「やはりそうですか」
博美は言うと、彼女は頷いた。
「ええ、誰が統治権を持ち、どのような政治であるのか、どのような国であるのか、それを明確にしなければまず国として認められないですわ」
料亭で博美はキアステンの話を聞いて納得をする。星欧諸国ではそれが当たり前であったのだ。
「憲法は自らを国であると証明をするために欠かせない要素…」
「ええ、まずは憲法がなければ認めてもらうことすら不可能と言うことですからね」
博美は痛感した星洋の常識に歯噛みをしたこともあった。特に牝であることはかの地域で何かと怪訝な目で見られる事が多かった。
「まあ、そこは秋津洲人であるあなた方が決めなければならないでしょう」
「無論です」
博美は頷くと、キアステンは懐中時計を取り出して時間を確認した。
「ふむ、もうこんな時間ですか」
時間を見るとそこで夜になりそうな時間帯であった。まだこの国には該当といった類はなく、ガス灯が主な灯りであった。しかし全くと言っていいほど普及していない為、ここら辺でも夜になると暗闇が支配をしていた。
「夜道は危険です。これ以上は遅くなりますので、お泊まりになられませんか?」
「宜しいのですか?」
「ええ、ご友人とも有れば私は歓迎いたします」
博美は頷くと、キアステンを宿泊させる準備を侍従に言った。
拝啓、盟友グスタフ・ファルケンハイン。
私が秋津洲に到着をして久しくなったものだ。
年も季節もすっかりと移り変わってしまい、オルクセンでも多くの変化があったと言うことは聞いている。まさか君たちが暗殺をされかかり、グロワールの第二帝政が崩壊するとは思わなかった。
私たちの知っているであろうナポレオン3世よりかは長生きをしたと思っている。彼が漁色家であったことは私もよく知る所だ。
話は変わるが、この前送った醤油を作る際に必要な麹。あれだけを送ってしまったことは私も失敗したと思っている。これについては申し訳ない。今度新しい麹を仕入れて送るつもりだ。
つい今しがた、私はこの国の米を手に入れて大量に仕入れる事ができた。この手紙と共にきっと君の元にも届いているだろう。一俵は君とディネルース、それから君の家臣達の分だと思っている。残った俵は研究用や栽培用を考えているので食べ過ぎにはくれぐれも注意してくれ給え。
炊飯に必要な釜も購入し、茶碗や箸などの必要な食器も同封して送らせてもらう。この国でできた友人の紹介で教えてもらった最高級の箸や漆器だ。オーク族である君用に特別に作って貰った箸だが、気に入って使ってくれると私も嬉しい。予備や破損、譲渡をしたときのことも含めて六膳ほど用意をしておいた。
漆器に関しても職人に頼んで君が食べる量を聞いて作ってもらった特別製だ。大きさを聞いた職人が泡を食っていたよ。相変わらず君の健啖ぶりには驚かされるばかりだ。
茶碗に関しても君が食べる量を考えて小さめの丼鉢ほどの大きさのものを特別に作ってもらった。オルクセンの国章を塗ってもらった特別性の白磁を選んでおいた。出来上がるまでに時間がかかってしまったが、これなら君でも十分な量の白米を食べることができるだろう。他にも必要であると思われる盆やお膳、猪口や徳利も用意をしてみた。よければ使ってくれ。
この国で食した料理については作り方を聞いており、その製法や材料、作り方を記した紙も同封しておいた。秋津洲酒もまとめて送っているので、是非魚料理と合わせて食べてみてくれ。
残るは味噌なのだが、これに関しては少しばかり遅れてしまう可能性があるので先に完成したものを送っておく。なにせビットブルク少佐の通訳のために秋津洲陸軍の演習について行かねばならず、また翼竜に関しても大鷲族のような運用をこの国の軍隊は考えているそうで、この手紙を書き終えたらすぐに飛んでいく予定であった。
この国はとても特殊な国で、魔種族と人間族が肩を組んで暮らしており、いずれはオルクセンもこのように人間族と肩を抱き合って生活はできることを切に願うばかりである。
追記:ちなみに現地で食べた米と味噌汁は最高だったぞ。
ー秋津洲皇国の情勢について。ー
こちらでの生活で色々と秋津洲を見てきた。
この国は私たちの知る世界と違ってセンチュリースターが海を渡って来ず、代わりにロヴァルナやキャメロットが砲艦外交による開国を迫ってきた影響でこの国は私たちの知る世界以上に星欧、特にロヴァルナに対しては警戒心を露わにしていた。こちらで友人となったとある政府高官の話の節々からもそれは確認できた。
まあセンチュリースターが渡って来なかったのは、今のこの技術を持ってしても太平洋もどきの大冥海を渡ることができていないのだから仕方ないと言えばそうなのだろう。
オルクセンの仮想敵国でもあるロヴァルナを極東から注意を引かせる目的も鑑みて、私はこの国のインフラに投資を行なっていくことになるだろう。私は贔屓目無しにこの国に期待をするべきだと思っている。
すでにこの国は自力で蒸気船も製造可能な技術的な問題はクリアしており、すでに自国生産を行うための蒸気機関車の技術習得の教育も行われていた。
この国は去年の西南戦争によって資金難であり、オルクセンがデュートネ戦争後に賠償金を使って国を富ませたように、この国が真に産業革命を起こすためにば多額の賠償金が必要となる。なにせこの国は国法で外国人が債権を買えないからな。
