白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#77 それから3

もはや何が起こったのかがさっぱりだと思いながら箸を使って太刀魚の塩焼きを口に咥えたまま固まった醜態を晒したキアステン。魚うめぇ。

 

まさか飯を食ってて目の前に人が飛び込んでくる状況があるとは一切思っても見なかった。我が生涯を通しても初めての出来事であった。

舘浜から東亰に出て食事をしにきた彼女であったが、まさか目の前で魔種族の牝と牡が暴れるとは思っても見なかった。

割烹で牛鍋と太刀魚の塩焼きを酒と共に堪能していたと言うのに、襖がぶち破られた影響で全てが吹き飛んでしまった。

 

「馬鹿野郎!」

「何してんだよ!?」

 

隣の部屋では赤鬼の牡が徳利片手に喧嘩をしており、三人がかりで押さえ込んでいた。

 

「すみません。ご迷惑をおかけします」

「ああ、いえ…」

 

人間族の男がペコペコと頭を下げており、その顔を前にキアステンもいまいち状況を把握できずに生返事をしてしまっていた。

 

「しかし流暢ですな。驚きました」

「いえ…勉強をこれでもしておりましたので」

 

その男は後ろでえらい騒ぎになっているにも関わらず、平然とキアステンと話していたので愕然となってしまう。

 

「通訳ですか?」

「いえ、ただの旅人と思っていただければ」

「ほう、旅人ですか?」

「一応、仕入業者でもありますわ」

 

キアステンは呆然と後ろの惨劇が気になってしょうがなかった。

 

「暴れるんじゃねぇ!」

「ふんっ!」

「ぎゃあっ!!」

 

その男は腰をためて一発で自分よりも大きな体格の赤鬼を地面に伏せさせると、割烹全体が揺れた。文字通りドシンと。この建物が壊れるんじゃねぇか?と言う不安も出て来たが、キアステンは何よりも人間族が魔種族を投げ飛ばした事もそうだが、平気でこの割烹にて魔種族と人間族が酒盛りをやっていたことに驚愕をした。

 

「でも驚きですわ」

「?」

「魔種族と人間族が酒盛りをしているとは…」

 

そこでキアステンの下にに男は理解した様子で答える。

 

「魔種族…あぁ、欧羅巴ではそのように言うのですね」

「我々妖怪はそのように言われていますよ」

 

すると隣でグデッと倒れていた牝が軽く埃を払って立ち上がった。

 

「初めまして。秋津洲語が得意な外来人さん。私は伊藤博美と言います」

「キアステン・ラーセンと申します。初めまして」

 

挨拶を行うと、彼女はそこで博美の体をよく見てしまった。

 

「?何か珍しいことでも?」

「いえ、私にとってみれば全てが珍しい事ばかりで…」

 

キアステンはそう話すと、流暢な秋津洲語で話した彼女に博美は納得した様子で頷く。

 

「よく外国人には言われます。しかし我々はこれが日常ですので…」

 

博美はそう言って後ろで皆巻きにされている赤鬼をジト目で見た。

 

「だから言ったじゃないですか。本来であればこんな割烹で話すことではないと」

「仕方ないだろう。黒田はどの料亭でもお断りされたんだ」

 

そこで彼等は謝罪をすると、キアステンは彼等に話しかける。

 

「貴方がたは何かお仕事で?」

「ええ、国を作る仕事です」

 

男はそう話すと、自己紹介をした。

 

「私、井上馨と申します。ついこの前にキャメロットから帰国したばかりでして」

「なるほど…」

 

名前を聞き、彼女はその者の名を脳裏でピンと己の持つ記憶から弾き出された。

 

「奇遇ですね。私も少し前までキャメロットにいたんですよ?」

「おお、そうなんですか?」

 

なんでも彼等はあの赤鬼の牡と馨は外交使節団としてキャメロットに赴き、帰国したことでここで宴会をしていたと言う。

 

「なるほど。で、この有様ですか」

「お恥ずかしい限りです。星欧人に対して非礼を詫びさせてください」

 

彼はそう言って頭を下げると、キアステンは軽く首を横に振った。

 

「いえいえ、酒には自信がありますので」

「左様ですか」

 

女性という事もあって彼は親切に話しに乗ってくれると、後ろで縛られていた赤鬼が聞いて来た。

 

「なんだ、君は酒に自信があるのか?」

「ええ、これでも酒精には耐性がありますの」

 

不敵に笑うと、その赤鬼はニヤリと笑って提案を持ちかけた。

 

「ほう、なら俺と飲み比べをしろ」

「構いませんわ」

「「えっ!?」」

 

二つ返事で答えた事で、博美と馨は驚いた顔をして振り返った。

 

「大丈夫ですか?」

「彼、かなり強いぞ?」

「ええ、望むところです」

 

不適な様子で彼女は赤鬼を見ると、キアステンは早速徳利を手に取った。その仕草を見て拘束を解かれた赤鬼も笑うと、二人は一気に呑み始める。

 

「凄い…黒田について行っているぞ」

「なんて奴だ」

 

一気に徳利から飲む行儀の悪い飲み方であったが、一気に一本行ったことで周りからは驚かれる。

 

「いい呑みっぷりじゃあないか!」

 

すると彼女の飲み方に触発されて赤鬼も徳利を一気に傾けると、女給に新しいものを頼んだ。

 

「外国人だというのに、よくそんな流暢に使えるな」

「ええ、ここに来るまでに色々と勉強をさせてもらいました」

 

箸の使い方や食事の作法に至るまで、様々な仕草が秋津洲人のようだと思うと新しく来た一本も飲んでいく。

 

