白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#89 新しい時代3

センチュリースター合衆国に向かう客船で到着するまでの間にキアステンは絵を描いており、順調にその作業は進んでいた。

 

「やれやれ…」

 

陽が傾いて客室に戻った彼女は船室で着替えをしていた。

着ているのは大きく臀部が張り出したバッスル・スタイルのドレス。コルセットをギチギチに締めるのは無理である為、腰回りは緩く整えてある。用意してあったイブニングドレスを纏い、頭に髪飾りを付けて彼女は客室を出る。

 

全く面倒なことに、人間族やオルクセンでは女性はドレス以外の服を着ると怪訝に思われるのだ。エルフィンドにおいては女しか生まれてこなかった為に、スーツやパンツを着ていても特段違和感を持たれない環境であったことがこれほど素晴らしいとは思ったことがない。

男児が産まれてくると言ったって、まだまだ九割以上の旧エルフィンド国民は女である。エルフ族=女という印象は暫く払拭されないだろう。

 

彼女は船内を移動し、中央の階段に出てレストランに入る。すると入り口ですっかり顔を覚えられてしまったコボルト族のウェイターが彼女を案内する。

 

「キアステン・ラーセン様ですね。お待ちしておりました」

 

そこでコボルト族の彼は丁寧な所作で食堂を案内すると、あるテーブルの前で立ち止まって椅子を引いた。

 

「こんばんは。アルフレッドさん」

「来てくださってありがとうございます」

 

そのテーブルにはアルフレッドが先に座って待っており、キアステンを見ていた。今日は彼に誘われてフルコースをこちらで摂ることにしていた。

普段は船室で料理を運んでもらってから寝てしまうことが多かったのだが、彼が全く私を食堂で見ないことに首を傾げて全員に聞いて私をここまで呼んでいた。食堂が開く少し前に船員がやって来て私に招待状を渡してきたのだ。

 

彼はキャメロットでも有数の銀行家であるそうで、今回はセンチュリースター合衆国で契約を結ぶために乗り込んでいたという。数年前に亡くなった父親の事業を兄弟で引き継いでいるそうだ。

 

「キアステンさんは、今回はどのような理由でこの船に?」

「合衆国で物を見るためですわ。こう見えましても小さな商人をしておりまして」

「ほう、商人ですか」

 

フィレステーキをナイフで丁寧に一口大に切って口に運ぶと、アルフレッドは興味深そうにしていた。

 

「どのような物を取り扱っておられるのですか?」

「工芸品、民芸品などの小さなものを少々」

「なるほど。それで絵に興味が?」

「そのような所です」

 

アルフレッドはキアステンとそんな事なども話していた。

 

「絵はどこで勉強を?」

「あれは元々趣味の絵でして、独学ですわ」

「独学であれほどを描けるとは…」

 

彼は実に知識が豊富でキアステンもついつい話が盛り上がってしまう。最近のエルフィンドでの流行やお気に入りの絵画、美術品の話になると特に盛り上がった。

 

「ほう、数年前には秋津洲に?」

「はい、そこで見た芸術は素晴らしいものでしたわ」

 

この星欧では見たことの無い独特な絵。市井の誰もが浮世絵などを通じて芸術を嗜んでいると言った時など、アルフレッドはとても驚いていた。

 

「浮世絵という絵画はとても安いんです。何と絵が量産できるのです」

「ほう、それはすごい技術だ」

「この浮世絵というのも誰が作ったのかによってまた絵が違い、まるで色の付いた写真を見ているかのような美しさや、波を細かく表現をすることで大胆な構図を表しているのです」

 

近年の星欧中で流行を見せているジャポニズム。その流行は勿論キャメロットにも届いており、アルフレッドも道洋から仕入れた陶器を持ち合わせているそうだ。

 

「道洋にはもっと素晴らしい芸術があるというわけですか」

「ええ、私はまた拝月教のサマルカンドブルーもまた美しくーー」

 

すっかり美術談義で盛り上がっていると、デザートのオレンジのシャーベットが提供される。

 

「オレンジのシャーベットですか…」

「何か思い入れでも?」

 

アルフレッドが聞くと、キアステンは船に乗る前の事を思い出す。

 

「いえ、少し前にヴィルトシュヴァインで王室御用達を受けたという店で頂いたものですから」

「ああ、グスタフ国王陛下のですな。いやはや、あのお方の英断には我々も目を見張るばかりです」

 

アルフレッドはそう話すが、キアステンは脳裏にカビたりして地獄絵図となってグスタフと時には発狂しそうになりながらひたすらに大豆を消費していたあの地獄絵図が思い起こされてしまった。もう軽く数年は大豆を見たく無いと思うほどに毎日大豆と向き合っていた気がする。

 

「まさか自ら権利を放棄して君主制国家から民主制国家に作り変えてしまうとは」

「あの方ならそうするでしょう」

「何故です?」

 

すぐに断言したキアステンにアルフレッドは首を傾げると、彼女は盟友として彼を見て来た経験で語る。

 

「そう言う人だから…としか今は言えませんわね」

 

少なくともその生涯をこの国に捧げる事を誓った彼は、この国がどのように生き抜いていくかを考え、その果てにオルクセンは永世中立国となった。

キアステンの少し含みのある言い振りにアルフレッドは疑問に思いつつも、デザートのふんだんにオレンジを使ったシャーベットを口に運ぶ。

 

