まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。
小さなと言えば、名治初年の秋津洲ほど小さな国は無かったであろう。
産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の間、読書階級であった旧士族しかなかった。
名治維新によって、秋津洲人は近代的な『国家』というものを持った。
誰もが『国民』になった。
不慣れながら『国民』になった秋津洲人達は、秋津洲史上最初の最初の体験者として、その新鮮さに昂揚した。
この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、この段階の歴史はわからない。
社会の、どういう階層の子でも、どういう家の子でも、ある一定の資格を取るために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも、官吏にも、軍人にも教師にもなりえた。
この時代の明るさはこういう、
今から思えば実に滑稽なことに、米と絹のほかに主要産業のないこの国家の連中が、ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。陸軍も同様である。財政の成り立つはずがない。
が、ともかくも近代国家を作り上げようというのは、もともと維新成立の大目的であったし、維新後の新国民達の少年のような希望であった。
この国の『維新』という革命は極めて異質である。
本来、革命というのは政権を掌握した者に対し、その制度に反対する者達が全て手を取り合って行われる叛逆行為である。
そして政権を打倒した暁には、旧来の政権主導者は追いやられるのが一般的だ。しかしこの国でかつては国の長であった得川家は今も貴族となって生活し、政権に参画している。
また反政府軍となった部隊を率いて戦ったという武士ですらこの国の政府は登用を行い、先のロヴァルナと結んだ条約の全権大使として送り込んでいた。
古来よりこの国の政治体制であった封建制から中央集権国家への移行は、まず間違いなくこの国の歴史の転換点であるだろう。
この国において維新を成したこの国の騎士…現地の言葉で『武士』、『侍』と呼称する彼らは、この国を抜根から生まれ変わらせるために尽力をしていた。
その暁、名治維新成就に支払われた莫大な資産は、廃藩置県によって諸大名は領地や職を失い、その借金だけが手元に残った。
当然、その恨みは中央政府に向けられた。そして各地の内戦に発展した。
この国では少し前に最後の士族による反乱である西南戦争が起こった。私はその古戦場跡を、国に帰る途中で見させてもらった。
その古戦場跡を見て、私はあえて現地の言葉を使ってこの名治維新をこう評価したい。
ーー武士が、武士の手によって武士の時代を終わらせた革命。
これは大変な革命で、グロワール革命やセンチュリースター独立革命とも違う革命ではないかと思えてしまう。
互いにこの国を生まれわらせるため、自らの地位すらも葬ってしまうこの国の、少し奇妙とも取れる革命である。
星欧諸国の皆々様にもぜひこの国に訪れてもらいたい。きっと貴方がたはこの国の文化、人に触れてきっと驚くことだろう。この名治維新というこの国の革命は、実に数多の改革を同時に並行して行うことをやってのけた革命だろう。
先のグロワールの革命の顛末を聞いていて、私はつくづくこの国で行われた革命は全く違う国づくりをしているのではないかと実感している。
ーーーキアステン・ラーセン(秋津洲滞在記 序文より抜粋)
星暦八八三年。オルクセン王国では立憲君主制への移行を行う準備が進められ、憲法改正の準備が進められていた。
