人力車を堪能するキアステン。注文で宮城と名前を変えたその場所を見ていた。
「随分と平べったいお城なのですね」
「ああ、ここは昔からこうでさ」
車夫はそう答えてここ数十年の動乱の話をする。
「最近じゃあ新橋の
「私、それに乗ってきましたよ」
星暦八七二年に開通したこの国の鉄道は、今急速に発展をしていた。
「はははっ、さすがは外人さんだ」
新しい物に目がないという東亰の人々は、その陸蒸気を初めて見た時は驚いてひっくり返ってしまったという。
「お客さんは珍しい物でもないんですかい?」
「そうですね。私の国ではよく見ていました」
彼女はそう言い、戦争中に嫌と言うほど見たのを思い出す。
そもそもの話、彼女の会社は自前で私有鉄道を持つほどの経済力を有しているのだ。伊達に今も物流網の形成を行う企業ではない。
「うおっと…」
その時、風が吹いて宮城の方に向かった。危うく帽子が飛びかけたところを車夫が気がついて話した。
「気をつけな。ここら辺は吹上っつって昔っから風が強え場所なんだ」
「へぇ」
そこで名前の由来である風を肌に感じると、宮城の姿を見る。
「…」
その光景は、どこか懐かしささえ感じさせる光景であった。まだ自分の知らない光景であるが、いずれはここも見慣れた景色へと変わっていくのだろう。
そして車夫と話をしていると宮城の周りに整備されていた道をあっという間に通り去ってしまい、一周をしてしまった。
「一周しましたぜ」
「ありがとう」
そこでキアステンは車夫に料金を支払うと、彼女はそこで人力車を見ながら聞いた。
「これはどこで作られているのかしら?」
「え?あぁ、近くの大工ですぜ」
そこでまじまじと人力車の観察を行っていたキアステンの質問に答えると、彼女はそこでさらに聞く。
「その場所、教えてくれるかしら?」
「あ、ああ。この先の…」
車夫はキアステンにその人力車を作った工場の場所を教えると、彼女は軽く頷いてから車夫に謝礼でさらに小銭を渡して消えていった。
「へへっ、気前良いなあ外国人って」
儲けが出たことに思わず笑みがこぼれながら車夫はキアステンを見送った。
車夫に教えてもらい、乗り場であった秋津洲橋の高札場から少し離れた場所を訪れたキアステンは、そこで製造途中の人力車の山を見た。そして工場の入り口で彼女は数回ノックをして叫んだ。
「ごめんくださ〜い?」
そう聞くと、その工場にいた数名が入口に立っていた一人の外国人を見て驚いていた。
「なんだぁ?」
「夷人が何でいるんだよ」
彼らはそこで洋装に身を包んだ女性を見て驚いた様子で見ていると、彼女は彼らに聞いた。
「人力車を作っているのはここですか?」
「ああ、そうさ」
そこで一人の男が立ち上がってキアステンを見た。
「何のようだ?」
「街の人に聞いてここまできたんです。ここで人力車を作っていると」
「ああ、オレが作ったからな」
そう言い、その男は人力車を発明したと言った。すぐにキアステンは彼に提案をした。
「ここの人力車を売ってくれませんか?」
「…ほう?」
彼女の提案に男は首を傾げた。やけに流暢で聞き取りやすい秋津洲語を話す女だと感心していると、彼女は製造途中の人力車を見ながら購入を提案したのだ。
「この人力車を五台、私に売ってください」
「…いくらで?」
「これくらいでどうでしょう?」
そこで彼女は秋津洲圓の硬貨を取り出した。それは彼女のポケットマネーから取り出した物である。
「…ん、良いだろう」
金額を見て彼は頷くと早速人力車の購入の手続きを行う。五台購入する人力車はオルクセンに送るために舘浜まで運び、ファルマリアまで届ける。
彼女はこの人力車を鬼族が牽引していたのを見て、巨体で筋肉もあるオーク族が牽引をしたらもっと便利になるのでは?と考えたのだ。
これでオーク族を使った非馬車の小規模旅客自業、いわゆるタクシー業の先駆けのような事業を思いついたのだ。気軽に乗れて、尚且つ走った距離で料金を取る。今はまだ個人所有の少ないオルクセンの自動車事情を鑑みて思いついた。
そして契約を結ぶとすぐに五台の人力車はオルクセンに送られ、ドワーフ族にオーク族でも使えるように設計を変えたものを製造させた。
結果的に言うと、このオーク族が牽引する人力車は爆発的に流行を見せた。
特にキアステンの提案したどこでも気軽に乗れて、目的地の目の前まで送ってくれる軽快さは馬車でもなかなかできなかった。当時は特許出願後であったが、多く敷設されつつあった実用的な電話による連絡もこの人力車の普及に拍車をかけた。
仕事場から家まで簡単に送り迎えが可能で尚且つ安い。そしてオーク族の巨体に詰め込まれた筋肉がベルシュロン種よりも機敏に動き周り、蒸気自動車のような面倒な整備も必要としないので、ヴィルトシュヴァインやティリオンなどの都市部で急速にその数を増やしていた。
後年に低地オルク語でタクシーや少人数を運ぶ車のことを全て『ジンリキシャ』と呼ぶようになったことからもその影響力が伺えた。
その後、人力車の購入や輸送の目処が立った後に彼女はある家に向かった。
