白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#81 それから7

星歴八七九年の冬。

キアステンがこの国を訪れて一年以上が経った。四季を感じ、冬の寒い雪の降る季節になると彼女はグスタフから贈られたプリズム式の双眼鏡を使ってその場所を観察していた。

 

この双眼鏡、試しに使った随伴に来た秋津洲人が驚愕をして購入を考えたが、オルクセンですら士官半年分の給料を必要とする値段に驚愕をしていた。当然だ、私だって落としたら怖いと思っている代物なのだから。

 

「…」

 

その場所は冬の為に乾燥した大地であったが、間も無く訪れる春の為の下準備が行われていた。

 

「何ともまあ…」

「ええ、これはこれは…」

 

そして大使館から派遣されてきた農業調査官も思わず顔を顰めてしまう。

秋津洲の農地を見にいくこととなったと言うと、ビットブルク少佐から現地の経済状況を見る上で参考になるだろうからと一式の測量機器と農業関係者を派遣してくれた。

 

「何とおっしゃっているのですか?」

 

そこで秋津洲から派遣された農務省の役人が質問をしてきたので、キアステンは通訳をした。

 

「まるで秋津洲の農業は家庭菜園のようだと」

「…」

「まずこの畑の大きさがオルクセンと比べるととても狭く、これでは満足に農耕具を使えないとのことです」

 

彼女はそこでまだ地租改正によって混乱している最中にあるこの国の農作業を見る。そして自分達の畑を家庭菜園のようだと言われた彼らは表情を不満げにさせていた。

 

「この国の穀物である米は春先に田おこしを行い、稲を植えて秋に収穫を行います」

 

説明を聞き、キアステンは通訳を行うと、オルクセンの農業技官は頷いた。

 

「これは農業の近代化が必要だな」

「ええ、馬や牛の増産が必要ですね」

 

今までは人の手で行われていたと言う農業を、馬や牛を使った農耕具を用い、何はオルクセン式の農業経済の導入も考えるべきだろうと感じ取る。

 

「土は良い。あとは環境だな」

「農業書の翻訳したら売れますかね」

 

コボルト族に話しかけると彼は頷く。グスタフの記した農学書は実に使える為、この国の農業でもうまく使えるだろうと踏んだ。

 

「私の知り合いにオスカルという友人がいる。彼をここに呼ぼう」

 

彼は畑を見ながらそう話すと、この二年後にこの国にお雇い外国人として秋津洲を訪れるオスカル・ケルネルはこの国の農学の大きな発展に寄与することとなる。

 

「秋津洲人は真面目だから助かるね」

「ええ、全くですね」

 

そこで彼等はこの国の穀物の収穫量を見つめていく。

 

「失礼、この図は?」

「はい、ローソク足と呼ばれるものです。米の価格変動などに使うもので…」

 

そこでキアステンは資料の中にあったとあるチャートを見て質問をした。そのグラフは、一目でどのような値動きをしているのかが判別できる仕組みであった。

 

「ほう、これは便利だ」

 

それを見て感心した様子で彼女はこのローソク足というチャートをオルクセンに持ち帰ると、これによって株価の変動を見やすくしたことから後に世界中の金融機関で広く使われることとなる。

 

「脱穀前の米を買いたいのだが」

「分かりました。どの程度の量をご所望でしょうか?」

 

農村近くの米市場でキアステンは俵で籾殻に包まれた米を購入し、荷車に乗せて運ぶ。これで最も欲した米が手に入った。

 

「(あとは食器類も考えねば…)」

 

彼女はそこでその食材を食べる上で必要な食器類も必要と考える。そして何よりも釜。米を炊く為に必要な釜の購入もしなければならない。作り方を細かくまとめた紙もタイプライターでまとめて記しておいてある為、優秀なグスタフの部下であれば間違えて作る事はないだろう。

 

「どうですか?」

「順調に行えていますよ」

 

そう答え、コボルト族の農業関係者が行った測量でこの国の単位をヘクタールや平方メートルに次々と換算を行なっていく。

 

「一反という単位は、おおよそ一〇〇〇平方メートルと言った所ですかね」

「じゃあ〇.一ヘクタールですかね」

 

他の場所のいくつかの畑の測量を行い、そこで知ったこの国の単位にようやくキアステンはため息を漏らす。

 

「キャメロットでもそうでしたけど、単位というのは面倒ですな」

「全くです。しかしここまで近い数値となりますと、このまま使ってもよろしいような気もしてきますがね」

 

農奴やその後の黒エルフ族との関わりから一応の農業知識を備えていたキアステンは、そこで派遣された農業関係者とそんな話をする。

 

これから二年ほどをかけてキアステンは秋津洲の全土を巡ることとなるのだが、恐ろしいことにこの国は南に行けば冬でも汗ばんでしまいそうなほど暖かく、北に向かえば夏も寒く、冬になれば体の芯まで凍りつきそうなほど冷え切った雪一面の世界が広がっている。

 

「何だこの国は」

「どうなってんだ?」

「この国は魔境か」

 

あまりにも南北で環境が違いすぎる影響で、農業試験場のデータに一貫性が取れない事をオルクセンの農業関係者は嘆いた。どうして一国の国でこうも環境が違うのかと愕然となってこの国の植生が多種多様であることに目を見張っていた。

 