来年にはエルフィンドの併合を完了させ、国号を王国から連邦に変えることを手紙で知らされた。
「もはや新憲法発布ね」
彼女はそう言ってオルクセンの新聞を読んでいた。だいぶ遅れてしまっていたが、海底ケーブルで教えてもらった話に感心して湯呑み茶碗に淹れられた秋津洲茶を傾けていた。
「おかげで我々も大忙しです。なにせ参考にしようと思っていたオルクセン憲法が大きく変わってしまいますので」
反対の席に座って博美は苦笑していた。此度国王の名の下に行われる憲法改正は星欧のみならずこの国でも大変な驚きを持って受け入れられていた。
特にこの国で立憲体制を確立しようとしていた彼女は部下に命じて憲法の草案を開始していた。星暦八八二年に憲法研究のためにこの国の帝の命により渡欧し、そこでオルクセン憲法の施しを受け、オルクセン式憲法を参考にしようとした矢先にこの改正である。
「どうするの?」
「新しいオルクセンの憲法を基準に草案を作ることとなるでしょう。まあ、慎重派が多いですが…」
そう言い彼女はオルクセンの憲法改正後の内容を見る。
二人は現在、完成した鹿鳴館の茶屋で話していた。外国人との交流の場として建設されたこの場所は、最新の星欧の電気技術と秋津洲の伝統的な和風住居が融合をした建築物として作られた。
この建物は駐在官や外国人が気軽に秋津洲の文化を感じ取れる施設として大変な好評を博し、毎日のようにここで秋津洲の伝統芸や文化が披露され、特に相撲は駐在官達に人気であった。
「私はグスタフ国王の思想に深く共鳴をしました。どのような手を使っても私はこの憲法を基準に草案を作りたい」
「なるほど…」
彼女はそこでふっと小さく笑みを作ってその憲法を見る。
「私はオルクセンで『憲法はその国の歴史・伝統・文化に立脚したものでなければならないから、いやしくも一国の憲法を制定しようというからには、まずその国の歴史を勉強せよ』と助言をお受けしました」
彼女はそこで入国をしたオルクセンという国を振り返りながら話す。
「オルクセンと秋津洲ではまた文化も歴史も違う。彼の国に人間族は住んでおらず、この国では人間族は暮らしている」
星欧において魔種族による統一国家であるオルクセン王国。国を訪れた際、彼の国には人間族を見ることはなかったのだ。その事が彼女達にとってみれば驚くべき事であった。
「故に、そこで感じた言葉を私は最初に序文に記したいと思っているのです」
「…ほう?」
そこで彼女はキアステンにオルクセンやキャメロットを見て感じた、この国に必要な思想をサッと紙に記した。
その秋津洲語を見て、キアステンは感心したように笑みを見せた。
あれから八〇年近くの年月が経った。
現在、星暦九六八年。キアステンと博美の交友関係は今も健在である。
『現在、秋津洲海に帝国海軍は艦隊を派遣し、艦砲射撃を行いーー』
家に備え付けられた大きなカラーテレビは近頃起こった華那人民共和国による軍事行動によって、秋津洲帝国海軍やキャメロット王立海軍、華那民主国軍は大陸で攻撃を行なっていた事を報道していた。俗に言う第二次国共内戦である。
「今、大和型戦艦全艦が黄海に派遣されて砲撃を行っているそうだ」
「キャメロット海軍はよほど信頼をして置いてくれている様ね。まさか軍艦の援助も無いとは…」
そのニュースを見ながら二人は作戦行動中の大和型戦艦四隻による艦砲射撃の様子を見つめる。
嘗て大華帝国があった大陸は、道洋大戦によって北側は社会主義国家の華那人民共和国、南側は資本主義国家の華那民主国が主導権を押さえており、秋津洲国は極東の海でロヴァルナに睨みを利かせ、陸では華那民主国が睨みを利かせていた。
「ああ、彼の国とは同盟以来の仲だ」