「あゝあゝ、あんなに勢いよく飲んで…」

「潰れたらどうすれば良いんだ?」

 

その様子をハラハラとして他の面子も固唾を飲んで見守っていると、二人は飲み対決で次々と徳利を空にしていく。自らを酒豪と豪語していた赤鬼は目の前に座る外国人も中々にやると笑った。これは良い勝負ができそうだと。

 

「女将、もっと持って来てくれ」

「畏まりました」

 

襖を破壊した謝礼も兼ねて次々と秋津洲酒を用意させていくと、猪口を使わずに飲んでいく。

 

「良いお酒ですね。何処のものですか?」

「近くの酒蔵だ。この清酒は最高だぞ?」

 

赤鬼はそう言って徳利を傾ける。

 

「なるほど、できるのであれば故郷に持って帰ってみたいものですね」

 

平気な顔をしてキアステンはまた新しく徳利を空にする。

 

「お主、何処から来たのだ?」

「オルクセンからです。この国の文化を持ち帰るために参りました」

「ほう、では商人というわけだな?」

「ええ、そのように思ってくだされば」

 

キアステンは頷くと、これほど流暢に話せるのであれば確かに商売はやりやすいだろうと納得する。身なりも良い為、それなりの職についているのだろう。

 

「で、何を仕入れる予定なんだ?」

 

その問いにキアステンは隠す事もなく彼等に答える。

 

「この国の食文化です」

「ほう?」

「今、グロワールやオルクセンでは秋津洲の文化が大変流行っております。浮世絵や焼き物、図屏風などは特に高く取引をされております」

 

リュテスにて開催された万博に出品を行なった幕府が持ち込んだ品々は、グロワールの芸術に衝撃を与えた。昔より星洋の成熟し切ったとされた芸術に突如として送り込まれた秋津洲の文化。特に浮世絵などは梱包材の紙として使われていたことが、金持ちでしか楽しめなかった芸術であった星欧においては衝撃的であったのだ。

 

かつて、マルコ・ポーロの記した東方見聞録の頃から秋津洲のイメージというのはほぼ変わっていないというのがいまの大半の星欧である。その為、一部では野蛮な国としての印象を持つ者もいた。

一応、関係のあったアルビニーなどが出島においての取引で僅かばかりにこの国の品々を持ち込んではいたが、爆発的な流行を見せたのはこの時期である。

 

「私はそこでこの国の食を輸入するのです」

「食?」

「ええ、たとえばこの米。エトルリアで見たものと違い、粘り気と弾力を持っております」

「ほう、あの国に米があるのか?」

 

酒を飲みながら赤鬼は興味深そうに話を聞いた。直前までキャメロットに向かっており、そこでの食事に辟易として帰って来ていたので、自分の知らない料理に俄然興味が湧いていた。

 

「はい。米を使った料理もエトルリアにはございます」

「なんと…」

「向こうは小麦ばかりと聞いているが?」

「確かに我が国も含め多くの星欧の主食は麦で、主食はパンです」

 

彼女の話には博美達も興味を持って彼女の話を聞く。

 

「ですが一部の地域では米が主食として食べられいる場所もございますわ」

 

キアステンは長年星欧を巡り歩いて来た経験を彼等に嬉々として話す。

 

「今の流行はなんと言っても秋津洲です。私はこの文化を持ち帰る事が今回の入国理由です」

 

既に芸術は多くの商人達が出入りをしている事で競合他社が多すぎる。その為、彼女は彼等とは違う天邪鬼な道を歩むと決めていたのだ。

 

「この国には醤油や味噌という大豆を使った料理があると聞きました。それらをこの米と共に持ち帰るのも私の仕事です」

 

そう言って徳利を傾けると、話を聞いていた赤鬼や博美達はすっかり真面目な顔をしていた。

 

「なるほど…面白い事を考える」

 

そしえ赤鬼は徳利を傾けると、これでもまた整然としているキアステンを見て笑う。

 

「しかし強いな。酒飲みは嫌いじゃない」

「赤いオーガの貴方も強いのですね」

「オーガ…ああ、キャメロットの連中が言っていた名前だな」

 

その者は納得したように頷くと、徳利を置いて挨拶をする。

 

「名前は?」

「キアステン・ラーセンと申します」

「ラーセンな…私は黒田清隆と申す。酒に強い牝は好きだ」

「お褒めに授かり光栄です」

 

キアステンは頷くと、その様子を見ていた博美達は驚いていた。

 

「お、鬼と互角にやり合ってるぞ…」

「凄い。オルクセンから来てたって言いましたよね」

「ああ、あんな人間族がいるなんて驚きだぜ」

 

周りにいた面々は口々にそう言い、星洋の民の肝臓に舌を巻いていた。

しかし博美は驚く内心で首を傾げた。

 

「(オルクセンから来た人間?)」

 

それは彼女の渡来についてだった。現在、エルフィンドとの戦争が終わり併合をすることとなった事でこの国でもいささかの動揺が確認されていたが、レーラズの森事件による魔種族の虐殺行為から世間的には白エルフ族は野蛮であると見做されていた。

 

まだ開国をして二〇年ほどしか経っていないこの国では、まだまだ海外からの情報というのはすぐには手に入らないが、海底に敷設された電信によって昔よりは圧倒的に早く情報を伝達できた。

 

そして彼女は政府の役人で、尚且つ以前にキャメロットに滞在をした事があるために首を傾げた。

 

ーーオルクセン王国は()()()()()()()()()()であるからだ。

 

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