白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#88 新しい時代2

キアステン・ラーセンにとって、世界とは昔から小さいものであった。

ロザリンド会戦からの長い時間をかけて世界中を見て回った彼女は人間族として振る舞い、また良き彼等の隣人として接していた。

 

「ただいま〜」

「お帰りなさい」

 

キアステンはそこで懐かしの故郷に戻ってヘンナと顔を合わせた。

 

「今回は早かったね」

「まあね。ヴィルトシュヴァインに行っていただけだし」

 

二ヶ月ぶりの帰郷に彼女はため息をついて荷物を片付ける。

二年前まで秋津洲に赴いていた彼女は、そこで大量の秋津洲土産を持ち帰って街の知り合い達に渡していた。この地域ではとても珍しい国の土産物を前に皆は喜んでくれていた。

 

「どのくらい居るの?」

「うーん、すぐに出ちゃうんだよね…」

 

ソファに座って彼女はヘンナに答える。

今二人が暮らしているのは街のやや郊外に作った家。煉瓦作りのクイーン・アン様式の二階建ての家だ。この街に帰ってきた後、キアステンとヴェルナ、ヘンナがお金を出し合ってして作った新しい住処だった。出し合って…と言ってもヘンナ達に押し切られて私はほぼお金を支払っていないのだが…。

 

「おかえりなさい」

 

すると二階から階段を降りてヴェルナが顔を見せてきた。

 

この家はかつてのログハウスから家具や荷物をすべて持ち出して新しく作った家で、彼女達はまたここで新しい思い出を作り始めていた。

土地はオルクセン式に改められた方法で購入し、土地の周りには木々を植えて柵で囲んでいる。

快適な住宅環境を整えるためにサウナを利用した蒸気暖房まで兼ね備えた贅を凝らした家だ。たまに氏族長も遊びにくるほど優雅で快適な家である。

 

「どうですか?この家は」

「優雅すぎて気疲れを起こしそうだわ」

「でもサウナは最高じゃん」

 

彼女はそう言い、家にわざわざ繋がるように作られたサウナを思い出す。戦時中も彼女達は戦場でサウナを作って利用しており、オーク族の兵士たちの伝令が多くて苦笑をしてしまっていたという。実際私も使わせてもらったが、オルクセン式の教育の賜物か戦場だと言うのに頑丈に出来上がっていた。

家はテラスまでついた設計で、これはキアステンがキャメロットの設計士に依頼して作った家であった。向こうでは比較的よくある量産型でもあったので設計は安価に抑えることができた。大工達も自前の建築業者がいたのですぐに工事を行うことができた。

そして家のテラスの先の庭では桜桃(さくらんぼ)の木が植えられていた。

 

「ねえ、久しぶりにみんなでどう?」

「え?まあいいけど」

「間違えて配管繋げないでよ?」

「分かってるって」

 

ヘンナは以前に何度か同じミスをして真夏に家が蒸気暖房で熱々になると言う悲劇をしでかしており、その事を二人から注意されていた。

そして彼女達は階段を上がって自分たちの部屋に入って用意を整える。

 

「…」

 

おそらく家に住む三人の中では最も荷物量が少ないと断言できるキアステン。ヘンナに言いくるめられて作ったはいいものの、完全に物置と化していた。首都での任務を完遂し、非常に満足をして帰郷を果たしたわけであるが、この後すぐに合衆国に飛ぶ。

 

すでに多額の投資を行っていたことで合衆国で影響力を持ちつつあるステン商会。株を保有していたベース・オイル社の要望に答える形で石油専用の貨物船、グリュックアウフ号を就役させていた。この船の画期的な点はいくつかあった。

 

甲板から操作可能なバルブ。

石油の主配管、蒸気管、安全を向上するための防油区画。

積み荷を載せていない時に海水をバラスト水として搭載する能力。

 

最初から石油輸送を前提に考慮した設計で、幾つかの船倉に分けて石油を運ぶことで船の安定性を保ちつつ、簡単に石油を運搬できる意欲的な設計であった。総トン数は二七〇〇トンで、すでに姉妹船や発展型の建造も進められている。今まで樽などに入れて運んでいた石油を一度に船倉に流し込んで簡単に運べるように設計したものであった。

この世界ではセンチュリースターが南北に分断したままであるためか、石油会社側はこの油槽船の運行権をこちらに握らせたままの運営を持ちかけていた。おかげで石油の運送利権はこちらが完全に握っていた。

 

「んあ〜」

 

ロウリュ形式のサウナにてヘンナは表情を緩ませていた。持っていた柄杓で水を作ってから熱した石の上にかけていく。

サウナに無数の蒸気が立ち込め、サウナ室の煙突から蒸気が溢れていく。

 

「気持ち〜」

「本当ね」

 

ヘンナとヴェルナはサウナで横になってサウナで汗を流す。

この国には半島南部に温泉があることが以前に行った測量で判明しており、キアステンはその場所に温泉を備えた施設を整え、秋津洲風の温泉施設を建設中であった。

 

彼女達はオルクセンの企業よりも早くホテル建設に向く土地というのは把握しており、半島南部の未開拓地域にそうしたホテルは建立されていた。完成した暁には一時帰国をしてグスタフ達を招致して温泉を堪能するのである。

 

「ほれ」

「おぉ〜」

 