一応、その政府高官の者と話をして征韓論を抑え、国内の需要と農地改革を政府が主導して行うように誘導は行ってみた。その高官はその意見に深く賛同をしており、鉄道網の整備や北海道の開拓、国内耕作地の抜根的改良にリソースを割く方針になるのだろう。オルクセン式農法の導入もすでに検討が始まっており、依頼を受けて君が執筆した農学書の翻訳に取り掛かり始めている。
二年ほど前、この国はロヴァルナに千島列島と樺太を交換する条約が結んでいたが、それでもなおこの国は対外的にはロヴァルナを最も警戒しているように見受けられた。ロヴァルナを警戒している様子が政府内では感じられ、また大華帝国とも緊張が高まっているようにも見受けられた。
現在、この国では星欧諸国に国としての認知をされるために立憲体制確立の動きが見受けられている。
その構想を私に話してくれたその政府高官は、いずれはオルクセンにも渡る予定であると思われるため、その際には是非とも丁重なもてなしをしてほしい。
オルクセン式の軍制を導入した暁には、この国の軍事力は道洋においても突出した近代国家になるだろう。
この国の陸軍について色々と見てきたが、魔種族と人間族が混在しているこの国はまたオルクセンとも違う問題を抱えており、この国特有のコボルト族や天狗族、鬼族に大入道族といった『妖怪』ともっぱら呼称される魔種族がこの国にはおり、オルクセンの軍制では対応できない問題も確認されている。
そしてこの国にはエリクシル剤と同様の効果を示す薬剤が確認された。名を
話にある翼竜だが、これについでも私は確認を行った。あれはドラゴンではなく、ワイバーンに近い龍である。この国では昔から馬のように使役し、空を飛んで荷物輸送や偵察を行っているそうだ。これであれば大鷲族のような運用も簡単にこなせるだろう。
最後に、この手紙は焼却をしてくれると助かる。何せ久しぶりに日本語で手紙を書いてみたくなってしまってな。後年歴史家が見てひっくり返らないようにするためにも燃やしてくれなければ面倒なことになると思われる。
「…」
キアステンから送られた手紙を読み終え、久方ぶりに見た左書きの日本語の手紙を読みながらグスタフは思わずその手紙を握りつぶしたくなった。
羨ましい。実に羨ましいのだ。こっちでは勝手に作っておいてくれと言っておきながら自分は現地で、現地人が作った美味い飯を食べているのだ。何やら向こうで色々と面白い問題に巻き込まれているような気がしなくもないが、グスタフはそこで馬車にまとめて乗せられて運ばれてきた荷物を見た。
「アルベルト」
「はっ」
彼はそこで執事のフィリクス・アルベルトに話しかけると、彼女が馬車が沈みそうになる程たっぷりと米の詰まった俵を見る。
彼女は五俵を購入してオルクセンに運んできてくれた。農事研究費として購入してきたはいいが、まずは食べたいというのは紛れもない本心であった。
「このキアステンが記した紙の通りにこの米を籾摺してくれ。そして料理方法もこの紙の通りに。明日の朝食でいただきたい」
「かしこまりました」
ご丁寧に籾摺り用の木臼まで買ってきてくれた様子で、グスタフは現地飯を食べているキアステンに激しい嫉妬心を感じながら、憲法改正が成就した暁には秋津洲に必ず行ってやろうと思った。
「これが米か…」
「そうだ。こいつは凄い植物なんだぞ?」
そしてまだ籾殻に包まれた穀物を見てディネルースが一粒を摘んで首を傾げた。キアステンが秋津洲に向かって、グスタフの強い要望を受けて仕入れてきたこの穀物。麦と違って粒は丸っこく見えた。
「この道洋の米は最大で一粒で四〇〇粒程の身を作るんだ。麦はだいたい一五〇〜一七〇粒作る」
「四〇〇?凄まじい量だな…」
彼の話を聞き、ディネルースは驚いた顔をしてその米を見る。
「ああ、故に私も小麦よりも収穫率の良いこの米をいつか導入してみようと考えていたんだ」
「こんなに育つなら、以前にも持ち込まれていそうなものだが…」
彼女はそう言い、麦との圧倒的な生産量の違いにそう思うと、グスタフは言う。
「この米はね、大量の水を必要とする。大量の水をね」
その量は二〇〇〇〜三〇〇〇トンを必要とする。たったの一〇アールで。そしてこの米は高温多湿の環境でなければうまく育てることができないのだ。
「三〇〇〇…」
直感的に無理だと彼女は理解する。少なくともその量の水を使うとなると、忽ち溜め池の方が干上がってしまいそうな水量であった。
麦の育成にそれほどの水は必要とせず、またこの地域が寒く、米が育ちにくい環境でもあった。
「一応、この星欧でもエトルリアやイザベリアで作られてはいるんだ。リゾットやパエリアなんかがそうだ」
そう話していると、従者たちが出てきてその両手に御膳が持たれていた。
「お待たせいたしました」
籾摺りやその後の精米作業で少々時間を取られてしまった彼らは荷物に同封されていた釜を使い、焚き火で米を炊いていた。丁寧に事細かく時間や必要な水量、軟水を使うことも記されていたことで現地の料理をうまく再現できたと思われる。
「本日のお料理は秋津洲風のサーモンの塩焼きに目玉焼き、味噌汁でございます」
そう言いながら飯櫃が卓上に用意されて蓋が取られると、そこには見事に美しい、透明感さえある純白の世界があった。その美しさに思わずディネルースも息を呑む。
「頂こう。こいつは最高の朝食になりそうだ」
「ああ」
グスタフはそこで大きな丼のような茶碗に白米を盛り付けると、箸を使って食事を始めた。ご丁寧に細かい図説付きでは箸の持ち方を記した紙を彼女は用意してくれていた。そこでディネルースはグフタフに教わった持ち方で二本の細い棒でできた食器を手に取って慣れない仕草で朝食を摂った。