「如何ですか?この船のバーは注文できないものはないと言われているそうですよ?」

 

そのお誘いを受け、キアステンは少し考えてアルフレッドに言った。

 

「ではエスコートをお願いしてもよろしいですか?」

「喜んで」

 

彼女の返事にアルフレッドは満面の笑顔で頷いた。

 

 

 

船内のバーでは白エルフ族のバーテンダーが常駐しており、糊の効いた綺麗な制服を纏って乗客にカクテルなどを提供していた。

 

「モヒートを、キアステンさんは?」

「私も同じものを」

 

バーの席に座って二人は早速カクテルを注文すると、バーテンダーは早速冷蔵庫からミントを取り出してモヒートを作り始める。

 

「キアステンのご出身は?」

「ティリオン近郊ですわ」

 

彼女はそう答えながら胸に常にぶら下げている護符を見せると、彼は驚いた様子を見せた。

 

「…なんと」

 

まさかエルフ族とは思っていなかったのか、彼はキアステンに目を丸くしていた。

 

「ではノアトゥンから?」

「ええ、復興を終えた街を見て来ましたわ」

 

そう言い、現在は港湾地区の拡張工事が行われているノアトゥンの景色を思い出す。ベレリアント戦争後に街自体が消失してしまった事で戦後にディアネン政府による積極的な復興支援が行われ、キアステン達は建設業で大きな利益を上げていた。

 

「エルフ族は白銀樹を離れたがらないとお聞きしておりましたが…」

「それは信仰上の都合ですわ。別に我々は白銀樹の近くでなくとも生活できますもの」

 

アルフレッドの少し古い知識に彼女はそう答えると、そこでモヒートが提供される。

 

「今日の出会いに感謝を」

 

彼はそう言いグラスを掲げてカクテルを傾ける。キアステンも同様である。

酒と言えば数年前に秋津洲で事件に巻き込まれて自棄酒を起こして大惨事になった鬼族赤鬼種のある牡の事を思い出す。なにせ酒乱であったために顔面に青痣を作った事もあった。

 

「次にダイキリを貰えますか?」

「畏まりました」

 

キアステンはバーテンダーに注文を入れると、彼女は頷いて新しいカクテルを作り始める。そして隣でアルフレッドはキアステンに先ほどの美術品の話の続きをする。

 

「私、実は美術品でルネサンスに興味があるんです」

「ほぅ、良い趣味ではありませんか」

 

キアステンはカクテルを嗜みながらアルフレッドに言うと、彼は少し困った様子で話す。

 

「しかし私は六芒星教の信者です。美しいとは言え、少し躊躇してしまいましてな」

「なるほど。それはまた難儀なお話ですわね」

 

六芒星教と聖星教は歴史的に見ても仲の悪い宗教であり、昨今のロヴァルナでは六芒星教に対する迫害も行われていると言う噂だ。キアステンはその後のこの民族に起こる悲惨な歴史と、その後の新たな迫害を前世の記憶と照らし合わせながらアルフレッドと話をしていた。

 

「そうなんだ。おかげでどうしたものかと考えていてね…」

「ふむ…」

 

彼女はそんな悩めるアルフレッドに一つ助言をする。

 

「美術に宗教は関係ないと思えばよろしいのでは?」

「ほう?」

「私も美術品は好きです。そして私たちエルフ族に信教はございませんから」

「…なるほど」

「それに貴国は聖星教との仲は特殊ですし、さほど気にするような事では無いのでないでしょうか?」

 

そんな助言をしてみると彼は少し考えたが、少しばかり納得が言った様子でキアステンに言った。

 

「助かりました。いやはや、流石にエルフ族の方ですと些か緊張してしまいますな」

「ええ、人間の皆からそのように言われますわ」

 

理解した様子でキアステンは頷くと、人間族であるアルフレッドを見る。

現在、魔種族の分類においてエルフ族と言うのはエルフ族白エルフ種、エルフ族黒エルフ種と言った具合で区別がされていた。こうした魔種族の分類もまたグスタフの意向でオルクセン式教育の中で白エルフ族にあった選民思想の排斥を目的としていた。

 

「魔種族との取引はオルクセン以外ですとありませんでしたからな」

「ええ、エルフィンドはオルクセンに比べたらティリオンですら田舎ですもの」

 

今でこそオルクセンの資本が投入された事で活性化をして発展しているが、それまではパルチザンの攻撃だけで物流に血栓ができてしまうほど貧弱であった。

 

「なるほど…」

 

その話を聞き、アルフレッドは目の前に座ってカクテルを飲むキアステンを見る。彼女はいつも太陽が出ている時間帯は朝からイーゼルを立てて絵を描いていた。潮風を感じながら子供達が遊んでいる様を筆を使って表現していた。

 

「…キアステンさん」

 

アルフレッドはそこで徐に名刺を取り出す。合衆国ではいくつかパーティーにも参加する予定であったために用意していた物だ。

 

「これを、貴女とまた美術品のお話をさせてもらえませんか?」

 

名刺に万年筆で合衆国での住まいの場所の住所を追加で記すと、キアステンに渡した。

 

「是非。私は移動をしてしまうことが多いでしょうが、手紙の方に住所を記して送らせていただきますわ」

 

名刺を受け取ったキアステンも嬉しげに笑みを見せると、アルフレッドは内心で嬉しさの拳を握った。

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