キアステンの報告に上げた秋津洲の情報はとても有益であった。
彼女は一体どれ程上の政府高官と知り合ったのかはまるで定かではないが、この文章を見る限り相当上。それも国政を左右する人物と接触をしているに違いない。
ロヴァルナに対する牽制を行う十分な国力を秘めていると言われれば、オルクセンとしても投資のしがいがあった。
「ふふふっ…」
なぜそのような人物と接触をすることになったのかは定かではなかったが、グスタフは彼女の面白くなってきた秋津洲への旅路に笑いが漏れてしまう。
「そんなに面白いのか?」
そこで手紙を読んでいたグスタフにディネルースが聞いてきた。
「ああ、彼女の秋津洲での出会いが面白くてね」
「そうなのか?」
そこで同封されていた手紙を読むグスタフは絵本を読んでいる子供のような目の煌めきを持っていた。
現在、遠い秋津洲皇国に赴いているキアステンからの手紙は道洋の文化や情勢について事細かく記されており、正直これを焼却するのはもったいなく感じるほどであった。
なお、最後の手紙には自分を仲介役に選んだことへの恨み節がひたすらに低地オルク語で書き連ねており、グスタフは見なかったことにした。
「それに、彼女の書いたこの手紙は情報局でも十分使えそうな報告をしてくれている」
「それほどか?」
「それほどなんだよ。この国はロヴァルナを東側から抑えてくれるに違いないと言う」
その報告書は秋津洲の中央政府の今の国防政策を強く強調しており、グスタフはこれを低地オルク語に翻訳をして保管しておこうと考えた。
「ディネルース。この国には我々の知らない魔種族が人間族と暮らしているそうだ」
「それは本当なのか?」
「ああ、この国は聖星教の影響下にはない国家だからな。この前もキャメロットに訪れた外交団など、鬼族という赤いオーガが来ていたそうだ」
「何と…」
ディネルースはグスタフの話に興味を持って聞き続ける。現地にいた農業技官からも報告書が上がっており、『この国は魔境だ』『この国は北と南で気候は全く正反対だ』『よくこんな環境で農業ができる』などと散々な報告が挙げられていた。
「魔種族と人間族が共に暮らしているとはな」
「ああ、全ては信仰している宗教の違いなのだろうな」
かつて魔種族に大虐殺を行った聖星教。今でもその宗教の支配するエトルリアの土地とは犬猿の中と言っても差し支えがない。その聖星教の影響の強いロヴァルナやオスタリッチとは今も仮想敵国であった。
「だから長年、道洋の国とは友好関係にあるのだろう?」
「ああ、聖星教の影響下になく、我々と同様に魔種族が暮らしている国家だ。友好関係を結んで損はないだろう?」
道洋の国々にはそのような雰囲気がある。
それまでの間にこの国は武装中立化を行わらければならない。
しかし幾ら武装中立化をしたとはいえ、周辺国の脅威は変わらない。
特にロヴァルナは世界最強と謳われる騎兵師団を有しており、先の戦争で騎兵に対する華々しい時代の終焉の始まりを目の当たりにしてもなお、騎兵は戦場の花型として見られていた。
少し前に華国の使節団もこの国に訪れて、我が国に軍艦の発注を行ったばかりである。既に建造は始まっており、あのリョースタ型装甲艦を参考に設計が行われていた。これは対秋津洲用に作られることとなる。
これに対し、秋津洲はグロワールに32cmの大砲を積んだ装甲艦を発注するだろう。巡洋艦程の船体に装甲艦並みの大砲を一門搭載した、珍兵器に片足を突っ込んだような設計思想である為におそらくは同じ経緯を辿ることとなるだろう。
まあ後々にキャメロットでも457mm単装砲を積んだ大型軽巡洋艦とかいうわけ分からん艦種の軍艦を作ることとなる為、考えることは皆同じなのかもしれない。
「まあ、向こうでも楽しくやっているようで何よりだ」
グスタフは手紙を読み終えると、低地オルク語で書かれた手紙だけを残して後は間も無く使われなくなる暖炉の中に放り込んで完全に焼却処分を行った。
グロワールが芸術の国であるなら、オルクセンは食の国である。
グロワールで道洋の芸術が流行るのであれば、オルクセンに道洋の食を運び入れるまでのこと。
この時期、キアステン・ラーセンは芸術の流行の波に乗るように秋津洲から様々な食文化を持ち帰っていた。
しかし、彼女は食文化ばかりを持ち帰ったわけではなかった。
ー私の親愛なる部下。フレン・クレブスー
いきなりの連絡で申し訳ないけど、私が秋津洲からファルマリアに送った人力車についての報告を見ました。
辻馬車よりも機敏に動けるタクシーメーターを備えるこの新しい提案に乗ってくれたことは感謝するわ。
オーク族の車夫を雇って街中で走らせるこの事業に、他の業者もそろそろ真似をし出す頃合いでしょう。もしかすると価格競争が行われているかもしれません。