前星紀の八八六年に起こったノルマントン号事件によって国内でも条約改正を活発に望む声が高まり、九一一年に弛まぬ外交努力によってこの国は関税自主権の回復を持って、不平等条約のほぼ全ての改正を成した。最終的に全ての条約改正がなされるのは星暦九三七年になってのことであったが、兎も角も秋津洲は独立国として承認されたのである。
「全くもってありがたいことに、私が首相をしていた頃のキャメロットと秋津洲の関係は今とはまるで真反対だ」
「ふふっ、それはそれは面白いわね」
隣でよく冷やされた麦茶を飲みながら二人はそう話していた。
冷戦真っ只中である今日において、キャメロット連合王国と秋津洲帝国は星暦九〇二年からの友好国であった。
星暦八八五年。最後に味噌と豆腐の作り方を学んだキアステンは、博美が内閣総理大臣になるのを目前に帰国をした。
国内にいる間は何度も博美と食事を共にし、時には箱根まで温泉に浸かりに行くこともあった。
星暦八八五年に博美はキャメロット語が堪能であったことや、その政治手腕を理由に最初の内閣総理大臣に任命された。
魔種族でありながら女性が内閣総理大臣になったことは、星欧諸国ですら驚かせていた。
一部では男女差別に関して秋津洲は最も進んだ政治制度を有しているとさえ言われていた。
そして星暦八八九年二月十一日、この国は『秋津洲帝国憲法』を発布した。
その前文は今でも国際社会の高い評価を得ていた。
『秋津洲帝国憲法 前文
全テノ秋津洲国民ハ、人間ヤ妖怪ヲ問ワズ天皇ノ臣民トシテ種族ヤ民族、文化ヲ理由ニ差別スル事ヲ永遠ニ禁ジル。
帝国臣民ナル者ハ国会ノ定メル権利ニヨッテ諸国民ハ天皇ヨリ諸権利ヲ平等ニ与フ。人間ト妖怪ノ相互関係ヲ崇高ナルモノトシ、ヨッテ差別無キ世界ヲ追求セントスル。我ラハ如何ナル干渉、隷従、圧迫、偏狭ヲ永遠ニ排除シ、コレニ努メテ模範トナル事ヲ国是トシ、自国ノ主権ヲ維持シ、他国ト対等関係ニ立ツ努力ヲ惜シマズ、我ラノ安全ト生存ヲ保持スル事ヲ決意セントスル。
秋津洲国民ハ国家ノ名誉トシテ、人間ト妖怪ノ対等ナ関係ヲ世界ニ誇示スル所トスル。』
伊藤博美自身が執筆したとされるこの前文は後に植民地の独立闘争の際に多くの植民地国家が参考にし、また人間族による人種差別撤廃の根幹となる。種族、民族を問わずに差別する事を禁じたこの憲法は、秋津洲という国が十分な人権意識を持たせる思想の面での根幹となった。
新しいオルクセンの憲法を参考に作成された憲法は、民主制議会の導入や政党政治。総理大臣を首班とした内閣の明瞭な組織構造、全ての臣民に平等に与えられる選挙権などがオルクセン王国に続いてこの秋津洲という国が自分たちよりもはるかに進んだ政治思想を持っていることを星欧諸国の一目を置いた。
特にキャメロットにおいて対秋感情は特異的に見ており、この憲法や付随する整備されていく国法を前に、積極的にこの国をロヴァルナの南下政策に対抗するための重要国として扱い始めた。当時、ロヴァルナはこの道洋に目を向け始めており、この国はありとあらゆる干渉を跳ね除けていた。
彼女達が推し進めた殖産興業は、後に自身が暗殺未遂事件で銃撃を受けた際に国策で増産されていた
その後、その銃撃を行った外国人の祖国は併合をされて今でも独立の機運が燻っていた。
「無論、君の祖国であるオルクセン連邦ともだ」
「ええ」
冷戦の最中にあって、現在のオルクセン連邦はどちらかというと西側寄りの姿勢を見せていた。永世中立国として東西陣営の架け橋となっている祖国は、今も現在である。
そして昨今の著しい発展を見せている華那民主国。しかし依然としてこの秋津洲は道洋では群を抜いて一位の経済規模の国であった。世界でも経済規模は第三位を誇っていた。
「家族は連れてこなかったのね」
「ええ、夫があんなに早い飛行機に乗るのが怖いみたいでね」
軽く肩をすくめて彼女は返すと、博美は新しいものに躊躇が無さすぎる親友に苦笑しながら夏の日差しと共に耳にする風鈴の音を聞いていた。