「我が国は蝦夷地の開拓にこれから力を注ぐつもりなのです」

 

そう説明をするのは博美。邸宅に招いて農地調査から帰ってきたキアステンに話す。

 

「その方がよろしいかと。まだこの国は国内に重視をして街道や鉄道網の整備、農業の近代化、殖産興業を発展させるべきだ」

 

見て回ったキアステンは確信して頷くと、博美も頷いた。

 

「そう言ってくださって助かります。既に我が国では多くの人間や妖怪がおります故、未だ未開の地ばかりである蝦夷に注力をしたい所存でして…」

 

そこで彼女は目の前に座るキアステンという牝について、現地の大使館からあった続報を思い返す。

彼女は今も勢力を拡大しているステン商会という商社の会長職に勤めており、ベレリアント戦争中はパルチザンという抵抗勢力を率いて遊撃戦(ゲリラ戦)を展開していたという。

オルクセン国王への私信を送る際に彼が彼女を指名した理由はいまだにわかってはいないが、彼女の嫌そうな感情は感じ取っていた。

 

調べた所、彼女は優れた投資家でもあり資産家でもある。あまりにも腰が軽いことやその軽い雰囲気からは感じ取れなかったので、初めて知った時は驚いたものであった。何でも今のベレリアント半島においては群を抜いて金があるという噂だ。

 

何より、自ら抵抗勢力を率いて戦う商人など見た事がない。命が惜しくないのかと思うが、彼女は見た目よりも血気盛んな性格を持っているのかもしれない。少なくともこの国ではそう言った人物は好かれる。

 

「もし出来るなら、この国の鉄道への投資も考えてみたいわね」

「なるほど、投資ですか…」

 

博美はそこで彼女の溢した言葉に少し考える。現在、国は西南戦争の影響で財政難にあり、公設鉄道の敷設を行う資金がなかった。その為、国内法を整備して資金さえあれば援助をして半官半民で運営する鉄道を敷設しようと考えていた。そんな中での彼女の発言である。思わず気にしてしまうのも無理はない。

 

エルフィンドが占領をされた今、彼女が投資をする際に使用する通貨はおそらくラング。オルクセン・ラングは国際的に見ても圧倒的に信用がある。

戦時中の彼女の動向からオルクセン側も彼女の動きについてはさほど警戒をしていない。いや皆無と言っていいだろう。何せ彼女は監視もなしにこの場所まで来ているのだから。

 

そしてもし彼女が投資をしてくれるのであれば、国内にラングが入ってくる。外貨準備金も用意する事ができた。

 

「この国はとにかく資金がない。必ず大きな資金を何処かである必要がある」

「重々承知しております」

 

彼女とは私的な交流を何度も重ねているが、キアステンは大変この国を気に入った様子であった。そして私が政府の中で手腕を振るっている事を知ったか知らずか、色々と参考になる話をしてくる。

 

「鉄道・郵便・電信。この辺りは国家規模での事業にし、官営とすることは歳入を増やす手段に使える。出来るなら鉱山も官営にしてしまうのが望ましい所だな」

 

酒で気が良くなったように彼女は相変わらず聞き取りやすい秋津洲語で話す。

 

「私がこの国に来て驚いたことは、人力車の車夫ですら新聞を読めて運賃計算ができるということだ。これは強みになる」

「…と言いますと?」

 

博美はそこで星欧での暮らしを見てきた頃の記憶を掘り返しつつ彼女の話を聞く。

 

「この国は車夫まで計算ができるほど優秀と言うことだ。これほど皆が新聞を読む国はほぼ見た事がない」

 

市井を見てきた彼女が感じたことに博美は意外に感じていた。しかし星欧諸国での教育環境というのを知ると納得できてしまった。彼女は今年の秋に教育令を発布し、新しい国の教育を始めたばかりであった。

 

「これは強みだ。国を強くする為に必要な十分な教育が行き届いている証拠にもなる」

「…」

 

富国強兵、殖産興業。

維新を成就させて十数年が経ち、足りないことばかりのこの国において、彼女はこの国の未来を見ていた。

 

「十分な教育の行き届いた国は大国たり得る要素の一つだ。あとは外務・内務で国を豊かにできるかどうかだな」

「…」

 

それは長い間、星欧を巡り、世界を見てきた彼女の重みのある言葉であった。博美も聞いていてやる気が湧いてくるというものであった。

 

「掛け値なしはそこまで褒められると、やる気が湧いてきますね」

「国を豊かにしたいと願うのは何処の国の政治家とて同じだ。そうは思わないかい?」

「ええ全く」

 

博美は笑うと、清酒を傾ける。烏天狗の彼女は、この白エルフとは何かと意気投合する事が多く、黒田達は秘密でこうして会う機会が多かった。まるで秋津洲人と話しているかのような感覚で博美はキアステンと話していた。

反対に座る彼女も同じように清酒を煽り、そこで彼女はさらに話す。

 

「そして憲法だ。この国には国の方針を定める為に立憲をする必要がある」

「…」

 

それは外国に赴いた博美もよく分かっていることであった。

キャメロットやオルクセン、グロワールなどの星欧諸国には憲法という国の統治権や組織を記した法が存在している。

この国が星欧に並び、追い抜く為に必要な要素として憲法制定は必要不可欠であると認識していた。

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