白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#76 それから2

「すまないな。最近はブン屋がうるさくて敵わんのだ」

 

キアステンを家に招き入れた博美はそう言って彼女を数寄屋造りの邸宅に招いた。そんな彼女の対応にキアステンはやや驚く。

 

「そんなにひどいの?」

「ああ、特に最近はな」

 

彼女は山伏の伝統的な衣装に身を包んだまま、持っていた小銃(三八式歩兵銃)を置いた。

旧式の軍用銃だが、他国よりも小口径で細長い弾頭は競技や狩猟用に各地で高い人気を誇る秋津洲の傑作小銃であった。

 

「お久しぶりです。キアステンさん」

「どうも。数日お世話になります」

 

そこで彼女の夫である同じ鴉天狗の牡が挨拶をしてくると、キアステンはそこで縁側に座らせてもらった。家には夫妻の子供もおり、木の上から飛ぶ練習をしていた。

 

「引越し祝いをどうぞ」

「おお、悪いな」

 

キアステンは持っていた大きな鞄からワインボトルを取り出して渡す。向こうで仕入れていたグロワールワインとオルクセンワインを持ち寄っていた。

そして彼女のお気に入りである舶来品を他にも色々と鞄に入れて持ち込んでいた。

 

「しかし早いな。まだ手紙を出して一ヶ月くらいかと思っていたが…」

 

ボトルを見ながら彼女は言うと、キアステンはここまで早く来れた理由を話す。

 

「ジェット旅客機で飛んできたわ」

「ああ…噂に聞く早い飛行機だな」

 

あれに乗ったのかと言う驚きが縁側に座った博美を驚かせた。その目は羨望も含まれていた。

 

「この前、オルクセンとの路線が就役できたからそれに乗って飛んできたわ」

「流石だな」

 

就役したばかりの最新のジェット旅客機に乗って飛んできたというキアステンに博美は彼女が持ち込んだボトルに満足げに見た。

 

「いい葡萄酒だ。開けてもよろしいか?」

「どうぞお好きに。貴女の引越し祝いよ」

 

そこで早速彼女はボトルを開けると、早速グラスに注いで一杯いただく。

 

「あぁ、最高だ」

「今年の新物。出来は保証するわ」

 

オルクセンのマスカットシェリーを前に博美は嬉しそうにグラスを傾けた。

 

「あぁ…オルクセンのワインは甘い。変わらぬ味だな」

「一度は大騒ぎになってしまったけどね」

 

そこで彼女は隣で座って注がれた常温のワインを傾けた。今年の出来は上出来であり、オルクセンでは貴腐ワインも高値で取引がされていた。

 

「済まないな。わざわざ頼んでしまって」

「いやぁ、私も久しぶりに来れてよかったわ」

 

キアステンはそう言い、この大きな発展を見せている秋津洲の景色を振り返っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

彼女達の出会いは遠い昔、星暦は八七八年まで遡ることとなる。

 

当時、秋津洲皇国の首都であった東亰(とうけい)に出向いていたキアステンはまだ維新を終えてさまざまな改革を行なっていた秋津洲皇国。

まだ満足な軍制も法律も整っていなかったこの国では、外国人の出入りは政府によって制限を一部されてしまっており、一々申請を行う必要があった。

 

「こちらの…牛鍋と、焼き魚を一つ」

「か、かしこまりました」

 

注文を行うと、店員は驚愕をした様子で去っていった。

もはや慣れてしまったが、こんな外国人の見た目をしていて、通訳も無しに現地人がすぐに理解できるほどの流暢な秋津洲語を話していたことで彼らは行く先々でとても驚いていた。

そして店員がいなくなった段階で秋津洲圓に換金した現金の確認を行う。まだこの国に来たばかりで勝手が分からないが、彼女は持ち込んだノートを使ってなるべく細かく記録を取っていた。

 

こう言っては何だが、私に資金面の不安は皆無であった。

元々ステン商会からの給金に、この前の勲章授与の際に自勲章授与とともに渡された特別報奨金。そしてグフタフが『農事研究費用』として秋津洲圓に換金してくれた資金があった。この圓換金には死ぬほど感謝した。

 

現地で通用する通貨を即時用意してくれたことは非常にありがたく、また銭や厘を多めに用意して渡してくれたこともグスタフに拝みたくなった。

 

この入った店はこの街の繁華街にある割烹であった。オルクセンの国民として入国をしたことで居住区では白眼視されることが多くて面倒であったが、彼女はそんなことを気にすることもなく外出申請を使って居住区を出た。

 

「それから秋津洲酒を一つ」

「すぐにご用意いたします」

 

そこで女給は部屋を後にすると、床の畳が一面に敷かれ、襖で区切られた部屋を見回して異国情緒あふれる。しかし懐かしい感覚になりながら料理が出てくるのを待つ。

こう言う時、この肉体の中身を作った者の魂に刻まれた性か、綺麗に正座をして座っていた。本当は料亭も考えたのだが、堅苦しいところよりも、より一般庶民の立ち位置の人と話をしてみたいと思って割烹を選んでいた。

 

別に一人でどこか他国を訪れることに恐怖は感じなかった。そもそもの話、私は一人で一二〇年を費やして星欧を回ってきたのだ。オルクセン以外は。

いずれはオルクセンも回る必要があるなと思いながらこの国での任務を改めて思い出して待っていると、襖を開けて女給がその手に徳利を持ってきて差し出してきた。

 

秋津洲酒は米を使ったこの国特有の酒で、私たちが日頃から飲んでいる火酒と比べれば弱い酒精の酒だ。このお酒にも色々とグロワールのワインのように格付けがあり、大吟醸や純米大吟醸といった種類がある。