私が購入をして送った人力車は、何はホテルでの使用を考えています。なのでまたこちらで購入した人力車を送るかもしれません。その際には受け入れる用意を頼んだわね。
秋津洲に飛んで国を見てきている彼女は、第二の故郷とも化していたファルマリアにその手紙を送った。それを読み、フレンは苦笑気味にその手紙を持って立ち上がる。
「ええ、もう既に凄まじい競争ですよ」
彼女はそう言い、新しく構えた商会の建物の窓を開けて市井を見下ろした。
ーーそこでは街中を駆け回る多数の人力車の姿があった。
ステン商会傘下の子会社には『ブルーム陸運』という戦時中に始めた乗合・辻馬車業者がある。元はファルマリアに避難してきた住民を故郷に帰す為に始めた事業であったが、ファルマリアの他にモーリアやノグロストなどでも同業者を買収した事で規模を拡大させていた。元々物資の輸送業者で経験豊富であったステン商会によって、この子会社は評判を呼んだ。
まだ移動に制限があり、オルクセンに申請が必要であった白エルフ族であり、都市内しか移動できない事で特に乗合馬車は業績が悪化していた。そこをステン商会が買収をしたことは渡りに船であった。ステン商会が格安で業者を手に入れたあとは、秘密裏に郊外に買い出しに向かう住民を運んだりして利益を上げていた。闇市に向かう農村の住人も運んでいた事で大変な利益を生んでいた。
元々この企業は村落を巡って物流を動かしていた業者であった為、オルクセン側も物資輸送だと思ってあまり検問で目くじらを立てていなかったことも南部での利益向上につながっていた。
そこでキアステンが持ち込んだ秋津洲の人力車は馬を必要としない辻馬車で、引っ張って走る車夫を雇い入れれば簡単に業務を展開することができた。
ーーこれが爆発的な流行と評判を生んだ。
辻馬車にしては圧倒的に安く、家の目の前から目的地まで運んでもらい、走行距離を人力車の車輪につけたメーターを使って走った距離に応じて料金を支払う。オーク族の豊満な筋肉は、時にペルシュロン種に匹敵する速度であったため、目的地まで時に驚くほど早く到着できた。
持ち込んだ人力車をモーリアでオルクセンに買収された馬車製造業者に頼んで設計でオーク族が乗り込めるように改良した物を、商会が接収をされた路線の租借料として大量に入っていた豊富なラングを投入して揃えると、初めは職を探す白エルフ族、次にオーク族を雇い入れてタクシー業務を始めた。
この改良人力車はオーク族用に設計を大きくされたので、エルフ族やコボルト族であれば二人は乗れてしまうことも大勢の人々が使う事となった要因である。
この人力車業務はファルマリアを始め、占領軍ですらも便利だと痛感して都市内移動としてよく使うようになり、オルクセンの各都市でも同様の物を使う業者が乱立した。
車夫が一人いたら出来ることから個人でやり出す奴が大量に現れたこともまた問題となった。コイツらはブルームであると偽って業務をし出したのである。
この競争に負けぬよう、会社は様々な手を打ってブランド力を保とうとした。
まず自社所有の車両を全て目立つ白色に塗装し直し、車夫や御者に制服を与え、価格の統一を行った。
しかしこれではすぐに模倣されてしまうため、フレンは妙案を思いつき、驚くべきことに偽っていた個人の人力車に対抗をするのではなく、彼らに売上の一部を支払わせる事で自分の会社の名前を使っても良いとしたのだ。
この妙案のお陰で、個人で行っていた人力車は市井を何処でも走る低グレードの人力車として活躍し、また個人事業主の方も大きな会社の名前を堂々と使えるという事で喜んで多数の個人の人力車が応募をした。これにより対抗勢力すら抱き込むことに成功した会社は、直ぐに彼らに制服を与える事でブランド力を盤石なものにした。
そして純白に塗られた高グレードと呼んだ人力車の方は事前予約制で家の前まで迎えに上がり、目的地まで高品質のバネを使った事で快適に輸送できる人力車として分別が付けられた。
『人力車と言えばブルーム』
オルクセンですらそう呼ばれるようになったこのタクシー業務はベレリアント半島を始め、直ぐにオルクセン全土に広がった。
「凄まじい利益率ですな」
「ええ、乗合馬車よりも圧倒的に売れているのは面白いわね」
そう言い、オーク族の車夫が人力車を引っ張ってお客にコボルト族やエルフ族を乗せて走っている光景を見る。
純白に塗られ、識別のために車体に花の塗装がされた人力車。これすら同業他社は真似を始めたので今度は幌を黄色く塗って判別出来るようにする予定であった。
「もうタクシー業務を専門にしようかしら?」
「いえ、乗合馬車も黒字ですので、辻馬車部門と乗合馬車部門で明確に分ける方針の方がよろしいでしょう」
秘書は報告書を読んでそう答えると、フレンはたった一年でここまで流行った人力車に思わず笑みがこぼれてしまった。