そこは大井伊藤町と呼ばれる場所にある邸宅で、そこではとある住人が暮らしていた。
「お待ちしておりました」
家の門の前では従者がキアステンが来るのを見て一礼をした。
「すまない。遅れてしまったね」
「いえ、御当主様も御公務で遅刻してらっしゃいます」
そこで丁寧に招き入れられると、彼女は邸宅の庭園を見つめる。それはこの国特有の石や木を活用した静かだが、趣のある設計の庭である。色とりどりでとにかく花の香りを全面に押し出してくる星欧の庭園とは大違いであった。
「…」
ベレリアント半島にホテルの建設を考えている彼女は、その内の一つをこの秋津洲の建築物に使用と構想していたのだ。
建設を計画しているホテルは六つ。
異国情緒を感じさせるために秋津洲風・華国風・イスマイル風・グロワール風・ロヴァルナ風・エルフィンド風などを考えていた。
いずれも完全会員制ホテルを目指した構想であり、グスタフからは『ちょっと厳しいんじゃないの?』と言う感想をもらっていた。
しかし星欧でのホテル建設を前に、事前準備として彼女はこの国でオルクセンに来てくれる大工を探していたのだ。本物志向の彼女らしい性格が滲み出ていた。その邸宅も参考の内に入れようと考えて邸宅の座敷に通されると、少し待って彼女に会いに来た人物を見る。
「おお、これは失敬」
「お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ遅刻をしてしまいましたわ」
彼女に会いにきたのは井上馨と伊藤博美。工部卿と内務卿が夜に会いにくる異常とも言える事態であった。
国の重鎮とも言える人材がわざわざキアステンに会いにきたことにはいくつか理由があった。
「まずは黒田清隆氏よりグスタフ・ファルケンハイン国王陛下への私信でございます」
「…確かに」
そこで墨字で紙に包まれた品物を確認し、彼女は持っていた鞄に仕舞い込む。この国を贔屓しているグスタフが秘密裏に私信を送る仲介役として頼んだのだ。
この国では去年に西南戦争という内戦が勃発をしており、その影響でこの国は資金不足に陥っていた。元々、この国が星欧諸国と結んだ不平等条約により多数の金が国外に流出をしてしまっており国庫準備金に不安が出ていた。
そこでこの国は対等な関係を保ってくれているオルクセン王国に対してこの窮状を改善するために学者を要望していた。その旨を現地の大使館員を通じて連絡を行うと、グスタフの方から『キアステン・ラーセンを私的な連絡係として寄越す』という返信をしやがったのだ。
あの割烹での出会いから数ヶ月が経ち、彼女はなぜかこの遠い道洋の国で奔走をする羽目になったのだ。無論、最初はとても驚かれた。
「こちらが今年の穀物や農作物の収穫量となります」
「…拝見させてもらいます」
秋津洲語が堪能であった彼女は、この国でビットブルクからも通訳を依頼されることもあり、おかげで簡単に手に入れられると思っていた米と味噌の仕入れはまだ先になりそうな気配を見せていた。
「…ふむ」
「我が国の食糧事情は困窮しており、抜根的な改革を必要としています」
馨はそう話し、今の国の状況を伝える。
この国では米の生産量は一〇アールにつき、大凡二〇〇〜二五〇キログラムほどの米を収穫している。オルクセンの輪栽式と比べると色々と文化や環境の差異は出てしまうが、米本来の可能な収穫量を考えると相対的に少ないと言わざるを得ないだろう。
ヘクタールに直すと二トンから二.五トン。しかしオルクセンと土壌などは何もかも違うので参考にはならないが、オルクセンは同規模であれば一.五トンのライ麦が収穫できる。それでもこちらの方の穀物の収穫量が多いのは米特有の収穫量の多さが理由だ。
「…まず単位が分かりずらいですな」
そこでキアステンは目録に載った収穫量を示す単位に眉を潜めた。
「この石とは?」
「はい、この国の単位でございます。米の量を測る際に…」
そこで長々と薫の話を聞いて大まかな理解をした。正直、メートル条約に批准してくれよというのが本心だ。
八七六年にグロワールで発行された国際的な単位基準であるメートル法。正直量もグラムやリットルに直してくれねえと分かんねえよというのが本音である。後にビットブルク少佐に頼んでオルクセン軍の二〇リットル汎用輸送缶などを借りて石の量を計測して、そこで大体二八〇キロ前後であることを確認した。
この一石を収穫できる畑の広さを一反と呼び、この国の土地の大きさの基準であるという。こっちのヘクタールに換算しねえと分かんねえっての。ヤーポン法並に死んでくれと思ってしまう。
「まずは単位ですな。今、オルクセンは単位にメートル法を採用しております」
「メートル法?」
「ええ、まずはこの単位を合わせなければ私も助言が難しいと言わざるを得ません」
彼女は最初にそう言い、馨達に少し申し訳なく答えた。
農業に関して、ここに来るまでにグスタフの執筆した農業書を全て熟読済みであった。
農業関係者としてあまり多くは助言できないが、いずれはグスタフの記した農学書の翻訳をしてやろうと思っていた。