早速その酒を猪口に入れると、まるで水のようによく透き通った酒が注がれる。香りは少し甘く感じられ、しかしロゼや貴腐ワインとも違う甘味を感じられた。

そして感じる酒精。火酒よりも優しく、ロヴァルナのウォッカのような暴力的なまでの香りも感じられない。

 

「…美味いな」

 

そして一口を一気に行くと、そこで感じ取れる酒精と酒の材料に使われているのだろう米の甘み。後味もすっきりとしており、これなら何本もいけそうであった。

 

「牛鍋でございます」

 

すると女給は新しくグツグツと音を立てて運び込まれた牛鍋という料理を見る。後にすき焼きという名前でよく知られる食べ物を前に、キアステンは笑みを浮かべて早速箸を手に取った。

 

「あっつ」

 

しかし湯気が経つほど熱々の鍋は軽く彼女の舌を火傷させた。鍋の中ではネギや焼き豆腐、蒟蒻や麩が一緒くたに煮込まれていた。最近の流行りの料理であるそうで、この店でも牛鍋屋のような内容で提供がなされていた。

 

「んん〜、美味い」

 

煮込まれた牛肉を箸で摘み、用意された茶碗に盛り付けられら飯と共に食事をする。

白米の量をかさ増しする目的なのか雑穀米であり、グフタフに後で恨み言の一つでも言われそうな食事を取っていた。

 

無論、オルクセンで稲作ができるかどうかは分からないため研究が必要となってくるが、まずはこの国で脱穀前の白米を仕入れることを目標に活動を行うことにする。

米一粒から収穫される粒の数はおおよそ四〇〇程。麦が一五〇〜一七〇であることを考えると、恐ろしいまでの収穫量である。

無論、グスタフもこの事を知ったためにオルクセンの国内の穀物事情を解決可能かもしれない夢のスーパーフードとして注目をしていた。

実際、キアステンが持ち帰った暁にはすぐに栽培ができるように農業実験場の用地は確保されていた。

 

エトルリアでも米の耕作は実を言うと行われており、実際にエトルリア料理のリゾットやスップリなどは米を使った料理である。しかしそうした米はいわゆるジャバニカ種と呼ばれるジャポニカ種とはまた違う品種で、この国の米のような弾力と粘性はない。

 

「米、うんまぁ…」

 

久方ぶりの米に感極まった彼女は、酒を徳利ごとひっくり返して飲む。

まだ文明開化の直後で、道路網や様々なものが未発達で、エルフィンドよりも酷いらかもしれないとさえ思わせてくれるこの環境。しかしこの街はこの街が作られたことにはすでに地下の上下水道が整備される素晴らしい街である事を知っている。

 

そしてこの国は維新の前に蒸気船を作り上げる技術を有している。維新前に自力で千代田形と呼ばれる砲艦を作っていることを知っていた。

星暦八六二年に作られたこの軍艦はその後の戊辰戦争も参加し、今は日本海軍に編入されているはずだ。

 

「あぁ…なんて最高なんだ…」

 

そう言い焼き魚も太刀魚の塩焼きが出され、グスタフの歯軋りする音から背を向けて食事をしていると、何やら隣が大声をあげていた。

 

「…」

 

誰だよ騒ぐ阿呆は、と思った次の瞬間。

 

バコーンッ!

 

「…は?」

 

突如として目の前の襖が吹っ飛び、一人の大きな影が壁の代わりをしていた襖をへし折って飛び込んできたのだ。

一瞬脳が処置できなくなる衝撃を受けると、飛び込んできたその影は床に倒れ込んだ。

 

「んげぇ…」

 

目を回して倒れていたその牝、一対の黒い羽を背中に持っていた。

 

「馬鹿野郎!誰が投げ飛ばしていいと言ったぁ!?」

「五月蝿え!」

 

そして隣の部屋から聞こえてくる怒号。襖が吹っ飛んだときに慌てて牛鍋を避難させて正解であった。

一体全体、何が起こったんだと困惑していると隣の部屋で騒ぎ立てる怒号。もう何が起こったか一切わからない。

 

「失礼、お怪我はありませんか?」

 

するとそこで大騒ぎをしている中で一人の人間族の男が話しかけてきた。するとその男はキアステンを見て目を見開いて驚いた。

 

「あっ。これは失礼」

 

外国人であることを一瞬で判別をしてキャメロット語で話せるかどうかを聞こうとしたが、先にキアステンは言った。

 

「ああ、ご心配なく。私は秋津洲語を学んでおりますので」

「っ!?」

 

その流暢な言葉にその男は心底驚愕した顔を見せた。すると彼女が食事をしていた部屋で悲鳴がする。

 

「痛たたた…」

「大丈夫か?」

「なんとか…」

 

投げ飛ばされた牝は痛む体を男に支えてもらいながら叫んだ。

 

「もう!これだから黒田に酒飲ませるのは勘弁なんだ!」

「許してくれ。いつの間にか彼の手に徳利が渡されていたのだ」

 

男はそういうと隣で大暴れをしている一人の大男を見る。

 

「馬鹿たれが!今は蝦夷に力を入れる時だとなぜ理解せんのだ!」

 

彼はそう叫び、徳利を片手に顔を赤くさせていた。その者は頭に一対の角を有し、やや赤めの肌を有していた。

その姿からこの国特有の鬼族赤鬼種であると一発で見抜けた。

 

「(赤鬼がフロックコートかよ…)」

 

虎柄トランクスを履いていない姿にキアステンは顔が引き攣って暴れる彼を見ていた。

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