寝そべっていたヘンナに上から按摩をかけて行くと、普段の重労働で凝っていた箇所にしっかりと効いていく。専ら家具工場で製材された木の焼き入れや木工玩具を作っている事で彼女達は利益を上げており、ベレリアント半島南部の元々の主要産業でもあった。最近はエルフィンド風の家具が流行っており、オーク族用に巨大な家具を多数発注を受けて製作をしており、順調な経営ができていると聞いている。

 

戦争が終わってしばらくが経ち、既に日常は戻ったかのように思えた。

シルヴァン運河の開通により、ロザリンド渓谷や水没する村々から一部の黒エルフ族の退去が行われたが、オルクセンの十分な補填によって、この街に移住してきた者達も居た。

 

「効くねぇ〜」

「こことか?」

「あ"っ!?」

 

そこで油断してきたところに腰の尾骨あたりを押すと、悲鳴をあげて体を跳ね上げさせた。

 

「ほれほれ」

「うおぉ…」

 

軽く悲鳴をあげながら彼女はキアステンの按摩を受けると、ヘンナは悲鳴をあげ、その様子を見てヴェルナは笑って見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

そして少し家で滞在をしてから彼女は復興完了間際のノアトゥンからセンチュリースター合衆国に向かう北オルク汽船の客船に乗り込んだ。途中でキャメロットやグロワールの港を経由して北星洋を横断する客船で、彼女は二等客室を予約していた。

最新型のエルンテモント号型を参考に設計された最新鋭の客船で、あの貨客船で培った優れた船内システムがそのまま使われており、とても好評であった。元々食にこだわるオーク族であるため、オルクセンの客船のサーヴィスが良い事は昔から有名であった。少なくとも毎日牛乳が提供される客船をこの時代で実現している船を私は他に知らない。

 

「静かね…」

 

昔、センチュリースターに向かった時に乗ったキャメロットの船など、移民を大量に乗せていた事で三等客室では乗客が好き勝手に船で焚き火をする始末であった事を考えるととても先進的であった。

 

「これは優雅に旅ができそう」

 

客船の甲板でイーゼルを立てて絵を描いていた彼女は思わずそう溢して筆をキャンバスの上で走らせていく。視線の先ではキャメロットやグロワールで乗せた乗客達が気のままに甲板を走ったりしている光景であった。

 

これから向かう先は合衆国。内戦後に国が二つに分かれたままの国。

オルクセン王国ではセンチュリースター連合国との取引が多い様子で、内戦で元に戻らなかったのってオルクセンが原因なのでは?と時折思ってしまうことがあった。

 

「おはようございます。キアステンさん」

「おはようございます船長」

 

すると彼女に話しかけてきたオーク族が一人、マレク・シュピットと言うこの客船の船長であった。ノアトゥンから乗っていた事を知り、名前から直ぐに私の事を理解したそうだ。

 

「如何ですか?」

「ええ、実に素晴らしい船旅ですわ」

 

二等客室の乗客であるにもかかわらず、船長は食事中にも親しげに話しかけてきてくれていた。彼女は船旅の最中、この船を見下ろせる甲板で太陽の日差しを感じながら絵を描いていた。

彼女が今まで日銭稼ぎとして描いていた風景画は、彩りを欲しがった商会の施設などで飾られていた。

 

「センチュリースターに到着する前には出来上がる事でしょう」

「それは素晴らしい。もし出来上がりましたら、良く見える食堂前の階段に飾らせてください」

「恥ずかしい限りですわ。こんな凡作を飾られるとは」

 

キアステンは船長にそう話すと、彼は少し茶目っ気を入れてその絵を見る。

 

「いえいえ、この船は就役したばかりでまだ絵画など置く余裕はございませんからな」

「ははは、そこは船長さんの腕前次第では?」

「ふふふ。失礼、では良い旅を」

 

船長はキアステンに絵の進捗を確認した後、他の乗客達の様子の確認のために去って行った。彼の好意で操舵室なども見させて貰い、そこで幾人かの船員の仕事姿を鉛筆で描いたら、彼等は喜んで受け取ってくれた。中には子供もいる船員がおり、誰だって元気でかっこいいパパを見せてやりたい様子だった。

 

「…」

 

そして再び流れる静寂。三等客室で騒ぎ立てる声も二等客室には届かない。この会社の客船はその高いサーヴィスから多くの乗客が乗り込み、この客船も満員であった。

 

「美しいですな…」

「?」

 

そして絵を描いていると、隣から話しかけられて横を振り向く。そこでは一人の若い男が彼女の絵を覗き込んでいた。

 

「貴方は?」

「初めまして。アルフレッドと言います」

「初めまして。アルフレッドさん」

 

その男は一礼をしてキアステンに挨拶をする。彼女も会釈をして答えると、彼は彼女の描いていた絵を見て聞いてきた。

 

「風景画ですか?」

「ええ、我流ですがね」

「いやいや、素晴らしい色使いです。優しくて丁寧な色だと思いますよ」

 

彼はキアステンの描いていた絵を見ながら褒めていると、彼女はそんな彼の言葉に少し申し訳なさそうに答えた。

 

「ごめんなさいね。この絵は既にこの船の船長にお譲りする予定ですの」

「ああ、そうでしたか」

 

そこで少し残念そうに彼は返した為、キアステンは少し考えてから彼に言った。

 

「代わりにこれが描き終わりましたら、貴方が所望する絵を一枚お書きして差し上げますわ」

「本当ですか?」

 

すると途端に彼は嬉しそうに少し顔を赤くしてキアステンを見ていた。

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