速市場に卸そう」
「良いわね。それに味噌汁と筑前煮が食べられる…」
「ふふふっ、意外とそっち系が好みなのかい?」
感極まった様子で二人は仕込んでおり、それを見ていた侍従達も驚くほどに集中して星洋で最初の味噌と醤油作りが始まった。失敗を重ねつつも、数年後には完成を見て二人で抱き合って歓喜の声を上げた。
その様子を見ていたゼーベック上級大将も思わず『ツィーテンにもこの光景を見せてやりたかった』と言うほどだったと言う。
ちょうどその頃になるとオルクセンは王国から連邦に国号を変更しており、永世中立国宣言も終えたことで国王としての仕事が大きく減ったグスタフは早速ディネルースも呼んでオルクセン産の醤油や味噌を堪能していた。
それからもグスタフとの交友は長く続いた。盟友として、かつての同郷の民として、良くしてもらった事は自覚していた。
すでに彼に魔法を扱える能力は無く、そのことを知ったディネルースは安堵から嬉し涙を流していた。その頃から彼女は私を良き友人として接してくれるようになった。
彼のおかげで私は多くの彼の知り合いとも交友関係を結ぶこととなり、中でもシュヴェーリン元帥とは良くさせてもらった。ロザリンドでは彼を撃っていたというのに、そのことをおくびにも出さずに彼は私を良き友人として接してくれた。
そして後に第一次星欧大戦が勃発し、その後のアスカニアへの多額の賠償金を巡ってグスタフは嘆いた。
アスカニアに莫大な賠償金が掛けられた後、アスカニアの経済は崩壊した。六年にも及んだ『全ての戦争を終わらせるための戦争』はアスカニアを二度と立ち上がらなくさせるほどの損害を与えた。
そして「悪魔」が生まれた。私はその人物と似たような経緯で生まれた男を知っていた。
その後に第二次星欧大戦が勃発した頃、「悪魔」への対応で奔走していたグスタフはすっかりこの頃になると憔悴してしまっており、ベッドの上で横になって意識が混濁することの方が多くなってしまった。やはり魔法を使った代償は大きく、彼の延命も数年程度の差しか生まれなかった。
「…キアステン」
「何だい?」
死ぬ間際、グスタフは一人私を部屋に呼んで半ば意識が混濁している最中にも関わらず話した。
「ディネルース達に、遺言で今後起こるかも知れない話をしておいた…」
「…」
病床の彼はキアステンにそう話した。
「その時、オルクセンが上手く立ち回れるようにディネルース達を支えてはくれまいか?」
「…分かった」
飛んだ重役だなと内心で苦笑しつつもキアステンは頷くと、彼は安堵した様子で彼女を見た。
「…すまない。頼んだ」
彼はそう言い残してディネルースに最後に顔を合わせて亡くなった。
「…さらばだ。盟友」
そして彼に施したプログラムの起動を確認して別れの言葉を贈った。
これから、彼がこの世界に関わることは出来なくなる。正直、無責任なことをしたとは思っている。大切な記憶もいずれはあやふやなものとして彼は二度目の死を迎えることとなる。
しかし後悔はしなかった。これが彼にとっても幸せな形であると思っていた。
そして私の部下や友もまた様々な場所に赴いていた。
アグネス・ユーティライネンは友人と共にグロワールの外人部隊に入隊した後、グロワールのアフェルカ大陸の植民地戦争において活躍をし、勲章と異名を授けられるほど著名な軍人として名を馳せた。
その後、併合を終えたオルクセン陸軍に入隊するのだが、そこでも士官学校で素行不良で除隊勧告を受けてしまった。
しかし第二次星欧大戦の頃、ロヴァルナとの国境付近で行われたロヴァルナによる越境行為である『ヴァルハ戦役』において部下にシモーヌ・ヘイヘ達白エルフ族を従えて一個中隊で戦車師団を食い止めたことで英雄と讃えられることとなり、白エルフ族の名誉挽回に寄与した。
しかしその横紙破りな言動から昇進は叶わず、今も師団内ではやっかみを受けていると言われている。
ちなみに妹のエイル・イルマリン・ユーティライネンは『無傷の撃墜王』としてオルクセン空軍の著名な撃墜王であった。
イヴァノン・マルグリアは二代目カワウ傭兵団として長く務め、今は牧場でオルクセン競馬の調教師を行っている。度々アグネスに絡まれて大変なことになっているという話もよく聞いている。彼女の代でカワウ傭兵団は旧エルフィンド軍人や退役軍人などを取り込んだ企業として社名を『スノッリ警備会社』と変え、最初の民間軍事会社としてオルクセン軍から受注を受けるほどの企業へと発展した。
フレン・クレブスは急拡大をしたステン商会の業務の整理と、企業のグループ化を終えてから引退をした。あの後、彼女の師匠でもあったコボルト族を迎え入れたことで、会社はさらに発展を見せた。
大きく成長をした商会は『ステン・グループ』と名前を変えてオルクセンでは珍しい純白エルフ族資本の企業として、輸送分野で言えばあのファーレンス商会や北オルク汽船、国有汽船会社すら超えた世界最大級の巨大物流輸送企業となった。
ヘンナ・アナセンは帰郷した故郷で今も村の住人として農作業や林業に従事している。彼女とは今でも良き親友である。たとえ国外にいても連絡のやり取りは欠かさず行っていた。
あの故郷の村は、今ではすっかりシルヴァン川に面する重要な都市に変貌を遂げた。かつて干拓を行ったあの場所も、一部は市街地に飲み込まれてしまった。それでも知事職から帰ってきた氏族長が新しく新市街地を作ったことであの風車の光景は今も守られていた。
ジョウェン・E・グッドフェローはセンチュリースターに向かった後、そこで優れた医師として名を馳せ、世界初の防弾チョッキを開発した白エルフとしても有名となった。国外に出た珍しい白エルフ族として、彼の国のの医学会の生き字引的立ち位置にいると言う。
そして私、キアステン・ラーセンも様々な変化があった。
私は白エルフ族として初めて人間族との子を設けた夫婦となった。
最初はキャメロット人、次にグロワール人。二回結婚をして、子供達と暮らしていた。以前よりエルフィンドでは人間族との結婚はあったが、子を設けたのは初めてであった。当然のように皆は喜んでくれた。
今は子供達に囲まれながら旅しながら暮らしていた。定住?そんなこと無理に決まっている。
あの後、グスタフの計らいで顔を合わせたドワーフ族やコボルト族たちとは今も交流を続けている。良き友として一部はステン商会やその関連企業に就職もしてくれるほどだった。とあるドワーフの牝など、今では商会所有の製紙工場長を務めるほどであった。
嘗てエルフ族に仕込んだプログラムは無事に機能しており、多くのエルフ族の男児が誕生して久しくなった。
白銀樹で産まれてくるはずのエルフ族は、他の魔種族や人間族と同様に生殖が可能となった。男児をある程度産んだ白銀樹は役目を終えたように朽ち始めており、これによってエルフ族の新生とまで言われるようになった。
エルフィンド独立派はこれを『国が汚されたことで女王の加護が失われたのだ!』と叫んで口実にしているそうだが、大半のエルフ族はこの変化を好意的に受け止めていた。今まで女性しかいなかったことで抑圧されていた欲望が解放されたとも言うべきだろうか。
大半のエルフ族はオルクセンの占領後に戦争以前よりも裕福な生活を送れるようになったことから、併合に関して次第に好意的に受け止めるようになった。
グスタフ亡き後もこの国は多くの国難を迎え、時に死者を出した。
それでも尚、私たちは今日を生き続けている。
ーー世暦九七七年 五月七日。
その日、キアステンの姿はファルマリア駅にあった。胸には赤鷲勲章を付けて待っており、他にも複数の勲章を付けていた。そこでは懐かしい顔ぶれが並んでおり、キアステンは久しぶりの再会に花を咲かせていた。
「よう、まだ軍人をやっているのかい?」
「当たり前さ。今は大隊長なんだぞ?」
アグネスはそう言って笑った。現在、オルクセン連邦陸軍の陸軍大隊を率いている彼女。嘗てグロワールに行った時に同伴した友人は今もグロワールの外人部隊にいるそうで、交流はまだ続けているそうだ。
他にもフレンやウェンバネなどの姿もあり、見物客にはオーク族やコボルト、黒エルフなどのオルクセンを構成する魔種族が並んでいた。
この式典に子供達は参加しないので、彼等は夫と共に路線の近くで列車が来るのを待ち遠しにしていた。
場所はシルヴァン川沿いの鉄道路線。このオルクセン王国の中では唯一の独自の鉄道路線を持つ私有鉄道である『シルヴァン川森林鉄道』の路線だ。ファルマリアやアーンバンドからノグロストやクラインファスまでを繋ぎ、ベレリアント半島南部を横断する私有鉄道で、名前の通り嘗てはこの地域から切り出した木材をベラファラス湾まで運んでいた。
今はシルヴァン川の豊富な水資源を活かした製紙産業を行う為に、カナダから輸入した木材を逆にファルマリアやノグロストから運び入れていた。
「懐かしいな…この機関車も」
「今じゃあここ以外でこの型式の定期運用はされていないからね」
そこで見物客達は昨今の技術発展によってすっかり過去の技術となってしまった蒸気機関車を懐かしそうに見つめていた。既にオルクセン国鉄ではディーゼル機関車や電気機関車が主力になっていたので、ここは国内外から多くの種族が駆けつける屈指の観光名所であった。
この鉄道はその実、今までのオルクセン国鉄やエルフィンド国鉄の名だたる名機達を保存する為の保存鉄道としての意味合いも持ち合わせていた。両者は軌間も異なることから、この鉄道は全て三線軌条で敷設されていた。
「来たぞ!」
すると汽笛の音が鳴り響いて一人のオーク族が叫ぶと、その瞬間を収めようと一斉にカメラやビデオカメラを構える。
これは毎年行っている行事なのだが、今年はベレリアント戦争終戦一〇〇周年を記念して特別ダイヤである列車の運行が計画されていた。
「おぉ…」
「あれがそうなのか…」
そして煙を上げて路線の奥から現れた列車に皆が息を呑んで見つめる。
まず最初に走ってきたのは三線軌条の狭い方を走ってきた特別列車、ベレリアント半島戦役時にグスタフが乗ったメシャム号だ。
客車には降伏調印に使った会議室車両を忠実に再現したレプリカを繋げ、機関車も車番まで同じ車両を利用し、当時の姿のまま走る姿に一斉にシャッターが切られていく。
そしてその五分後にまた新しい列車が走っていく。今度は広い軌間を使った車両のセンチュリースター号だ。
この国が連邦制になって少しした頃、グスタフがもう使う機会もなくなるからと言って譲渡をしてきたのだ。
「すげぇ…」
「あっ、ディネルース王妃だ」
その列車には首都で行われるパレードに参加するためにディネルースが乗り込んでおり、この後にファルケンハイン大鉄橋を越えてオルクセンに向かう。一年に一度行われるイベントだ。
その列車を見て観客達は歓声を上げてディネルースを迎え入れた。駅のホームには二本の専用列車が停車しており、新聞の一面を飾ることとなる。
彼女は最初で最後のオルクセン王国の王妃として駅に降りると、自然の中で耳のない白エルフ族の姿を見た。